都市部と地域の人々をつなぐ「芸術祭」のあり方
7月26日、新潟県の越後妻有地域の里山を舞台にした、世界最大級とも言われる芸術祭『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015』の幕が開けた。3年に1度開催され、今年で6回目を迎えるこの芸術祭は、760平方キロメートルにおよぶ地域一帯に約380もの現代アート作品が展示。前回、2012年の来場者数は51日間で約49万人という、桁外れのスケールを誇る芸術祭だ。
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』 内海昭子『たくさんの失われた窓のために』 photo:H. Kuratani
そして、この大規模な芸術祭の活動を支えているのが、企業の協賛、人々からの寄付、ボランティアなど、多様なサポーターの存在だ。7月8日、代官山のアートフロントギャラリーにて、そうした支援活動の一端を担うオフィシャルサポーターの1人であり、地域活性化事業の企画・運営、ふるさと納税に関する自治体サポートなどを行なうソフトバンクグループの株式会社さとふる取締役・荒井優と、『大地の芸術祭』総合ディレクター・北川フラムとのトークイベントが開催された。二人の話からは、これからの「地域支援」のあり方、さらには、都市と地域の理想的な関係性が垣間見えた。
「東日本大震災の復興支援の経験が、『大地の芸術祭』と向き合うきっかけになった」(荒井)
現在、オフィシャルサポーターとして『大地の芸術祭』に関わる荒井も、当初は来場者の一人だった。2011年、東日本大震災を機に、ソフトバンクグループ代表の孫正義、ソフトバンクホークス名誉会長の王貞治などが発起人として設立された「東日本大震災復興支援財団」。同財団の専務理事も務める荒井は、復興支援活動のために平日休日を問わず、東北へ足を運ぶ毎日を送っていたと当時を振り返る。一方、荒井の妻と子どもは、2011年秋、偶然雑誌で見かけた『大地の芸術祭』の林間学校に連れ立って参加。荒井は支援活動の合間を縫って、家族に合流するかたちで芸術祭に初参加する。
「震災からの復興ってなんだろう? と考える日々が続くなか、林間学校で出会った越後妻有の住民の方から、新潟県中越地震(2004年)の被災経験が、人々が一丸となり『大地の芸術祭』と向き合うきっかけになった、と聞いたんです。この芸術祭は震災復興の1つのかたちなんだな、と感じました」
MVRDV『まつだい雪国農耕文化村センター「農舞台」』 photo:Osamu Nakamura
その後、年間5、6回にわたり越後妻有を訪れ、親子で稲刈りツアーなどに参加。美しい風景と、地元の人々との家族ぐるみの交流を通して、新潟に「第二の故郷」のような感情を抱くようになったと言う荒井。『大地の芸術祭』ディレクターの北川フラムは、こうした荒井の関わり方を「理想的」だと話す。「ご家族で楽しんでもらえることは、極めてありがたいモデル的なスタイル。荒井さんや奥さん、娘さんが芸術祭を通して考えることは、重要なかたちで僕の思考に入ってくるだろうと感じました。それがご縁のきっかけの1つかもしれません」。
50日間の開催となる『大地の芸術祭』だが、その準備も含めた地域作りの活動は通年で行われ、1回の芸術祭開催のために費やされる予算は平均して6億円ほど。林間学校や棚田を保全する「まつだい棚田バンク」の活動など、スタッフの丁寧な活動を間近で見るうちに、荒井は年間を通して越後妻有に関わり、楽しさを享受すること、そして活動を支える財源の確保について思いを馳せるようになったと言う。奇遇にも、そんな荒井の心境に呼応するように、ソフトバンクグループでは「ふるさと納税」をサポートする会社「さとふる」の立ち上げ準備が始まる。そして2014年10月、荒井は、「さとふる」を通して『大地の芸術祭』とコラボレーションを開始。芸術祭の一ファンから、晴れて芸術祭のオフィシャルサポーターとなった。
「寄付金以上のお礼品を返している場合もある『ふるさと納税』に対して、お金やモノで返せない贈り物があることを示したい」(北川)
そもそも「ふるさと納税」とは、国民それぞれが自分の応援する自治体に寄付を行う制度を指す。2008年に開始したこの制度では、寄付のお礼として、地域の特産品や工芸品がもらえたり、税金控除が受けられるなど、そのメリットにも大きな注目が集まっている。芸術祭が行われる越後妻有地域(新潟県十日町市・津南町)では、1万円以上の寄付に対して『大地の芸術祭』の作品鑑賞パスポート、もしくは棚田オーナーになって地元の方とお米作りを体験、その年の新米が届けられる「2015年度まつだい棚田バンク里親ミニコース(5平方メートル)」というお礼品を選ぶことができるが、じつはそれら、ふるさと納税のあり方に懐疑的だったと語る北川。この「さとふる」の提案は、従来のそれとどのように異なるのだろうか。
