カメラ付きケータイ、スマホ、そしてInstagramの登場で、かつてなく「写真」に溢れた時代が今だ。誰もが手軽に撮れるだけでなく、発表までも自由に行える環境では、写真の役割も意味もどんどん変わっていく。では逆に、変わらないものとはなんだろう。
『ニコンフォトコンテスト2016-2017』は、その両方を考える機会かもしれない。カメラの総合機器メーカーであるニコンが1969年から続けてきたこの国際写真コンテストは、今年Celebration(祝い)とFuture(未来)の2つをテーマに掲げた。世界約170か国から作品7万6356点が寄せられ、アートディレクター、写真家、キュレーターらの審査によって53人の入賞者が決定し、その作品展が東京・代官山T-SITE GARDEN GALLERYなどで開催された(同会場での展示は終了。品川のニコンミュージアムでは9月30日まで開催されている)。
その会場を訪ねたのは、女優のりりかさん。役者としての活動と並行して、自分の生活を写真で記録し続けるプライベートなアートワークを作る彼女は、世界中から集まった写真を前に何を思うのだろうか? 同コンテストで審査員をつとめたフォトキュレーターの小高美穂さんが案内役となり、小さな写真旅行に出かけてみることにした。
オンライン審査と、3日間にわたる議論で決定したグランプリ作品を読み解く
代官山T-SITE GARDEN GALLERY会場には、各部門のグランプリ作を中心に、選りすぐられた入賞作10数点が集められている。その一つひとつを興味深そうに眺めるりりかさん。特に気になったのは「ニコン創立100周年記念部門」テーマ“Celebration”のグランプリ、イタリア人写真家アンナマリア・ブルーリの『Greeting to the Sun(太陽を迎える祈り)』。アラブ系のおばあさんが室内で瞑想している、静かな一枚だ。
「ニコン創立100周年記念部門」のグランプリ作品である、アンナマリア・ブルーリの『Greeting to the Sun(太陽を迎える祈り)』
りりか:すごく気になる写真で、思わず足を止めてしまう魅力を感じました。でも、おばあさんが被写体で、窓から光が射すシチュエーションって、決して真新しいものではないですよね。私はすごく好きだけど、なぜこの作品がグランプリになったのか、ちょっとわからないかも……?
『Greeting to the Sun(太陽を迎える祈り)』を見るりりか
絵画で言えば、フェルメールの窓辺に立つ人物像を思い起こさせる一枚は、たしかに既視感がある。実際、最終審査でも最初はこの作品を見逃す人は少なくなかったと小高さんは言う。
小高:受賞作は、事前のオンライン審査、そして東京会場での3日間にわたる議論で決定しました。ボードに貼られた数百枚の写真から気になったものに各審査員が票を入れていって、一つひとつについて話し合いながら、なぜその作品がよいのか、この作品が受賞すべき理由は何なのかを議論し、絞り込んでいったんです。
そうやって反射神経と脳の両方を3日間働かせながら大量の写真を見続けていると、中にはどうしても見過ごしてしまいがちになる写真があって、このおばあさんの写真もそんな一枚だったと思います。一見すると穏やかで、色彩も控えめで、被写体も目立つわけではない。でも、審査員全員で今回のテーマ「Celebration」の意味について話し合い、何を重要視するかを共有していくことで、とても重要な一枚へと変わっていったんです。
『Greeting to the Sun』は、写真家がエジプト人の友人の家に宿泊していたときに撮られた一枚だ。友人の家族のおばあさんはイスラム教徒で、朝になるとコーランを唱える習慣をずっと続けていたのだという。朝が来て、太陽がのぼり、その光が室内に射し込んでくると祈りを捧げる。日常のサイクルのなかで、また新しい一日が始まることに感謝し、祝うということ。そんな普通の瞬間だったからこそ、Celebrationの本質が浮かび上がるのだろう。目利き揃いの審査員も、本作のグランプリに満場一致で票を投じたという。
りりか:いい写真の基準って、結局、それぞれの「好き嫌い」なんじゃないのかな? って今までは思っていました。新鮮さを基準にするとしても、そもそも誰も見たことのない写真なんて、もうこの世界にはないですから。でも、小高さんの説明を聞いて、コンセプトやテーマによって写真がより深い意味を持つことがわかった気がします。今は「やっぱりこれしかない!」と感じます。
