現代演劇の旗手が描く「祝祭」としての物語

2003年3月20日、イラク戦争が勃発した。

アメリカ・イギリス両政府が主体となった連合軍は、「イラクの自由作戦」としてバグダッドに向け侵攻を開始。砂漠を駆け抜ける戦車の姿、バグダッドが空爆される模様は、テレビの画面を通じて全世界中に放送された。長期化を予想する声もあったものの、4月9日、フセイン像は米軍と市民によって引き倒された。5月1日には、ブッシュ大統領(当時)が戦闘終結を宣言した。

ただ、当時のそんな世界の情勢は、例えば、僕のように呑気に生活している日本人にとっては、ほとんど無関係なことだった。イラクでの戦争は、日本人に対してほとんど影響を与えることはなく、それは「あー始まったんだー」という程度の認識に過ぎなかった。

「デモ」という行動が、にわかに浸透してきたのもこの頃だった。かつてのように、労働組合が仕切り、シュプレヒコールを上げるような形のデモではなく、スピーカーを積載したサウンドデモのように新たな形を獲得し始めていた。

chelfitsch Five Days in March 2011.12 @KAAT
chelfitsch "Five Days in March"2011.12 @KAAT

チェルフィッチュの代表作である『三月の5日間』はイラク戦争が勃発した3月20日からの渋谷を舞台にしている。六本木のライブハウスで出会ったミノベくんとユッキーは、そのまま渋谷・円山町のホテルに泊まる。お互いの名前や連絡先も告げず、バイトをバックれた2人は4泊5日でコンドーム2ダース以上を使ったセックスに明け暮れる。日常のセックスと、そこに介入するデモ、そして、その背景にある戦争。『三月の5日間』は、重層的なレイヤーによって、渋谷の街とそこにいる若者たちの姿を綴る作品だ。

しかし、この芝居は、内容以上にそのスタイルが圧倒的に異なっていた。「朝起きたら、なんか、ミノベって男の話なんですけど、ホテルだったんですよ朝起きたら、なんでホテルにいるんだ俺とか思って、しかも隣にいる女が誰だよこいつしらねえっていうのがいて…」日常の言葉遣いを模したようなはっきりしない言葉や、ダラダラした身体性は、カルチャーシーン全般から「リアルな演劇」として驚きを持って迎えられた。しかし、昨年12月、神奈川芸術劇場で行われた100回記念公演に足を運ぶと、ほとんど「リアル」を感じさせることはなく、むしろ、「過剰」であるようにすら見えた。そりゃそうだ。よく考えれば「内股をさすりながらつま先立ちをして話す人」なんて、日常には存在しない。

でも当時、僕を含めた多くの人がこの作品に対して「リアル」を感じてしまっていたのだ。それはなぜだろうか?

chelfitsch Five Days in March 2011.12 @KAAT
chelfitsch "Five Days in March"2011.12 @KAAT

今回、改めてDVDとなった作品を見直すと、『三月の5日間』が「祝祭」の物語のように見えてきた。

とはいっても、お神輿を担いでわっしょい、わっしょいと息巻くような祭りのことではない。「祝祭」とは、僕らが生きる場所を、見つめ直し、確認するための時間のことだ。ミノベくんは「超スペシャルな5日間だったと思うんだよね、ホント、俺」と言う。渋谷の街ではデモが行われ、イラクでは戦争が進行している。街を歩きながら「なんか、渋谷なのに外国の街にいるみたい」とユッキーは呟く。ラブホテルを出る5日目の朝、2人は東横線と山手線に別れて家に帰る。祝祭だから、この物語は5日間で終わらなければならないし、終わっても何も発展はない。バイトをバックれたユッキーとミノベはまた新しいバイトを探すだろう。イラク戦争もじきに終結するだろう。祝祭はあっという間に終りを迎え「日常」はすぐに侵食してくる。まるで祝祭なんて起こっていなかったかのように、渋谷にはいつもの街の風景が広がる。

2003年から、景気はいっそう悪くなり、震災は有り得べき「日常」を終わらせた。演出家の岡田利規自身、この作品を再演した昨年「日本のことではなく、東京というひとつの「地方」を描いた話だった」と語った。初演となった2004年から、この作品を取り巻く状況と、その位置づけは大きく変化してしまった。ただ、不思議とその強度が失われることはない。90分にわたる『三月の5日間』という祝祭には、今でも必要とされる「超スペシャル」な時間が詰め込まれている。

作品情報
『三月の5日間』(DVD)

価格:3,150円(税込)

作・演出 岡田利規
出演者:
山崎ルキノ
山縣太一
下西啓正
松村翔子
瀧川英次
東宮南北
村上聡一

収録日:2006年3月14日@Super Deluxe(六本木)
収録映像:本編「三月の5日間」(88分)
特典映像:サンガツ ライブ記録映像(12分)

チェルフィッチュ

岡田利規 ©Nobutaka Sato

チェルフィッチュ

岡田利規が全作品の脚本と演出を務める演劇カンパニーとして1997年に設立。同年『峡谷』(横浜相鉄本多劇場)が旗揚げ公演となり、以後横浜を中心に活動を続ける。01年3月発表『彼等の希望に瞠れ』を契機に、現代の若者を象徴するような口語を使用した作風へ変化。さらに、『三月の5日間』、『マンション』などを経て、日常的所作を誇張しているような/していないようなだらだらとしてノイジーな身体性を持つようになる。07年5月ヨーロッパ・パフォーミングアーツ界の最重要フェスティバルと称されるKUNSTENFESTIVALDESARTS2007(ブリュッセル、ベルギー)にて『三月の5日間』が初めての国外進出を果たす。以降、アジア、欧州、北米にて海外招聘多数。



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