トリエンナーレの時期以外も楽しめる越後妻有
この夏は、各地でアートフェスティバルが花盛り。ここで新潟の「越後妻有」の話をすると、詳しい人なら「あれ、『越後妻有アートトリエンナーレ』は来年では?」と思うかもしれない。たしかに、老舗芸術祭である同トリエンナーレは、来たる2018年。でも今回はあえて「トリエンナーレの時期以外も楽しめる越後妻有」を紹介したい。
あわただしい日常から少しはなれ、穏やかな空気のなかで、歴代の名作アート群や、次回トリエンナーレに向け先行公開された新作も体験。季節のイベントや、里山の美食、温泉、ユニークな宿泊体験など、気負わずゆったりとアートを楽しめる夏の旅をどうぞ!
『「大地の芸術祭」の里』を訪ねて。アートだけに留まらない越後妻有旅の足取り
この夏の始めに、越後妻有を訪れた。目的は、来年のトリエンナーレに向けた新作を一足早く公開したアーティスト、レアンドロ・エルリッヒの取材。その様子はインタビュー記事(「常識」をひっくり返す楽しさをレアンドロ・エルリッヒが語る)でお届けしたので、ここではその際の体験から、この地域の旅の魅力を紹介したい。
新潟県の十日町市・津南町は、3年ごとに開かれるスケールの大きな国際芸術祭『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』の舞台として知られる。美しい風景や地域の歴史にリンクするように、世界中のアーティストによる作品が屋内外のあちこちで見られるのが大きな特徴だ。
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』代表作品(サイトで見る) イリヤ&エミリア・カバコフ『人生のアーチ』(2015年)photo by Osamu Nakamura
もうひとつユニークなのは、芸術祭が終わった後も、広いエリアの屋内外に名作が残るケースも多いこと。それがこの『「大地の芸術祭」の里』に豊かな息吹を与えている。つまり、いつ訪れても出会いや再会があり、変化し続ける芸術の里としての魅力だ。
廃校をまるまる使った作品や、棚田に展示された作品。土地と溶け合うアート群
旅の玄関口は、十日町駅。『FUJI ROCK FESTIVAL』のお膝元=上越新幹線の越後湯沢駅からローカル線に乗りかえ、1時間弱の場所にある。ここからすぐの越後妻有里山現代美術館[キナーレ]では、国内外のアーティストがこの地にインスパイアされて生まれた作品を体験できる。
越後妻有里山現代美術館[キナーレ]に常設されているレアンドロ・エルリッヒ『トンネル』
建物中央に広がる40×40mのシンボリックな池は、「入ってじゃぶじゃぶ遊んでみたい……」と思う人も多そうだが、この夏はこれが実現! 水を体感するアート作品が楽しめる特別企画『水あそび博覧会』が開かれる。
越後妻有里山現代美術館[キナーレ]内にある池 photo by ANZAï
越後妻有里山現代美術館[キナーレ]ではこの夏、池に水を体験するアート作品が登場。じゃぶじゃぶと水に入って遊びながら作品を鑑賞する特別企画『水あそび博覧会』を開催する photo by Osamu Nakamura
ここはインフォメーションセンターもあるので、「思い立って来てしまった!」という旅人にも優しい場所。最新版ガイドブックのモデルコースなども参考に、お目当ての作品をめぐるプランを立てるのがおすすめだ。電車で来た際は、ここからレンタカーやタクシーを活用しよう(目的地によってはバスも使える)。
筆者はまず、信濃川をわたって山道をすすみ、「絵本と木の実の美術館」を訪ねた。ここでは絵本作家の田島征三が、廃校になった小学校校舎をまるごと「空間絵本」に変身させている。
「鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館」物語にそって作品が展示される「空間絵本」となっている
空間絵本のもとになっている絵本『学校はカラッポにならない』と、物語に登場するおばけ・トペラトトの絵本
体育館、教室、更衣室などをめぐると、流木や木の実によるカラフルで巨大なオブジェが、ときに機械じかけで動きながらストーリーを紡いでいく。物語は、廃校時の「最後の生徒」三人を主人公に、思い出を食べるユーモラスなおばけがからむもの。それは「思い出は、なくならない」という作家からの優しく力強いメッセージであり、現地・鉢集落の人々に愛され続けている。
