変態映画の巨匠ジュニア、新人映画監督ブランドン・クローネンバーグの「育ちの良さ」

とにかく強烈に感じるのは「育ちの良さ」だ。新人映画監督、ブランドン・クローネンバーグ(1980年生まれ)の長編デビュー作『アンチヴァイラル』は、とんでもない奇想によるグロテスクな退廃美に満ちた世界。しかし映像センスは極めて洗練されている。そんな彼、名前で気づかれた人も多いと思うが、かの変態映画の巨匠、デヴィッド・クローネンバーグの実息なのである。

『アンチヴァイラル』©2012 Rhombus Media(Antiviral)Inc.
©2012 Rhombus Media(Antiviral)Inc.

もしブランドンが芸名で活動し、プロフィールを極秘にしていても、『アンチヴァイラル』を観た人は確実に「優秀なクローネンバーグ・フォロワー」と評するであろう。舞台は架空の近未来、セレブリティーのウイルスが人々の間で売買される社会。ここでは憧れの有名人と同じ病気に感染することで、崇拝の対象に同化する異常な行為がブームとなっているのだ。そして専門クリニックでウイルスを提供する側だった青年技師シドが、世界的なスーパーセレブ美女ハンナの血液を自らの腕に注射したことから、裏で動く資本の陰謀が明らかになっていく……。

つまり(主に資本主義やメディアに対する)風刺劇の体裁を取りつつ、暴走した医学や化学テクノロジーにより、肉体にネガティブな衝撃を与えることで、内部から異物や変容が発生し、セクシュアルな恍惚に導かれる――。これはまさに、ある時期までのパパ・クローネンバーグの中心的なテーマだった骨組みである。

『アンチヴァイラル』©2012 Rhombus Media(Antiviral)Inc.
©2012 Rhombus Media(Antiviral)Inc.

それを最もわかりやすくエンタメ化したのが、自分の肉体を使った実験で蠅男に変身してしまったマッドサイエンティストを描く傑作ホラー『ザ・フライ』(1985年 / 『蠅男の恐怖』のリメイク)だが、ブランドンの作風は『ラビッド』(1977年)、『ザ・ブルード / 怒りのメタファー』、(1979年)『スキャナーズ』(1981年)あたりの初期作品を純粋培養したような感じ。また、幻覚(悪夢)描写に共通したイメージがある『ヴィデオドローム』(1982年)にしても、父親の諸作にはB級的な爆発力とギラギラしたエネルギーが漲っていたが、『アンチヴァイラル』はもっと端正なアート志向で、白を基調に血の赤をあしらう色彩設計や画面構成、時間の流れも静謐だ。「グロで変態だけど、綺麗」なのは、ジュニアならではの個性と言えるだろう。

『アンチヴァイラル』©2012 Rhombus Media(Antiviral)Inc.
©2012 Rhombus Media(Antiviral)Inc.

偉大な親のコアな趣味を受け継ぎつつ、オリジネイターの濃厚さはないが、レプリカとしての完成度はむしろ高い――。これぞ筆者が冒頭に述べた「育ちの良さ」の由縁である。ブランドンは、幼い頃から父親の撮影現場に出入りするという特権階級全開の育ち方をしたらしいが、例えばデヴィッド・ボウイの息子、ダンカン・ジョーンズも似たような「英才教育」を自然に受ける環境にあった。彼は幼年期、ボウイ主演のミニマムSF映画『地球に落ちて来た男』(1976年)の現場に遊びに行き、遥か後年、映画監督として同系統のSF映画『月に囚われた男』(2009年)でデビューした。親の影響をスマートに転生させるジュニアたちの秀才ぶりに接すると、才能というDNA以上に、2世ならではの教養と品性の方が重要ではないかと思えてくる。もはや彼らに「七光り」という単純な揶揄は通用しない。

『アンチヴァイラル』©2012 Rhombus Media(Antiviral)Inc.
©2012 Rhombus Media(Antiviral)Inc.

おそらくこの「育ちの良さ」=「英才教育」を最もフルに活用した現役の映画監督は、ソフィア・コッポラだろう。父親はご存じ、フランシス・フォード・コッポラ。だが娘は西海岸を中心に独自の人脈を築き、ガーリーカルチャーの旗手として頭角を現す。やがて満を持して『ヴァージン・スーサイズ』(1999年)で長編映画監督デビューした。ちなみに本作の原作、ジェフリー・ユージェニデスの同名小説をソフィアに勧めたのは、Sonic Youthのサーストン・ムーアだったという。

状況論的に俯瞰すると、どんな天才的クリエイターでも、純然たるオリジナルを創造することが難しくなり、基本的にアリモノの組み合わせ――「サンプリング / リミックス」の発想が常態となった世代以降、「育ちの良さ」=「英才教育」を決定的な武器とするカルチャーセレブジュニアたちの優位性は一気に増したのだと言えよう。ソフィア、ダンカン、そしてブランドン。彼らの確かな成果を目にすると、表現世界においてもお坊ちゃん、お嬢ちゃんは決してあなどれない存在になっていることがよくわかるのである。

映画情報
『アンチヴァイラル』

監督:ブランドン・クローネンバーグ
出演:
ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ
サラ・ガドン
マルコム・マグダウェル
配給:カルチュア・パブリッシャーズ、東京テアトル

リリース情報
『アンチヴァイラル』(Blu-ray)

2013年10月11日発売
価格:4,935円(税込)

『アンチヴァイラル』(DVD)

2013年10月11日発売
価格:3,990円(税込)

プロフィール
ブランドン・クローネンバーグ

1980年生まれ。カナダを代表する鬼才デイヴィッド・クローネンバーグを父親に持ち、トロントのライアソン大学で映画を学ぶ。2本の短編映画『Broken Tulips』(2008)、『The Camera and Christopher Merk』(2010)を製作。『Broken Tulips』は2008年の『トロント国際映画祭』学生映画部門でプレミア上映され、エア・カナダの『エンルート学生映画祭』、翌年の『トロント国際映画祭』スプロケッツ祭で上映された。『The Camera and Christopher Merk』は2010年の『トロント国際映画祭』でプレミア上映され、同年の『シネフェスト・サドベリー映画祭』、『ニューハンプシャー映画祭』でも上映された。『Broken Tulips』では、『エンルート学生映画祭』の最優秀監督賞に輝き、HSBCフィルムメーカー賞最優秀脚本賞も受賞した。本作が長編デビュー作である。



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