美輪明宏を敬愛し、ピチカート・ファイヴやカジヒデキも巻き込んだシャンソン界のニューエイジ

2013年12月25日、2ndアルバム『Smooth Chanson 夜の哀歌』をリリースしたスムースシャンソンの貴公子「聖児」。その歌声は不思議な吸引力と自由な力に満ちている。どこまでも甘く、軽やか。彼が掲げた「スムースシャンソン」というジャンル名はおそらく、モダンなテイストを表現する「スムースジャズ」からインスパイアされたものだろう。聖児の歌声とサウンドは確実に、私が今まで経験してきた「シャンソン」の印象を覆してくれた。

聖児
聖児

ここで私の勉強不足を露呈するのもお恥ずかしい限りだが「シャンソン」と聞いて思い浮かべる歌手といえば、フランスを代表する歌手の一人であるエディット・ピアフや、彼女に見出されたイヴ・モンタンにシャルル・アズナヴール。日本では石井好子、越路吹雪(石井は日本シャンソン協会の初代会長である)。そして2012年と2013年の紅白歌合戦で見事な歌唱力によって話題を集めた美輪明宏など、シャンソンは深い人生経験を経てきた大人こそが歌うべき音楽だというイメージがずっとあった。そこに漂うのは、古き良き時代の香りとスノビッシュでエスプリの効いた大人のムード。今の若者が聴いて素直に楽しめる(ノる? アガる?)音楽とは、フィールドが違うものなんじゃないか? とまで思っていた。(シャンソン関係者の方、すみません!)


ところがだ。聖児の年齢を聞いて驚いた。彼は現在、弱冠29歳。シャンソンに目覚めたのはなんと、中学生時代だという。

「中学生の頃、テレビで美輪明宏さんがシャンソンの名曲“愛の讃歌”をアカペラで歌っているのを観て衝撃を受けました。また、美輪さん自身の人生、生き方、その『反権力』『反骨精神』と『自由を何よりも愛する魂』に心から震え、ロック好きだった僕の心はシャンソンになりました」

中学生が心惹かれた、美輪明宏が体現する「自由」へのスピリット。それは自在な彼の音楽性にもそのまま直結しているように見える。昨年6月にリリースされた1stアルバム『Smooth Chanson くちびるに歌を』では、美輪明宏の訳詞バージョンを歌うため、聖児が美輪の楽屋を訪れ、直接お願いした “ボン・ヴォワヤージュ”が収録されている。「歌いたい気持ちは強いものの、大曲であるため自信が持てなかった僕を美輪さんが優しく励まして下さいました。その温かさがありがたくて涙が溢れました」と語る彼の言葉から、美輪の懐の深さ、後輩に対する大きな優しさと愛、そして聖児の美輪への敬意が伝わり、心温まる。

デビューアルバム発売記念ライブ
デビューアルバム発売記念ライブ

また、2ndアルバム『Smooth Chanson 夜の哀歌』には、イヴ・モンタンの世界的ヒット曲である“枯葉”といったシャンソン界を代表する名曲の数々が、軽やかなボサノバやジャズの音色に乗せてカバーされている。だが一転、『Smooth Chanson 夜の哀歌』のタイトルチューンともなっている自作曲“夜の哀歌”では、重々しいフルートとピアノの響きに乗せて、愛しく思う人間を食らわねば生きていけぬ魔物の悲哀が切々とドラマティックに語り歌われる。この自在性。全体的なサウンドメイクも、1stアルバムではボッサなギターを中心としたラテンテイスト、2ndアルバムではピアノをメインに奏でられるジャズテイストと変遷を遂げ、聖児ワールドの懐の広さを感じさせる。


そして何より驚かされるのが、聖児の歌声そのものだ。英語、フランス語の楽曲は優しさと憂いに満ちた軽やかなボーカルがなんとも心地良い。しかし、日本語詞(聖児自身が訳詞も手がけている曲も!)の楽曲では、時に野太く男らしい歌声を、時に張りのある繊細な女性的なハイトーンを自在に使い分けながら、よりセンシティブに、よりダイナミックに情感あふれる世界を揺らしていく。前述した“夜の哀歌”や同じ2ndアルバムに収録された武満徹作曲・谷川俊太郎作詞による“うたうだけ”などを聴くたび、「これが同じ歌手の歌声?」と疑問に思うほど、聖児のボーカルはいくつもの表情を、大胆に投げかける。近代シャンソンの特徴のひとつは「ストーリー性のある歌詞」と「演劇的歌唱様式」にあると言われているが、日本語詞を歌う聖児こそ、そのサウンドに左右されることなく、シャンソンの歌心をそのまま体現しているといっていい。なんとも魅惑的だ。

