失われつつある漆器を蘇らせる。デザイナーの視察旅行に密着

細かな彫りと天然の漆(うるし)による塗りが何層にも重なった「村上木彫堆朱」は、その昔、日本を代表する漆の工芸品として知られていました。しかし、近代の大量生産・大量消費の流れに取り残され、職人や販路は縮小。近年では地元・新潟県村上市に暮らす人々の間で静かに愛用されてきたといいます。

職人の技と、首都圏で活躍するクリエイターが考えた図案のコラボレーションを通じて、この村上木彫堆朱の魅力を再び知ってもらいたい――。そんな興味深いプロジェクトが、現在進行中です。参加クリエイターは、手描きタッチのイラストで知られる塩川いづみ、アパレルブランド「sneeuw」を手がける雪浦聖子、単純な三本線からなる笑顔のイメージを使うとんぼせんせい、愛らしい相撲のイラストを描くはしのちづこの四名。彼らの図案を、職人がぐい呑に仕上げ、展示・販売するのがプロジェクトの最終目標。今回はその制作に先立ち、新潟県の最北端に位置する村上市を訪れ、城下町の雰囲気が残る土地の魅力と職人の仕事現場を取材しました。

吊るし鮭に、果実のようなイクラ丼。「鮭・酒・人情(なさけ)」の街、村上へ

東京駅から、上越新幹線「とき」と、特急列車「いなほ」を乗り継ぐこと約3時間。天候不良のため、途中駅で足止めを食らいながらも無事に到着した村上駅では、その古い面影を残した駅舎に、さっそくメンバーの歓声が上がりました。

左から:はしのちづこ、雪浦聖子、塩川いづみ、素顔初公開のとんぼせんせい
左から:はしのちづこ、雪浦聖子、塩川いづみ、素顔初公開のとんぼせんせい

村上駅前
村上駅前

本日の案内役である、村上堆朱事業協同組合の小杉和也さんとも合流した一行は、ここからまず市の中心街を車で走り、昼食場所の「料亭 能登新」へ。

170年の歴史を持つ老舗料亭「能登新」
170年の歴史を持つ老舗料亭「能登新」

村上堆朱事業協同組合の小杉和也さんが今回の案内役
村上堆朱事業協同組合の小杉和也さんが今回の案内役

ここでは、地元の名物である「はらこ(腹子)丼」……つまりイクラ丼を中心とした、豪華な料理が振舞われます。じつはこの村上市、鮭の天然繁殖法「種川の制」を世界に先駆けて実施するなど、鮭とはとても縁の深い土地なのです。

村上名物・吊るし鮭。鮭のおかげで豊かになった村上藩が「鮭に切腹させてはいけない」という理由から、腹の部分につなぎ目を1か所残すのが伝統
村上名物・吊るし鮭。鮭のおかげで豊かになった村上藩が「鮭に切腹させてはいけない」という理由から、腹の部分につなぎ目を1か所残すのが伝統

「ほかの地域の人が驚くほど、山盛りにするのが村上流」という小杉さんの言葉通り、贅沢に盛られたイクラの味は、まるでとれたての果物のようにフレッシュ。

こちらも村上名物・はらこ丼
こちらも村上名物・はらこ丼

こちらも村上名物・はらこ丼
こちらも村上名物・はらこ丼

村上市では、100種類を超える鮭料理や、「〆張鶴」「大洋盛」といった地酒、そして城下町らしい人情味を表す、「鮭・酒・人情(なさけ)」の言葉が、地域の魅力を伝えるキャッチフレーズとして掲げられています。しかしかつては村上木彫堆朱の名もそれらと並んでいたそうで、「その勢いをまた取り戻したい」という小杉さんの言葉の切実さが印象的でした。

天然の漆と、職人の手仕事にずっとこだわり続けている

続いて一行が向かったのは、小杉さんが店主を務める小杉漆器店。藩の御用商人としても仕えていた、村上市でもっとも古い漆器店では、村上木彫堆朱の名品や商品が並びます。

小杉漆器店
小杉漆器店

古い商家風の建物も立派ですが、客間に足を進めて驚いたのは、天井や柱にも漆が塗られていること。これは、漆を塗ることで木の強度が増し、建物を長持ちさせるための工夫だといいます。

