CINRA.NET主催の無料トークイベント『KOTODAMA』の第2回が、成人限定のスペース「RETHINK CAFÉ SHIBUYA」で昨年12月23日に開催された。本イベントは「言葉で、魂を伝える」をテーマに、ライターや編集者として活動するゲストを迎えてトークを展開。編集者やライターとして活動している人はもちろん、これから目指す人にも学びや気づきを届けることを目的としている。
今回は「メディア」をテーマに、雑誌・ウェブでそれぞれ活躍している編集者として、雑誌『BRUTUS』編集長の西田善太とCINRA.NET編集長の柏井万作が登壇。2007年より『BRUTUS』編集長に就任後、次々と新しいテーマを発見し独自の切り口でライフスタイルを提案している西田と、株式会社CINRAの創業時から現在までCINRA.NET編集長としてサイトの運営を行なっている柏井が、「ウェブと雑誌」というキーワードを入り口に語り合った。
学生時代から独自で編集を学び、『BRUTUS』などをリファレンスとしながら「見よう見まね」でCINRA.NETを成長させてきた柏井は、他のメディアがどのように編集に取り組み、文化を継承させているのか興味があるという。「勉強させてください」という姿勢で対談に臨んでいたが、『BRUTUS』の編集長を10年以上つとめている西田は「メディアのことはよくわからない」と話す。どういうことなのか?
結論から言えば、メディアの作り方や編集のやり方は、究極「教えることができない」のかもしれない。教えてもらうのではなく、自分の頭で考え、自分の感覚で感じ、小さな失敗を重ねながら学ぶものなのではないか。2人はそのようにして自身のメディアを育ててきた。では、我々もこの対話から見えてくる2人の背中を参考に、自分なりの「メディアの作り方」「編集のやり方」を学んでいくことにしよう。
雑誌とウェブでは編集言語がまったく違う
柏井:西田さんが『BRUTUS』の編集長に就任された2007年当時、ウェブではまだインディペンデントなメディアはあまりなかったと思います。雑誌を作る立場からウェブメディアはどのように見えていましたか。
西田:僕は1990年代にコンピューターとネットの特集を3冊作りました。だからウェブのハッピーだった時代を知っているんですよ。結構面白がってはいましたが、あくまで雑誌で特集する対象としてウェブを見ていたので、こんなに侵食されるとは思っていませんでしたね。
柏井:「侵食」されている感覚があるんですか?
西田:もちろん。だって広告の売り上げからして数年前から大逆転しているわけだしね。というか、そもそもウェブの編集長と雑誌の編集長は職能が全然違うんですよ。これをみんな間違えている。雑誌は無料で立ち読みされ、お金を払って買われ、1冊1冊修正ができず、それが時代から遅れようとストーリーがなければいけないもの。PVを稼ぎながらたくさんの人に届ける単発記事を並べてテイストを作るウェブとは、編集の言語がまったく違います。
柏井:そうですね。まったく違います。
西田:雑誌には特集があり、表紙がある。発売日があり、その日にいっぺんに記事が出る。毎日更新しているわけではない。考え方もやり方も全然違う。
柏井:僕は学生時代から雑誌に憧れていて、初めて作ったメディアはCD-Rマガジンでした。パソコンにCD-Rを入れるとウェブサイトが立ち上がり、特集記事がたくさん出てくるんです。それをフリーペーパーとして3か月に1回制作していました。2000~3000文字のページを200~300ページだから、結構大変です。でも、出した直後は読んでもらえるけれど、その後は全然見てもらえなくなるんですよね。CINRA.NETでは毎日単発の記事を出して定期的に人が訪れてくれて見てもらえるようになったけど、雑誌の特集主義に憧れはありつつもそれをウェブで実現するのはなかなか難しいと感じています。
西田:1990年代のある時期、ヨーロッパのある小さな街の観光局のウェブをよく覗いていたんです。訪れた観光客の人数だけを更新するシンプルなサイト。それくらいしか当時のウェブにはできなかったんですね。夏休みや収穫祭になると数が増える、冬になるとがくんと減る。その時、僕は今まで感じたことのない不思議な気持ちになったんです。毎日、同じウェブを見てて、そこに一緒にいるような「場の感覚」が生まれたんですよ。今のCINRA.NETも「そこに行けば満足させてくれる何かがある」と思うから、読者が訪れるわけですよね。つまりCINRAというブランドに紐づいている。
柏井:そういう「場の感覚」がウェブメディアから失われたのはSNSの登場も大きかったと思うのですが、ウェブのハッピーな時代が終わったこととも関連していると思いますか?
