「日本人」であることを思い知る、知られざる東京とアジアの歴史をめぐる体験ツアー

東京中のアジア料理屋や公共空間で、ラジオを使って隠されたエピソードに耳を澄ます体験

『フェスティバル/トーキョー13』(以下『F/T13』)で、高山明と彼が主宰する「Port B」が発表した『東京ヘテロトピア』は、「物語」を探すツアー形式の演劇作品である。観客は携帯ラジオとガイドブックを手に、東京中に点在する飲食店や広場など、さまざまな公共空間13か所を巡る。それらは直接・間接的にアジア諸国に関わる場所であり、その限られたエリア内で受信可能な短波ラジオ放送に耳を澄ますことで、私たちは日本とアジアの知られざる歴史と物語に出会う。

『東京ヘテロトピア』より ©Masahiro Hasunuma
©Masahiro Hasunuma

高田馬場のミャンマー料理店では、軍事政権による弾圧を逃れて日本にやって来た男の孤独な独白と。ポル・ポト政権時代に非公式大使館として機能した代々木のカンボジア料理店では、カンボジア人少年の祖国に対する複雑な想いと。バングラデシュ独立運動の記念碑が立つ池袋西口公園では、失われかけた「言語」がベンガル人に向ける優しい言葉と。大井埠頭の一角では、ベトナム難民を両親に持つ娘に一目惚れした青森生まれの男のせつない恋の物語に触れる。

小野正嗣、温又柔、木村友祐、管啓次郎という4名の小説家や詩人が記した虚実入り交じる13の物語は、『F/T13』の会期中にラジオ放送というかたちでほぼ絶え間なく語られ続け、東京の都市空間に、アジア諸国の人々と歴史が織りなす見えないネットワークをかたち作る。それはホモ(均質的)ではなく、ヘテロ(異種的)な仮想の共同体、存在しないユートピアだ。

『東京ヘテロトピア』より ©Masahiro Hasunuma
©Masahiro Hasunuma

東京の人口において3%のマイノリティーである外国人と、97%の日本人の立場を逆転させることで気付かされること

始まりと終わりを定めず、鑑賞の順序を固定しない作品構造。ラジオ聴取によって起こる、観客ごとに切断される体験性。言語の違いから生じるズレなど、『東京ヘテロトピア』について語るべきことは多い。しかし、特に指摘したいのは作品全体に通底する「ヘテロ性」である。「異なる」という意味の接頭辞であるヘテロは、本作において、マイノリティーとして東京に生きるアジアの人々と、そのコミュニティーを示している。だが、彼 / 彼女らとの遭遇を通じて、私たちは自らもヘテロ的存在であったことに気づき始めるだろう。

13か所のスポットのうち、5か所(屋台を加えれば6か所)が料理店に選ばれたのは偶然ではない。美味しい料理がある場所には、自然と人が集まる。前述したカンボジア料理店に限らず、神保町の中華料理屋、ジャイナ教の不殺生の教義を徹底する御徒町のインドレストランなど、その多くが在日外国人たちのコミュニティーとして親しまれている。これらの料理店を訪ねる本作の観客は、エスニックな香辛料の匂いに包まれながら異国の料理を口にし、各国の人々が母国語で歓談する様子をある種の借景として、1人静かにラジオに耳を澄ますことになる。

『東京ヘテロトピア』より ©Masahiro Hasunuma
©Masahiro Hasunuma

日本人がほぼいない店内で、ラジオに耳を傾ける私たち観客の姿は、外からやって来た「異種」として映るはずだ。もちろん理不尽な排斥を受けるわけではないし、一部の店では友好的な歓待を受けることもあった。だがここで味わう緊張は、外国籍の人間が人口の3%に満たないとされる東京に潜在する「見る者」「見られる者」の政治的力場を露わにし、その関係を逆転させる。この瞬間、普段は多数派であったはずの日本人はヘテロ的存在として定位されるのだ。『東京ヘテロトピア』は、東京に点在するヘテロ的空間を巡ることによって私たち日本人にも内在するヘテロ性を浮き彫りにする。

