150年前の発想を現代に蘇らせた、新楽器のお披露目ライブ
11月20日、恵比寿ガーデンホールは緩やかに変化する香りに包まれていた。アートユニット「明和電機」から独立したもの作り集団「TASKO」と、近年、広告シーンで目覚ましい活躍を見せる音楽プロダクション「Invisible Designs Lab.」が協働制作した、香りと音を同時に発する新楽器「Perfumery Organ」。その東京での初お披露目として、豪華な音楽家たちを招いた「香りのコンサート」が、上記二組の独自オーガナイズによって開催されたのだ。
『Perfumery Organ Exhibition in Tokyo』会場風景(写真:黑田菜月)
香りと音を結びつける? そんな突飛なアイデアのルーツは、19世紀の化学者・調香師、セプティマス・ピエスにある。香りにも音階と同じような構造を与えてみてはどうか、と考えたピエスは、あらゆる香料を音階に対応させた「香階」なる概念を考案。たとえば低音には動物系の重い香りが、高音には柑橘系の軽い香りが並べられ、音階と同様、1オクターブ離れた香り同士には濁りがないよう考えられた代物だったが、長らく歴史に埋もれたままだった。この150年以上前の発想が、P&Gの製品「レノアハピネス」の広告用に開発者たちによって掘り起こされ、楽器として実現したわけだ。
とはいえ、もちろん「香りのコンサート」など初体験。一体どんな発見があるのか、そもそもそんなことが可能なのか? 予想もできないまま、会場へと向かった。
先進的なライブをきっかけに考える、嗅覚の「文化的な使用」の可能性
ともにメディアアートに出自を持つ、二組のチームが作った「Perfumery Organ」。香りを映像的に表現する、そんな「擬似的」な表現手段にはこと欠かない現代にあって、このオルガンには、アイデアを具体的なかたちに落とし込もうとする、制作者たちの執念と技術力が詰まっている。
開演前、「Perfumery Organ」に触れることができるというので、巨大なカーテンが吊られた舞台に上がり、楽器に近づいてみた。まず目を引くのはその巨大さだ。高さ2メートル、幅4メートルはあるだろうか。4段にわたって大小さまざまな香料瓶が122本ズラリと並ぶ壮観な眺めは、調香師が使う「調香台」に由来するという。また画期的なのは、鍵盤を押すと卓上の対応する瓶の蓋が開き、そこに空気を送り込むことで(まるでビール瓶を息で鳴らすように)音と香りを奏でるという、パイプオルガンにも準じた機構のアナログさ、そして精巧さだ。何たる技術への探求心。言葉の上では事前に仕組みを知っていたものの、間近に見ると、その完成度に驚いてしまう。
では、それを使ったコンサートは、どんなものだったのか。この日のスペシャルゲストは、クラムボンの原田郁子と、ニューヨークの音楽レーベル「12k」主宰のテイラー・デュプリーとIlluhaことコリー・フラーによる特別ユニットの二組。はじめに「12k」組が、続いて原田が単独で演奏を行い、最後に両組が共演し、即興演奏を行った。
左からテイラー・デュプリー、原田郁子、コリー・フラー(写真:黑田菜月)
公演が始まってすぐに気がついたのは、舞台から数メートル離れた客席では、香りの変化がダイレクトには感じづらいことだった。たとえば音楽での転調のような、誰にもはっきりと認識できる「展開」は、そこにはなかった。
このことは、単純に残念であったというわけではなく、我々が香りを一種のストーリーとして大空間で鑑賞する術をこれまで持ってこなかったことを証明していて、むしろ興味深い現象だった。たとえば、音楽における「スピーカー」のような拡張装置が、香りにはない。それはいかなる方法によって可能になるのか? また、視覚や聴覚のような距離を乗り越える感覚ではなく、一定の距離の近さが必要になる嗅覚を使った鑑賞にとって、舞台と客席をはっきりと分かつ伝統的な劇場空間は、理想的な鑑賞場所と言えるのか?
