置かれている作品から次々と触発され、感動することは、美術展を見る人間にとって夢のような体験でしょう。アーティストの柴田聡子さんが鑑賞した、三菱一号館美術館で開催中の『フィリップス・コレクション展』は、彼女にとってそんな素敵な経験だったようです。
アメリカで最初のモダンアートに関する美術館とされる、ワシントンのフィリップス・コレクション。マネ、ドガ、モネ、セザンヌ、ゴーガン、クレー、ピカソ、ブラックなど、巨匠たちの秀作を集めたのは、ダンカン・フィリップスという豊かな感性と見識を併せ持ったコレクターでした。そのコレクションを見るのは、ときに細やかに、ときに鋭く、それでいてポップに情感を描くことで知られる柴田聡子さん。両者の出会いには、思わぬ化学反応がありました。
アートには、生で体験しないとわからない価値がある
「わあ、すごい……!」と、柴田聡子さんが感嘆の声を漏らしたのは、19世紀末から20世紀にかけて、鮮やかな色彩感覚を発揮したフランスの画家、ピエール・ボナールです。大きな『棕櫚(シュロ)の木』(1926年)の前に立つ柴田さん。ボナールが滞在したコート・ダジュールの村の風景だという1枚の前で、思わず足が止まりました。
柴田:構図が特徴的ですよね。画面の上を棕櫚の葉が広く覆っていて、下にいる女性はほとんど陰になってしまっていて……人物を描いてはいるけれども、それがメインではない、ということが伝わってきますね。こうやって実際の作品を生で、全体で体感するのが一番だな、と思わせてくれる絵だと思います。
いきなりノックアウトされた様子の柴田さん。普段から絵に近づいて見るのが好きとのことで、『棕櫚の木』の細部に集中すれば、そこは絵の具の鮮烈な組み合わせが渦巻く、色彩の迷路。「うわ、よくわからなくなっちゃいそう(笑)」と驚くことができるのも、生で作品を鑑賞できるからこその体験です。『犬を抱く女』(1922年)というボナール作品にも、柴田さんは心惹かれた様子。
柴田:すごく意外なブルーの使い方をしていると思います。女性が着ている服の強い赤と互いに引き立て合っているブルーが、悲しいような嬉しいような、すごく複雑な感情をたたえている気がしますね。
描かれているのは、ボナールのパートナーで、のちに結婚したマルトが愛犬を抱く情景。この絵に心打たれたフィリップスは、以降、アメリカ国内でも屈指のボナール・コレクションを形成していくことになります。このように、本展で展示されている作品は、フィリップスが1点1点、その類まれなる審美眼によって購入してきた秀作の数々なのです。
柴田聡子の洞察力が発揮された、ゴッホの諸作品
そんな絵画の1つ、フィンセント・ファン・ゴッホ『アルルの公園の入口』(1888年)を見て、柴田さんもまた、アーティストとして鋭い洞察を口にしました。
柴田:ゴッホというと病んでいたこととか、短い共同生活が破綻したポール・ゴーガンとの関係性のイメージが強くありますよね。でもそうした、みんなが知っているようなゴッホとは、この絵は違う気がします。なんだか、描いていて楽しそう……。
それもそのはず、『アルルの公園の入り口』が描かれた時期は、彼がゴーガンとの共同生活と創作の日々を楽しみにしながら、アルルの「黄色い家」でゴーガンの到着を心待ちにしていた頃の作品なのです。この後にゴーガンが到着、待望の生活が始まりますが、僅か2か月で共同生活は壊れてしまいます。ゴッホが耳の一部を切り落とし、その後に入院した有名なエピソードは、その破綻ゆえ。病気療養中のゴッホが手がけた『道路工夫』(1889年)が、下の階の展示室に展示してありました。
柴田:画面が黄色1色に染まっていて……これは、現実にはなくて、心の中にしかないような景色だと感じます。空と木も一緒くたになっていて、自分の心と現実がクロスオーバーしている感じがすごく伝わってきますね。