漆塗りの天井
漆塗りの天井

いま「漆器」と呼ばれ、市場に出ているものには、プラスチックを使ったり、合成塗料を織り交ぜた安価なものが数多くあります。一方、村上木彫堆朱の木地はすべて木製。そこに天然の漆を塗り重ねるという、根気のいる塗りの手作業が施されます。

小杉:堆朱の技術は、中国で誕生し、日本には室町のころからありました。当時は、本当に漆だけを積み重ねて器を作っていて、これが本来の「堆朱」です。しかし、それでは多く作るのが大変だということで、木地に彫刻を施し、そこに漆を塗り重ねていく技術が江戸時代に生まれました。それが「村上木彫堆朱」の始まりです。

小杉漆器店では、100年ほど前の名工が手がけた堆朱の硯箱や細かな彫刻が施された茶棚を見ることができます。

近くで見ると、その層の重なりが目を引く
近くで見ると、その層の重なりが目を引く

全面に手作業で装飾が施された茶棚
全面に手作業で装飾が施された茶棚

では、そんな村上木彫堆朱は、なぜ現代において存在感を失ったのでしょうか?

小杉:「本物」にこだわった結果、大量生産の波に取り残されてしまったんです。漆器は何度も塗りを重ねるので、プラスチックや人工塗料を混ぜても、見た目にはほとんどわかりません。ほかの生産地がそうした手法を取るなか、村上ではあくまで天然の漆と、職人の手作業にこだわってきた。それによって時代の波に置いていかれることになったのですが、丁寧に作られた漆器は、使えば使うほどその丈夫さがわかるものです。

左から:はしのちづこ、小杉和也さん、雪浦聖子

鮮やかな帯留やブローチ
鮮やかな帯留やブローチ

ユーモラスな図案や、現代風の図案が施された品も。メンバーからは「意外といろんなタイプの装飾があるとわかった」といった声も聞かれた
ユーモラスな図案や、現代風の図案が施された品も。メンバーからは「意外といろんなタイプの装飾があるとわかった」といった声も聞かれた

漆はその日の天候によって性質が変わる「わがままな素材」と、小杉さんは言います。そんな漆に精通した職人になるには、約10年の修行が必要ですが、かつては市内に500人近くいた熟練工は、いまや50人ほどだと語ります。

親子3代にわたって「塗り師」を継ぐ女性職人

ここからはそんな職人のうち、「塗り」と「彫り」を専門とする二人の仕事場を回ります。まず訪れた「池野漆工芸」は、親子3代にわたって村上木彫堆朱の塗りを担って来ました。塗りを実演してくれた池野律子さんは、この道20年のベテラン塗師です。

「池野漆工芸」の池野律子さん
「池野漆工芸」の池野律子さん

村上木彫堆朱は、生地への「下絵書き」や図案の全体像を彫る「彫刻」に始まり、幾度にもわたる「地塗」「中塗」「上塗」といった塗り、図案の細部を彫る「毛彫り」、最終的な仕上げである「上すり込み」まで、およそ16個の工程によって作られます。

村上木彫堆朱ができるまでの工程(一部)
村上木彫堆朱ができるまでの工程(一部)

この日、池野さんが行なっていたのは、堆朱のコースターへの「上塗」の作業。まず、乾かないように油に浸けていた刷毛を、濾したばかりの漆で丁寧に洗って綺麗にします。

「漆はゴミを嫌うんです」と池野さん
「漆はゴミを嫌うんです」と池野さん

続いてコースターを手に取ると、真綿を中に詰めた「タンポ」という丸い道具を使って漆を乗せていきます。

タンポを漆で洗っているところ
タンポを漆で洗っているところ

ポンッ、ポンッと塗っていく
ポンッ、ポンッと塗っていく

塗っていた赤い漆は、本朱と「赤口」という顔料を混ぜて4時間ほど練ったもので、何度も叩いて厚みを調整。人毛で作られた刷毛で広げます。

刷毛で色を広げている様子
刷毛で色を広げている様子

この刷毛をはじめ、面白かったのは、作業で使われる工夫に満ちた道具類。刷毛は持ち手の部分にも毛が詰まっており、長く使って痛むと、まるで鉛筆のように木を削って、新しい毛を出すといいます。そのため、道具は非常に長持ちで、池野さんが手にする刷毛はお父さんの代から使っているのだとか。

