日本のエンターテイメント業界の最前線で戦い続ける人物に話を聞く連載『ギョーカイ列伝』。第14弾に登場するのは、ユニバーサル ミュージックの邦楽レーベル「EMI Records」のマネージングディレクターに最年少(34歳)で就任した岡田武士。
入社当初はデジタルマーケティングのセクションで「着うた」の配信に携わり、GReeeeNや青山テルマなどが大ヒット。その後は宣伝やレーベル事業などで実績を積み上げてきたが、制作畑ではなくデジタル畑の出身者が約60年続くレーベルのヘッドとなるのは異例の抜擢であり、レコード会社のビジネスモデルが転換期であることの表れだとも言える。
そんな岡田に訊いたのは、ずばりデジタルマーケティングのこれから。Apple Music、Spotify、LINE MUSICなどが徐々に普及し、いよいよここ日本もサブスク時代へ突入しつつあることは、多くの人が感じていることだろう。アメリカとは異なり、CDが一定数売れ続けているこの国でも、デジタルとの向き合い方を改めて問うべきタイミングのはず。変わっていくこと、変わらないこと、その先に見えるビジョンとは?
これまでと違うトライが必要だということが、自分がこのポジションになった理由だと思う。
—2018年1月1日付でEMI Recordsのマネージングディレクターになられたということで、まずは現在の心境を話していただけますか?
岡田:プレッシャーがものすごいなとは思っているんですけど、すごく光栄なことだし、頑張るしかないなと。なかなかできない経験ができると思うと、めちゃくちゃワクワクしますね。
—会社として、若い人を積極的に登用しようという方針があるのでしょうか?
岡田:以前この連載で取材していただいた、弊社洋楽部門(ユニバーサル インターナショナル)の井口(今、日本で洋楽は売れてるの? Lady Gagaを売った井口昌弥に訊く)も、僕と同じ年齢でマネージングディレクターになっていますが、邦楽は若い人が登用されることが他社を見てもあんまりないかもしれないですね。「できない」というか、独特の難しさがあるからだと思うんですけど。
—「独特の難しさ」というのは?
岡田:経験値がないと判断できなかったり、人脈がないとやれないことがあると思うんです。逆にいうと、これからはこれまでと違う新しいトライが必要だということが、自分がこのポジションになった理由だと思うんですけど。
—邦楽のレコード会社には、良くも悪くも積み上げてきたものがあるからこそ、型にはまってしまっている部分を大きく変えるべき時期に来ているというか。
岡田:それはうちの会社だけでなく、音楽業界全体において、そういう時代になっているのだと思いますね。そこに対してどうアクションしていくのかが、自分に求められているのだと思います。
当時、デジタルのチャートで今なにが起きているのか、毎日レポートを書いていました。
—入社当初はデジタルマーケティングの部門で配信事業を担当されていたそうですね。
岡田:2006年にユニバーサル ミュージック(以下、ユニバーサル)に入社して、1年目は営業でCD屋さんをまわっていたんですけど、2年目から配信の部署に行きました。ちょうど「着うたフル」が出始めの頃だったので、モバイル配信バブルとぶつかって、いろんなことにトライできるタイミングでしたね。
—当時はGReeeeNや青山テルマさんの配信やデジタル戦略に携わられていたそうで、人気曲はミリオンやそれ以上ダウンロードされていた頃ですよね。
岡田:ギネス記録とかになって(GReeeeN“キセキ”が「日本でもっとも多くダウンロード販売されたシングル」として、青山テルマ feat. SoulJa“そばにいるね”が「日本でもっとも売れた着うたフル楽曲」として、ギネスに認定された)、まだ20代半ばなのにニュース番組のインタビューに応えたり、今思うと天狗になってましたね(笑)。
—ユニバーサルがヒットアーティストを生み出せた要因はなんだったとお考えですか?
