ジャズを通して、支え合うことの素晴らしさを噛み締めた夜

障害や性、年代など様々なちがいを認め合いながら音楽を奏でる意義深い試みとなった

「ダイバーシティ」をテーマに掲げ、昨年9月よりおよそ1年間を通じて開催されている『True Colors Festival』(日本財団主催)。その第3弾となる『True Colors JAZZ 〜異才 meets セカイ~ Directed by Takashi Matsunaga』が、東京・大阪・熊本の3都市にて行われた。

ディレクションを務める松永貴志は、17歳でデビューを果たしたピアニスト。ハービー・ハンコックとの共演をきっかけに世界中から注目を集め、これまでに『報道ステーション』(テレビ朝日系)や『FNNスーパーニュース』(FNN系)のテーマソング、アニメ『坂道のアポロン』の劇伴などを手掛けてお茶の間にも広く知られる存在だ。また、特別ゲストとして18歳のピアニスト紀平凱成、10歳のドラマーよよか、車椅子のシンガー小澤綾子が出演。障害や性、年代などのちがいをお互いに認め合いながら音楽を奏でる意義深い試みとなった。

松永貴志(まつなが たかし)
1986年、兵庫県生まれ。17歳でメジャー・デビュー。ハービー・ハンコックとの共演をきっかけに、世界のミュージシャンから喝采を集める。

筆者が訪れたのは1月6日の東京公演。会場となったBlues Alley Japanは、1990年に目黒にオープンした老舗のジャズレストランである。定刻になり、まずは手話によるガイド付きのムービーで、特別ゲストの紹介が行われた。

紀平凱成は2歳で自閉症と診断され、その後は聴覚過敏や視覚過敏などを抱えながらも16歳でトリニティ・カレッジ・ロンドンへ進学。昨年10月にデビューアルバム『Miracle』をリリースし、徐々に感覚過敏を克服しながら演奏活動を行っている。よよかは4歳で家族バンド「かねあいよよか」を結成し、6歳でCDデビューを果たす。その後はシンディ・ローパーやEXILESHOKICHIとの共演の他、『RISING SUN ROCK FESTIVAL 2018 in EZO』への史上最年少出演を果たすなど、国内外で注目を集めているドラマーである。そして小澤綾子は20歳で筋ジストロフィーと診断され、それを機に音楽活動をスタートしたという。

「私は小さい頃から人と違うことにすごく怯えて育ってきました。でも、どんな人も『ありのまま』で生きられる、全ての人に役割のある社会にしたいと今は思っています。この気持ちを書きとめ歌にして、みんなに伝えることが私にとって『生きること』なんです」と、小澤がインタビュー映像の中で語っていたのが印象的だった。

才能溢れるゲストミュージシャンの登場

紹介ムービーが終わり、ディレクターの松永がステージに登場。ダイナミックで優雅なソロ演奏を1曲披露した。続いてバンドメンバーのJuna Serita(ベース)と、ゲストのトップバッターとしてよよかをステージに呼び込み、Nirvanaの“Smells Like Teen Spirit”をカバー。先ほどの演奏からは一転、時おりヘッドバンキングをしながら鍵盤を叩きつけるように演奏する松永にフロアからは歓声が上がる。一方、よよかも物怖じせず彼女のフェイバリットドラマーであるジョン・ボーナム(Led Zeppelin)を彷彿とさせる、パワフルなドラムで応戦しオーディエンスを魅了した。

よよか

続いて登場したのは紀平凱成。眩い照明と大きな歓声や拍手に驚いてしまったのか、しばらく戸惑いの表情を見せていた彼だが、松永に促されピアノの前に座るとその顔は一変。凄まじい指さばきでニコライ・カプースチン作曲の“24の前奏曲 第11番(プレリュード)”と“冗談”を一気に演奏し、フロアを圧倒した。

さらに、中学2年の時に作ったというオリジナル曲“Tennis Boy Rag”を披露したあと、松永と共にインプロビゼーションによる連弾を披露。お互いの間合いをはかりながら音をぶつけ合い、重ね合う2人。

紀平凱成

「相手の音を聴くからこそ、即興はできるんです」と演奏後に松永は話していたが、言葉による会話より雄弁なその「音のやり取り」に、音楽が持つコミュニケーションツールとしての役割の大きさを改めて強く感じた。そういえば以前、松永はインタビューで以下のように話していた。