刷毛
刷毛

塗りに使用する道具類
塗りに使用する道具類

塗り終わると、「塗り風呂」という温度や湿度を調整した部屋にコースターを入れ、次の塗りができるまで待ちます。

漆が固まるまでには、およそ24時間が必要
漆が固まるまでには、およそ24時間が必要

塗り風呂へ。名前がかわいい
塗り風呂へ。名前がかわいい

漆は一つひとつ異なるため、事前にガラス板に塗って色の変化を確かめてから使う
漆は一つひとつ異なるため、事前にガラス板に塗って色の変化を確かめてから使う

池野さんは、「塗るのは一瞬だが、準備にとても手間がかかる。でも、自分ではどうにもならない自然の素材だからこその手間が、面白みでもあるんです」と話してくれました。

池野律子さん

この道40年。高度な技術を涼しい顔でやってのける彫師の仕事

次に訪れたのは彫りの作業を行なっている「川上彫工」。迎えてくれた彫師の川上健さんは、職人になって約40年ですが、「細かい年数は忘れちゃったよ」と笑います。

「川上彫工」の川上健さん
「川上彫工」の川上健さん

4畳ほどの仕事部屋には、「平のみ」や「丸のみ」など、大小さまざまなサイズの彫刻刀がズラリ。この日は、唐獅子が描かれた堆朱の箱の制作過程を見させてもらえました。

この唐獅子を彫る
この唐獅子を彫る

彫りの作業には大きく分け、全体を彫っていく「彫刻」と、工程の終盤で細部を彫っていく「毛彫り」の2種類があります。最初の「彫刻」にあたっては、まず図案を、蚊帳を染めるのにも使われる「青竹」という染料を使って描き、それをタオルなどで湿らせた生地に面相筆で移してから彫り始めます。

図案を描く
図案を描く

一同が興味を示していたのは、豊富な彫りの種類。たとえば、子供時代に彫刻刀を使ってやったような、V字の溝を彫る彫り方は「やげん彫り」。一方、周囲の生地を削り取ることで、図案のかたちを浮かび上がらせる彫り方は、「肉とり」と呼ばれます。

こちらは「やげん彫り」。「肉とりは、次の塗師が作業しやすい角度で彫るのが難しいんだ」と川上さん
こちらは「やげん彫り」。「肉とりは、次の塗師が作業しやすい角度で彫るのが難しいんだ」と川上さん

それにしても目を見張るのは、川上さんの作業のスピード。説明をしながらも、スッ、スッと彫っていきます。

彫りの作業は一発勝負
彫りの作業は一発勝負

彫り方によって表情が異なる
彫り方によって表情が異なる

簡単そうに彫っていきますが、これだけのスピードで彫るまでには、とても長い年月がかかるそう。熟練した職人の仕事の凄さを、あらためて感じます。

見た目や、手先から伝わる感覚を頼りに、一個一個の木の特性を掴みながら、彫っていく
見た目や、手先から伝わる感覚を頼りに、一個一個の木の特性を掴みながら、彫っていく

職人とクリエイターの初顔合わせは、妥協ゼロ

さて、次に一行は、さまざまな職人が作った品の展示や、技術訓練校としても使われている「村上木彫堆朱会館」を訪れました。

村上木彫堆朱会館に到着
村上木彫堆朱会館に到着

ここでは、川上さんをはじめ、塗師の川村将さん、塗りと彫りの両方を手がける鈴木伸也さん、村上堆朱事業協同組合長である斎藤榮さんという職人四人と、クリエイター四人が顔合わせ。本日のメインイベント、クリエイターが事前に用意した図案に対する、職人たちとの意見交換が行われます。