「あ、でもよく見ると、『アルルの公園の入り口』の右上のほうも、既にゴッホっぽく渦巻き始めてる……(笑)」と気づいた柴田さん。破綻の予兆は、早くも描き込まれていたのかもしれません。これもまた、巨匠の作品を見ることができる充実したコレクションならではの楽しみ。『アルルの公園の入り口』中央に描かれた、ゴッホ本人と言われる男にも、柴田さんの視線は注がれました。
柴田:この足の立ち方をしている人って、すごく気難しそう……私の知り合いの、頑固なミュージシャンの立ち方にすごく似ているんですよ(笑)。そういえば、フレディー・マーキュリー(バンド「QUEEN」のボーカル)もこの立ち方だと思うんですよね。癖が強い人の立ち方なのかなあ。これがゴッホ本人がモデルだと聞くと、さらにそう思えてきますね。
展示会場に入ってからずっと目を輝かせ、楽しそうな様子の柴田さん。「すごい! 入る部屋、入る部屋、全部が面白い展覧会ってなかなかないですよね?」と彼女が語るように、フィリップス・コレクションが一味違うのには、実は理由があるのです。
美大で絵画に目覚めた柴田が考える、「アート」の本来の役割
そもそも「フィリップス・コレクション」とは、米国ペンシルベニア州の鉄鋼王を祖父にもつダンカン・フィリップスが、画家でもあった妻のマージョリー・アッカーとともに、自宅に増築した美術館に集めた作品群。そこで目指されていたのはなによりも、「くつろいだ雰囲気の中で鑑賞できる場」でした。
ソファーに座ってゆったりと絵画鑑賞する夫婦の姿が写真に残されているように、絵画は2人にとって安らぎを与えてくれるもの。コレクションというと「絢爛豪華」なイメージがありますが、確かな見識と絵画への愛情によって集められた絵画たちからは、まったく異なる印象を受けます。
柴田:絵に対する愛着が、よく伝わってきますよね。ほかの展覧会を見ていると、どうしてもつまらない瞬間や空間が混じってしまっていることもあるんですが、このコレクション展は全部の部屋が面白い! それでいて全体の雰囲気が高貴な感じではなくて、親近感の持てる素敵な空気が流れていて……見ているだけで充実感を覚えて、なんだか元気になってきました(笑)。見る人に元気を与える、芸術の本当の役目を果たしてくれている感じがします。
笑顔が止まらない柴田さん。そもそも、彼女と美術とは、どんなつながりがあるのでしょうか? 美術大学の映像学科出身である柴田さん。映像学科に入った理由は、「キラキラしたPVとかを作って、映像でひと儲けしたかったという、すごくチャラい理由なんです……」と照れ笑い。しかしその入学後から、美術作品に対して真剣なまなざしを注ぐようになった模様。
柴田:北海道から出てきた田舎者だったので、「全部吸収しよう!」と思って。授業もまじめに受けたし、大学の図書館にも通って、美術史の本をよく読むようになったんです。それでだんだんチャラい気持ちが薄れていきました(笑)。
そう話す柴田さんの前に現れたのは、19世紀フランスで精緻な風景画を描いた、カミーユ・コローの『ローマのファルネーゼ庭園からの眺め』(1826年)。22.4×40.0cmという小さな作品ながら、フィリップスが自然主義と古典主義の申し子として絶賛した世界が、そこに広がっていました。
柴田:コローは特に好きな画家なんです。ミレーやクールベが、同時期の画家として一緒くたにまとめられるようなところがあるかもしれませんが、その人たちと比べて、彼は「野望のありどころ」が違う気がするんです。モチーフも地味に見えるかもしれないけど、「絵を極めたい、もっと極めたい」という気持ちが伝わってきて……この絵は小ささもあって、愛らしさを感じますね。
楽観的じゃないんですよね。周りは「めっちゃいいじゃん!」って褒めてくれていても、自分は「いや、どうだろう」と悩んじゃって、また頑張ろうとする人。そこが愛おしい(笑)。すごく素直に、「ああ、いい絵だなあ」と思わせてくれるのがコローなんです。
憧れのアートは彫刻だった柴田が、ロダン彫刻に触れる
