自然の声とともに奏でられたピアノ楽曲『Marginalia』が、東京・渋谷で表現される
2018年12月16日、東京の渋谷区文化総合センター大和田さくらホールにて、高木正勝のピアノソロコンサート『Marginalia』が開催された。このコンサートは最新アルバム『Marginalia』をテーマとするもので、同年11月23日に行われた立川たましんRISURUホールでの公演に続く、2回目の東京公演となった。
5年ほど前から兵庫県篠山市の小さな村で暮らしている高木は、古民家を改造した自宅スタジオで録音した音源を『Marginalia』というタイトルのもと、ネット上で不定期に公開してきた。20本ものマイクを設置し、いつでも録音できる環境を作り上げ、ふと思い立ってはピアノの前に座る。その日の天候や虫の鳴き声と響き合うように新たな曲を録音、すぐさま公開するという、まさに「音によるブログ」を続けてきた(参考記事:高木正勝が鳥や虫とセッション 過去へのこだわりを捨てる大切さ)。
先ごろリリースされた『Marginalia』というアルバムには、これらの音源のなかからセレクトされたものを収録。周囲の鳥や虫の鳴き声もそのまま収め、生きものたちとの音によるコミュニケーションを通じて他者との共生のあり方も探る意欲的な作品となった。
だが、今回のコンサートで繰り広げられたのは、『Marginalia』の単なる再現ではなかった。『Marginalia』というシリーズは、あくまでも日々の暮らしの延長上に始められたものだったが、そこには映画『未来のミライ』(2018年公開、細田守監督)の劇中音楽制作など、さまざまな活動の影響も流れ込むことになった。
大きな白い布と色が、演奏と合わさって紡がれるストーリー
この日の会場となるさくらホールのドアを開けてまず驚かされたのは、舞台上に張り巡らされた巨大な布。大樹のように広がるその布の下には、1台のピアノが設置されている。この大布はOLEO名義で活動するアーティスト、長田道夫(R type L)によるもので、制作には3週間もの時間がかかったという。また、今回のコンサートでは、照明がこの大布に加える無数の色彩が極めて重要な役割を果たした。各曲に対して与えられた山、雲、夜といったイメージに応じて照明のカラーが設定され、曲とともに移り変わっていく。
オープニングでは深海に差し込む一筋の光のようなライティングのもと、高木の姿がぼんやりと浮かび上がる。陽光が差し込む向きによって砂丘が刻一刻と表情を変えていくように、さまざまな色彩がゆっくりと移り変わっていく照明は、高木を照らし出すためだけのものではなく、『Marginalia』という物語を構築するものでもあった。
ただし、移りゆく色彩と高木の紡ぐメロディーは、決して各曲が作り上げられた里山の自然環境をそのまま表現したものではない。意味と記号性にとらわれない色と音が、観るものの想像力を刺激し、さまざまな物語を喚起させる。そうした意味では、今回の公演は高木が暮らす里山で生まれ落ちたメロディーを、渋谷という都市空間のなかで再解釈するものでもあったはずだ。
季節や生命の移ろいにむけて、祈るようにピアノを奏でる
咳をするのも憚られるほどの沈黙が支配するなか、高木はまるでピアノに向かって手を合わせるかのように1音1音を慎重に紡いでいく。
この日の音響を手がけたのは、蓮沼執太や大友良英の作品にも関わってきたサウンドエンジニア、葛西敏彦。彼の手による深淵な響きが、聴くものを『Marginalia』の世界へと誘う。そこでは鍵盤のちょっとした軋みや残響音も大切な構成要素となっており、2010年に行われたピアノソロコンサート『YMENE』での試行錯誤が反映されていることも実感させられた。また、セミとのセッションによって産み落とされた楽曲のように、楽譜に起こすことのできない不規則性や即興性も随所に独特の彩りを加えていた。
中盤から後半にかけて、照明は白色に彩られた冬の世界からピンクが咲き誇る春へと移り変わる。それとともに、高木のピアノも沈み込むようなトーンから、生命の息吹きを伝える快活な響きへ。それは季節の移ろいを表すものであると同時に、生命が死に絶え、再生していく命のサイクルを表現していたのかもしれない。本編が終了し、高木がぽつりと「ありがとうございました」という言葉を発した瞬間、爆発するような拍手が鳴り響いた。
その後、「せっかくなので、代表曲をやります(笑)」という言葉とともにアンコールで演奏されたのは、2004年のアルバム『COIEDA』で発表されて以降、常に彼のコンサートを彩ってきた名曲“Girls”。先ほどまでの緊張の世界から解放されたかのように、高木はのびのびとメロディーを紡ぐ。
高木正勝という音楽家は、ネクストステップを踏み出した
高木は2015年の秋に行なわれたワンマンコンサート『山咲み』において、村に住むさまざまな人々との交流をヒントにしながら、ある種の「コミュニティーミュージック」を作り上げた。そこで試みられたのは、高木正勝という1人の音楽家による自己表現の拡張ではなく、さまざまなミュージシャンとのコミュニケーションによって舞台上に1つの「場所とコミュニティー」を作り出そうとするものでもあった。
今回の公演において高木は、そんな『山咲み』の世界から一歩踏み出し、「私たちもまた、さまざまな生命体が生きる世界の一員なのだ」という、どこか宮沢賢治的コスモロジーを感じさせる壮大な物語を浮かび上がらせた。
ただし、今回の公演は物語の完結を意味するものではない。高木が新たなフェーズに足を踏み入れたことを印象付けるものであって、あくまでも始まり。事実、『Marginalia』シリーズは今後も継続される予定で、春にはシリーズ第2弾となるアルバムも発売されるという。ハイレゾ音楽配信サイト「e-onkyo music」でも配信されるなど、話題に事欠かない高木はどのような世界を描き出していくのだろうか。今後の予兆に満ちた素晴らしい夜となった。
- リリース情報
-
- 高木正勝
『Marginalia』(CD) -
2018年11月21日(水)発売
価格:3,024円(税込)
WPCS-138051. Marginalia #1
2. Marginalia #2
3. Marginalia #3
4. Marginalia #5
5. Marginalia #8
6. Marginalia #11
7. Marginalia #22
8. Marginalia #23
9. Marginalia #25
10. Marginalia #28
11. Marginalia #36
12. Marginalia #37
13. Marginalia #40
- 高木正勝
- 書籍情報
-
- 『こといづ』
-
2018年11月23日(金・祝)発売
著者:高木正勝
価格:1,944円(税込)
発行:木楽舎
- プロフィール
-
- 高木正勝 (たかぎ まさかつ)
-
1979年生まれ 京都府出身12歳よりピアノに親しむ。19歳より世界を旅し撮影した映像で作品を作りはじめる。2001年、アルバム「pia」をアメリカのCarpark Records、「eating」をドイツのKaraoke Kalkより発表。以降、国内外でのコンサートや展覧会をはじめ、映画音楽(「おおかみこどもの雨と雪」「バケモノの子」「未来のミライ」「夢と狂気の王国」)、CM音楽、執筆など幅広く活動している。
- フィードバック 0
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-