人の記憶から宇宙の「ゆらぎ」まで、各ジャンルの天才たちが編集者・松岡正剛のもとに集った夜

時代の第一線を駆けぬける知識人たちによる、編集の祭典

「才能の80%は編集力だ」。そう豪語するのは御年71歳の編集者・松岡正剛。ウェブメディアなどの隆盛によって、「編集」や「キュレーション」といったワードが溢れる昨今であるが、松岡は今から15年前、2000年から時代の流れを察知し、インターネット上で「編集」を学ぶ「イシス編集学校」を開校した。AmazonとGoogleが日本でサービスを始めたのと同年のことである。

編集工学研究所 / イシス編集学校
編集工学研究所 / イシス編集学校

編集者として、知性を持って世情を牽引し続ける、そんな松岡の元には才覚に溢れた知識人ばかりが集まってくる。3月1日から15日まで開催された、編集の祭典『ISISフェスタ』でも、多くの知識人を迎えての夜学が約2週間にわたって繰り広げられ、小説家の赤坂真理や文楽の吉田玉女といった個性的な面々が名を連ねた。

その中から今回は、松岡に「日本で最も頭のいい人たちを集めたフォーラムを開催したとき、一番早口だった(笑)」と言わしめた、認知心理学者の下條信輔、さらに、音楽一家に生まれたが、挫折の末に数学の道を歩み、物理の世界で名を馳せることとなった、理論物理学者の佐治晴夫による夜学の様子を紹介する。

私たちの脳は、刻々と入ってくる知覚と辻褄が合うように、常に記憶を書き換えている

認知心理学者の下條信輔は、カリフォルニア工科大学教授であり、脳における知覚の研究を行っている。『意識と無意識のあいだを編集する夜学』と称したこの日のトークで語ったテーマは「脳が無意識的に編集を行っている」というもの。

下條信輔
下條信輔

被験者に2人の人物写真を見せて「どちらが好きか」と尋ねる実験では、被験者が意識するよりも先に、脳がどちらかを選択する「プレフィクション」という状態が潜在意識内で確認されるそう。つまり「好き」という感情が認識されるよりも先に、無意識下ではすでに「好き」という状態が沸き上がっているというのだ。一方、大きな災害の直前に「空が赤かった」「鳥が騒いでいた」といった証言が後から提出されることがあるのは、「ポストフィクション」という脳の「後付の記憶」が生成されるため。「刻々と入ってくる知覚と辻褄が合うように、人間の脳は常に記憶を書き換えているんです」と下條は言う。言い換えるならば、それは脳における無意識の編集作業であり、プレフィクションとポストフィクションという編集作業に挟まれて、われわれの知覚や記憶は存在しているということ。つまり、生物学的に、人間は常に「編集」を必要としているという証なのだ。

その後、参加者を交えたワークショップで下條は、8人1グループの伝言ゲームを行なった。ただの伝言ゲームではない。1人目は絵によって、2人目は言葉によって、3人目は再び絵……というように、2つの異なる伝達方法で交互に伝言をしていくというものだ。

ワークショップの様子

ワークショップの様子
ワークショップの様子

「パーティーでこれをやると、脳神経学者も認知心理学者も哲学者も4時間くらい楽しむことができるんです。潜在意識の中には意味のネットワークがあり、視覚的、聴覚的、意味論的など様々な連関を持っていることを、ゲームを通して実感できると思います」

という下條の言葉通り、参加者もこのゲームに夢中になっていた。

宇宙ではビッグバンの原動力となり、音楽においては名曲として人の心を動かす要因になる「ゆらぎ」

一方、『宇宙と存在のゆらぎを編集する夜学』と題された、理論物理学者・佐治晴夫の講義。御年80歳、「先日喉の手術をしたばかりで本調子ではないのですが……」と断りを入れる佐治だが、そんな体調など嘘のように、魅力的なトークが展開された。

佐治晴夫
佐治晴夫

NASA客員研究員を勤め、太陽系の外惑星および太陽系外の未知を探査する「ボイジャー探査計画」にも携わった佐治の話題は、本人の研究の中で最も重要なテーマの1つである「(1 / fの)ゆらぎ」。