最初は「かなり意外だった」と言うりりかが、グランプリ写真に感じた「Future」の意味
『ニコンフォトコンテスト2016-2017』には、全部で3つの部門とそれぞれにテーマが設定されている。「ニコン創立100周年記念部門」のテーマはCelebration。29歳以下の応募者を対象とする「Next Generation部門」と、応募資格を問わない「一般部門」のテーマはFutureだ。「Next Generation部門」「一般部門」は、単写真、組写真、動画に分けられている。そして、「ニコン創立100周年記念部門」のグランプリと、その他の部門から選ばれる「グランプリ」、さらに「応募者が選ぶグランプリ」が決定する。
Futureのテーマでグランプリに選ばれたのが、中国人写真家ティアン・ユァンユァンの『休 / Break Time』だ。被写体は、中国の鋳物工場で働く労働者たち。一晩中の夜勤を経て、朝を迎えたひとときの休憩時間をとらえた一枚だ。
「Next Generation部門」および「一般部門」のグランプリ、ティアン・ユァンユァンの『休 / Break Time』
りりか:この写真が「Future」というのも、かなり意外ですよね。未来、って言葉から想像する写真って、赤ちゃんだとか、被写体のなかで未来が育っていくものだと思うんですよ。でもこの写真に写っているのはおじいちゃんたちだし、中国の労働環境もけっして恵まれているとは言えないですよね。
小高:そうなんですよ。今回の審査員のなかに中国人の方がいらっしゃって、彼のおじいさんも昔こういう仕事に従事していたそうです。やはり健康面・身体面でかなり負荷のある過酷な仕事で、この写真からもそれは伝わってきます。そして、中国国内でこういった労働、環境問題について踏み込んだ写真を発表するのは写真家自身にとっても大きな覚悟が必要なことかもしれないですね。
りりか:そうですよね……。
小高:でも、この風景に彼が見出しているのはそれだけではないんです。同じ職場で働く人たちが家族のような絆で結ばれていて、厳しい労働の後の、ほっとするひとときを会話しながら過ごしている。それはとても平和な時間です。
彼はこの場所を10年以上取材し続けていて、他にもたくさんのシーンを撮りためています。でも彼が今回の応募で選んだ一枚は、危険をともなう労働の風景ではなく、その合間に訪れる何気ない時間の方だった。この写真が私たちに喚起する想像は、厳しさだけでなく、穏やかさや楽しさでもあると思います。
『休 / Break Time』が伝える未来とは、労働問題や社会状況の厳しさといった人々が今まさに直面しなければならない、そして100年後に残すべき問題でもあるだろう。しかし同時に、家族を大事にし、人間らしく働く営みの普遍性もここから読み取ることができる。この写真をグランプリに選ぶということは、100年後の人々にそういったビジョンを伝える意思のあらわれであり、そして、今を生きる私たちが100年後の未来を考えることを促す契機でもあるはずだ。
りりか:写っているものだけが未来ではないんですね。写真には見えないものを想像することにも未来がある。写真に撮られたおじいちゃんたちは、くたびれた労働者のように見えるけれど、一人ひとりが自分の家族、子どもや奥さんの未来を背負っている。だからこれは未来につながる写真なんですね。
もう一枚気になる写真があるんですけど、安藤秀さんの『今日の朝ごはんは何にしよう?』。朝ごはんと言いつつ、お皿に卵が1つだけのっているシュールさとかわいさがたまらない(笑)。そしてちょっと怖くもありますよね。卵の中には生命が入っているわけで、この後どうなるんだろうと思うとドキドキする。これも、未来の一つの姿なのかも。
小高:卵って、予期できない未知を象徴してますよね。これがNext Generationの部門に応募されていることも楽しい。
りりか:「女優の卵」みたいな言い回しもありますからね(笑)。
なぜ二人は、無名な人の写真に惹かれる? プロの写真にもInstagramにもない魅力
CMや映画で活躍するりりかさんが、女優の世界に足を踏み入れたきっかけは、「生活の写真」と題する一連のシリーズ写真をTumblrにアップする活動を始めたことから。その他にも毎朝の寝起きを自撮りした「きょうのねぐせ」シリーズ、最近では「yawn.」シリーズも発表している。そんな彼女は、写真との関わりをどのようにとらえているのだろう?