一言で「アーティスト」と言っても、その志向や欲望のあり方は、人それぞれ。理想と現実の間で揺れ動いて、キャンバスや譜面とにらめっこしながら、追い求める表現へ歩みを進める……。それがアーティストの姿の一面なのでしょう。
いつしか、各々の生き方の対話の時間となっていたところに現れたのが、オーギュスト・ロダンの『姉と弟』(1890年)でした。実は彫刻を手掛ける人との間にこそ、「違い」を感じていたと柴田さんは言います。
柴田:美大にいた頃にいちばん羨ましいなと思っていたのが、彫刻科の人たちだったんです。なんせ、みんな元気そうなんですよ(笑)。ツナギを着ている人もいて、体も強そうだし、顔色もよくて、明るくて楽しい人が多かった。
アトリエに行くと、自分の体の何倍もあるような作品と取っ組み合っていることもあって、かっこよかったですね。なんなんでしょうね、素材という「自然」を相手にしていると、おおらかになっていくのかもしれません。
さて、ロダンはどうでしょう。40cm弱の小さめな『姉と弟』は、2人の間に漂う、おだやかで親密な関係性を形作っているようです。「展示されているロダン作品では『身体をねじって跪く裸婦』(制作年不詳)にも魅かれたんですが、身体表現がすごく壮絶で……こちらのほうが可愛いかなと思って」と言う柴田さん。
ところが、展示の案内役を務めていた安井裕雄さん(三菱一号館美術館学芸グループ副グループ長)が、姉のポーズに秘められた過激さについて教えてくれました。よく見ると腰からグッとねじれた凄まじい角度になっており、安井さん曰く「ヨガの行者でも難しいかもしれません(笑)」。食い扶持を稼ぐために売るサイズの彫刻作品でありながら、「羊の皮を被った狼のようですね」と安井さんは言います。
柴田:全然気づかなかった! 可愛らしい作品にも、隠しきれないロダンらしさがあるんですね(笑)。気づいた瞬間から、ちょっと怖ささえ感じます。これを買ったフィリップスさんは、気づいていたのかなあ……?
会場には高さ1m近いアルベルト・ジャコメッティの『モニュメンタルな頭部』(1960年)を含め、目の当たりにするからこそ質感が伝わってくる彫刻作品も。フィリップスは晩年まで、自らの感性を信じて、熱心に作品を買い続けていました。展示の終盤、柴田さんが「わあ、かっこいい……!」と小さな歓声を上げたのも、そんなフィリップス晩年の購入作品でした。
映像が思い浮かんでくる歌詞の書き手・柴田聡子のイメージの捉え方
柴田さんが見つめる先にあったのは、ジョルジュ・ブラックの『鳥』(1956年)。フィリップスはブラックの作品を高く評価し、彼の作品がアメリカで普及するよう熱心に活動していました。そんなフィリップスが亡くなる直前に入手したのが、この『鳥』なのです。
「鳥の目は四角いんですね(笑)。なによりも色がかっこいいなあ」と、晩年まで瑞々しい感性を保ってブラック作品を買い続けたフィリップスに、柴田さんは驚きを隠せない様子でした。
柴田:フィリップスさんには、すごく気概を感じるんです。「俺がこれを買わなきゃいけないんだ」というぐらいの、エネルギッシュな買い方をしていると思います。それでいて、「わかる人にだけ、伝わればいいや」となんて絶対に思っていない感じがする。選ぶ作品は渋みがあるけれど、ちゃんとポップさも大事にしているところが素敵ですよね。
そんな展覧会を心から楽しんでいた柴田さんの姿からは、やはり彼女が手がける作品の世界観と、絵画的なイメージのシンクロニシティーが感じられます。
先だってリリースされた“ワンコロメーター”にしても、逃げた犬を追う歌詞と軽やかなメロディーによって、聴く人間が描くイメージが次々と切り替わっていく作品でした。そこにあるのは、絵画のようなイメージを繋いでいく映像的なモンタージュ、という感覚なのかもしれません。
柴田:映像を作る才能に欠けていたので直接は離れてしまったんですが、映像や編集技術を学んでいた頃から、風景画を含めた絵画に対するあこがれは、強くありました。映像というジャンルが絵画に憧れているところもあると思います。いまも楽曲を聴いてくださった人から、「頭の中に風景や映像がよく出てくる」というお話をしていただくことは多いんです。ただ、音楽で映像を喚起させようという想いはあまり持っていないので、根本に映像からの強い影響があるのかなと思います。