そんな聖児の自由な歌心と、何ものにも囚われないモダンで粋な音楽スピリットは必然的に、粋で自由な精神を持つアーティストも呼び寄せる。2枚のアルバムをプロデュースしているのは、元ピチカート・ファイヴの高浪慶太郎。川口義之(渋さ知らズオーケストラ、栗コーダーカルテット)やマイア・バルーらは両アルバムに参加しているが、1stアルバムにはコシミハル、武川雅寛(ムーンライダーズ)などCINRA読者にも馴染みの深いアーティストも顔を揃えている(カジヒデキや松田美由紀らが、朗読でアルバムに参加しているのも注目したいポイント!)。高浪慶太郎といえば思い出されるのは渋谷系サウンド。懐かしのサウンドをジャンルを超えたポップスとして再生・提示した渋谷系の精神は、「スムースシャンソン」という名で、歴史と伝統あるシャンソンにモダンなサウンドを採り入れた聖児の音楽性にも、実にフィットしているではないか! 昨年6月に行われたデビューアルバム発売記念ライブ、聖児のホームグランドでもある南青山MANDALAでのステージには、高浪慶太郎、武川雅寛に加え、アルバムにコメントを寄せた小西康陽も登場。“くちびるに歌を”を聖児と高浪慶太郎、コシミハル、カジヒデキが一緒に歌うサプライズもあった。

デビューアルバム発売記念ライブ
デビューアルバム発売記念ライブ

昨年末に行われた2ndアルバム発売記念ライブでは「この地球上でこの選曲は彼だけだろうと思う」と評論家に言わしめた、多彩な音楽性を武器にした聖児ならではのスムースシャンソンの世界で観客を魅了した。美輪明宏から受け継いだ「自由」の美学を、次はどんな表現に乗せて届けてくれるのか。誰よりも小粋で、何よりもドラマティックな聖児ワールド、これはかなり奥深い。

2ndアルバム発売記念ライブ
2ndアルバム発売記念ライブ

リリース情報
聖児
『Smooth Chanson 夜の哀歌』(CD)

2013年12月25日(水)発売
価格:2,000円(税込)
XQDQ-1402

1. 残されし恋には
2. スピーク・ロウ
3. 煙草の煙に身をゆだねて(朗読)
4. ホテル
5. 枯葉舞い散るころ、僕は・・・(朗読)
6. 枯葉
7. 夜の哀歌
8. うたうだけ

聖児
『Smooth Chanson くちびるに歌を』(CD)

2013年6月19日(水)発売
価格:2,000円(税込)

1. 恋をしようよ! (朗読)
2. セ・シ・ボン
3. ジュ・トゥ・ヴ ~あなたが欲しい~
4. 愛の終わりに(朗読)
5. ラ・ジャヴァネーズ
6. 青色のジャヴァ
7. ボン・ヴォワヤージュ
8. くちびるに歌を

プロフィール
聖児 (せいじ)

1984年2月21日生まれ。大阪府出身。大学在学中よりシャンソンを歌いはじめ、中退後は東京を中心に音楽を核とした表現活動を開始した。Smooth Chanson(スムース・シャンソン:喜憂に満ちた粋で心地好いシャンソン)の旗手として東京、大阪をはじめ各地でライヴ、コンサートをはじめるとCDデビュー前にもかかわらずその活動がテレビ・新聞・雑誌などで取り上げられ話題に。2013年6月19日にはデビューアルバム『Smooth Chanson くちびるに歌を』を発売。プロデューサーに高浪慶太郎氏(ex.ピチカート・ファイヴ)を迎え、カジヒデキ氏、コシミハル氏など、多数のアーティストが参加した本アルバムはシャンソンファンのみならず多くの音楽ファンの支持を得た。同年12月には2ndアルバム『Smooth Chanson 夜の哀歌』をリリース。



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