どうなる? 相次ぐ閉鎖による、首都圏ライブ会場不足問題

東京厚生年金会館、渋谷公会堂、中野サンプラザという「御三家」

2月1日、赤坂BLITZで行なわれたリッチー・コッツェンの来日公演を観たが、椅子席が用意された全席指定ライブだった。興行の規模や客層に配慮した措置と思われるが、ライブハウスでの座席指定は列ごとの段差が生じないために、自分の背丈や前の客の図体によってはとことん視界が塞がってしまう環境が生まれやすい。ライブハウスで一度定まった席から動けないというのは、スタンディングで見えにくい位置取りになった、とは違った煩わしさがあるし、大きい会場だから仕方ないと諦めることもできずにもどかしい。他の同規模のライブハウスでも何度か全席指定のライブを体験したが、なかなか慣れることがない。

海外アーティストが、ひとまずクラブギグで来日して夏フェスで改めてやってくる流れがすっかり慣例化しているが、15年ほど前まで中堅クラスの来日公演といえば、東京厚生年金会館、渋谷公会堂、中野サンプラザのいずれかが多かった。スムーズに2000人規模の集客を見込めた洋楽市場は今や懐かしむ対象なのかもしれないが、今、これらのライブ会場が次々と無くなる、もしくは使えなくなる事態が生じている。

慣れ親しんだホール会場は、ほとんどパブリックの性格を持っていた

東京厚生年金会館は2010年に閉館、渋谷公会堂は渋谷区総合庁舎の建て替えに合わせて今年の秋に閉館して建て替え、中野サンプラザも老朽化と再開発を理由に、20~24年頃に向けて建て直しが予定されている。残念な報を更に続けると、日本青年館は国立競技場新設のためにこの3月末で閉鎖されるし(近接する場所に17年末に開館予定)、日比谷公会堂は改修工事のため16年度から20年以降まで長期休館するという。つまり、相次いで東京のホール会場が使えなくなるのだ。

東京厚生年金会館は社会保険庁、中野サンプラザは厚生労働省(旧労働省)所管の施設、日本青年館は政界・財界の支援を受けて青年団のために作られたし、渋谷公会堂や日比谷公会堂は文字通り「公」の施設。つまり、いずれのホールもパブリックな性格を持っている。日比谷公会堂を中心に公会堂の役割を分析した新藤浩伸の新著『公会堂と民衆の近代』(東京大学出版会)をめくると、「公会堂」の存在が戦時下と戦後すぐの大衆娯楽の起点となってきたことがわかる。日比谷公会堂は、沢木耕太郎が『テロルの決算』で描いた浅沼稲次郎暗殺事件など政治の場所としても知られているが、こうして並べてみると、慣れ親しんだホール会場が実は「公」の性格を持つ場ばかりだったことに改めて驚く。

中野サンプラザ(Photo by Wiiii)
中野サンプラザ(Photo by Wiiii)

さいたまスーパーアリーナ、横浜アリーナ、東京国際フォーラム、国立代々木体育館も

老舗ライブハウス、下北沢屋根裏がこの3月末で閉店する。渋谷屋根裏も一昨年に営業を休止しており、慣れ親しんだ「屋根裏」の屋号が消えてしまうことになる。昨年のSHIBUYA-AX、一昨年の横浜BLITZなど、比較的大きなライブハウスの廃止が相次いでいるが、こちらはホールとは異なり、2012年春にZepp DiverCity、13年秋にEXシアター六本木がオープンしたこともあり、同規模の受け皿が用意された印象を持つ。

朝日新聞は昨年8月、夕刊の1面を使って「ライブ会場2016年の変」という記事を打った。16年にライブ会場不足がピークになるという。上記に挙げた場所以外にも、さいたまスーパーアリーナが15~16年度にかけて3~4か月程度の閉鎖、横浜アリーナ、東京国際フォーラムもそれぞれ改修工事を予定、国立代々木体育館も来たる東京五輪に向けて床の強化工事を行なうため、一時的に閉鎖する可能性があるという。

さいたまスーパーアリーナ(Photo by Syohei Arai(talk))
さいたまスーパーアリーナ(Photo by Syohei Arai(talk))

「米国におけるブロードウェイやラスベガスのように」でいいのか?

音楽のパッケージ産業が萎み、ライブ産業が規模を拡大していると言われる中で、ライブ会場の不足によって「ビッグネームの外国人タレントは極東ツアーから日本を外すかも」(朝日新聞)という判断が下されるのであれば痛い。昨年、ライブ直前に中止したポール・マッカートニーの日本公演は国立競技場で行なわれる予定だったが、その国立は既に解体工事に移っている。新国立競技場では維持費を確保するために、8万人規模の催事をコンスタントに行なうと表明しているが、20年以降にどれだけのアーティストがそこを使えるのか、甚だ疑問だ。

昨年、政府の知的財産戦略本部がまとめた「我が国の音楽産業の国際展開に向けて」では、このライブ会場の「2016年問題」に触れた上で、「我が国では観光客にアピールできる文化的な施設や場所は多数あるものの、分散して配置されているために、短期での海外旅行客を引き付ける魅力に乏しいとの指摘もある。米国におけるブロードウェイやラスベガスのように、エンタテイメントと文化発信の集積地を作ることで、世界の中での観光地としての東京の魅力を高める取組が必要であり、音楽産業はその中心的な役割を果たしていくことが期待される」としているが、とにもかくにも人を集める場所作りばかりに着眼が集中しており、音楽産業をどのように見定めているのか、疑問が残る。

ホール会場の特性とは何か

東京の街がオリンピックに併せて、せわしく改まっていくことを真っ向から否定するわけではないけれど、一挙に様変わりしていくことへの寂しさはやっぱり募る。とりわけ、ホールでのライブが味わいにくくなるのは残念だ。こじんまりとしたライブハウスと、どでかいスタジアムの間に位置する2000人規模のホールは、一体感を損なわぬまま、客との距離をそれなりに作る「魅せるショー」を展開できる稀有な場所である。

「ハロー!プロジェクト」をはじめとしたアイドルグループや韓流スターのファンミーティングに中野サンプラザや日本青年館が重宝されてきたのは、そういったホール会場の特性と無縁ではないだろう。その受け皿がしばらくの間、不足することになってしまう。音楽市場が数年単位で激変を繰り返す中で、同タイミングでいくらかのライブ会場が閉鎖されるのは気がかり。取り越し苦労で終わることを願いたい。

プロフィール
武田砂鉄 (たけだ さてつ)

1982年生まれ。ライター / 編集。2014年秋、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「Yahoo!ニュース個人」「マイナビ」「LITERA」「beatleg」「TRASH-UP!!」で連載を持ち、「週刊金曜日」「AERA」「SPA!」「beatleg」「STRANGE DAYS」などの雑誌でも執筆中。著書に『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)がある。



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