ジャズはまさに協調性が問われる音楽です。誰か一人が突っ走ってしまうとアンサンブルが破綻してしまうし、目標に向かってみんながひとつになるところに醍醐味がありますよね。とはいえ、きっちりまとまり過ぎていても退屈(笑)。反発し合う部分もあったり、破綻ギリギリのところまで逸脱してみたりするところに緊張感が生まれたりするので、そこもジャズの魅力であり、コミュニケーションと共通する部分と言えますよね。

引用:松永貴志インタビュー「若くして才能を開花させた松永貴志。今の若い世代に伝える思い

ジャズを通して、助け合うことの大切さ、支え合うことの素晴らしさを噛み締める

休憩を挟み第2部では、松永とJunaにナカタニタツヤ(ドラム)を加えたトリオ編成でラヴェルの“ボレロ”をジャズアレンジにして披露。その後、小澤綾子が車椅子でステージに上がり、自身のオリジナルソング“希望の虹”をのびやかな声で歌い上げた。

この曲は、筋ジストロフィーと診断されて、一度は絶望の淵に立った彼女が「歌うこと」の喜びを知り、「人は一人ひとり違うからこそ輝いている」というメッセージを七色の虹に喩えている。「曲を作りたい」との一心で、作詞作曲講座に通って作った初めての楽曲だという。さらに、中島みゆきの“糸”を松永、Juna、ナカタニの演奏をバックに歌い切ると、フロアからは大きな拍手が巻き起こった。

小澤綾子

その後、松永が17歳の時に阪神・淡路大震災からの復興を願って作曲したという“神戸”を演奏。この曲は、現在ボランティア活動や今回のディレクションなどを積極的に行なっている松永にとっての「原点」ともいえるだろう。

そして、この日最後のゲストシンガー、ビオリカ・ロゾフを迎えてコール・ポーターの“Night And Day”など、ジャズのスタンダードを数曲披露。アンコールは出演者全員で“(Get Your Kicks On) Route 66”を演奏。曲の展開に合わせて、さまざまな個性が響き合う豪華なセッションで、この日のイベントは終了した。

「私はできないことがたくさんあって、周りの人に支えてもらいながら生きています。『なんで自分はこんなこともできないんだろう』と落ち込んでしまう日もあるのですが、できないことがあるからこそ、誰かに支えられて人は生きているんじゃないかなって思うんです」

自作曲“希望の虹”を歌い終え、ステージでそう話していた小澤。人はつい、自分の「足りない部分」に目を向けがちだが、お互いの足りない部分に目を向け支え合うことで「貢献感」を育み、自分自身に価値を見出すことができるのではないだろうか。

僕は、「小さな思いやり」というものを、一人ひとりが持てばもっといい社会になるんじゃないかなとは思っています。海外へ行った時におもてなしをされたら嬉しいじゃないですか。演奏自体も「こんなに歓迎してくれているなら、頑張ろう」って思うとパフォーマンスも変わると思うんです。

引用:松永貴志インタビュー「若くして才能を開花させた松永貴志。今の若い世代に伝える思い

ジャズという音楽を通して、助け合うことの大切さ、支え合うことの素晴らしさを噛み締めた一夜だった。

イベント情報
『True Colors JAZZ – 異才 meets セカイ』

2020年1月4日(土)
会場:大阪府 Billboard Live OSAKA
イベントディレクター:松永貴志(ピアノ)
スペシャルアーティスト:黒田卓也(トランペット)
ゲストアーティスト:小澤綾子(ボーカル)、紀平凱成(ピアノ)、Derek K Short(デレク・K・ショート、ベース)、ナカタニ タツヤ(ドラム)


2020年1月6日(月)
会場:東京都 Blues Alley Japan
イベントディレクター:松永貴志(ピアノ)
ゲストアーティスト:小澤綾子(ボーカル)、紀平凱成(ピアノ)、よよか(ドラム)、Juna Serita(芹田 珠奈、ベース)、Viorica Lozov(ビオリカ・ロゾブ、ボーカル)、ナカタニ タツヤ (ドラム)


2020年1月8日(水)
会場:熊本県 CIB
イベントディレクター:松永貴志(ピアノ)
ゲストアーティスト:小澤綾子(ボーカル)、よよか(ドラム、田中啓介(ベース)、ナカタニタツヤ(ドラム)

プロフィール
松永貴志 (まつなが たかし)

1986年、兵庫県生まれ。17歳でメジャー・デビュー。ハービー・ハンコックとの共演をきっかけに、世界のミュージシャンから喝采を集める。欧米、アジア各国で「STORM ZONE」発表。NYブルーノート・レーベルで最年少のリーダー録音記録を樹立。2015年、ポーランド「Manggha 館」設立20周年式典に招待され大統領の前で演奏し、博物館のテーマ曲を作曲



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