まず、呼吸を整えるのもよし。特になにも考えずに再生ボタンを押すもよし。caméra-stylo(カメラ=万年筆)の『coup d'État(クーデター)』はあなたがどういう状況であっても刺激的な作品だということを理解してもらえるはずだ。
caméra-stylo(カメラ=万年筆)
最初にこの風変わりなバンドがどういうバンドか、どういう経歴を持ったバンドか、ということを話しておきたい。まずメンバーは佐藤望と佐藤優介のふたり。バンドの必然性として求められる具体的な役割分担がある訳ではないらしく、活動は2010年から。あるとき、(現在は閉鎖されてしまっているが)MySpace上にXTCやビートルズが持っているUKフレーバーをふんだんに織り交ぜた“Perry Lane”(アルバム未収曲/ボーカルは現EA、今作『coup d'État』でも“school”“ジェリコのラッパ”などをうたうマイカ・ルブテ)をカメラ=万年筆名義で発表。ここがスタートと考えていいだろう。その年のうちに“Wire”(アルバム未収曲。現在は“Altered States”に改題)と“グッバイ・イースター”をMySpace上で発表している。同年11月に行ったライブに合わせてCD-R『O.7』を発表(その後、収録曲を削り『0.5』と改題された)。この日はコンピューターと演奏を同期させていたが、2011年3月に行われたライブでは佐藤望がキーボード、佐藤優介がベースを演奏し、ゲストドラマー、ゲストギタリスト、ゲストボーカルを迎えたバンド編成でのパフォーマンスを行い、同時にCD-R『CUL-DE-SUX』を発表した。その後9月にはゲストを迎えず佐藤望、佐藤優介のふたりによるアコースティックライブを行っている。J-WAVE『RADIO SAKAMOTO』内のオーディションコーナーで2010年11月には“Altered States”、2011年5月には“Week-end”が取り上げられた。彼らは2011年の夏前から本作のレコーディングに入り、長い時間を制作に費やし、何度も〆切と発売日を延ばしていたが、業を煮やしたレーベル担当者がマスタリングの日程を先に押さえることによってついに後戻りできない状況を作り出すことに成功。それでもレコーディングはマスタリング当日の朝まで進められ、ミックスについては最後の1曲のミックスをマスタリングスタジオのロビーで佐藤望が行う一方で佐藤優介が中心となって曲間などを決めていく、という形で作業は進められていた。これは今回のアルバムが難産だった、という訳ではなく、ただ単純に彼らは凝り性なのである。
彼らの音楽性は現在に於いてとても貴重なものに思える。既に発表されている“グッバイ・イースター”はメロディ、コード、アレンジ、歌詞のすべてを取っても全うなポップミュージックと言えるのだが、例えば曲の構成。同じメロディは一度として出てこないのだ。いわゆる「A-B-サビ」みたいなものではない。だが、不自然なものではない。これはちょっとすごいことだと私は思っている。素晴らしいバランス感覚。このバランス感覚というのはなにもひとつの楽曲の中だけの話ではなく、たとえば突き抜けたニューウェーブチューン“F.M.J.”が収録されていること、収録曲数、アルバム全体の緩急の付け方からも伺える。そしてアルバムを通して聴くと、デビューアルバムとしては破格のゲストボーカルである野宮真貴、鈴木慶一が参加している曲が浮いていない、ということに気がつく。それだけではなく、それぞれの持つ声のいい音域を大事に作曲されているように感じるのだ。これは彼らの職業作曲家としての側面を我々に示している、ということだろう。
先鋭的な作風から天才ともてはやされがちな彼らだが、その先鋭は普遍であり愛されつづけるべきものだと私は考えている。迷路のようなポップミュージック。だまし絵のようなポップミュージック。油彩のようなポップミュージックにその身を沈めれば、きっと楽しんでもらえるだろう。最後に、マスタリングを終えた後の打ち上げで彼らに今後の展望を訊いてみたのだが「ふと思いついたときにハーゲンダッツを食えるようになりたい」と佐藤優介が語っていたことを記しておきたい。
- リリース情報
-
- caméra-stylo(カメラ=万年筆)
『coup d'État』 -
2012年2月22日発売
価格:2,415円(税込)
MYRD-261. school
2. ジェリコのラッパ
3. F.M.J.
4. 降り止んだ雨には悪意が混じる
5. ユーリイ
6. Here comes easter
7. グッバイ・イースター
8. ホーリーローリーマウンテン
9. Week-end - caméra-stylo(カメラ=万年筆)
-
2010年、佐藤優介、佐藤望により結成。J-WAVE Radio Sakamoto オーディションコーナーにてノミネート。ライブでは毎回違った趣向のステージングを披露。これまでに自主制作盤『0.5』、『CUL-DE-SUX』を発表している。
- caméra-stylo(カメラ=万年筆)
- フィードバック 0
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-