教室の外にある自転車をこぐと、流木で作られた人形の腕が動き太鼓を叩く
じつは筆者はこの施設が誕生した2009年の第4回トリエンナーレでも訪れたことがあったが、今は校庭に小さなヤギたちの暮らす小屋が建ち、川の水を引き込んでのビオトープづくりなど、人々の手で変化してもいた。そんな再会と移り変わりを楽しめるのも、越後妻有の魅力だろう。
他にも、現代アートの巨匠、クリスチャン・ボルタンスキーとジャン・カルマンによる『最後の教室』(2006年)は、やはり旧校舎を使いつつも対照的。ミステリアスな神聖さに包み込まれ、吸い込まれそうな作品で、この夏は期間限定で公開される。
クリスチャン・ボルタンスキーとジャン・カルマン『最後の教室』(2006年)photo by Takuboku Kobayashi
一方、何千枚もの丸い鏡におおわれた家屋作品『再構築』(行武治美、2006年)のように、里山の風景に溶け込みつつ幻想的なイメージを放つ屋外作品も、旅の醍醐味といえる。
行武治美『再構築』(2006年)photo by Masanori ikeda
なお同作は、老朽化などを理由に、この夏を最後に公開終了になるという。残念だが、それもまた「生きている芸術の里」の一面といえる。思い入れのある人や見逃してきた人は、ぜひこの機会に訪れてみてはどうだろう。
里山の美食は素材自慢。五感で味わう越後妻有フード
旅とは、お腹がすくものである。ましてここは、新潟名産のお米や、新鮮な野菜や山菜など、厳しい自然から生まれた恵みの食材を誇る土地。というわけで、食の楽しみも越後妻有の旅にはかかせない。
ランチなら、まつだい「農舞台」にある「越後まつだい里山食堂」がおすすめだ。この空間はアート作品でもある。「農舞台」は草間彌生の屋外彫刻『花咲ける妻有』(2003年)など、館内外でアートと出会える場で、地域資源の発掘・発信がテーマとなっている。
農舞台のレストラン「越後まつだい里山食堂」。テーブルが鏡になっており、天井に飾られている越後妻有エリアの写真が映り込む作品 ジャン・リュック=ヴィルムート『カフェ・ルフレ』(2003年)
まつだい「農舞台」の天井には実際に使われていた農具が吊るされている。雪深い地域ならではの独特なものも
その地域資源の発掘・発信というテーマどおり、「越後まつだい里山食堂」では季節ごとの地元野菜や、名産コシヒカリを使った滋味深い料理をふるまってくれる。大窓からは、美しい棚田を生かしたイリヤ&エミリア・カバコフの作品、その名も『棚田』(2000年)を眺められる。
「越後まつだい里山食堂」では体に優しく、滋味深い、ここにしかない「まつだいの味」を堪能できる
美しい棚田と大地の恵みの背景には、厳しい自然と向き合ってきた人々の歴史もあった。そんなことにも思いをはせる。それは、すぐ近くの一帯を見下ろせる丘に立つ、同じくカバコフ夫妻による『人生のアーチ』(2015年)に向き合うときも同様だろう。なおこの夏の「農舞台」では、子供も大人も楽しめる『山あそび博覧会』企画が開催され、ボルダリング空間などが出現する。
山の小道を抜けた丘の上に佇んでいるイリヤ&エミリア・カバコフ『人生のアーチ』(2015年)
『山あそび博覧会』では子供も大人も楽しめるボルダリングを体験できる photo by Osamu Nakamura
食のスポットとしては前述のキナーレにも「越後しなのがわバル」があり、土地の名品を土地の料理法で味わう「土産土法」の郷土料理を堪能できる。また、絵本と木の実の美術館には「Hachi Café」があり、集落産の野菜を生かしたランチセットが人気。小学校の机や椅子をリメイクしたインテリアも可愛らしい。これは作品めぐりにも言えることだが、一度ですべてを体験するのはかなり大変、というかほぼ不可能で、だからこそ何度訪れても楽しめる場所なのだろう。
日本三大薬湯のひとつも。湯の道も辿るに広し越後妻有
