Arcaの内面や精神によって、初期衝動に戻された電子音楽。その圧倒的な混沌
前作『Xen』まではどこかダウナーでミステリアスな雰囲気を漂わせ「アブストラクト」なイメージも魅力だったArcaが、丸裸で野生化してリスナーの感覚を襲ってきた……と思わざるをえない。本作『Mutant』、これは実にショッキングな問題作だ。
まず目に飛び込んでくるのは、Arcaの盟友ジェシー・カンダによる、スリーブジャケット。人間の皮膚と臓器の機能を作為的にあべこべにして鬱血させたような——もしくは「人工生命」と「暗黒舞踏」の負のイメージが、最新テクノロジーによってクラッシュしたような、とてつもないムードをたたえている。
目を引く真っ赤な肌。人外の生命。だが、そのグロテスクなディティールの中にも、複雑な感情——悲哀や葛藤も感じられるジェシー・カンダのアート作品。
「人間の内臓」や「遺伝子」、そして「人間の外見」を(それがいかに芸術的であれ)弄ぶような奔放な発想力(無邪気な芸術性)は、Arca自身の音楽の中にこそ色濃い。音楽的な手法としては、クラシカルな和声感覚を根底に敷きながらも、J DillaやFlying Lotusらが推し進めた「音のズレ」が魅力的な「ビートミュージック」、初期のClarkやマイク・パラディナス(μ-Ziq)などを彷彿とさせる破天荒な「エレクトロニカ」、もしくは、African Head Chargeからアンディ・ストットまで呪術的な電子音響に内在する金属的で歪んだ「インダストリアルダブ」のフィーリング、The Orbも故AUBEも溶けたタイムレスな「アンビエントドローン」、実にインターネット的な「マイクロサンプリング」など、様々な過去の音楽が魅せた手法やマテリアルを、Arcaは玩具のようにして自分の内面の都合(暴力的な衝動や、性的なイメージ、そして強靭な美意識)に合わせて、どんどん吐き出してくる。
PCで作られた音楽にありがちな、キッチリしたテンポやビート感、シーケンス感は皆無で、一つひとつの音が、Arca自身のリズムや感覚周期、呼吸感と結び付いているのはないかと思うほど、プライベートな波長を持っている。
衝動的に奏でられる旋律に導かれて、破滅的なビートとノイズ、効果音が幾重にも折り重なっていく、多次元感の強い楽曲“Vanity”。「動」の印象は、スピーカーを通じて、あらゆる歪や金属的な軋み感、爆発感、音塊(音圧)のズレが飛び交う……。「静」の印象は、感傷的な旋律を軸に様々な音響加工による音の揺らぎや残響、意味深な音のカケラが、雰囲気を作る……。
『Mutant』はどの曲のどの部分からも、常にArca自身の「世界」や「気配」を感じられる、実にストレートで、分かりやすい音楽。それゆえ、1秒足りとも集中力を欠いたような間延びした瞬間はない。
『Mutant』に対比される、昨今のArcaのプロデュースワークの広がり
Arcaがメディアに取り上げられる際は、カニエ・ウェスト、FKA twigs、Bjorkなどとのコラボレーションやプロデュースワークの紹介の頻度が高いようだが、彼はビッグネームとの仕事以外に、Arca色の強い試みにも手を広げ始めている。
『Mutant』からカットされているPVは、どれもArca自身の手による映像だったが、Arcaと盟友ジェシー・カンダの映像とのコラボレーションを堪能できるのがこちらの新プロジェクト「WENCH」の作品。オリジナル音源を軸にChemical BrothersからClark、アーサー・ラッセルまでを引用しつつ、ドラマティックに展開する小宇宙的なサウンドトラックで、Arcaが今年公開した『Sheep』にも近いミックス音源。カニエ・ウェストとのコラボレーションでみせた、異端過ぎるヒップホップ路線も垣間見える逸品。「破壊」「爆破」をミニマルに取り上げているジェシー・カンダの映像もとても美しい。
次に、ポスト・Aaliyah、インディR&Bのディーヴァと賞賛されつつも、エレクトロニカの名門レーベルWarp Recordsから今年EPをリリースした、異端の歌姫Kelelaとのワークス“A Message”。ゆったりとしたテンポ感で、隙間の多いArcaのビートと歌声が絡みあう情景は、実に官能的でArcaの中の「性」を感じ取りやすい。『Mutant』におけるエクストリームな表現を、R&Bマナーへ憑依させることができる、Arcaの器用さを感じ取れる作品。
今までのプロデューサーArcaの活動の広がりからも感じられるとおり、Arcaの独特の芸術性が、多くのリスナーはもちろん、新しい音の刺激に飢えているカニエ・ウェストやBjorkのようなアーティストを魅了する状況は続いており、また思いがけない所へ、侵食することだろう。
Arcaは今作のジャケットを「今まで覆い隠されていた部分が、光り輝いている」と言及しているが、我々には容易に感じ取れない「闇と光」が見えるArcaの感覚の中に、未来の音が存在すると思えてならない。
- リリース情報
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- Arca
『Mutant』日本盤(CD) -
2015年11月18日(水)発売
価格:2,268円(税込)
TRCP-1901. Alive
2. Mutant
3. Vanity
4. Sinner
5. Anger
6. Sever
7. Beacon
8. Snakes
9. Else
10. Umbilical
11. Hymn
12. Front Load
13. Gratitud
14. En
15. Siren Interlude
16. Extent
17. Enveloped
18. Faggot
19. Soichiro
20. Peonies
21. Ashland(ボーナストラック)
- Arca
- プロフィール
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- Arca (あるか)
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アルカ(ARCA)ことアレハンドロ・ゲルシはベネズエラ出身の24歳。現在はロンドン在住。2012年にNYのレーベルUNOよりリリースされた『Baron Libre』,『Stretch 1』と『Stretch 2』のEP三部作、2013年に自主リリースされたミックステープ『&&&&&』は、世界中で話題となる。2013年、カニエ・ウェストの『イールズ』に5曲参加(プロデュース:4曲 / プログラミング:1曲)。またアルカのヴィジュアル面は全てヴィジュアル・コラボレーターのジェシー・カンダによるもので、2013年、MoMA現代美術館でのアルカの『&&&&&』を映像化した作品上映は大きな話題を呼んだ。FKAツイッグスのプロデューサーとしても名高く、『EP2』(2013年)、デビュー・アルバム『LP1』(2014年)をプロデュース、またそのヴィジュアルをジェシー・カンダが担当した。2014年、契約争奪戦の上MUTEと契約し、10月デビュー・アルバム『ゼン』 (“Xen”)をリリース。2015年11月『Mutant』をリリース。
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