打ち合わせの様子

左から:斎藤榮さん、鈴木伸也さん、川村将さん、川上健さん
左から:斎藤榮さん、鈴木伸也さん、川村将さん、川上健さん

クリエイターには、取材に当たって、それぞれ図案のテーマが与えられていました。とんぼせんせいは「新潟」、塩川さんは「愛」、はしのさんは「愛でる」、雪浦さんは「祝う」を担当。

また、今回制作する「ぐい呑」の土台となる5種類の生地の中から、気に入った形状を選んで来ています。クリエイターが考えた図案が、実際に制作可能なのか、生地との相性はどうかなど、職人の意見を聞くことがこの集まりの目的。ここで、クリエイターが用意してきた図案を紹介しましょう。

「祝う」がテーマの雪浦さんは、それを「sneeuw」の服の特徴でもある、抽象的なパターンとして表現しました。ご祝儀袋などに使われる水引きや、山の稜線を思わせる幾何学的なモチーフが、ぐい呑の周囲をぐるりと一周するように反復されています。

sneeuwのデザイン案
sneeuwのデザイン案

sneeuwのデザイン案
sneeuwのデザイン案

あらゆるイメージに笑顔を描き込み、それらをハックする作風で知られるとんぼせんせいは、お米や新潟県のかたちといったモチーフをチョイス。「新潟」から連想したシンプルな形態を、自分の作品に変えてしまう、彼らしいアイデアです。

とんぼせんせいのデザイン案
とんぼせんせいのデザイン案

とんぼせんせいのデザイン案
とんぼせんせいのデザイン案

可愛らしい力士のイラストを描くはしのさんは、そのお馴染みのキャラクターを使いつつも、村上市の名物である鮭に着目。捕まえた大きな鮭に、力士が振り回されている図案など、「愛でる」というテーマにふさわしい、親しみやすい絵を考えてきました。

はしのちづこのデザイン案
はしのちづこのデザイン案

「愛」という抽象的なテーマを与えられた塩川さんは、鉛筆の手描きのタッチで、いくつかのパターンの夫婦のイメージを展開。ぐい呑の表と裏に、動物のつがいの顔や、女性の胸とお尻が描かれるなど、伝統的工芸品としては挑戦的な図案です。

塩川いづみのデザイン案
塩川いづみのデザイン案

これらの図案に対する、職人たちの反応で印象的だったのは、彼らがつねに「実際の作業として、それらを実現することが可能なのか」という視点を持っていたこと。

たとえば、比較的単純な線からなる雪浦さんやとんぼせんせいの図案は、見てすぐに「やげん彫りで彫ればいい」とわかったものの、はしのさんや塩川さんの手書きの図案には、その描線の細かさから、「彫りや塗りの実現が難しい」という意見が挙がりました。

鈴木伸也さん

その一方で、器を一周する雪浦さんのアイデアには、パターンの始点と終点を合わせることの難しさへの指摘も。また、器の内側にモチーフを彫るというとんぼせんせいの案には、漆の性質上の懸念も挙がります。現実に職人が作れるものとクリエイターの作風との兼ね合い、安価で提供する上での経済的な問題など、シビアな意見も飛びました。

それでも参加者に共通するのは、若者でも手が届きやすい価格と、馴染みやすい絵柄を使うことで、村上木彫堆朱の魅力を広く伝えたいということ。塩川さんのエロティックな図案や、はしのさんのどこか笑えるお相撲さんの絵に対しては、「普段の仕事の中では出会えないモチーフだ」と、職人たちも笑いながら興味を示していました。

川上健さん

実現する上での改定のポイントを丁寧に話し合い、約1時間におよぶ顔合わせは終了。職人たちに今回の企画への意気込みを聞くと……。

川村:堆朱のイメージは、花瓶やお盆など限定されているんです。僕らの普段の仕事では、なかなかそれを変えるアイデアが出てこない。だから、みなさんが描いてくれた図案はすごく刺激的。これを新鮮な起爆剤にして、木彫堆朱を盛り上げたいです。

