「政治の行方をミュージシャンが決めたっていいはずだ」(Gotye)
まもなく衆議院選挙。ここはひとつ、オーストラリアのシンガーソングライターGotyeが自ら旗揚げした「ザ・ベーシックス・ロックンロール党」の話題に触れていきたい。
Gotyeは昨年、シングル『Somebody That I Used To Know』で『グラミー賞』最優秀レコード賞を、アルバム『Making Mirrors』で最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム賞を受賞するなど、オーストラリアを代表するシンガー。
彼が、自ら参加しているバンド「The Basics」のメンバーと共に、政党を立ち上げたのだ。政党名は「The Basics Rock'n'Roll Party」、なんだか享楽的な政党名だが、彼らが政党を立ち上げた意図は至って冷静なものだ。バンドのメンバーでもあり政党の党首であるクリス・シュローダーは『Australian Associated Press』でこう発言している。
「この国の政治はエリートのものとしてみなされている」「そんな政治の行方をエリートに任せる必要なんかない、ミュージシャンが決めたっていいはずだ」
11月29日のヴィクトリア州議会選挙に立候補するためには、まずは政党として認可される必要があった。500名の党員登録が求められていたが、ファンからの賛同を得て早々にクリア、正式に党として認められた。公約として「州全ての学校での郷土教育の充実」「高校での応急処置トレーニングの義務化」などを打ち出し、選挙戦に励んでいた。
ミュージシャンの政治的な発言を厭う日本の風土
最近は比較的少なくなったが、日本の政党は、選挙が行なわれる度に知名度のあるタレントや文化人に出馬要請しては、無党派層の票数をかっさらってきた。支持すべき政党がないのであれば、政党を自分で立ち上げてしまおうという能動的なミュージシャンが、これらのタレント議員と一線を画すことは言うまでもない。
さて、結果はどうだったのか。The BasicsのFacebookを覗いてみる。「私達は必要な票数を得ることができなかった。しかし、オーストラリアを、そしてヴィクトリア州をまともにするために少しは貢献できたはずだ」。残念ながら落選してしまったものの、「これで満足なんかしない! オーストラリアの魂のための闘いは始まったばかりだ」とまだまだ鼻息荒い。The Basicsが11月の頭に出したEP『The Lucky Country』では、既得権益にまみれた政治を揶揄する直接的な歌詞が並んでおり、このスタンスを崩すつもりはないのだろう。
音楽と権力、ロックと政治、これらは常に相反する対語として表現行為の俎上に載せられてきたが、こうしてミュージシャン自体が政党を立ち上げて政界に乗り込んでいくというケースは珍しい。アメリカでは、ミュージシャンが政党のCMに出演したり集会に出席することも多いが、日本ではネット選挙が解禁された現在でも、知名度のあるミュージシャンが特定の支持者や政党への投票を公言し、支持を訴えることは極めて少ない。そればかりか、前回の参議院選挙では、ミュージシャンの経歴を持つ立候補者のウェブサイトに登場していたという理由で、該当のアーティストが出演していたNHKの番組が取りやめになるという事態も発生している。その理由は、選挙の中立性を保つため。こうして、能動的でない働きかけすら点検されてしまう状態下で、個々のミュージシャンが政治的な発言を厭わない風土を作り上げるのは難しい。
投票権を手に入れるまでにどれだけの長い時間と血と汗と死が費やされたと思ってるんだ?
『rockin’on』2015年1月号の「児島由紀子 / コレポン通信」が、ジョン・ライドン(Sex Pistols、Public Image Ltd.)が自伝のプロモーション中に行なったQ&Aセッションの模様を伝えている。選挙権についての発言が、ズバリ突き刺さる。
「投票しても何も変わらないから投票するなって? 今の政治家たちはみんな役立たずだけど、投票権を放棄したら俺達ワーキング・クラスの人間が自分達の意見を曲がりなりにも反映できる方法が何もなくなってしまう。たとえほんの少しでも自分達の意見が政治に反映されるなら、何もないよりは数倍ましだろ。(中略)そもそも俺達ワーキング・クラスの人間が投票権を手に入れるまでに、どれだけの長い時間と血と汗と死が費やされたと思ってるんだ?」
ジョンは、俳優のラッセル・ブランドが投票ボイコット運動を展開していることに対して、上記のような強い反応を示している。このラッセルのボイコット運動には、モリッシー(元The Smithsのボーカリスト)が「強い主張となる投票は投票しないことだ」と賛同を示すなど、政治との距離の取り方を個々人で自由にぶつけ合っている。単なる放任、黙認としても捉えられるボイコット運動に、個人的には賛成できないが、強い主張が飛び交っているのは健全なことだろう。
「低投票率の元凶は若年層」と言わせないために
選挙を控える現在に毎度残念に思うのは、日本では影響力を持つ人から順番に政治的な発言を慎む傾向があること。アメリカの大統領選挙ともなればネガティブキャンペーンにミュージシャンが駆り出されることもある。2004年の大統領選挙の時には、ブルース・スプリングスティーン、Pearl Jam、ニール・ヤングなどが「反ブッシュ」を掲げて『VOTE FOR CHANGE』と題したツアーを行なっている。Gotyeの政党立ち上げは、音楽と政治が長年隣接してきたことを諭し直すかのようだし、ジョン・ライドンの叱咤は、まったく教科書的な文面になってしまうが、ロックンロールが労働者階級のものであり、権力を突き上げるために存在してきたという強靭な事実を改めて教えてくれる。
さて、今週末は選挙である。「若者が選挙に行かなかった」「低投票率の元凶は若年層」という毎度のニュースが流れるのだろうか。「投票権を手に入れるまでにどれだけの長い時間と血と汗と死が費やされたと思ってるんだ?」というジョン・ライドンの言葉を反復しておきたい。
- プロフィール
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- Gotye (ごてぃえ)
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ベルギー生まれ、オーストラリアを拠点に活動するシンガーソングライター / マルチアーティスト。2006年に世界アルバムデビュー。2007年のオーストラリア版グラミー賞『ARIA』では、最優秀男性アーティストを受賞。3rdアルバム『Making Mirrors』(2011年)は『ARIA』で全6部門を受賞した。2013年、『第55回グラミー賞』において最優秀レコード賞、最優秀ポップ・デュオ / グループ・パフォーマンス賞、最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム賞 の全3部門を受賞した。日本においては、『FUJI ROCK FESTIVAL 2008』『SUMMER SONIC 2012』に出演。2013年には初めてのジャパンツアーを果たし、圧巻のパフォーマンスでファンを魅了した。
- 武田砂鉄 (たけだ さてつ)
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1982年生。ライター/編集。2014年9月、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」で「コンプレックス文化論」、「cakes」で芸能人評「ワダアキ考 ~テレビの中のわだかまり~」、「日経ビジネス」で「ほんとはテレビ見てるくせに」を連載。雑誌「beatleg」「TRASH-UP!!」でも連載を持ち、「STRANGE DAYS」など音楽雑誌にも寄稿。「Yahoo!個人」「ハフィントン・ポスト」では時事コラムを執筆中。インタヴュー、書籍構成なども手がける。
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