りりか:私は、写真を「過去」だと思っているんです。だからFutureという考え方はあまりなくて、それまでの過去を記録できて、それを後から振り返って、自分を理解するためのものなんです。
自分って、一番よくわからないじゃないですか。鏡やカメラを通さないと自分の顔を見る機会はないですし、どんな表情をしてるかを見る機会はもっとない。それを確かめたくて、写真を続けてるんです。
小高:すごくわかります。キュレーターの仕事としては、作家として活動する方達の写真に多く接するんですけど、出来上がった作品だけでなく、「写真を撮る」時の衝動や想いに興味があって、個人的には無名の人の写真にもすごく惹かれるんです。そういう写真にこそ、純粋な想いがあふれていて、面白いものもたくさんあって。蚤の市で売られている、古いアルバムについつい手を伸ばしてしまいます(笑)。
りりか:プロの写真家は、やっぱりどこかで誰かに見せることを前提にしていますよね。それはSNSの写真も同じで、アマチュアであっても誰かに見せることを念頭に置いて撮っているのがわかる。でも、それってちょっと気疲れてしまうところもある。だから、誰かに見せるためじゃない写真が好きなんです。
例えばInstagramでの写真体験は、こちらから探しに行かなくとも、待っているだけで、セレブや人気インスタグラマー、友人たちから次々と写真が届く、受動的なものとも言える。けれども、誰にも見せない写真と出会うためには、こちらから能動的に探しに行かないといけない。りりかさんも、そんな写真探しに出かけたりすることはあるのだろうか?
りりか:めちゃくちゃやります! 本屋さんに行って写真集を読み漁ったりしますし、完全にインターネット世代なので、SNSやブログをチェックして、あまり誰にも知られていなさそうな写真を探したりしてます。
特に「いいな」と思うのは、家族で音楽をやってる方のブログ。あまり知られたくないので名前はナイショ(笑)。お父さんもお母さんもミュージシャンで、子どもが3人いるんですけど、その子たちが全員ハチャメチャなんですよ。のびのび育てられていて、その様子をお父さんがずっと撮ってるんです。いちばん下の子はまだ小さいから、毎日の散歩の様子がアップされていて、もうたまらなくかわいい!
ちなみに、特別にちょっとヒントをもらって、後日その散歩ブログをチェックしてみたら、いちごパックを持ってロックな表情を浮かべたり、コンビニで買ったアイスで口のまわりをべっちょべちょにする様子が、本当にかわいかったことを報告しておきます。
なぜりりかは女優の世界に飛び込んだ? 「ずっと誰かに撮ってもらえる自分でありたい」
『ニコンフォトコンテスト2016-2017』の受賞作が、写真としての視覚的な魅力だけでなく、作品が喚起するイメージや想像力を重視していること。そして、りりかさんが自分という存在の確認のために写真を始めたこと。そういった話を聞いていると、写真の役割の中心は、誰かと誰かを結ぶコミュニケーションにあるように感じる。
近年のSNSと写真の結びつきがそれを促進させた理由の一つではあるが、写真史を振り返ると、20世紀半ばには臨床心理の現場で写真撮影を用いる「フォトセラピー」が生まれている。写真を撮ることで自分自身を理解し、撮る / 撮られるの関係から、コミュニケーションの快復を目指すのだ。
りりか:私自身も10代の頃に精神的にしんどい時期があって、それが自分を被写体にしたきっかけだったんです。自分で撮るのではなくて、誰かに撮ってもらって、その写真をブログにアップすることで、気持ちを軽くできたんです。女優の世界に飛び込んだのもその延長と言えるかもしれなくて、ずっと誰かに撮ってもらえる自分でありたいと思っています。それが仕事の理由になっているのが、自分でもちょっと奇妙ではあるんですけど(苦笑)。
小高:はじめてお会いしたとき、りりかさんが「写真って魂みたいなものが映る気がするんです」とおっしゃってましたけど、まさにそのとおりで。例えば絵で肖像を描いてもらっても、「絵画=私自身」とまではなかなか感じないですよね。写真があたかも自分そのものであるような感覚は、写真独特のものだと思うんです。
ちょっと前に、東京都写真美術館で幕末期に撮られた土方歳三の古写真の展示を見たんです。そこで面白かったのが、来場していたおじいちゃんが、それに向かって手を合わせてたんですよ。
りりか:拝んでるんですね!