岡田:会社としてデジタルのマーケットをちゃんと見ていて、反応をいち早くキャッチアップしていたことだと思います。当時、私を含めてデジタルの担当者は、毎日レポートを書いていたんですよ。デジタルのチャートで今なにが起きてるのか、トピックを毎日書けって言われて。それは2年くらいやってました。
毎日書かなきゃいけないからネタ探しが大変で、正直嫌だったんですけど(笑)、続けていると「こういう曲が今売れる」とか「こういう歌詞が求められている」とかがなんとなくわかってきて、すごく勉強になりました。それを制作担当とか他の部署の人にもフィードバックすることで、いいサイクルになって、会社としてヒットを生むことができていたのかなと思います。
—特に印象に残っているアーティストや楽曲はありますか?
岡田:やっぱりGReeeeNの“キセキ”はすごかったですね。もちろん、それ以前にもいろんなヒット曲があったんですけど、数字が天文学的というか、桁の違う数字がダウンロードされるのを目の当たりにして、「本当にすごいことが起きてるんだな」と感じていました。
当時って、みんな携帯の着信音に曲を設定していたじゃないですか?だから、街中でも電車のなかでも、いろんなところで携帯から曲が流れてくるのを耳にして、「みんなに聴かれてるんだな」っていうのが実感できたんです。
—それこそギネスになるくらいですもんね。
岡田:“キセキ”が出たのが2008年で、同じ年に青山テルマ feat. SoulJaの“そばにいるね”、キマグレンの“LIFE”、童子-Tの“もう一度…”とか、全部ミリオンダウンロードでしたからね。今は音楽の聴き方も様々で、ヒットの指標が見えづらい時代ですけど、当時はみんなが「着うた」とかのデジタル配信に向いていて、そこで流行ってるものがちゃんと世の中的にも「ヒット曲」となっていたと思います。
サプリのようなものとして音楽を欲すること自体は、昔から変わってない気がするんです。
—2008年からちょうど10年で、音楽の聴かれ方は大きく変わりましたよね。ガラケーからスマホへの移行に伴い「着うた」のブームは終了、世界的にサブスク市場が急成長し、昨年にはいよいよ日本もサブスク時代に突入しつつあることが感じられました。レーベルヘッドとして、そことどう向き合っていくのかは大きな課題になるかと思います。
岡田:日本はCDも売れていて、待ってくれている人もいます。一方サブスクは、曲やアーティストに出会ってもらえる機会が増える場なので、新しいチャンスだと思っているんです。もちろんサブスクでも「このアーティストが好きだから、この曲を聴く」という聴き方をされることもあると思うんですけど、プレイリストで聴かれることが多いんですね。
各サービスが作っているプレイリストって、そのときのトレンドや時代感が反映されるものが多いですよね。この先さらに注力していかないといけない分野だと思っています。
—当然、ストリーミングに応じたマーケティングが必要になると。
岡田:自分のライブラリに保存してもらえたり、さらにCDなどの購入につながったりするくらいの楽曲を探すことや、その曲の力をちゃんと伝えていく必要があるという意味では、最終的にやることって実はそんなに変わらないのかなとも思うんです。
ただ、これからはマーケティングのセグメントの仕方が変わってくると思っていて。年齢や性別、属性などとは違ったセグメントを上手く活用して届けていくことで、よりみんなの大切な曲になっていくのではないかなと考えています。
—セグメントすること自体はもちろんこの先も必要だけれど、その仕方を変えていく必要があるということですね。
岡田:「着うた」のときは「泣き歌」みたいなキャッチが重要だったんですけど、サプリのようなものとして音楽を欲すること自体は、昔から変わってない気がするんです。ただ、音楽の聴き方はすごく変わってきているし、よりパーソナライズされる時代になってるからこそ、ちゃんと一人ひとりに寄り添える方法を考え直さないといけないと思っています。
My Hair is BadもMrs. GREEN APPLEも「どっちもロックバンド」みたいなイメージがあるかもしれないけど、実はタイプが全然違うんですよね。
—EMI Recordsのなかでも、サブスクで曲を配信しているアーティストとしていないアーティストと、それぞれですよね。そこにはどういう判断基準があるのでしょうか?
