『ケトル』編集長が講義。編集の力で、下水道の面白さに迫る

みんなが気づいていない価値を見出す。ケトル嶋の考える「編集」の意味

「編集とは、情報を整理してわかりやすく伝えることだと捉えられています。でも、みんなが気づいていない価値を見つけ出す役割もあるんですね」

そう語るのは、株式会社博報堂ケトル代表取締役社長の嶋浩一郎。雑誌『ケトル』の編集長を務める、編集のスペシャリストだ。彼はその日、「東京地下ラボ by東京都下水道局」というプロジェクトのゲスト講師として学生の前に立っていた。

東京都下水道局が実施した下水道に関する都民意識調査によると、20代の下水道事業への関心が10%程度だった。「東京地下ラボ by東京都下水道局」とは、この状況を打破するために東京都下水道局が立ち上げたプロジェクト。今後3年かけて東京下水道の新たな可能性や魅力を発信し、若い世代の下水道への関心を高めていくという。

1年目となる2018年度のテーマは「下水道の魅力を、編集の力で若い世代に届ける」。デザイン、工学、科学など、異なるバックグランドを持つ学生が4人1組となり、下水道に関するZINEを制作していく。その最初のワークショップが、11月18日に首都大学東京で開催された。

嶋浩一郎(株式会社博報堂ケトル代表取締役社長)
嶋浩一郎(株式会社博報堂ケトル代表取締役社長)

嶋は簡単な自己紹介を済ませたあと、「編集とは?」について学生たちに語りはじめた。

:編集とは、みんなが気づいていない価値を見つけ出す役割があるんですね。それが下水道にもきっとあるはず。東京都下水道局の職員を「そういえば、そんな価値があったよね」と唸らせることができたら最高だと思います。

そうした、新しい価値を発見した事例として引き合いに出されたのが「10分どん兵衛」。本来、お湯を入れて5分待つどん兵衛を10分待って食べるという、芸人のマキタスポーツが発案した新たなカップうどんの食べ方だ。

:即席麺の価値は、早く食べられることだと長年考えられてきた。しかし、それは高度成長期だからこそ意味のあったこと。現代においては、3分や5分といった時間にこだわる必要はないですよね。あえて10分待つことで、よりおいしく食べられる。日清食品の社員ですら気づかなかった価値が、ここにあったわけです。

ワークショップ中の様子
ワークショップ中の様子

本屋や雑誌を例に、嶋が学生たちに伝える編集の面白さ

次に嶋が話題に挙げたのが本屋。自身も下北沢で「本屋 B&B」という書店を経営しているだけあり、その強いこだわりが垣間見えた。

:いい本屋ってどんなものだと思いますか? 僕は「買うつもりのない本を買ってしまう本屋」だと考えています。でも、そこで買ったものはいらないものではなく、ほしいから買うんですね。みなさんに作ってほしいZINEはまさにそういうもの。下水道のことを考えている若者なんてほとんどいないわけですよ。そういう人たちが面白いと思う情報が載ったZINEを作ることは、本屋と構造が近いと思います。

いまはインターネットで検索すれば、すぐに答えを見つけることができる。たとえば、コーヒーについて詳しく調べようと思ったら、検索窓にキーワードを入れてクリックすれば膨大な量の情報が手に入るわけだ。しかし、インターネットは万能ではない。そのことを嶋は学生たちに訴える。

:たとえば、いまから5分あげるから世界を構成する要素についてインターネットで検索していいと言われても、漠然としすぎて調べることができないんですよね。つまり、インターネットはある特定の言葉を知るときは便利だけれど、漠然としたテーマになればなるほどそれが難しくなる。

でも、本屋ではそれができる。平積みされている本ってすごい情報量があるんですよ。政治、経済、歴史、宇宙、恋愛って。それこそ、世界を構成する要素が詰まっている。本屋は、それらを発見する空間なんです。

嶋浩一郎

そして、話は雑誌の価値についても及んだ。「雑」の字が入っているとおり、雑誌は分類できないところが大事だ。気になっていた記事を読むつもりで買ったら、別の記事が面白くて読んでしまう。それを今回のZINE制作で実現できれば、と嶋は丁寧に説明する。