西田:その前に「2ちゃんねる」がありましたね。そういう意味では2000年代前半からか。『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社)の中川淳一郎くんがよく言っているんだけど、書き込みをしている人って本当に少数で、同じ人が1日に名前を変えて数百回も書き込んでいる場合もある。僕の信頼する若手が言ったことが印象に残っているんだけど、「これほど人がネガティブな感情を抱えていて、それを一気に吐き出すウェブは歴史上初めて。すごくおもしろい!」って。そう言われるとそんな気もしてくる。今後はそれを受け止める側への教育も必要になってくるでしょうけど。でも、基本的には面白がっていますよ。
「時間の奪い合い」の時代。ウェブメディアだって来年、入れ替わっているかもしれない
柏井:僕の実感としては、昔はSNSがなかったのでサイトのファンになってくれる人が定期的に訪れてくれていたと思うのですが、SNSが普及してからはみんながいろんなメディアに接触するようになって、ブックマークで訪れてくれるファンが減った感覚があるんです。
西田:メディア論って、単純に言うと時間の奪い合いでしかないわけですよ。だってどんなに技術が発達しても24時間以上の時間は作れないから。話は少し迂回するけど、Googleなどがやっている自動運転は、車を運転している間もウェブを見てほしいからやっているんじゃないかという気がするんだよね。アメリカは運転の時間が長いから、その時間をネット検索に当ててくれと。つまり時間の開発なんじゃないかと。
よく冗談で「電車のなかで本を読んでいる人がいたらそっと抱きしめると決めている」と言うんだけど、いまだに逮捕されないのは(笑)、もうそんな人がほとんどいないからなんですよ。人が簡単な方、楽な方に流れるのは仕方がないし、当たり前のこと。混んだ車内で本を出してページを手繰って読むより、携帯ひとつで読める方に流れるのは当然です。そういう意味でウェブは完全に強者なんです。だから、雑誌は今、「好きな人が選ぶメディア」になっています。
雑誌の売り上げは1997年をピークに下がり続け、2018年には当時と比べて半減しています。それでもまだお金を出して買ってくれる人がいるのはほとんど奇跡だと思っている。現在の問題はむしろ、ネットのなかでどんな戦いがあるか。雑誌を「オールドメディア」「クラシックメディア」と呼ぶのは勝手だけど、ネットの人たちだって、来年生き残っているかどうかわからない。
柏井:おっしゃる通りです。
西田:『BRUTUS』は男性向け雑誌のひとつの雛形になりましたが、ここには誰もが真似しようとしてできなかった何かがあった。ただ、それが何なのか、実は僕らにもわかっていないんです。みんなが勝手に思い込んでいる「『BRUTUS』なるもの」があるので、そこは読み手のみなさんにお任せすればいいかなと思っています。ネットは、良い型が生まれると簡単に真似ができてしまいますよね。パクリが横行してしまうことが問題のひとつ。それから、多産多死であること。CINRA.NETは立ち上げから14年ですよね? 立派なもんですよ。よく生き残ったと思う。それは何かがあったからですよね。あなた(柏井)のやり方や人の結び付け方、あるいは先行利益があったのかもしれない。
いずれにしろ現在は「ネットをどう思うか」ではなく「サイバーのなかでそれぞれのメディアがどう生き残っていくか」という段階。だから、そっち側がどう生き延びるかが重要なんじゃないの? 雑誌はすでに、どう生き残るかという段階を過ぎたと思います。それは書店の数を見れば明らかでしょう。僕らのモチベーションとしては、1冊でも多く、最後の1冊になるまで紙の本を出すことです。
創刊から40年超。『BRUTUS』の文化はどう繋がってきた?
柏井:そういう意味では、ウェブだろうと雑誌だろうと、個性があって本当に求められるものをしっかり作れていれば生き残っていくものになるのではないかと思います。先ほど「『BRUTUS』らしさは自分たちではわからない」とおっしゃっていましたが、『BRUTUS』には40年間継承してきた文化があるわけじゃないですか。それはどうやって伝え、繋げているんですか?
西田:一部では「30代以上でないと『BRUTUS』編集部には入れない」と言われているらしいけど、この1年で20代が2人、編集部に入りました。そのうちの1人が次号の『刀剣乱舞』の特集を作っているんですが、別に歴史の継承なんかしなくても、『BRUTUS』のロゴの下で働くと、出来上がる特集は『BRUTUS』らしくなるんです。おこがましい言い方だけど、『BRUTUS』のためなら一肌脱いでくれる人は今でもたくさんいるんです。それはなぜかというと、おもしろいと思えるまで企画を練って依頼するからです。玉砕することも多いけど、電話で断られたら会いに行き、直接話して落とす編集者もいます。そういう風土はあると思いますね。
柏井:編集長に就任された時は、何かを変えようと思いましたか?
