ピカソやゴダールに影響を与えた、早熟の天才詩人ランボーと破滅的詩人ヴェルレーヌの愛憎と格闘の軌跡
舞台初挑戦となる岡田将生が、蜷川幸雄演出でアルチュール・ランボーを演じることでも話題となっている『皆既食 Total Eclipse』。ランボーといえば、16歳でパリの詩壇に「早熟の天才」として登場し、21歳で突如、詩を断ってからは職業を転々としながら放浪し、アフリカで商人として生活、37歳で短い生涯を閉じたフランスの伝説的詩人。その作品と人生は、20世紀以降の詩人やピカソらの芸術家、さらにジャン=リュック・ゴダール『気狂いピエロ』のラストシーンでの引用など、時代を超えて多くのアーティストや若者たちに愛され、影響を与え続けている。
詩人の会にて大立ち回りを繰り広げるランボー(岡田将生) 撮影:谷古宇正彦
そんなランボーが詩人として煌めいた数年間を導いたのが、10歳年上で破滅的な人生を送ったことで有名な詩人ポール・ヴェルレーヌだ。『皆既食』は、そのランボーとヴェルレーヌの出会いから、ヴェルレーヌの若き妻マチルダを挟んだ三角関係を背景にした二人の共同生活、そして逗留先で起こす「事件」を経て決別に至るまでの、愛憎と格闘の軌跡を描いた物語だ。ヴェルレーヌ役には、幅広い役柄を硬軟自在に演じられる生瀬勝久が相対する。原作はクリストファー・ハンプトン。同作が1995年にレオナルド・ディカプリオ主演(当時21歳!)で映画化された『太陽と月に背いて』を記憶している人もいるだろう(日本ではシアターコクーンが入るBunkamuraの映画館ル・シネマで上映された)。
ランボーとの日々を回顧するヴェルレーヌ(生瀬勝久) 撮影:谷古宇正彦
瞬時に移り変わる、生の役者の感情や息遣いをダイレクトに感じる
史実のエピソードをもとに作られている作品だが、ランボーやヴェルレーヌの作品に接したことがない人も、この舞台を観るのにまったく支障はない。今作品は蜷川が得意とするシェイクスピア劇で見せるような大胆な舞台装置などはなく、基本的には室内の会話劇で、全編にわたってほとんど主演の二人によるマンツーマンの演技が繰り広げられる。つまり、観客は必然的に二人の俳優の一挙手一投足に集中することになり、瞬時に移り変わる生の役者の感情や息遣いをダイレクトに感じることになるのだ。重要なのは設定や時代背景ではなく、年齢も性格もまったく異なる二人の人間が、社会に背を向け、求め合いながらも反発し、傷つけ合ってしまう、否応のない心の揺れをリアルに感じること。もちろんこれは、俳優の力量がそのまま舞台の出来を左右することになるシンプルながら危うい演出だが、結果、蜷川の目論見通り「吉」と出たと言えるだろう。
作品テーマが照らし出す演出家・蜷川幸雄の深い業
全身で役にぶつかっている岡田のランボーは、美しく才気溢れるキャラクターという器を借りながら、幕が進むにつれて俳優岡田将生自身がその場で成長しているようにも見えてくる。おそらく日を重ねるごとに、役を自らのものにして、より大胆に内なる怪物を育てていくことだろう。一方、岡田の全力を柔軟に受ける生瀬は、優柔不断で嫉妬深く、芸術の理想と実生活の苦悩の間で揺れる人間らしいヴェルレーヌを、リアリティーをもって演じている。孤独に包まれながらも過去の記憶に一筋の光を見出そうとする、終盤の悲痛なヴェルレーヌの独白は、役者としての確かな実力を感じさせる。そして最後に観客は、この作品の根底に流れる、社会への反抗と内部に抱える悪徳、その芸術的昇華というテーマが、自らも青年期にランボーに心酔し、過去に「心に異物を抱えている人物」が主人公の物語を数多く演出してきた蜷川幸雄自身の深い業を映し出す鏡ともなっていることに気づくだろう。
- 作品情報
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- 『皆既食 Total Eclipse』
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演出:蜷川幸雄
翻訳:小田島恒志
作:クリストファー・ハンプトン
出演:
岡田将生
生瀬勝久
中越典子
立石涼子
土井睦月子
外山誠二
冨岡弘
清家栄一
妹尾正文
堀文明
下総源太朗
野口和彦
加茂さくら
辻萬長東京公演
2014年11月7日(金)~11月29日(土)全26公演
会場:東京都 渋谷 Bunkamuraシアターコクーン
料金:S席10,000円 A席8,000円 コクーンシート5,500円大阪公演
2014年12月4日(木)~12月7日(日)
会場:大阪府 シアターBRAVA!(メイン画像:屋根裏で語り合うランボーとヴェルレーヌ 撮影:谷古宇正彦)
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