少し前の話になるが、菊地成孔の「HIP HOPはジャズの孫」という言葉には目から鱗が落ちる思いがした。これはラジオ番組『菊地成孔の粋な夜電波』の放送中に彼が発したもので、その後のインタビューなどでも菊地は同じ旨の発言を何度か繰り返している。これは、たとえば出自とスタイルにジャズへの反発が含まれるファンクと比べて、お互いに類似点が多く関係性も親密に見えるHIP HOPとジャズの間柄をうまく言い当てているように思えたし、ジャズ以降の黒人音楽の流れを体系的に捉えようとする上でもかなり説得力のあるものだった。なにより、菊地がDCPRGというビッグバンドを通して実践していることをこれほどわかりやすく伝えた発言も過去になかったと思う。
大雨のなかで再始動を遂げた日からちょうど2年ぶりとなる、日比谷野外音楽堂でのステージ。この日はDCPRGの他に、SIMI LABとtoeの2組がフロントアクトとして登場するというのも大きなトピックだった。SIMI LABに関してはあえて説明するまでもないだろう。DCPRGの最新作『Second Report From Iron Mountain USA』への客演、および4月の新木場Studio Coastに続く今回の参加と、この気鋭のHIP HOP集団への菊地の入れ込み方は相当のものだ。その熱はオーディエンスにも十分に伝わっていたようで、彼らのパフォーマンスに対するリアクションの大きさは、本人達ですら驚きの表情を見せるほどだった。噂されていたQN(6月にSIMI LABを脱退)の参加は実現されなかったが、代わりに映画『サウダーヂ』の主演で注目を集めたラッパーの田我流がゲストで登場するという嬉しいサプライズもあり、会場の盛り上がりに拍車をかけていた。
そしてtoe。すでに野音での演奏経験が何度もある彼らをオープニングアクトに起用するというのはあまりにも贅沢な話だが、それも彼らと菊地が相互にリスペクトし合っているからこそ実現出来たことなのだろう。もともとはポストロックの範疇で語られることの多かったtoeだが、現在の彼らはどちらかというとアフロビートやネオソウルなどと接近しながら独自の路線を開拓しているような印象が強い。DCPRGとは異なる角度でブラックミュージックを探究している彼らへのオーディエンスからの関心はやはり高かったようで、会場を見渡すと身体を揺らしつつもステージ上の一挙手一投足に集中して見入っている人が目立っていた。
2組の熱演が終わって徐々に日も落ち始めたところで、いよいよDCPRGの面々がステージに姿を現す。ここからおよそ2時間にわたってほぼ切れ間なく演奏が続くわけだから、恐らく菊地を取り囲む10人のメンバーが演奏前に抱える緊張感には並々ならぬものがあるはずだ。聴衆で埋め尽くされた客席に背を向けた菊地が、そんな彼らに向かって最初の指揮を振るう。ライブは“殺陣/TA-TE CONTACT & SOLO DANCERS”から、ゆっくりと各々のパートを絡ませていくようにして始まった。
演奏はコンダクターの菊地を中心として、各プレイヤーが見せ場を作りながら徐々に進行していく。終始複雑なポリリズムを刻み続けるアンサンブルに耳を奪われながらもまわりの動きを見渡すと、オーディエンスがそれぞれのタイミングで反応し、好きなように身体を動かしている。もしこの凝りまくった演奏を前にしているのが他のオーディエンスだったら、恐らく直立不動で呆然とステージを眺めるような人が会場の大半を占めていたことだろう。DCPRGファンのリズムに対するリテラシーの高さを見せつけられる思いがした。
ライブは“Catch22”で菊地がCDJを操りだしたあたりから、一気に熱を帯びていく。まさにここからがDCPRGの最新モードだ。菊地のスクラッチで前後に揺れるボーカルのトラックとバンドメンバーの演奏が互いにもたつき合うようにして絡み合い、セクシーなグルーヴを生み出していく。その流れのまま、SIMI LABからOMSB'Eats、DyyPRYDE、MARIAの3MCがステージに登場し、彼らをフィーチャーした“MICROPHONE TYSON”と“UNCOMMON UNREMIX”に突入。菊地がHIP HOPへの本格的なアプローチを見せた『Second Report From Iron Mountain USA』の核心とも言えるこの展開で、会場の盛り上がりは沸点を迎える。
その後もテンションの高い演奏は続き、アルバムと同様に“DURAN”でライブはエンディングへと向かっていった。スタートからほぼノンストップ。まさに圧巻の本編だった。そしてアンコールで披露されたDCPRGの代表曲“MIRROR BALLS”とSIMI LAB“The Blues”のマッシュアップは、両者のコラボレーションにおける最良の成果と呼ぶべき、あまりに素晴らしい完成度だった。
事前に菊地が予告していた通り、この日のセットリストはアンコールも含めて新木場のものと同じだった。しかしそこに予定調和を感じた者は誰もいないだろう。それどころか、今や語り草になっている豪雨の復活ライブさえも凌駕するほどの壮絶なパフォーマンスだったのではないだろうか。HIP HOPはもちろん、メタリックなギターや初音ミクまでもが飛び出してくるというDCPRGのカオティックなサウンドに、連綿と続くジャズの歴史における最新型を見た気がした。
- リリース情報
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- DCPRG
『LIVE at YAON 2012』[MP3] -
2012年12月6日発売
価格:200円(税込)1. デュラン feat.「DOPE」(78) by アミリ・バラカ / Duran feat. “DOPE”(78) by Amiri Baraka
- DCPRG
- プロフィール
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- DCPRG
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菊地成孔が、アフロ=ポリリズムを世紀末からゼロ年代の東京のクラブ・シーンに発生させ、持続させたファンクバンド。ポリBPMによるフェイズの深化、マイルス・デイビスのエレクトリック・ファンクと菊地雅章マナーによるマイルスを、クロスリズムのアフリカ的な実践によって、さらなる進化を世界で唯一実現した。2007年に休止した後、2010年10月9日、雨の日比谷野外音楽堂で新メンバーによる伝説的な復帰を遂げた。2012年3月にアルバム『SECOND REPORT FROM IRON MOUNTAIN USA』を発表。
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