岡田:CDを手に取ってほしいアーティストもいれば、いろんな人に届けるためにサブスクでまずは聴かせたいアーティストもいる。そこはアーティスト本人、事務所や担当スタッフ、それぞれの考え方によって変えている感じです。
—EMIはロックに強いイメージがありますが、去年で言えば、My Hair is Bad(以下、マイヘア)の急成長が印象的です。彼らはサブスクでの配信を現状していませんよね。
岡田:マイヘアはiTunesでもアルバムが売れているので、「サブスクをやってないから、CDが売れている」という話でもないと思うんです。もちろん、サブスクに出したらすごく聴かれるかもしれないですけど、まずはアルバムをひとつの作品として聴いてほしい、という作り手の思いが大きいのではないでしょうか。
—同じ若手のバンドで言えば、Mrs. GREEN APPLE(以下、ミセス)はサブスクでも配信しています。
岡田:ミセスは純粋なロックというよりはポップな要素も強いし、ドラマのオープニングに起用してもらったり、『関ジャム』(テレビ朝日系列)でも紹介してもらったりして、若い人だけでなく世代が上の人も含めて多くの人に聴いてもらえるはずだから、だったらサブスクを使ってより広げたほうがいいかな、という判断です。
音楽のヘビーリスナーである有料会員の人たちも聴いてくれているし、学割を使ってサブスクで聴いてくれる若い子も増えているので、ミセスは本当に幅広く聴かれているなと実感しています。だからこそ、ミセスはサブスクで強みを発揮するアーティストだと思っているんです。傍から見ると、マイヘアもミセスも「どっちもロックバンド」みたいなイメージがあるかもしれないですけど、実はタイプが全然違うんですよね。
—そのタイプの違いが、デジタルマーケティングに表れていると。
岡田:ミセスはライブの動員もすごく増えています。昔はCDをレンタルするのがライブの予習だったけど、今はサブスクで聴いてみて、よかったからライブ行ってみようっていうふうに、サイクルが変わってきたんだなと実感しますね。
—すでに知名度の高いアーティストに関しては、サブスクで配信するか否かの判断をどのようにされているのでしょうか?
岡田:昨年はDREAMS COME TRUEや福山雅治、宇多田ヒカルの配信がスタートしましたし、今後も徐々にいろんなアーティストに広がっていくと思います。ただ、やっぱりアーティスト本人の思いや作品に関わる戦略など、それぞれに適した形でリリースしていくことになると思いますね。
椎名林檎の『逆輸入 ~航空局~』(2017年12月発売、セルフカバーアルバム)はサブスクでも出していますが、CDもダウンロードも、いろいろな形態で聴いていただけた作品だと思います。もちろん、これはアーティストや作品自体の魅力、プロモーションなどの積み重ねの成果です。『逆輸入』はどのチャンネルでもお客さんが楽しめる状況を作れたのだと思っています。
いいアーティストは組織全体で押し上げようとすることが、ヒット追求型のユニバーサルの特徴だと思います。
—サブスクの時代を控えて、このタイミングでレーベルヘッドになるということは、当然難しさやプレッシャーがありつつ、非常にやりがいもありますよね。
岡田:必要なのはいい作品であり、いいアーティストだということは変わらないと思うので、そこに力を入れていくことには変わりないです。変わっている部分と、実は変わっていない部分があって、その両方を並行して考えながらやっていかないといけないなとはすごく思いますね。
—音楽の聴き方が変わりつつあるなかで、変わらない会社としてのスタンスとは?
岡田:ユニバーサルは、世界的にもヒット曲やスターを作ることをずっと追求してきて、今も追求し続けています。あくまで音楽作品やアーティストが中心で、そのときに流行ってるプラットフォームを中心に考えることはないので、そこが強みだと思います。
—では、ユニバーサルがヒット曲やスターを輩出し続けられる要因はどこにあるとお考えですか?
岡田:新人アーティストに対して、会社全体でベットする空気があることでしょうか。多数決とか「全員がいいと思ったからやる」ということにはあまりならなくて、アーティストや担当者の情熱を会社が信じてくれるんだと思います。いいアーティストは組織全体で押し上げようとすることが、ヒット追求型のユニバーサルの特徴だと思いますね。
やっぱり、重要なのはピュア度かもしれない。
—この連載記事はCINRA.NETとCAMPFIREの合同企画なのですが、岡田さんはクラウドファンディングについてはどのような印象をお持ちですか?
