シンガーソングライターのCoccoが初主演を果たした劇映画――『鉄男 THE BULLET MAN』『六月の蛇』などで知られる塚本晋也監督の最新作『KOTOKO』はそういった体裁で撮られているが、本作をフィクションと割り切って観るのは無理だろう。なぜなら、この映画はCoccoに相当なインスピレーションを得ているからだ(原案にはCoccoのクレジットがある)。世界が2つに見えてしまうダブルビジョン、自分を切りつけ、1人で子どもを育てる姿……ヒロインの琴子はどこからどう見てもCocco本人でしかない。虚実が入り混じっているとはいえ、彼女の死生観や不安、愛情のあり方がベースにあるのは間違いないので、いっそのことドキュメンタリーと捉えてしまうのもアリだと思う。
『KOTOKO』©2011 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER
Coccoのドキュメンタリーといえば、是枝裕和が彼女のライブツアーに同行しながら撮った『大丈夫であるように−Cocco 終らない旅−』(2008年)がある。同作で印象的だったのは、常に一定の距離感を保ちながら彼女の言動を淡々と記録するという撮影スタイル。そして、どちらかと言えば、彼女の優しく力強いメッセージや天真爛漫なキャラクターが前面に押し出されていたことだ。
しかし、塚本監督の『KOTOKO』はそれとは対極。Coccoの内面に深く迫り、知られざる闇の部分を徹底的に炙り出していく。再三にわたって彼女にインタビューを繰り返し、その脳内に極限まで肉薄するのだった。ド迫力のカメラワークに音響といった監督ならではのスパイスも、ここでは彼女が抱える狂気の複雑さを鮮明にするためだけに注入されている。「私の人生を注ぎました」――プレス資料にそんなコメントがあるように、Coccoも監督の心意気に常軌を逸した集中力で応えており、その鬼気迫る表情や叫びは演技の域ではない。
『KOTOKO』©2011 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER
さて、ここまで書けばもうわかるかもしれないが、本編が始まれば、僕らは琴子を擬似体験することになる。たとえ女性じゃなくても、今まで自分を切りつけたことがなくても関係ない。自分では想像しようもない不安や息苦しさで満ちた彼女の頭の中を容赦なく味わうことになるのだ。
正直、恐かった。めちゃくちゃ気合の入ったホラー映画より、ずっと恐かった。それはたぶん、ここで描かれる壮絶すぎる物語が、実はどこにでもいる普通の人の暮らしから生まれたものであることが大きい。琴子は自分の子供をただまっすぐに愛しているだけだ。しかしながら、その純情さゆえにいつしか精神のバランスを崩してしまう。震災と原発事故が起こり、普通に生きていくことが一段と難しくなってしまった現代において、日常に潜むこうした影はより切実なものになってくるに違いない。
『KOTOKO』©2011 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER
絶望的な状況の中、それでも「生きろ、生きろ、生きろ」と自分に言い聞かせる琴子。その姿に人は何を感じるのか。やはり、どうしようもない苦しさだろうか。はたまた、子を守らんとする母の気高い美しさだろうか。あるいは、その両方かもしれない。さまざまな感情に心が強く揺さぶられるだろうし、賛否両論ある作品だと思うけど、ぜひ観てほしい映画である。「生きるとは何なのか?」を今一度考えるためにも。
- 作品情報
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- 『KOTOKO』
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2012年4月7日(土)よりテアトル新宿、シネリーブル梅田、名古屋シネマスコーレ、他全国で公開
監督・脚本:塚本晋也
原案・音楽・美術:Cocco
出演:
Cocco
塚本晋也
配給:マコトヤ
- プロフィール
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- 塚本晋也
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1960年1月1日、東京都出身。14歳で初めて8ミリカメラを手にする。87年『電柱小僧の冒険』でPFFグランプリ受賞。89年『鉄男』で劇場映画デビューと同時に、ローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞、客席を「TETSUO!!」コールの熱狂の渦に巻き込み衝撃の世界デビュー。一方俳優としての評価も高く、自身の監督作の他、『殺し屋1』(監督:三池崇史)『とらばいゆ』(監督:大谷健太郎)などで02年毎日映画コンクール男優助演賞受賞している。テレビではNTV「きたな(い)ヒーロー」CX「演技者。」NHK「ゲゲゲの女房」「坂の上の雲」「カーネーション」などに出演。
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