聞けば、開演前に観客にオルガンへ触れてもらうというアイデアは、この届きにくさを考慮した原田郁子から、「みんなにも香りを味わってほしい」と提案されたものだという。普段、嗅覚の「文化的な使用」はあまりに考えられてこなかった。今回の試みは、その事実を浮き彫りにし、それを乗り越えようとするさまざまな工夫を生んだという意味でも、意義深いものだった。
新しい楽器の特徴を逆手にとった、二組の音楽家の異なるアプローチ
そうした工夫は、ゲストたちの演奏そのものからも感じられた。たとえば「12k」の二人は、「Perfumery Organ」で奏でた音をモジュラーシンセやエフェクター群でループさせ、そこに数々の素材を重ね合わせることで、時間の経過とともに重層化する音響空間を作っていた。このことは、時間の中で現れては消えていく音の演奏とは異なり、空間に堆積し、その重なりによって表情を変えていく香りのストーリーを、「音楽的」に表現したものだろう。
一方の原田は、今回の試みのために制作した楽曲“Happiness”からスタートし、“ユニコーン”“青い闇をまっさかさまにおちていく流れ星を知っている”など自身のソロ曲を「Perfumery Organ」用に移調、アレンジしながら弾き語りで演奏した。そもそもこの楽器、現時点では「弾ける鍵盤が白鍵のみ」「使えるのは3オクターブのみ」「音量の調節ができない」「ペダルは使えない」など、楽器としていくつかの制約を持っている。さらに、音を鳴らす時間が長くなるほど、香り成分の含まれた瓶の中の水が揮発し、ピッチが不安定になってくるため、後半のほうでは、まるで、調律が不十分な、調子っぱずれのホンキートンクピアノのような音色であったが、まだまだ未完成なる楽器の変化していく様も面白がってしまおうとするライブであったように思う。
原田ソロの後、セッションに移る前に一度チューニングの時間が設けられ、「12k」のテイラーと原田が、おもむろにオルガンを弾き合い、その音をコリーがサンプリングしながら空間を作り出すところからスタート。原田のソロ曲 “あいのこども”“銀河”、高野寛のカバー曲“CHANGE”などを即興で絡めながら、「Perfumery Organ」を囲むようにセッティングされた、アナログシンセ、サンプラー、ローズピアノ、トイピアノ、ガットギターなどを、三者が自由に立ち替り演奏し、まるで1つの物語を紡ぎだすような圧倒的なセッションで幕を閉じた。初めて共演したという三者は、誰も経験したことのない楽器との出会いを楽しみながら、その可能性と魅力を伝えるステージを見せてくれた。
香りの感覚を、距離の離れた観客に届ける。その困難を逆手に取った音楽家たちのアプローチ。初めての楽器と向き合ったこのコンサート経験は、ゲストたちにとっても特別なものになったはずだ。と同時に、いち観客としてより興味を引かれるのは、嗅覚を使った鑑賞の未開拓性という問題である。物体として完成した以上、「Perfumery Organ」は今後、広告という入口を離れ、香りを放つ新楽器としての独立した道を歩むことになるのだろう。そこにどんな文化の形態が生まれるのか。試みはまだ、始まったばかりだ。
- イベント情報
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- 『Perfumery Organ Exhibition in Tokyo』
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2015年11月20日(金)17:00~22:00(ライブは20:00~)
会場:東京都 恵比寿 ザ・ガーデンホール
ライブ:
原田郁子
テイラー・デュプリー
コリー・フラー
展示:
TASKO and Invisible Designs Lab.『Perfumery Organ』
KIMURA(TASKO)×Tomoaki Yanagisawa(rhizomatiks)『MMI』
Invisible Designs Lab.『TIME CODE』
Invisible Designs Lab.『森の木琴』
料金:無料
- プロフィール
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- 原田郁子 (はらだ いくこ)
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1975年 福岡生まれ。1995年「クラムボン」を結成。歌と鍵盤を担当。ソロ活動も行っており、2004年に『ピアノ』、2008年に『気配と余韻』『ケモノと魔法』『銀河』のソロアルバムを発表。2010年5月には吉祥寺に多目的スペース「キチム」をオープンさせ、飲食とともにライブやイベントを行う場所を作る。演劇団体「マームとジプシー」の『cocoon』の音楽担当なども行う。2015年12月24日、25日に大宮エリープロデュースの音楽と朗読のセッションイベント『物語の生まれる場所 at 銀河劇場 vol.2』を開催。
- テイラー・デュープリー
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ニューヨーク・ブルックリン在住、サウンドアーティスト、グラフィックデザイナー、写真家として活動。1997年に、デジタルミニマリズムと現代様式に焦点をあてた音楽レーベル「12k」を設立。Prototype909、SETI、Human,Mesh,Dance、Futique(1992-1996)など、過去のテクノ・アンビエントのプロジェクトでも多くの評論的賞賛を得て日本でも人気の高い音楽家のひとり。
- コリー・フラー
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アメリカ生まれ日本育ち、東京在住。ミュージシャン、エンジニア、映像ディレクター、写真家として幅広く活動中。2009年にファースト・ソロアルバム「Seas Between」を発表して以来、NYの名門老舗レーベル12kよりILLUHA名義等でアルバムを数々リリース。自然とテクノロジー、場の力などをテーマに、写真、舞踏、短歌、書道、映画など幅広い分野でコラボレーションも展開しているマルチアーティスト
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