岡田:個人的にすごくいいイメージを持っています。自分は新しいもの好きなので、KickstarterやIndiegogo、PledgeMusicなど、アーティストや音楽関係を含むガジェットのクラウドファンディングのプロジェクトは楽しいものが多い。レコード会社や音楽事務所の現場で「予算が足りない」とぼやく前に、クラウドファンディングなり新しいプラットフォームが出てきているのだから、もっといろいろトライしてみるのはいいことだと思います。
—CAMPFIREだけではなく、WIZYやMakuakeなど、レコード会社とクラウドファンディングが組むケースも増えてきていますよね。
岡田:クラウドファンディングが盛り上がるのはすごくいいことだと思いますね。アーティストの戦略の話と一緒で、それぞれに適正があると思うんです。はまるアーティストはどんどん活用すればいいし、そうじゃなければやらなきゃいいというか。これからメジャー / インディーズ関係なく、クラウドファンディングを含めて、どうアイデアを膨らますかが大切になってくると思います。
—岡田さんが担当されたアーティストで、クラウドファンディングを使った事例はありますか?
岡田:C&Kが2013年にShootingStarを使ってタイでライブをしたんですよ。まだその頃は、クラウドファンディングをやってるアーティストが全然いなかったし、当時のアーティストの知名度もそれほど高くなかったんですけど、400万円くらい集まりました。
あれはアーティストの「海外でライブをしたい」という思いと、それを応援するファンが相まって実現したもので、お客さんもそのライブを一緒に観に行ったり、すごくいい相乗効果が出たんですよね。やっぱり、重要なのはピュア度かもしれない。やるほうにも応援するほうにもそれがあると、ちゃんと成立するし、いいプロモーションにもなるんじゃないかと思います。
人間が音楽を聴く時間自体は増えてるというデータもあるし、音楽は誰にとっても必要なものだと思うから、そこに携われるのは本当に楽しい。
—では最後に、エンターテイメント業界に入りたいと思っている人、また興味はあるんだけど、業界の未来に不安も感じている人に対して、なにかメッセージを伝えていただけますか?
岡田:まず、僕自身の仕事が、この業界には若い人にもチャンスがあるという証拠だと思うので、そういう世界だと思ってくれると嬉しいですね。これから先、新しい聴き方や楽しみ方が出てくると考えれば、ユーザー目線に近い若い人の感性はより重要になりますし、先行き明るい未来が待ってると思います。今は若い人がこの先を作れる時代というか、アイデアさえあれば、やりたいことを実現できる可能性が一番ある気がします。
—アーティストにデジタルネイティブの世代が増えるなか、当然レコード会社のスタッフにもそういう若手が必要とされますよね。
岡田:新しい試みをやるチームを作っていきたいですし、どんどんそういう人たちと仕事がしたいですね。これまでの業界での経験や年齢に限らず、新しい発想を持つ人のほうがより新しいことを進める力になると思うし、今、音楽業界は狙い目な気がします(笑)。人間が音楽を聴く時間自体は増えてるというデータもあるし、音楽は誰にとっても必要なものだと思うから、そこに携われるのは本当に楽しいですしね。
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群衆(crowd)から資金集め(funding)ができる、日本最大のクラウドファンディング・プラットフォームです。
- プロフィール
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- 岡田武士 (おかだ たけし)
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1983年11月5日東京都生まれ。法政大学経営学部卒業。新卒でユニバーサルミュージックに入社。2年目からデジタルマーケティングのセクションに在籍し、主に配信業務を担当。青山テルマやGReeeeN等のミリオンダウンロードを多数輩出。5年間同セクションに従事後、アーティストの宣伝担当として、GReeeeNや少女時代等を担当。また、2013年にアーティスト事務所のエンズエンターテイメントと協業レーベルNswaVeを立ち上げ、C&K、ハジ→を手がける。2017年は、新規事業として博報堂と「クラヤミレコード」や、地方創生プロジェクト「Music Meets Japan」等を立ち上げる。2018年1月に、EMI Recordsマネージング・ディレクターに就任。
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