二度の延期を経て開催された『カネコアヤノ ワンマンショー2020春』に考えをめぐらす
2021年4月23日、昼夜2公演で開催されたカネコアヤノの中野サンプラザ公演『カネコアヤノ ワンマンショー2020春』。
このライブは、本来であればシングル『爛漫/星占いと朝』(2020年4月1日発表)のリリースに大輪の花を添える意味合いを持つものだった。
二度の延期を経て、丸1年越しに開催にこぎつけたあの日、2020年の空気を思いっきり吸ったアルバム『よすが』(2021年4月14日発表)の楽曲を織り込んだセットリストや規則的に間隔が設けられた中野サンプラザの客席は、カネコアヤノ自身にとっても思ってもみないことだっただろう。少なからず不安もあったかもしれない。しかし蓋を開けてみると、ステージに立つ4人はもちろん、マネージャー、ライブクルー、会場スタッフや音響・照明のオペレーター、そしてお客さん一人ひとりが同じ喜びを共有しあう親密な時間が生まれていた。
目の前で空気を震わせる生きた音を全身で感じるということ。以前はありふれていたその喜びを私たちが享受するために、いまどれだけの人が心を砕き、日々奔走しているか……奇しくもこの日は、三度目となる緊急事態宣言が2日後の4月25日に発令されることが決まった日でもあった。5月1日、2日に予定されていたカネコアヤノの大阪市中央公会堂公演は中止を余儀なくされた。あの日から1か月が経ったものの、いまなお心蝕まれるようなじっとりと抑圧される日々が続いている。
この記事では、あの公演がカネコアヤノにとってどんな意味を持つものだったのかに考えをめぐらせていく。あの場に居合わせることのできなかった人にも、共有できるものがあればという願いを込めて、昼夜両公演を目にした視点から書き進めていければと思う。
1年のときを経て、『よすが』のリリース後に開催されたことで浮き上がってきた意味合い
年をまたぎ、1年越しに開催されたにも関わらず、あの日の公演名は『カネコアヤノ ワンマンショー2020春』のままだった。あえて「2020春」のままなのであれば、『爛漫/星占いと朝』リリース当時までの楽曲でセットリストを固める選択肢もあったはず。しかしそうはしなかった。新作『よすが』の楽曲をちりばめた最新セットリストを携えて、カネコアヤノは中野サンプラザのステージに立った。
その姿を見届けて感じたのは、たとえ発表された年月がバラバラでもいまのカネコアヤノが歌えば、それは「いまの歌」になるのだということだった。あの日の公演で自分が覚えた感動はそんなシンプルな事実に起因している。プレイリストのように曲を並べただけでは立ち上がってこない何かが、ライブにはある。
終演後、興奮状態の頭のなかにぼんやり浮かび上がってきたのは物語の存在だった。その物語をあえて言葉にするならば、青春の日々への追憶といった類のものかもしれない。
変わりゆく景色、過ぎゆく月日のなかで失われていくものは少なくはないし、もう戻れない、元どおりにはならないとわかっていても在りし日のことを振り切って前を向くことは簡単ではない。胸のなかにある一つひとつの感情や思い出にお礼を言いながら、歌をうたい、ギターをかき鳴らし、想いを爆発させるーー過去の自分の綴った言葉を人前で歌うというのは、少なからずそういった側面があるものだろう。
儀式のように、と書くと大げさだろうけれど、それくらいの心持ちがこの日を迎えたカネコアヤノ本人のなかにはあったのかもしれない。そう考えれば「2020春」にこだわった理由もわかる気がする。もちろん、本当のところはわからないが。
そういえば、リハーサル前に撮影をお願いした池野詩織さんと挨拶に楽屋を訪れたとき、当人からは「全部撮っちゃっていいですよ」とあっけらかんとした感じで言われたとことを思い出す。それは当然、虚勢を張っていたわけでも、サービス精神を示してくれていたわけでもない。「どこを切り取られても、そこには本当の自分がいるはずだから」と言えるだけの覚悟があってこの日に臨んでいたのだろう。いまになってそんなことを考える。
あの日、カネコアヤノの4年分の変化を体感した、とあるパートに着目