小高:美術館で拝むって状況に驚いたんですけど、写真は遺影にもなりますから、妙に納得してしまいました。この他にも写真にまつわるいろんな風習がありますよね。「お焚き上げ」と言って、古い神棚や人形と一緒に写真を燃やしたりするとか、心霊写真とか。写真ってちょっとミステリアスなもので、感情を投影しやすいものなんです。
りりか:私も写真にはすべて念を込めているつもりです(笑)。私は撮られる側として写真に接していますが、ぜひいつか『ニコンフォトコンテスト』に応募してみたいと思いました。でも、そのときも撮る側ではなくて、撮られる側として応募したい。規定上は難しいでしょうけれど、自分の写っている写真は、私にとって紛れもなく私の作品だと思っているんですよね。
今までは、そういう自分のスタンスが変化球すぎるかな、とも思っていましたけど、小高さんの話を聞いて、写真との関係性はいろいろあるんだな、と肯定できるようになった気がします。写真って、やっぱり楽しいもの。私もおばあちゃんになって死ぬまで、写真に写り続けていたい。それが、私にとっての写真行為なんだと思います!
- イベント情報
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- 『ニコン フォトコンテスト 2016-2017 フォトエキシビション』
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品川会場
2017年7月24日(月)~9月30日(土)
会場:東京都 品川インターシティ ニコンミュージアム
時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)
休館日:日曜、祝日、8月11日~8月15日
料金:無料新宿会場
2017年10月24日(火)~10月30日(月)
会場:東京都 ニコンプラザ新宿 THE GALLERY
(東京都新宿区西新宿1-6-1新宿エルタワー28階)
時間:10:30~18:30(最終日は15:00まで)
休館日:日曜
料金:無料代官山会場
2017年7月29日(土)~8月2日(水)
会場:東京都 代官山T-SITE GARDEN GALLERY
※代官山会場は会期終了
- イベント情報
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- 『ニコン フォトコンテスト 2016-2017 フォトエキシビション』の世界巡回展
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中国
上海
8月8日~8月31日
会場:ニコンプラザ上海北京
9月7日~9月30日
会場:ニコンプラザ北京広州
10月6日~10月31日
会場:ニコンプラザ広州インド
デリー
11月1日~11月12日
会場:All India Fine Arts & Crafts Societyムンバイ
11月21日~11月30日
会場:National Centre for the Performing Artsチェコ
プラハ
10月2日~10月30日
会場:NIKON PHOTO GALLERYフランス
パリ
11月9日~11月13日
会場:Porte de Versaillesイギリス
ロンドン
12月1日~12月31日
会場:Center of Excellence
- プロフィール
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- りりか
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女優。2015年デビュー後まもなく出演した三井住友VISAカードCMで一躍注目を浴びるように。現在、CM、ドラマ、映画と多岐に渡って活躍中。2018年には土田淳平監督の映画『放課後戦記』(準主演)が控えている。6月には初のインスタレーションを開催した。「私の人生はこの写真たちにうつり込むものが全てです」はりりかの言。ミシェルエンターテイメント所属。
- 小高美穂 (おだか みほ)
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フォトキュレーター、日本大学芸術学部写真学科非常勤講師。上智大学英文学科卒業後渡英。Falmouth Collage of Arts(イギリス)写真学科修士課程修了。写真展、フェスティバルでのキュレーション、国内外の展覧会や巡回展のコーディネート、作家マネージメント、執筆等日本と世界を繋ぐ様々な写真のフィールドで活動している。主な展示に2016年T3 Photo Festivalでの共同キュレーション、2015年東京国際写真祭展示キュレーション、国際写真賞Prix Pictetの東京巡回展、『マリオ・ジャコメッリ写真展―The Black is Waiting for White』(東京都写真美術館 2013年)のコーディネート等。
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