アートめぐりの後には、のんびり温泉につかりたい。日本三大薬湯のひとつ「松之山温泉」は、冬の豪雪で知られる山間の自然にあり、日帰り入浴OKなところも含め、複数の旅館が軒をつらねる。一方、峠のてっぺんから遠く苗場まで見わたせるパノラマ露天風呂の「まつだい芝峠温泉 雲海」では、名物の雲海が山々のあいだに広がり、雲の上にいるような不思議な気分で温泉に浸かることができた。
なお松之山地域には、松之山温泉からさらにすすむと、パフォーマンスアートのゴッドマザー、マリーナ・アブラモヴィッチによる『夢の家』(2000年)も。これは予約制の「泊まれるアート」で、築100年以上の古民家で、夢をみるためのベッドに横たわって眠りにつく、特別な宿泊体験となる。「自分自身と向き合うために、夢を見てほしい」というのが作家の願いだとか。
マリーナ・アブラモヴィッチ『夢の家』(2000年)photo by ANZAï
「泊まれるアート」としては、光のアーティストとして知られるジェームズ・タレルの『光の館』も(川西エリア)。これは彼の歴代作品中、世界でただひとつ、宿泊できるものとしても貴重。日本の伝統的家屋の中で、世界的アーティストの光空間をぜいたくに堪能できるのが人気で、熱心なリピーターもいるという。2000年の誕生時は光の表現に白熱灯を使ったが、後にLEDに入れ替えてバージョンアップしている。
ジェームズ・タレル『光の館』(2000年)photo by Tsutomu Yamada
宿にもアートが。自然と一体にくつろぐ越後妻有の夜
今回、筆者がお世話になった宿は、前述のレアンドロ・エルリッヒによる新作が設置された宿泊施設「三省ハウス」。ここも、松之山温泉から車で約10分北上したエリアにある。集落を見下ろす、丘のうえに建っている。元は小学校の木造校舎で、教室がドミトリー式の客室に、職員室が食堂になり、体育館では今もバスケや卓球などができる。
山々に囲まれた廃校をリノベーションした宿泊施設「三省ハウス」。小学校の雰囲気がしっかり残っており、卒業生も働いている。
小中学生のころの思い出がよみがえり、大人の合宿気分も味わえるような場所。もちろん子どももOKで、小学校の友だち同士のような家族連れグループが、元気に走り回っていた。集落のお母さんたちによる郷土の家庭料理も、長テーブルで皆が一緒にいただく。
三省ハウスの食堂。かつては職員室だった部屋で、この土地の家庭料理や日本酒が味わえる
こうした場所では、偶然から生まれる会話も楽しい。筆者は同行した写真家らの他に、観光で訪れたという外国人男性3人組が同室だった。聞いてみると、スイス人のロボット研究者(趣味は芸術鑑賞)と、フランス人の摩擦学研究者(趣味はポールダンス)、アメリカ人の英語教師(趣味は謎)で、仙台で仲良くなったという何かすごいグループだった。
彼らに図書室にエルリッヒの新作があることを伝えると、「うぉっ!」「これどうなってるんだ?」とひとしきり盛り上がった後、「オサケ、一緒にどう?」と食堂で日本酒をご馳走になった。話題はエルリッヒ作品の面白さから、「『バガボンド』(井上雄彦)ってこれからどーなるの?」という意外な展開にまで広がり、泊りがけの旅ならではの嬉しいひとときだった。そのエルリッヒは、かつてCINRA.NETの記事(日本一有名なプールからの10年『レアンドロ・エルリッヒ』展)で、こう語っている。
子どものときは、驚きや発見によって世界を広げていくけど、大人になると現実の受け止め方は硬直して、大方のことはすでに知っているように振るまい、驚きや発見は減ってしまう。だけど、慣れ親しんだものでも見方を変えることによって、驚きや魅了される経験を取り戻し、新しい物語に出会うことができる。
この言葉を胸に、またここを訪れたい。そんなふうに思った越後妻有の旅だった。
- イベント情報
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- 『「大地の芸術祭」の里 越後妻有2017夏』
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2017年8月5日(土)~8月20日(日)
会場:新潟県 越後妻有エリア各所
料金:共通チケット 大人2,000円 小中学生500円
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