「このライブ、いつもと何かが違う気がする」。そう感じたきっかけは些細なもので、昼公演の“栄えた街の”(『よすが』収録曲)、“ごあいさつ”(2018年発表の『祝祭』収録曲)、“セゾン”(2019年発表の『燦々』収録曲)の流れに不意にドキッとさせられたことだった。
この流れは昼夜ともに共通で、“ごあいさつ”“セゾン”という定番のライブレパートリーの前に配置された“栄えた街の”がよく効いた曲順となっている。これはあとから気づいたことだが、『祝祭』『燦々』『よすが』の3つのアルバムの楽曲が並ぶのはここだけなのだ。僕はこの3曲の流れにどうしようもなく感じるものがあった。
<ふたりだけ 大事なことは言葉にするよ / 信じていてね><いつまでも守りあおうね 私たちは>(“栄えた街の”)、<しあわせだよ今 / となりの君のまつ毛が落ちるのを / 見逃さなかったよ>(“ごあいさつ”)、<たぶんこれからも続いてく / テーブルの上 / 雑に置かれた財布と鍵 / 丁寧な愛 油断した心に / 安心するんだよ 不思議とさ>(“セゾン”)ーーそれぞれの歌詞を抜き出してみると、同じように関係性を歌っていても3曲の間で視点や感じ方が変化していることがわかる。
カネコアヤノ“栄えた街の”を聴く(Apple Musicはこちら)カネコアヤノ“ごあいさつ”を聴く(Apple Musicはこちら)
カネコアヤノ“セゾン”を聴く(Apple Musicはこちら)
この3曲を受けて演奏されたのは昼夜共通で、<あなたと出会ってしまったね>という歌い出しの“朝になって夢からさめて”(2017年発表のシングル『ひかれあい』)だった。この曲を加えた4曲のパートを聴いて、『ひかれあい』の発表された2017年4月からライブ当日までのちょうど4年分の記憶が脳裏を駆け巡った人もいるかもしれない。実際、僕がそうだった。2021年のカネコアヤノは、視点の大きく変化するこのパートをどのような心境で歌ったのだろうか。
カネコアヤノ“朝になって夢からさめて”を聴く(Apple Musicはこちら)
この日のセットリストに存在した、昼夜共通の構成を読み解く
青春の真っ只中にある永遠の輝きを刻んだ『祝祭』。大切な人たちに対して誠実であること、そんな日々をいつまでも守っていくことを誓うように歌った『燦々』。人生の転機となった1年の葛藤や痛みを取り繕うことなく歌った『よすが』。
こんなふうにひと言で言い切れるようなものでは決してないのだけれど、3作に記録されているものについて簡潔に言葉にするならこんな具合だろう。そしてそこには20代半ばの揺れ動く日々、人生や生活に対するまなざし、偽らざる想いがそれぞれ純度高く収められている。
それぞれの色合いを持つアルバムの楽曲を丁寧に編み上げた前半、<目の前を過ぎてゆく車のボディに私が映っている>という歌い出しにあわせて夜道を走る車から窓の外を見つめているような照明演出がなされた“りぼんのてほどき”で場面転換を図り、『よすが』と『燦々』の楽曲がかたまりとなって演奏された後半ーー具体的には下記のセットリストを見ていただいたほうが早いと思うが、そういった昼夜共通の構成の存在が確認できる。
『カネコアヤノ ワンマンショー2020春』セットリスト<昼公演>
1. アーケード
2. かみつきたい
3. 天使とスーパーカー
4. 星占いと朝
5. 栄えた街の
6. ごあいさつ
7. セゾン
8. 朝になって夢からさめて
9. 窓辺
10. りぼんのてほどき
11. 抱擁
12. 腕の中でしか眠れない猫のように
13. 孤独と祈り
14. 爛漫
15. ぼくら花束みたいに寄り添って
16. 光の方へ
17. 愛のままを
18. 燦々<夜公演>
1. 爛漫
2. かみつきたい
3. 天使とスーパーカー
4. 星占いと朝
5. 栄えた街の
6. ごあいさつ
7. セゾン
8. 朝になって夢からさめて
9. りぼんのてほどき
10. 窓辺
11. 閃きは彼方
12. 腕の中でしか眠れない猫のように
13. 孤独と祈り
14. グレープフルーツ
15. ぼくら花束みたいに寄り添って
16. 光の方へ
17. 愛のままを
18. アーケード