鈴木:与えられた図案を、自分たちのやり方でどう表現するかが、腕の見せ所だと感じました。ゆるいタッチが魅力の「ヘタウマ」なイラストは、彫りで表現すると、どうしてもただの「ヘタ」になってしまう。そこで、絵の良さをどう残していくのか。働き手がどんどん減っている現状の中で、今回の試みは大きなチャンスだと思っています。

鈴木さんからはまた、「でも、このプロジェクトが終わったあとが本当の勝負。一発の花火にしてはいけないんです」という現実的な意見も。都市の先端表現と、村上市の伝統の技は、どのような組み合わせの妙を生み出すのでしょうか。顔合わせが終わったあとの会場では、かつて、父親が相撲の行司が持つ軍配を作っていたという鈴木さんと、はしのさんが会話するなど、小さな交流の芽も生まれているようでした。

市民の結束の証である「山車」に、天井からぶらさがる千匹の鮭の圧巻の光景

さて、取材もいよいよ終盤。ここからは、村上市が誇る観光施設や名物が並ぶ店を急いで回ります。まず訪れたのは、数々の郷土資料が展示されている「おしゃぎり会館」。

街ごとに異なる仕上げが施されたおしゃぎり。住民の寄付によって修復しながら長年大事に使われており、市民の誇りの象徴でもある
街ごとに異なる仕上げが施されたおしゃぎり。住民の寄付によって修復しながら長年大事に使われており、市民の誇りの象徴でもある

「おしゃぎり」とは、毎年7月の「村上大祭」で使われる屋台のこと。装飾には漆や金箔も使われ、2階ほどの高さを2輪で支えているのが特徴。祭りの当日には、市全体で31台もの豪華絢爛な屋台が街を練り歩くといいます。

そして最後の訪問先は、村上市の代名詞である鮭料理や加工品が楽しめる「味匠 喜っ川」。

味匠 喜っ川
味匠 喜っ川

ここで驚いたのは、何と言っても天井から吊るされた「塩引き鮭」の大群です。

店内の様子

塩引き鮭

その数は、なんと約千匹。一同からも、この光景を前に感嘆の声が上がります。村上市を回る中でも、各所の軒先で見かけた塩引き鮭は、遡上を始めた最盛期のオスの鮭の内臓を抜き取り、1週間ほど塩漬けにしたあと、1年間にわたって空間発酵させたもの。

塩引き鮭
塩引き鮭

ほどよい塩分が吸収されたその鮭の皮を剥ぎ、お酒に漬けて食べる「酒びたし」は、地元でもっとも愛される料理のひとつです。参加メンバーも、店舗で試食をしたり、「〆張鶴」と「酒びたし」のセットを購入するなど、最後の訪問先を楽しんでいました。

安価で親しみやすい、新しい伝統的工芸品

1日で回った村上市の弾丸ツアーも、これにて終了。訪問前は、村上木彫堆朱はもちろん、村上市のこともよく知らなかったメンバー。市内をまわり、職人たちと触れ合った取材を通して、これから制作にあたる彼らの中には、どんな印象が残ったのでしょうか。

とんぼせんせいと塩川さんは、職人とのコラボレーションを通じて、自分では想像できないような、予想外の作品が生まれる期待感を感じたと言います。

とんぼせんせい:訪問前は、やげん彫りや肉とりなど、彫り方にこんな多くの種類があるとは思っていませんでした。自分は普段、平面を作っているので、あえて彫り方を指定せず、職人さんに任せることで、面白い効果が生まれるかもしれない。堆朱も鮭料理もこの風土でこそ生まれた文化。その良さを残しながら、アップデートしたいです。

とんぼせんせい

塩川:私の案が突飛だったのか、最初の反応を見て大丈夫かなと思いました(笑)。でも、最終的には面白がってもらえて良かった。普段の制作では、最終的なゴールがなんとなく見えているものなんですけど、今回は最後の締めを職人さんに委ねることになる。そこがいつもと一番違うことで、とても刺激的な経験になると感じました。

