『東京オリンピック』はスポーツだけでなく、文化を活性化させる
2020年まであと5年、東京にオリンピックがやってくる。そして、この国際的なスポーツの祭典を、文化の面からも盛り上げていこうという大きな動きの予兆が見え始めている。
2012年に『ロンドンオリンピック』が開催されたイギリスでは、『カルチュラル・オリンピアード』と題した大規模な文化プログラムが2008年から全土で展開されていた。なんと約18万(!)にも及ぶ関連イベントに、4300万人が参加したという大規模な取り組みはさまざまな波及効果を生み、多くの市民が文化活動に参加する機会を得た。いわば、オリンピックを契機とした文化事業計画において、東京の先輩にあたるものだ。
先日開催された、毎年春恒例のアートの夜祭『六本木アートナイト2015』でも、イギリスの公的な国際文化交流機関であるブリティッシュ・カウンシルとのコラボレーションで、イギリスからゲストを招いたプログラムが2日間にわたって行われ、『東京オリンピック』を見据えた文化事業計画の動きが徐々に始まっている様子が感じられた。このような5年後に向けたさまざまな動きは、同時に東京の未来を方向付ける実験でもある。私たちの街「東京」は、これからどんな文化を持った都市になっていくのだろう。そして東京に住む私たちはどのように参加できるのだろう。
「クリエイティブであるためには、自分とまったく異なる人々と関わらなければならない」(クレア・レディントン)
『六本木アートナイト2015』1日目に行われたトークセッション『都市×アート×テクノロジー:東京の未来を考える』では、イギリスを代表するアートセンター「ウォーターシェッド」のクリエイティブディレクター、クレア・レディントン、同センターが主催する『International Playable City Award』受賞作品『Hello Lamp Post』の開発者、PANスタジオのベン・バーカーとサム・ヒル、さらに『六本木アートナイト2015』メディアアートディレクターのライゾマティクス齋藤精一、ゲームクリエイターの水口哲也が参加。「Play=遊び」を通した未来と人と都市の関わりについてディスカッションが行われ、さまざまなヒントが垣間見える興味深い内容となった。
左から、水口哲也、ベン・バーカー、クレア・レディントン、齋藤精一、サム・ヒル ©British Council
たとえば、クレアが紹介したウォーターシェッドが主催するプログラム『Playable City』は、「遊び」をキーワードにテクノロジーを用いて、人と人、人と都市をつなごうというもの。「Playable」のスピリットを共有する世界の有名な事例では、ストックホルムの地下鉄駅の階段をピアノ鍵盤に仕立てて、人が登り降りするたびに音楽を奏でる『Piano Stairs』。YouTubeでの再生回数は2千万回以上という最もポピュラーなプロジェクトだ。
またオーストラリアでは、巨大なシドニーハーバーブリッジの上で、約7千人の市民が朝食を持ち寄ってピクニックを行ったり、ブリストルでは道路に「通勤が楽しくなる」長いウォータースライダーを設置。どれも一目で楽しさが誰にも伝わり、自然と参加したくなるものばかりだ。
「クリエイティブであるためには、自分とまったく異なる人々と関わらなければならない」というのはクレアの発言。テクノロジーの進歩は、一見スマートでスムーズな社会をもたらすように思える。しかし、ややもすると人間同士の対話を減らし、テクノロジーにアクセスできない人を疎外することにもなる。『Playable City』が提唱するのは、そうした冷たいテクノロジーとは真逆の、血の通った、あたたかいテクノロジーだ。人と人の距離を縮めて街と人をつなぐものであり、その関係性の中心には、常に「遊び」が据えられている。「遊びは人とのコミュニケーションを円滑にします。創造的で、私たちをもっと人間的にしてくれるものです」ともクレアは言う。
郵便ポストが友人になり、街全体に親密な感情が湧いてくる不思議な感覚
『International Playable City Award』を2013年に受賞した作品『Hello Lamp Post』も、あたたかいテクノロジーといえる。携帯電話やスマートフォンのメールを使って、街の中の郵便ポストやベンチ、電柱といったありふれたモノと会話ができるというチャーミングなシステムだ。『六本木アートナイト2015』では広域プログラムとして、『Hello Lamp Post Tokyo』が実験的に開始され、東京タワーや六本木交差点といったスポット、エリア内にある郵便ポスト、ベンチ、電柱との間で、無邪気でハートフルな会話が生まれていた。