それは約1世紀を経てなお埋まることのない(むしろ積極的に私たちが忘却してきた)日本とアジアの歴史的断絶の顕われでもあるだろう。本作はこのような歴史と私たちの体験を巧みに編みながら、観客参加型の作品が陥りがちな共同体や連帯に対する無批判な肯定から距離を置く。

『東京ヘテロトピア』より ©Masahiro Hasunuma
©Masahiro Hasunuma

歴史の変革期で繰り返し現れる「詩」や「歌」のエピソード。日本人はこれからどんな歌を歌うことができるだろう?

しかし、だからといって『東京ヘテロトピア』は共同体や連帯の可能性を捨て去っているわけではない。その象徴が、13の物語の中に繰り返し現れる「詩」と「歌」のエピソードである。

バングラデシュにおけるベンガル語公用語運動の思想的源泉とされる詩人、カジ・ノズルル・イスラムや、文学者が政治に関わる例の多いミャンマー(ビルマ)出身のウー・ティンモウの詩は、池袋と高田馬場の物語に登場する男たちに小さな勇気を与える。文化大革命に揺れた中国で、江青(毛沢東の妻)ら「四人組」の暴走に抗った周恩来を悼むための非暴力闘争には1,500編以上の詩が天安門広場に捧げられ、フィリピン市民たちの祈りや聖歌は、フェルディナンド・マルコス大統領による独裁を打ち破った。

『東京ヘテロトピア』より ©Masahiro Hasunuma
©Masahiro Hasunuma

これらのエピソードを、世界がイデオロギーによって東西に分かれていた時代の遠い出来事だと思う人もいるかもしれないが、例えば青森生まれの青年がベトナム人の娘に恋をしたきっかけも、彼女が口ずさむ不思議な響きを持つ異国の歌だったことを忘れてはならない。歌や詩は、社会を改革する勇気を大勢の人に与えもすれば、個人と個人を結びつける糸にもなりうるのだ。

神保町にある周恩来ゆかりの中華料理店からスタートした私の『東京へテロトピア』は、四谷の聖イグナチオ教会を終着点として幕を下ろした。聖堂に響きわたる、フィリピン系カトリック教徒が歌うラテン風にアレンジされた賛美歌を聴きながら、私は日本人がこれからどんな歌を歌うことができるだろうかと考える。

『東京ヘテロトピア』より ©Masahiro Hasunuma
©Masahiro Hasunuma

2020年の『東京オリンピック』がもたらす経済成長を1つのピークとして、失われた国家の誇りを取り戻そうとする男性原理的な歌声が急速に日本を覆いつつある。この力強い響きに抗うことは困難だろうか。だが、均質的なホモとしてではなく、1人のヘテロとして、私たちはそれぞれの歌や詩を紡ぎ出すこともできるはずだ。

イベント情報
『フェスティバル/トーキョー13(F/T13)』主催プログラム
高山明 / Port B『東京へテロトピア』

2013年11月9日(金)〜12月8日(日)
会場:東京都内各所
構成・演出:高山明
料金:一般前売3,500円

プロフィール
高山明 / port B (たかやま あきら / ぽると・びー)

1969年生まれ。演出家。2002年ユニットPort B(ポルト・ビー)を結成。既存の演劇の枠組を超えた活動を展開している。『Referendum―国民投票プロジェクト』『サンシャイン62』『東京/オリンピック』(はとバスツアー)『個室都市東京(京都、ウィーン)』『完全避難マニュアル 東京版』『光のないII―エピローグ?』など現実の都市や社会に存在する記憶や風景、既存のメディアを引用しながら作品化する手法は、演劇の可能性を拡張する試みとして、国内外で注目を集めている。また、新作『横浜コミューン』でヨコハマトリエンナーレ2014に参加。



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