塩川いづみ

一方ではしのさんや雪浦さんは、さまざまな制約のあるプロジェクトを通して、自分のスタイルをあらためて見つめなおしたり、広げたりできると感じたと話します。

はしの:昔は、自分の作品に人の手を加えられたくなくて、最後まで一人でやりたいと考えていたんです。でも最近は、人と関わって作ることに関心を持っている。今回、職人さんの仕事を見て、漆の性質や彫りの技術など、さまざまな現実がわかりました。価格帯も含めたそういった制約を楽しみながら、制作に活かしたいと思います。

はしのちづこ

雪浦:普段はIllustratorを使ってパターンを考えるので、とくに意識することなくモチーフを反復できていた。だけど、それを彫りで実現することの難しさを指摘されて、ハッとしました。今回の試みを通じて、職人さんがひと彫りに魂を込めるように、パターンに頼らなくても強いイメージというものを模索したいです。

雪浦聖子

地元の人が「開発に取り残された」と語る古い町並みが、むしろ魅力的で貴重なものに見えたという感想や、おしゃぎりの巨大さと豪華さに刺激されたという感想も。現地を訪れて感じた村上市の風土は、きっと彼らの作品にも現れてくることでしょう。

都市圏のクリエイターが、地方の伝統的工芸品に関わること。そこには、下手をすれば伝統の破壊や、地方の搾取につながり得る、難しい面があることは事実です。しかし、お互いのスタイルを尊重しつつ、伝統に新しい風を入れることは、技術の保存のためにも大切なことです。村上木彫堆朱会館で、彫師の川上さんはこう話してくれました。

川上:ずっと同じことをやることが「伝統」と言う人もいるかもしれませんが、そうではないと思うんです。技術をつなげていくためには、いまの時代の人に響くものを取り入れて、つねに変えていかないといけない。それが、伝統というものだと思います。

この難しい課題に取り組むプロジェクトから、一体、どんな新しい村上木彫堆朱が誕生するのでしょうか。試作品はまず2月15~17日に開催される展示会『rooms』でお披露目して、その後、百貨店やCINRA.STOREでも販売予定。それを目にする日を、楽しみに待ちたいと思います。

イベント情報
『rooms34』

2017年2月15日(水)~2月17日(金)10:00~18:00(予定)
会場:東京都 国立代々木競技場第一体育館

プロダクト情報
村上木彫堆朱 新ブランド「朱器」

現代のクリエイターと村上木彫堆朱の職人のコラボレーションから生まれた、普段使いの漆器ブランド。気持ちを晴れやかに演出する“朱色”を活かしたデザインモチーフで、ひとつひとつ職人の手によって作られています。使い続けるほどに飴色に色づいていく朱器は、世界中に二つとない、あなただけの器となります。第一弾は「朱器の酒器」。酒坏を交わす度に色づく朱色と愉しい絵柄を愛でながら、今宵も一杯、ハレ気分。

プロフィール
塩川いづみ (しおかわ いづみ)

イラストレーター。1980年生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。広告、雑誌、商品などのイラストレーションを手がけるほか、展示発表も行う。

とんぼせんせい

「三本の線を引くだけでどこにでも現れる」をコンセプトに、人物、動物、風景、プロダクトなど、様々なイメージに憑依するイラストレーター。個展やグループ展の参加、企業・出版社へのイラスト提供から、ワークショップ講師、トークの司会など、多岐にわたる活動で活躍中。

sneeuw (すにゅう)

2009年スタートのユニセックスのアパレルブランド。コンセプトは「clean and humor」。シンプルな中に遊び心のある仕掛けをちりばめて日常を、少しだけ浮き上がらせる身の回りのものを作っていく。

はしのちづこ

イラストレーター。2012年美術大学を卒業。2013年のイベントをきっかけに手を繋いだお相撲さんのライブペイントやグッズを作り始める。



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