『六本木アートナイト2015』広域プログラム『Hello Lamp Post Tokyo』六本木ヒルズ近辺 ©British Council
『Hello Lamp Post』を制作したPANスタジオのベンとサムが大切にしているのは、人によって異なるパーソナルな記憶や物語を分かち合うことと、すでに都市に備わっている機能やモノを使いこなして日常の見え方をがらりと変えるハッキングの精神。なんの変哲もない郵便ポストからメールが届いた瞬間、目の前の郵便ポストはあなたの友人となり、不思議と街全体に親密な感情が湧いてくる。遊びを通して都市へのエンゲージメントを増やすことで、もっと多様な都市の可能性に出会えるのだ。
『東京オリンピック』に向けて、5年後の未来を想定した種まきが始まっている
『六本木アートナイト2015』2日目には、クレア、サム、齋藤精一の3名による『Playable City Tokyo ワークショップ』が行われ、約30名が参加。東京の未来のためのアイデアを一緒に考え、示唆に富んだポジティブな時間を共有した。
『六本木アートナイト2015』関連プログラム『Playable City Tokyo ワークショップ』風景 ©British Council, Photo by Kenichi Aikawa
初対面の参加者で班を作り、都市を構成する要素「グループ」「プレイス」「テクノロジー」という3種、計9枚のカードを使って新しい遊びのデザインを考え、約1時間でプレゼンにまとめるという、一見難易度が高そうなワークショップ。でも、実現性よりも「面白そう!」という直感をたよりに、目の前にある素材(カード)を使って即興的にみんなでプレゼンを組み立てていく作業は、かなり自由で楽しいものだった。「遊び」が私たちの感覚をどんどん開放してくれたのだ。
世界中のバス停にいる子どもたちをつなぐホットライン「もしもしバス・ステーション」、旅行者が街の音を採取して自分だけの音楽のおみやげを作るシステム、プロジェクションマッピングで駐車場をサファリパークにするアイデアなど、それぞれユニークで楽しいアイデアが生まれた。
『六本木アートナイト2015』関連プログラム『Playable City Tokyo ワークショップ』風景 ©British Council
都市の面白さ、素晴らしさとは、多様な人々が一緒に暮らす中で、想定外のものに出会い、なにかを発見することではないだろうか。齋藤は「アートやテクノロジーは、その出会いを創出する種のようなもの」と言った。今後は『Playable City Tokyo』の本格的な実現に向けたワークショップやフォーラムも開催されるとのことで、5年後の未来を想定した種まきに、まさに今回立ち会えた気がした。東京をどんな街にしたいか。それを考えるのはこの街に住む私たち。これから5年の間に起こる出来事を、プレーヤーとして迎えたい。
- イベント情報
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- 『六本木アートナイト2015』
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2015年4月25日(土)10:00~4月26日(日)18:00
※メインとなるインスタレーションやイベントが集積するコアタイムは4月25日18:22(日没)~4月26日4:56(日の出)
会場:東京都 六本木ヒルズ、森美術館、東京ミッドタウン、サントリー美術館、21_21 DESIGN SIGHT、国立新美術館、六本木商店街、その他六本木地区の協力施設や公共スペース
料金:無料(一部のプログラムおよび美術館企画展は有料)
主催:東京都、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、六本木アートナイト実行委員会(国立新美術館、サントリー美術館、東京ミッドタウン、21_21 DESIGN SIGHT、森美術館、森ビル、六本木商店街振興組合)
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- 『Playable City Tokyo ワークショップ』
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2015年4月26日(日)14:30~17:30
会場:東京都 六本木 六本木ヒルズ テレビ朝日多目的スペースumu
ファシリテーター:
クレア・レディントン(ウォーターシェッド)
サム・ヒル(PANスタジオ)
ゲスト:齋藤精一(ライゾマティクス)
定員:50名(要事前予約、先着順)
料金:無料
※日英通訳付
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