西田:僕はすごく運が良かったんです。編集長になって自分の号が出てたら、たまたま大ヒットした。井上雄彦さんの特集号でした。企画なり想いなり、溜まっていたいろんなものをガーッと吐き出したんですね。その陰で小さな失敗を重ね、学びながらやってきた。
良くも悪くも雑誌は編集長に似てきます。長く続けているのはうまくいっているからだけど、うまくいっていると、僕が絶対に嫌がることは、あえてでない限りみんなやらなくなるんです。そこが問題でもある。だから時々は完全に編集部に任せて作らせてみる。失敗することもあるけど、うまくいった時はこちらがハッとして姿勢を正せる。
2020年の最初に出す「刀剣乱舞特集」なんかはまさにそう。一昨年に作った京都国立博物館の『京(みやこ)のかたな』展の特集で、『刀剣乱舞』のブックインブックを作った縁でつながりができて、『刀剣乱舞』5周年を作りませんか? と誘いが来た。僕らは日本美術の観点から刀剣を見られるスタッフを抱えていたので、ようし、やるなら徹底的にやろうと。結果、「とうらぶ(刀剣乱舞)」ファンには間違いなく喜んでもらえるものになりました。ファンではない人には一切向いていないんだけれど。
柏井:ファンの人は喜べるけど、そうではない人は喜べない。そこは編集判断があったんですね。
西田:もちろんそう。入門編にするのかそうでないのかは重要なポイントでした。実は、『刀剣乱舞』ファンが日本の刀文化の継承にとても貢献しているんです。たとえば、刀の復元奉納プロジェクトにクラウドファンディングで数千万円も集まっているんですよ。これはゲームが日本文化を支えた珍しいマッチングですよね。だから中途半端な入門編はやめて、わかっている人にいかに喜んでもらえるかに注力しました。でも、考えてみれば、『BRUTUS』はずっとこういうことをやってきた気がします。
柏井:好奇心を持ってワクワクできるメンタリティはやっぱり必要ですよね。もともと『刀剣乱舞』をご存知なかった西田さんが今すごく楽しそうに『刀剣乱舞』について語っているのが素敵です。
西田:要は『BRUTUS』でやる時はとことん追い込んでやっていると。そういう意味では尊い編集部だと思いますよ。こういうのを嫌う人もいるけど。
柏井:『BRUTUS』には「カルチャーを知らない人にわかりやすく親しみ深く教えてくれる雑誌」という印象がありましたが、そこが必ずしも重要なポイントではなかったんですね。号によってそれぞれターゲットが変わるということですか?
西田:わかりやすく紹介しているつもりはないんです。ただ、先陣切って人が渡っていない橋を渡り、きれいな野いちごを摘み取って来るような感覚ではいます。そしてその橋は、場合によっては崩れることもある。そういうことをやっているという自負はあります。
西田が説く、編集者にとって大切なこと
柏井:西田さんは「編集者」ってどんな人だと思いますか?
西田:いい編集者というのは、世の中で起きていることすべてを見逃したくないという、子供みたいな想いを抱いている人だと思います。その場にいたい、この目で見たい、それらを誰彼かまわず話したい。そういうサービス精神がないと編集ではない。そしていちばん大事なのは「ウケたい」と思えるかどうか。自分の話をダラダラするのではなく、それがドカンとウケた時に幸せを感じる、そこを忘れてはいけないと思うんです。
柏井:そうですね。その通りだと思います。
西田:今日はせっかくわざわざみなさんに来ていただいたから、少しでも持って帰るものがあればと思って「編集者・ライターにとって必要なもの」を僕なりにいくつか考えてきたんですよ。
柏井:それはありがたいです。
西田:まず、雑誌は「発見」のメディアです。良い店に行くと、欲しいものが見つかりますよね。それは自分が思ってもみなかったものだったりする。人は自分の欲望の30%くらいしか言語化できていない、という説もあります。「欲望というのは、その欲望を満たすものが目の前に現れた時に現出する」というようなことを『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクターは言っています。架空の人物だけど、これは素晴らしい言葉だと思いませんか?