「ふるさと納税は本来、有権者が自分で税金の使い道を選択できるすばらしい制度。けれど現在のふるさと納税は、寄付金以上のお礼品を返している自治体もある。『大地の芸術祭』では、お金やもので返せない贈り物があることを示したい」
会場で振る舞われた、長野県高森町の特産品「市田柿ミルフィーユ」
会場で振る舞われた、長崎県諫早市の特産品「めしませコラーゲン」
ふるさと納税のお礼品として送られてくる、高価な畜産品や海産物、お酒やお米。『大地の芸術祭』では、その潮流に抗うように「もの」だけではなく、美しい景色や「農」との関わり、アート作品を会した「経験」という、新たな「ふるさと納税」の還元のあり方を見せることができると考えていると語った。
『大地の芸術祭』は、都市と地域の関係性に新たな展望を見せることができるか
「地元の人と話ができた」「集落のお祭りが楽しかった」「いただいた野菜が美味しかった」。都市部から『大地の芸術祭』を訪れた人々のアンケートには、現代アート作品の感想と競うように、現地の人々との交流の想い出が書かれるそうだ。他方で、そうした来場者の経験に対して、越後妻有の地域や人々はなにを享受していると言えるのだろうか。北川は、それらの関係性において、現在も試行錯誤の段階にあるとも話す。
「芸術祭の入場者数は右肩上がりの大成功で、越後妻有の人々も楽しんでくださっている。けれど、これが本当の意味で自分たちの新たな展望になりうるのか、地元の方々は疑問視している部分もあると思う。今は、僕らが一生懸命やろうとしていることを、暖かく許容してくれている感じです。ただ、都市との関係、あるいは都市で暮らす人々とこれからどのように関わりが生まれるかによって、新たな展開が訪れるとは考えています」
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』 鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館 photo:Takenori Miyamoto + Hiromi Seno
人々を取り囲むあらゆる環境の違いによって、深い隔たりをもつ都市と地域。しかし、そんな断絶されてしまった人々をつなぐものが、『大地の芸術祭』での継続的な関係性の構築や、そこでの自然がもたらす「ものではない豊かさ」なのだろう。文字にすると平坦に響くこの言葉も、越後妻有に実際に訪れてみると、実感を持って迫ってくるはずだ。
「『大地の芸術祭』が終わる間際は、いつも寂しさよりも悔しさが強い。もっと観に来てもらいたかった! って。実際7割のお客さんがリピーターなんです。来れば絶対におもしろい」
そう確信を持って話す北川の表情は、地域発の芸術祭というスタイルを約15年にわたって先導し、状況を切り開いてきたことを裏付ける、強い信念を放っていた。
- プロフィール
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- 荒井優 (あらい ゆたか)
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株式会社さとふる取締役、東日本大震災復興支援財団専務理事、『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015』オフィシャルサポーター
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- 北川フラム(きたがわ ふらむ)
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1946年新潟県生まれ。アートディレクター。東京藝術大学卒業。主なプロデュースとして、『アントニオ・ガウディ展』(1978-1979)、『子どものための版画展』(1980-1982)、『アパルトヘイト否!国際美術展』(1988-1990)など。地域作りの実践として『瀬戸内国際芸術祭』『大地の芸術祭』の総合ディレクターをつとめる。
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