後半~エンディングにかけて昼と夜で異なる展開について
鬱々とした気分をきらりとしたバンドサウンドで跳ね返すように鳴らした“抱擁”“腕の中でしか眠れない猫のように”“孤独と祈り”という『よすが』収録曲の流れを受けて“爛漫”で爆発、そのエネルギーを引き受けて“ぼくら花束みたいに寄り添って”“光の方へ”“愛のままを”という『燦々』でも屈指の名曲でたたみかけたのち、<悲しくて寂しい夜も / サモエドは笑ってる / そうおもえば愛おしい日々>とやわらかく現状を肯定するような“燦々”で本編を締めくくった昼公演。
カネコアヤノ“燦々”を聴く(Apple Musicはこちら)
<嫌で解ける 日々を編む / 少しづつよくなってけばいいね / ブラインドの前でただ座るだけ>(“窓辺”)という痛みに沈む心境から這い上がるように“閃きは彼方”“腕の中でしか眠れない猫のように”“孤独と祈り”を鳴らし、<いまのわたし / 甘い砂糖と苦い グレープフルーツみたい>と感情の橋渡しをするような“グレープフルーツ”を挟み、昼公演と同じ必殺の流れになだれ込む。夜公演は、この日1日のすべてを乗せて万感の想いとともにぶち上げるように鳴らした“アーケード”で幕を閉じる。
カネコアヤノ“アーケード”を聴く(Apple Musicはこちら)
急遽アンコールで披露された“とがる”に込められていたもの
昼公演の本編が終わり、規制退場のアナウンスを遮るように拍手は鳴り続けた。舞台袖で言葉を交わすメンバーたち。「せっかくだし、やるか!」という様子でステージに向かい演奏したのは“とがる”だった。事前にもらっていたセットリストには書かれていなかったので、もともとは予定されていなかったのだろう。でもやるとしたらこの曲以外はありえなかった。それは夜公演においても同様だった。
青春の最も美しい瞬間を切り取ったような、本当の友情を歌った“アーケード”で最初と最後と飾るという構成にあえて付け足されるかたちで演奏されたこの日の“とがる”は、<かわる!かわる! / かわってく景色を受け入れろ><かわる!かわる! / かわってく覚悟はあるはずだ>と自分自身に言い聞かせるみたいに歌われているようだった。
リリースされた4年前とは違う意味を帯びるように、この日1日を象徴するように鳴り響いた。在りし日に別れを告げ、前に進まなければならない。まるでそう胸に誓うかのように。だからこの日のアンコールは“とがる”以外では考えられなかった。
カネコアヤノ“とがる”を聴く(Apple Musicはこちら)
舞台裏での一幕から垣間見えた、カネコアヤノチームの『ワンマンショー2020春』にかけた想い
終演後、楽屋に挨拶に向かうとき涙を堪えきれない様子で裏に引っ込むマネージャーの村田さんの後ろ姿を見た。「そりゃ涙だって出るよな」とそのときは思った。
本当にライブができるのだろうか、というギリギリの状況で、彼女を中心にカネコアヤノチームは動いていた。カネコアヤノ自身、「音楽をやめてしまうかもしれない」とまで2020年は思い詰めていたというから、ここで中止になってしまったらどうなっていたか。心から安堵したことであろう。
そこに加えて、この青春の日々への追憶といえるようなライブの内容だ。いちばん近くでカネコアヤノのことを見てきたマネージャーの彼女にしかわからないこともあるはずだ。あのとき気の利いたひと言も言えなかったから、こうやって文章を書いたのかもしれない。
村田さんが戻ってきてカネコは「あたしゃ、あんたが笑ってくれりゃそれでいいんだよ」と茶目っ気混じり言った。この日のライブだって自分のことだったはずなのに、随分あっけらかんとしてるなと思った。その姿を見て「だって終わってしまったら次に進むしかないじゃん」と言っているような気がした。かっこよかった。
不器用でも、一つひとつ立ち止まるように、カネコアヤノは前に進む
長々と書いてしまったが、結局言いたかったことは「カネコアヤノは中野サンプラザ公演を終えて、次のステージに向かう」ということだ。
