御年64歳の名優が初監督、あまりにも瑞々しい音楽映画
コーエン兄弟の『ファーゴ』、ポール・トーマス・アンダーソンの『マグノリア』などの映画で、個性的な役柄を演じてきたベテラン俳優、ウィリアム・H・メイシー。その彼が、64歳にして初めて、映画『君が生きた証』で監督業に進出した。初監督とはいえ、実に30年以上もの長きにわたって、数々の作品に俳優として出演してきたメイシー。「もう長いこと撮影現場に出入りしているから、監督をやってみるのはある種の必然というか、ごくごく自然な流れだったよ」と本人自ら語るように、彼が監督業に進出すること自体は、さほど意外なことではないだろう。
ウィリアム・H・メイシー ©2014 Rudderless Productions LLC. All Rights Reserved.
むしろ驚いたのは、その映画の内容である。というのも、社会派サスペンスからオフビートなコメディーまで、俳優としては一癖も二癖もある役どころを得意としてきた彼が、初監督作に選んだ本作は、息子を亡くした父親のストレートな「喪失と再生」の物語。しかも主人公がロックミュージックを通じて再生するという、言わば「音楽映画」とでも言うべき瑞々しい一本に仕上げられていたからだ。
観客を待ち伏せる、「どんでん返し」の存在
その内容は、次のようなものである。エリート広告マンである主人公サム(ビリー・クラダップ)は、銃乱射事件によって大学生の一人息子を失ってしまう。その後、妻と別れて仕事も辞めたサムは、一人でボート暮らしをしながら、荒んだ生活を送っている。
サム(ビリー・クラダップ) ©2014 Rudderless Productions LLC. All Rights Reserved.
そんな彼のもとに、ある日別れた妻が息子の遺品を届けにやってくる。そこに入っていたのは、息子が録りためていた自作曲のCD-Rと創作メモ。やがて、ギターを手にとり、息子の曲を自ら弾き語るようになったサムは、一念発起し場末のライブバーで飛び入り演奏するようになる。そんな彼の音楽に心動かされたミュージシャン志望の若者クエンティン(アントン・イェルチン)は、嫌がるサムを巻き込んで、年の差バンド「Rudderless(舵のない)」を結成。次第に人気を集めてゆくRudderlessだが、サムにはクエンティンにも言えない、ある秘密があるのだった……。
クエンティン(アントン・イェルチン) ©2014 Rudderless Productions LLC. All Rights Reserved.
なぜ、初監督作品に本作の題材を選んだのか? メイシーは言う。「僕はビートルズ世代だからね。音楽的な要素が入っているところが気に入ったよ。それに、何よりもまず、この映画の脚本に心を動かされた。これは今まで語られたことがないような、オリジナリティー溢れる物語だった。物語の途中には、『どんでん返し』が待っているんだけど、これはある種、危険な要素をはらんだ物語、観客に問いかけるようなタイプの映画だと思ったんだ」。
劇中で演奏される「音楽」に胸が打たれるいくつかの理由
メイシーの発言の通り、この映画の中盤には、ある「どんでん返し」が用意されている。観客の予想を遥かに超えて、複雑かつ困難な状況に置かれていた主人公サム。そこで重要な意味を持ってくるのが、サムの息子ジョシュが遺した「音楽」である。
「もともと脚本の中に、『ここに流れるのはこういう歌であるべきだ』ってことを書き込んでいたんだ。ただ、残念ながら、僕には今の大学生が作るような曲を書くことはできない(笑)。そこで、昨今のインディーズロックの動向に詳しいリズ・ギャラチャーを音楽アドバイザーに迎えて、彼からいろいろなミュージシャンに声をかけてもらった。『この脚本に合うような音楽を書いてもえらないか?』ってね。それで、最終的にサイモン・ステッドマンとチャールトン・ペタスの二人が、我々の脚本のメモをもとに、いろいろ曲を書いてくれることになったんだよ」。
サム役のビリー・クラダップとクエンティン役のアントン・イェルチンが、全編吹き替え無しで演奏するインディーロックの佳曲たち(バンドメンバーには、アメリカの人気シンガーソングライターであるベン・クウェラーの姿も!)。荒削りのサウンドとナイーブな歌詞、そして何よりもビリー・クラダップのどこか憂いを含んだボーカルは、本作の大きな見どころであると同時に、きっと多くの観客の胸を打つことになるだろう。
『君が生きた証』 ©2014 Rudderless Productions LLC. All Rights Reserved.
メイシーは言う。「一番意識したのは、『音楽』が、決してプロットを前に進めるためのものであってはならないということだった。この作品における音楽は、あくまでもサムの息子、つまりジョシュのものであって、彼の性格やユーモアの感覚を語るものでなければならない。父親であるサムは、ジョシュが作った曲を自ら歌い奏でることで、生前知ることのなかった息子の内面に触れることになる。それは観客にとっても同じなんだよ」。
『君が生きた証』 ©2014 Rudderless Productions LLC. All Rights Reserved.
サムの息子であるジョシュは、映画の中でほんの数シーンしか登場しない。しかし、ジョシュが書き遺した楽曲は、父であるサムの声を通じて、映画の中で流れ続けるのだ。この映画にとって「音楽」は、決して姿を現さないにも関わらず、実に雄弁な形で観客に訴えかけ続ける、言わば、もう1人の主人公とも言うべき役割を担っている。
ラストシーンの歌に何を思うか? この映画の真実はそこにある
最後に1つ。映画を観終えた後、個人的に気になったことについて、メイシーに尋ねてみた。映画のラスト、再び一人になってステージで弾き語りを披露するサム。映画はその感動的なライブシーンで幕を下ろすのだが、そのあと彼は、本当に一人でやっていけるのだろうか?
『君が生きた証』 ©2014 Rudderless Productions LLC. All Rights Reserved.
メイシーは、笑いながら次のように答えてくれた。「いい質問だね(笑)。もちろん、私としては、彼にもう一度人生を取り戻してもらいたいし、息子を失った現実と向き合いながら、これから精一杯生きていってほしいと思っている。実はあのシーンのあと、もう1つ別のシーンを用意していたんだ。その後、サムがどんなふうに生きていくかを描いたシーンをね。でも、最終的に、そのシーンは使わないことにした。この映画の主役はやはり音楽であって、映画の最後に、サムの歌を聴きながら観客が感じたものが、この映画の真実なんだよ」。俳優として見せる繊細な演技さながら、監督としても確かな手腕をみせるウィリアム・H・メイシー。今後も作品を追うべき監督が、ここにまた一人誕生したことは、どうやら間違いのないことのようだ。
- 作品情報
-
- 『君が生きた証』
-
2015年2月21日(土)から新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国で順次公開
監督:ウィリアム・H・メイシー
脚本:ケーシー・トゥウェンター、ジェフ・ロビンソン
出演:
ビリー・クダラップ
アントン・イェルチン
フェリシティ・ホフマン
セレーナ・ゴメス
ローレンス・フィッシュバーン
ウィリアム・H・メイシー
配給:ファントム・フィルム
- フィードバック 2
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-