柴田さん自身はいま、どのようなイメージの捉え方をしているのでしょうか。その答えは、今回の展覧会場で彼女がこれだけビビッドに絵画作品に反応していた、その感性を裏づけるような言葉でした。
柴田:これは覚えておきたいな、すごいよかったな、と思ったことがあったとしても、本当に感動したところはあまり覚えていなくて。その手前のことを覚えているんです。
「あの日、あの場所で見た朝日がきれいだったな」ということを本当は覚えておきたいんだけど、記憶に残るのは、行きしなのサービスエリアとかのことなんです。だから、最終的に感動したところは、そこまで言い表さなくてもいいというか。のぼった朝日は、ただそれを見れば素晴らしいので。……ここが私のひねくれたところかもしれませんね(笑)。
「ちゃんと生きたい」。そう感じられるアーティストたちの息吹
巨匠たちによる、人生を賭けたこだわりが詰まった美術作品が集っていたのがこの展覧会であり、美術作家たちのこだわりを見抜き、上質な作品をコレクションしていったのがフィリップスでした。
柴田:単純に、ビックリしてしまうんですよね。美術家が信じて作った結果、何十年も前に描かれた絵の具が、いま目の前にあって、見ているということに。「本当に、この人はいて、この作品を作ったんだ」と実感します。昔の音楽でも本でも、その「本当にあったんだ」という空気を感じられることが、私にとっての楽しみや不思議のひとつかもしれません。
そうした「本当にあった」絵画たち、そこに刻まれたアーティストそれぞれの生や哲学に触発されて、柴田さんも1人のアーティストとして、心持ちを新たにしたようでした。
柴田:私、「人間としてちゃんと生きたいな」と思っているんです。いろんな人に迷惑をかけたり傷つけたり、でも聴いてくれる人がいたら嬉しい、と思ってやっていますけど、今日展示を見て、「ちゃんと生きたい」と改めて思いました。
共感ではないところで、「ああ、同じことを思っているんだな」とか、「このようにして作家の人生はあったんだな」と感じる。今日見た作品を手がけた人たちのスピリットは、本当に人生に効くなあ、と思いました。
- イベント情報
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- プロフィール
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- 柴田聡子 (しばた さとこ)
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1986年札幌市生まれ。大学時代の恩師の一言をきっかけに、2010年より都内を中心に活動を始める。ギターの弾き語りでライブを行う傍ら、岸田繁、山本精一など豪華ミュージシャンを迎えた最新作『愛の休日』まで、4枚のアルバムをリリースしている。2016年に上梓した初の詩集『さばーく』が第5回エルスール財団新人賞<現代詩部門>を受賞。現在、雑誌『文學界』でコラムを連載しており、文芸誌への寄稿も多数。歌詞だけにとどまらず、独特な言葉の力にも注目を集めている。2018年3月、アナログ・マスタリング / カッティングまで本人が完全監修した4thアルバム『愛の休日』のLPレコードを発売。精力的に展開しているライブでは新曲が次々に発表されており、新たな作品への期待が高まっている中、ライブではキラーチューンの座を確立している『ワンコロメーター』の7inchEPを11月にリリースした。同月、バンド形態「柴田聡子inFIRE」名義でのワンマンライブを開催、満員御礼。
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