3年に1回くらい、女性に「どんなオトコがいいのかな?」と聞かれるので、そんな時は「ファミレスとコンビニで店員に対して態度が悪い奴だけはやめときな」と答える。1年に1回くらい、男性に「どんなオンナがいいのかな?」と聞かれるので、そんな時は「海外旅行先で、パラグライダーやらヘリコプターやらに乗って、ハート型の珊瑚礁を見に行こうとするような奴だけはやめときな」と答える。「休みの日にトイカメラを首からぶらさげて晴れた青空ばかり撮ってるような奴もやめときな」と続けた時は「それは偏見だ」と断じられたのだった。
この『世界婚活』は、そういった「カレシがどうのこうの」「カノジョがああだこうだ」と永遠に繰り返されるルーティーンワークから抜け出す新たな形を提示してくれる。1980年生まれの著者は、大学卒業後テレビ制作会社でADとして働き、いわゆる女性扱いから程遠い「ブサイク」「貧乳」「ブツブツ」というあだ名の元で日々を過ごす。転職し、編集者として働くも「次の契約更新はない」と通達、「ああ、モテない。ああ、仕事も無い。じゃあ、もう世界か」とヤケクソな野望を発奮させて、アメリカ〜アジア〜ヨーロッパと気ままに流れ着き、現地での恋愛事情を探りまくる。もちろん、とにもかくにも自分が、と体を放り投げていく。
オチを話してもこの本のスピーディーな魅力はちっとも欠けないので記してしまうと、著者は世界婚活の末、2012年にフランス人と結婚する。そこまでの道程も濃厚。ニューヨークで出会った台湾ボーイは日本人アラフォー魔女に奪われ、韓国人彼氏とは「発展的別れ」だなんて何だかオトナっぽい別れを経験し、バングラデシュでは自らがジャパニーズビッチ(と本人は記す)と化した。恋愛に対してジタバタするだけだった日本での日々を踏んづけるような恋愛濃度。イタリアンマダム2名をつかまえて「セックスにどれくらいの時間をかけてるの?」と問いかける。マダムの潔すぎる破廉恥返答は本をのぞいてもらうとして、著者は「非モテ脱却」のために、至る所に突っ込んでいく。その突っ込んでいく姿を見ていると、「ハート型の珊瑚礁を見るような奴だけはやめときな」とルンルンキャピキャピを繰り返す女性を断じた自分は正しかったのだと思えてくる。
この本を読みながら、あるテレビ番組を頭によぎらせた。日テレ系でこの10月から始まった『ウーマン・オン・ザ・プラネット』なる番組だ。この番組は(番組ウェブサイトから正確に引くと)「日本での安定した日常に別れを告げ自らの夢に向かい思い切って海外に飛び出した女性たちを追いかけ、応援する、ドキュメントバラエティー」である。正確に引いた後で冷静に茶化すと、「自分に自信が無い」と悩む女性がカナダのカフェで働き、自分探しの過程として語学学校で出会った仲間と恋に落ちたり、イタリアで食の勉強をすべく本場の店で働くことになった女性が言葉の壁に悩み、スタジオでMCやゲスト達が「やっぱり言葉の壁だね」とひねりなく繰り返したりする番組なのであった。世界を見る、という枠組みに向かうアプローチがいかんせん古すぎる。しかし、なぜそれが土曜夜11時半というイイ時間帯に新番組として用意されるのか。もしかして、「ちょっと背伸びをしたい→じゃあ、海外へ」に対する憧れって、相変わらずの需要として存在しているのだろうか。
著者の中村氏は、屈折と鬱屈の時期が長い。時間をかけてこの2つがほどよくブレンドされているので、女子に対する目線に男子的な鋭さがある。「海外で背伸び系女子」や「上空からハート型珊瑚礁系女子」の対極に、ふてぶてしく鎮座してくれている。いわゆる「女子会」、その戯れっぱなしの女子の生態を根から疑りにかかる下記の箇所を何度も読み返した。引用してみよう。
「最終的には『なんで彼氏ができないの?』に辿り着く、『女子飲み』という名のエンドレスな共感愚痴り会。答えが出ないまま、愚痴を吐いてはスッキリしつつ、といってもすぐに溜まってくるから、また女子で集まって不満を吐いての繰り返し。やれることなら何でもと、自分磨きやら女子力UPやら何とか言って、膣トレ運動を真面目にスタートしたりする友人も現れる始末」
胸がすく。繰り返し読む。4回ほど読んで、あることを思い立つ。この文章の「彼氏」を「彼女」に、「女子飲み」を「オナニー」に変換しても、意味が伝わるのではないか、と。早速やってみよう。
「最終的には『なんでオレには彼女ができないの?』に辿り着く、『オナニー』という名のエンドレスな自問自答癖。答えが出ないまま、自慰を働いてはスッキリしつつ、といってもすぐに溜まってくるから、またコソコソ行為を働いての繰り返し。ヤレるなら何でもと、『男になってくる』やら『やっぱりプロっしょ』やら何とか言って、風俗通いを真面目にスタートしたりする友人も現れる始末」
どうでしょう。やや強引に比べましたが、言いたいことはただひとつ。「繰り返される女子飲み / 女子会」というのは、男子における「繰り返されるオナニー」と、もしかしたら成分が似通っているのではないか。女子会(ウーマン・オン・ザ・オシャレカフェ)の繰り返しから抜け出て世界に渡る女性たち(ウーマン・オン・ザ・プラネット)、その遥か上空で暴れる『世界婚活』のパワフルさがそのことを教えてくれる。上空から見えるのは、ハート型の珊瑚礁ではなくて、オトコのハートだ。誠に実用的だ。
この本は朝日出版社の「ideaink」シリーズでの刊行。津田大介、Chim↑Pom、園子温などの著作を続ける注目のシリーズだ。シリーズのキャッチコピーにこうある。「ひとつのアイデアが、考えを発火させる。アイデアがつながり、未来の社会を変える」中村氏の本の為に、このキャッチコピーをいじる必要がある。中村氏にあるのは、アイデアではない、あるのは欲望。しかもひとつではない。積もり積もっている。だからこう改変しよう。「積もり積もった欲望が、考えを発火させる。欲望がつながり、未来の自分を変える。」踏ん張った人の殻がむけていく瞬間にあちこちで出合える本って、読んでいて嬉しい。そして、その単純明快さにワクワクする。
- 書籍情報
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- 『世界婚活』
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2012年12月11日発売
著者:中村綾花
価格:987円(税込)
ページ数:180頁
発行:朝日出版社
- プロフィール
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- 中村綾花
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ラブジャーナリスト/ライター。1980年福岡県生まれ。県立長崎シーボルト大学(現・長崎県立大学シーボルト校)国際情報学部情報メディア学科卒。テレビ番組制作会社でADとして勤務するも仕事に疲れ果て、ニューヨークに1年間逃亡&遊学。帰国後は20〜30代サラリーマン向けフリーペーパー&ウェブサイト『R25』(リクルート)で執筆や編集を務める傍ら、男女がもっと分かり合える場を作る「男の子の会」を主宰しNHKニュースで全国放送される。しかし、そこに映る自分の姿に絶句し、2010年に「世界婚活」プロジェクトを立ち上げ、世界各国の恋愛・結婚事情を取材して回りながら婚活も行うラブジャーナリストとして活動開始。2012年、世界婚活中に出会ったフランス人と結婚し、現在はパリにてLOVEを調査中。日仏カップルや、現地のフランス人・日本人にインタビューをする日々。ブログ「世界婚活」も更新中。
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