他者やものと響き合った「わたし」のかたち

銀座セゾン劇場、西武美術館、ポスターを見て懐かしく思う人も、新鮮に思う人もいるだろう。2月25日まで開催中の企画展『田中一光ポスター1980-2002』では、戦後のグラフィックデザインを牽引し、2002年に急逝したデザイナー、田中一光の表現の豊かさに目を見張る。海外では「田中一光は何人いるのか」といわれ、自らも「私は『わたし』の形を持っていないのではないかと考えることがある」と語ったというほどその表現は多彩だ。

『田中一光ポスター1980-2002』 ©Ferragamo 1997
©Ferragamo 1997

生涯で922点にものぼるポスター作品のうち、ギンザ・グラフィック・ギャラリーでは、2010年に1953年〜1979年までに制作された中から161点が紹介され、続いて今回は1980年〜2002年制作の150点が展示されている。浮世絵にも通じる日本の伝統的な平面性と、モンドリアンやアルバースなどに代表される西洋のモダニズムの手法の一つ、グリッド構造を融合した「Nihon Buyo」。日本の書と抽象表現が混ざったような「舞踏花伝」や「モリサワ・フォント」シリーズ。インクのしみのような流線型の不思議な形が現れた、サルバトール・フェラガモのポスター。また、「田中一光グラフィックアート植物園」では、切り紙の手法を生かし、器用なハサミ使いによる花と、苦手なカッターによる線を生かした貼り絵のような花の両方を生み出している。

だけど、「わたし」の形を持っていない、なんてとんでもない。生まれ持っての色彩センス、奈良県に生まれ、「興福寺の三重塔や北円堂は小学校時代の道草の場所だった」という生い立ち、やまと絵や琳派、ジャズ、演劇や古典芸能などにも造詣が深い。さまざまなクライアントや題材ありきのポスターでありながら、いや、そうした他者やものとどう響きあうか、関係性の作り方にも「その人」は現れる。いろいろな素養が溶け合ってできたひとつの身体から自然につくられる「流れ」のようなもの。

著書『デザインと行く』(白水Uブックス)の中ではこうも綴っている。「発想が湿り気を帯びて艶やかにきらめくのは、若いころである。この内的イメージが運良く時代やテーマと合致することもある。が、この本能的なヒラメキは、年を重ねるに従って薄れていく。そうなったときは、自分を真っ白にして相手の注文なりテーマなりに染まっていかなければならないのではないか。むろん、相手の核心をしっかりつかむだけの観察能力が大前提であるが。自分勝手にヒラメクよりも、まるで医者のように相手の注文と性格を診断した上で、的確な判断を下すのである」。

「デザインは作家性の主張ではない」という信条。例えば、すでにそこには、イッセイミヤケの服があり、『世界都市博覧会』というこれから行われるイベントがある。ポスターは、それが何かを伝え、受け手の感覚や感情や行動を喚起する、適切なコミュニケーションツールでなければならない。インタビュー映像の中では「2色刷りでも多色刷りにはできない面白さがあるし、必ずしも常にいい状態だからいいものができるとは限らない」と、「制約から生まれる発想」をポジティブに語っている。

『田中一光ポスター1980-2002』 ©TEN SEN MEN 1990
©TEN SEN MEN 1990

『富山県置県百年』『吉田五十八賞の歩み』のような、ポスターとしてはある種地味な題材も面白い。おそらくビジュアル要素や文字情報がちょうどいいようにはなく、どれかひとつを優先して扱えず、出演者や出品者の名前をずらっと並べなければならなかったのだろう。だが、もし街で見かけたら立ち止まるようなチャームポイントを持っている。

「デザインはもてなし」「アートディレクターは手配師にすぎない」と、裏方に徹する言葉は、個性とは何かを教えてくれる。80年代のバブル期には、奇抜なことをして意表を突こうとするもの、相手に媚びるものなど、たくさんのものが生まれては消えていった。現在の風潮はどうだろうか。

田中一光というデザイナーがこの世にいないことは残念だが、80年代以降に生まれた育った世代が、その遺伝子を受け継いで新しい花を咲かせるかもしれない。消費材財でもあるポスターがアーカイブされる意義はそこにもある。

イベント情報
DNPグラフィックデザイン・アーカイブ収蔵品展IV 没後10周年記念企画
『田中一光ポスター1980-2002』

2012年1月13日(金)〜2月25日(土)
会場:東京都 銀座 ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)
時間:11:00〜19:00(土曜日18:00まで)
休館日:日曜、祝日
料金:無料



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