次から次にやってくる課題をただこなすように、業界の慣例に沿うようにステップアップしてきたわけじゃないから、カネコアヤノにとっては次に進むにしても「どのように」という部分が重要になってくる。前に進むだけなら難しいことではない。人間だから足を前に進めることには喜びだけでなく迷いや苦しみもつきまとう。カネコアヤノにとってそれはこれからも変わらないはずだ。僕はこれを読んでくれた人とただそのことを共有したかった。
果たして、『ワンマンショー2020春』を経たカネコアヤノはどのような姿を見せてくれるのか。『TOUR 2021“よすが”』が5月27日からはじまっている。
- リリース情報
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- カネコアヤノ
『よすが』(CD) -
2021年4月14日(水)発売
価格:3,000円(税込)
NNFC-091. 抱擁
2. 孤独と祈り
3. 手紙
4. 星占いと朝
5. 栄えた街の
6. 閃きは彼方
7. 春の夜へ
8. 窓辺
9. 腕の中でしか眠れない猫のように
10. 爛漫(album ver.)
11. 追憶
- カネコアヤノ
『よすが』初回生産限定盤(LP) -
2021年4月14日(水)発売
価格:3,500円(税込)
NNFS-1007[SIDE-A]
1. 抱擁
2. 孤独と祈り
3. 手紙
4. 星占いと朝
5. 栄えた街の[SIDE-B]
1. 閃きは彼方
2. 春の夜へ
3. 窓辺
4. 腕の中でしか眠れない猫のように
5. 爛漫(album ver.)
6. 追憶
- カネコアヤノ
『よすが ひとりでに』(CD) -
2021年5月19日(水)発売
価格:2,500円(税込)
NNFC-101. 抱擁
2. 孤独と祈り
3. 手紙
4. 星占いと朝
5. 栄えた街の
6. 閃きは彼方
7. 春の夜へ
8. 窓辺
9. 腕の中でしか眠れない猫のように
10. 爛漫
- カネコアヤノ
『よすが ひとりでに』初回生産限定盤(カセット) -
2021年5月19日(水)発売
価格:2,500円(税込)
NNFT-1002[SIDE-A]
1. 抱擁
2. 孤独と祈り
3. 手紙
4. 星占いと朝
5. 栄えた街の[SIDE-B]
1. 閃きは彼方
2. 春の夜へ
3. 窓辺
4. 腕の中でしか眠れない猫のように
5. 爛漫
- カネコアヤノ
- イベント情報
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- 『カネコアヤノ TOUR 2021“よすが”』
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2021年5月27日(木)
会場:広島県 JMSアステールプラザ 大ホール2021年5月29日(土)
会場:福岡県 福岡市民会館2021年6月3日(木)
会場:北海道 札幌市教育文化会館2021年6月13日(日)
会場:宮城県 仙台電力ホール2021年6月26日(土)
会場:石川県 金沢市文化ホール2021年6月28日(月)
会場:大阪府 大阪オリックス劇場2021年6月30日(水)
会場:愛知県 名古屋市公会堂2021年7月6日(火)、7月7日(水)
会場:東京都 LINE CUBE SHIBUYA
- プロフィール
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- カネコアヤノ
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弾き語りとバンド形態でライブ活動を行っている。2016年4月に初の弾き語り作品『hug』、2017年9月には初のアナログレコード作品『群れたち』を発表。2018年に発表したアルバム『祝祭』は『第11回CDショップ大賞2019』入賞作品に選出。2019年に発表したアルバム『燦々』は『第12回CDショップ大賞2020』大賞<青>を受賞。2021年4月14日に新作アルバム『よすが』を、5月19日には弾き語りアルバム『よすが ひとりでに』を発表。5月から全国ホールツアーを開催中。
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