これは観劇だ。もはや映画ではない。ヴィム・ヴェンダース監督が、ダンスと映画の全く新しい楽しみ方を生み出してしまった。しかも自らの3D映画のデビュー作で、である。そしてヴェンダースが撮り上げたのは、ピナ・バウシュというひとりの女性ダンサー、そして今は亡き彼女が遺したダンスのドキュメンタリーだった。
©2010 NEUE ROAD MOVIES GMBH, EUROWIDE FILM PRODUCTION
ピナ・バウシュという名前は、いわゆるコンテンポラリーダンス、あるいは舞台芸術の文脈において、ひとつの時代すら意味するだろう。彼女の存在は、世界中の舞台芸術におけるダンスに対する考え方を根底から変えてしまうほどの衝撃を持っていた。
その衝撃は、映画が始まった瞬間に誰にでも感じ取れる。彼女を知っていなくても、あるいはコンテンポラリーダンスと無縁であっても、その感動は等しく人を惹きつける。とにかく「これがダンスなのか?」と目を疑ってしまうのだ。その動きはいわゆる音楽に合わせて体を動かす踊りとも違うし、少なくとも自分が今まで見聞きしてきたダンスのどれにも似ていない。
でもいつしか、彼ら彼女らが何を表現しているのか、その感覚が次第に伝わってくる。気づけば今まで自分が「使ったことのない感覚」が、そのダンスを捉え始める。そしていつしか、踊るダンサーとともに笑い、時に不快を覚え、時に感動する。劇中の彼女の言葉を借りれば、「言葉で表現するのではなく、特別な何かを感じ取ってもらう。それがダンスの原点」なのである。
あらゆる常識から解き放たれて、原点に立ち返ること。そんな彼女のダンスに、かつて世界中が驚き、感動し、そして影響を受けた。それを目の前のスクリーンで追体験できるこの映画は、まさにダンスを変えた、ダンスの物語なのだ。
また、映画の文脈でピナ・バウシュの名前を知れる作品のひとつに、ペドロ・アルモドバルの『トーク・トゥ・ハー』がある。『アカデミー脚本賞』『ゴールデングローブ外国語映画賞』受賞に輝いた同作のオープニングを飾ったパフォーマンスこそ、ピナの演目『カフェ・ミュラー』である。カフェのような机と椅子が置かれた舞台の上を踊るという異色作として注目を集めた『カフェ・ミュラー』が、本作にノーカットで収録されていることにも注目だろう。
そして同作を撮りあげた監督が、ヴィム・ヴェンダースである点も面白いところだ。『カンヌ国際映画祭』パルムドールに輝いた『パリ、テキサス』、さらにカンヌ国際映画祭監督賞を受賞した『ベルリン・天使の詩』といった成功にこそフォーカスされるものだが、ドキュメンタリーとしての視点にも秀作が並ぶ。
たとえばライ・ク―ダーとキューバのミュージシャンたちの交流をキューバの情感とともに豊かに描き出したドキュメンタリー『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』('99)あるいは、自ら「最愛の映画」と称する小津安二郎監督の『東京物語』('53)の舞台となった尾道を、妻とともに巡って撮り上げられた写真展『尾道への旅』など、カルチャーの文脈で語り継がれるドキュメンタリー作品が揃う。
©2010 NEUE ROAD MOVIES GMBH, EUROWIDE FILM PRODUCTION
今作において、そんなヴェンダースが力を注いだのは3D作品の新鮮さに忠実なダンス映画であること。そこでダンサーと共に踊る「3Dクレーンカメラ」を導入し、俯瞰はもちろん、舞台上にいるダンサーの1人称視点すらも再現した。これによって、まるで舞台の袖からダンスを見たり、いっしょにダンスを踊っているかのような錯覚を、見るものに与える。
今まではそれこそ劇場でのシートからという1視点からしか見ることのできなかったコンテンポラリーダンスを、自由視点の3D体験として解き放つ。「観劇」呼べるほどのレベルにまで高められた映像美にも注目だ。
3Dの技術の進歩とともに、映画館の楽しさがまたひとつ前進した。映画好きにとって、しばしば「飛び道具」扱いされがちな3D映画だが、ヴェンダースのような監督が撮ったことで、一気に3D映画への期待感、そして流入が加速するのではないだろうか? そうやって映画における体験が新しくなることで、映画館の楽しさが次の次元に進む。そんな期待をさせられる作品でもあるだろう。
この映画には、確かに心を躍らせるダンスがある。それは映画の感動と、ダンスの感動が重なった体験だ。
- 作品情報
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- ©2010 NEUE ROAD MOVIES GMBH, EUROWIDE FILM PRODUCTION
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『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』
2012年2月25日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿バルト9他全国順次3D公開
監督・脚本:ヴィム・ヴェンダース
出演:
ピナ・バウシュ
ヴッパタール舞踊団
ほか
配給:ギャガ
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