「ゆらぎとは、予測できることと予測できないこととがちょうど半分ずつになっている状態。これは宇宙の基本的な法則なんです」と語る佐治。原子から音楽まで、あらゆる物質や事象は「ゆらぎ」の性質をもっている。宇宙レベルではこの「ゆらぎ」はビッグバンの原動力となり、音楽においては名曲として人の心を動かす要因になるのだという。

ワークショップの様子
ワークショップの様子

佐治の話で印象的だったのは、「私たちは希望を語りつづけることが一番重要なのではないか」という言葉。「生きていく上でも、予測できることとできないことが半々くらいの状態が理想的」と、「ゆらぎ」という物理現象を人生哲学に見立てることによって、聴衆の心の中にすっと届けてしまう佐治の話術。彼は「ボイジャー探査計画」においても「希望」を詰め込んだのだという。

「ボイジャー号の外側には、地球外生命体に発見されたときのために、地球上のさまざまな音声や写真を記録したレコードを取り付け、その表面にウラニウム238を塗りました。この物質は40億年経たないと半減しないので、その減り具合を調べてもらえれば、経年数を計算することができます。ここに、私たちが存在していたという証を残したかったんです」

そんな佐治から参加者への課題は「あなたにとって明日とは何か?」という質問。あまりに哲学的で、明確に答えられる問いではないが、参加者からは「一度寝て、起きたら明日」「ゆらぎと同じように、予測できないもの」といった回答が返ってくる。それをもとに、佐治は連想ゲームのように時間感覚の固有性や数学的な美しさなど、話を飛躍させていく。

左から:松岡正剛、佐治晴夫

佐治の話は直接「編集」という行為について向けられることはない。しかし、あちこちに話題が飛びながらも、散漫ではなく、むしろすべて一貫しているように感じられるのは、佐治というフィルターを通して、異なる話題が「編集」されたものだからだろう。物理学だけでなく、音楽だけでも、数学だけでもない。自身の興味の赴くあらゆるジャンルに精通し、見聞を重ねた佐治晴夫だからこそ自身の言葉で他者に対して伝えることができる、アカデミックでロマンティックな名編集だ。「科学的なものを美意識で語り、個人的な事柄も美しく語る」と、松岡正剛は佐治の講義について賛辞を送っていた。

松岡正剛
松岡正剛

「編集力」とは、他者に「伝える」ための技術である

下條も佐治も、今回の夜学において自身の専門分野だけで話が完結することはなく、研究において収集した膨大な情報を整理し、見立てや比喩を使いながら、わかりやすくその魅力を解いていた。それは松岡が、そしてイシス編集学校が提唱する「編集力」そのものである。「編集学校」という名は付いてはいるが、イシス編集学校は雑誌や書籍編集者の養成学校ではない。アイデアの発想力や表現力などを鍛え、他者に伝えるための最適解を模索する学校なのだ。「編集」は、編集者だけのものではなく、先人たちが積み上げ継承してきた複雑な世界を、魅力的に描き出し、後世に伝えるための技術なのである。「才能の80%は編集力だ」といった松岡正剛の言葉を二人の知識人の語る姿から思い知らされ、知的欲求が高まり、気が引き締まる二夜であった。

イベント情報
『ISISフェスタ 2015春』

2015年3月1日(日)~3月15日(日)
会場:東京都 世田谷区 編集工学研究所
講師:
松岡正剛(編集工学研究所所長、イシス編集学校校長)
下條信輔(認知心理学者)
吉田玉女(文楽、人形遣い)
佐治晴夫(理論物理学者)
赤坂真理(小説家)
武田 隆(エイベック研究所代表取締役)
宝槻泰伸(探究学舎代表)
竹内裕明(先端起業科学研究所所長、イシス編集学校師範代)
塚田有一(ガーデンプランナー、フラワーアーティスト、イシス編集学校師範代)
松永真由美(チェロ奏者、イシス編集学校師範代)
川野貴志(金蘭千里学園 国語科教諭、イシス編集学校師範)
森山智子(資生堂システム担当、イシス編集学校師範)
池澤祐子(児童指導員、イシス編集学校師範)



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