:『BRUTUS』(マガジンハウス)の編集長である西田善太さんが「インターネットには境界がないけれど、雑誌にははじまりと終わりがある」って必ず言うんだけど、本当にそうなんですよね。いかに取捨選択していくかが大事。『BRUTUS』は、『BRUTUS』の視点で情報をセレクトして世界観を生み出している。それがあるからこそ、その雑誌のことを好きになるわけです。今回は、自分たちでその世界観を作らないといけません。でなければ、これも面白いね、あれも面白いねっていう話でしかなくなってしまう。

だから、まずは選択基準となる世界観を考えてください。その次に切り口。どういった視点で紹介するかが大切です。残念ながらボツになるアイデアもたくさんあると思うけれど、本当にいい企画にたどり着くためには削ぎ落としていくことも重要。もしかしたら、誰かひとりが独善的に決めていくほうがいいかもしれない。それをグループでよく相談してください。

続けて嶋は、「なにが面白いかを発見するのが編集」と楽しそうに笑う。

:最近は、人々のコンテンツとの付き合い方がもったいないと感じています。たとえば、「泣ける本」とか「年収が増える本」とかを買って、すぐに結果や正解を求めようとする。でも、コンテンツの本当の楽しさって、偶然の事件が起こるかもしれないっていうワクワク感にある。本当は、無駄はことがとても大切なんです。

「100人いれば、100通りの編集がある」と嶋は発言していたが、自分だけの正解を見つけていくのが編集の醍醐味だろう。約60分という短い時間だったが、嶋のさまざまな言葉は、参加者たちの胸に深く残ることになっただろう。

人々が知らない下水道のユニークネス

嶋の特別講義のあとにはじまったのは、東京都下水道局の職員によるオリエンテーション。ここでは、東京都下水道局総務部広報サービス課の羽場加奈が登壇した。

羽場:下水道は社会にとって欠かせないインフラです。汚水を処理して生活環境を改善するだけでなく、雨水を排除して浸水から街を防いだり、公共用水域の水質保全に貢献したりといった機能をはたしています。

羽場加奈(東京都下水道局総務部広報サービス課)
羽場加奈(東京都下水道局総務部広報サービス課)

「東京地下ラボ by 東京都下水道局」メインビジュアル
「東京地下ラボ by 東京都下水道局」メインビジュアル(サイトを見る

実は東京下水道の環境が整いはじめたのはここ数十年のこと。明治時代には衛生環境の悪化によるコレラの大流行や、都市化の進展による浸水被害が拡大。また昭和時代には、工場排水や生活雑排水による水質汚濁が深刻化した。それがいまでは、きれいな水でしか生息できない鮎が多摩川で泳ぐまでに回復。

しかも最近は、下水道施設の上部空間の利用や、下水を処理する過程で発生する資源・エネルギーの有効活用も活発になっているという。2018年9月に開業した渋谷ストリームにも、下水道が貢献している。これまで渋谷川はほとんど水量がなかったが、新宿にある落合水再生センターで下水を高度処理した再生水を放流することで、水の流れを取り戻すことに成功した。これから先、渋谷ストリーム周辺は人々の憩いの場として利用されることが期待されている。そういう意味で下水道は、先端テクノロジーの塊であり、都市のサステナビリティを支える存在とも言える。

このオリエンテーションのあとに実施された嶋と東京都下水道局職員によるトークセッションでは、こうした羽場の説明を起点に話題が広がった。たとえば、「嶋が編集を担当する際にどうやって切り口を見つけるのか」という問いに対しては、次のような回答があった。

:歴史に学ぶのはすごく大事だと思っています。それこそ、江戸時代になぜ下水道を作ったのかをたどってみると、現在に通じるヒントがあったりするかも。昔の文献を調べてみるといいかもしれません。また、イメージと真逆のことから入ってみるのもいいですね。それこそ、下水道とテクノロジーの話はあまり結びつかないから面白い。

イベントの様子

最後の最後まで学びがあった今回のワークショップ。なお、本プロジェクトは12月8日にプロナチュラリストの佐々木洋をファシリテーターに迎えたフィールドワークを実施する。その後、グループごとにZINEの制作期間に移行し、2月の成果報告会でお披露目するという。はたして東京都下水道局の職員を唸らせるものは出てくるのだろうか。嶋が語る「編集」の力が、どう下水道を切り取っていくのか、期待して待ちたい。

イベント情報
『東京地下ラボ by東京都下水道局 下水道の魅力を、編集の力で若い世代に届ける』ワークショップ

2018年11月18日(日)
八王子市 首都大学東京 南大沢キャンパス
講師:株式会社博報堂ケトル 嶋浩一郎



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