一方、ネットは「検索」のメディアです。もともと欲しいものがすぐ手に入る。時間モデルとして考えれば、このシステムはとにかく優れています。どれだけAmazonが合法的に節税をしようが、あれだけのシステムと利便性を作りあげたことに対しては惜しみない賞賛を払うべきだと思います。
柏井:なるほど。
西田:編集の仕事でいちばん大事なのは説明能力です。配点でいうと80点くらい。他の編集者やライター・カメラマン・スタイリスト・著者・演者・デザイナーに、自分のやりたいことを言葉を介して説明する。様々な人たちをひとつにするのは、企画力より前に説明力なんです。残りの20点が企画力。説明能力を深めないで「わかってくれる人だけわかってくれればいい」というスタンスでは、メディアは売れません。
また、「好きなことがある」は才能です。そう信じてください。何かを夢中で好きになった経験、その時の気持ちやのめり込み方は、いつか迷った時に良い原動力、エンジンになります。一方、世の中のすべての事象について400字程度は喋れるようになっておくことも大事です。そう言ってくれた先輩に「なぜそこまで?」と尋ねたら、「その方がモテるから」と言われて、納得しました(笑)。
柏井:モテるから(笑)。
西田:それから、何かを否定することで相対的に自分の位置を確保しようとすると必ず限界にぶち当たります。人が作った成果物に対して「ここがつまらない、面白くない」と書くことによって「わかってる風」に見せることはできます。僕はそれよりも、好きなものを見つけて、その好きなものを人に勧められるようにする方を選ぶ。
作家のオスカー・ワイルドがこういうことを書いています。「人間を善い悪いで分けるなんて馬鹿げています。人間は、チャーミングか退屈かだけです」(オスカー・ワイルド『ウィンダミア卿夫人の扇』)。チャーミングであることは作れないかもしれないけど、退屈じゃない人間にはなれるんですよ。だからとにかく退屈な人間にはならないように。それを忘れなければ、必ず良い編集になれる。
最後に、好奇心を人任せにしないこと。誰かの感想を聞いて満足しちゃダメ。自分の目で見て、自分の頭で考える。検索をすることで自分に無関係なことを増やしてるということを忘れないでください。世の中のことを検索でうっすら知り、他人の感想の総和で生きていたら、楽しい会話のタイミングを逃します。
- イベント情報
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- 『KOTODAMA ~メディア~』
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2019年12月23日(月)
会場:東京都 RETHINK CAFE SHIBUYA 2階 WORK SPACE
出演:
西田善太
柏井万作
定員:50名
料金:無料
※Ploom TECHシリーズのみ喫煙可能、20歳未満参加不可
- 『KOTODAMA ~書いて生きる~』
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2020年1月29日(水)
会場:東京都 RETHINK CAFE SHIBUYA 2階 WORK SPACE
時間:18:30開場、19:00開演(20:30終了予定)
登壇:
小川智宏
天野史彬
矢島大地
定員:50名
料金:無料
※Ploom TECHシリーズのみ喫煙可能、20歳未満参加不可
- 施設情報
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- RETHINK CAFE SHIBUYA
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「NO SMOKING, Ploom ONLY」スタイルで、CLEAN&HUNGRYをコンセプトに楽しいも、正しいも叶える場所。たばこの時間を楽しみたい。でも、周りの人にも自分にも気を使いたい。やりたいことと、やらねばならないこと、どちらもしっかり保てる大人へ。仕事の時間も、息抜きの時間も、楽しく、無理なくすごせるこの場所から、あたらしいスタイルが始まります。
- プロフィール
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- 西田善太 (にしだ ぜんた)
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1963年生まれ。1987年早稲田大学卒業。株式会社博報堂入社後、コピーライター職として、自動車、酒類、電機メーカーなどを担当。1991年マガジンハウス入社。ブルータス編集部を経て、女性誌「ギンザ」「カーサ ブルータス」創刊に関わり、カーサ ブルータスでは建築・デザインを担当、「安藤忠雄×旅」「住宅案内」シリーズなどを生み出す。2007年よりブルータス編集長就任後、「居住空間学」「ザ・三谷幸喜アワー」「緊急特集・井上雄彦」「YouTube」など次々と新しいテーマを発見、独自の切り口でライフスタイル提案を続ける。2010年5月には創刊30周年記念号「ポップカルチャーの教科書」が話題となる。高感度サークル内雑誌に安住していたBRUTUSを一躍メジャーな舞台に押し上げた。
- 柏井万作 (かしわい まんさく)
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1981年、東京都生まれ。2006年に取締役として株式会社CINRA立ち上げに参加。創業時から現在までカルチャーメディア『CINRA.NET』の編集長としてサイトの運営を行っている。入場無料の音楽イベント『exPoP!!!!!』、カルチャーフェス『NEWTOWN』、音楽フェス『CROSSING CARNIVAL』、カルチャースペース「MADO」(渋谷ヒカリエ)などの立ち上げ&運営責任者を務める。
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