ボサノバ、ジャズ、中東トラッド……マーブル模様のサウンドを奏でるSSW
2017年5月、デヴェンドラ・バンハートが来日を果たす。デヴェンドラは、2005年の『Cripple Crow』で一躍「フリーフォークの旗手」として脚光を浴び、近年は美術家としてアートブックを発表、昨年6月の来日ではライブ公演と共に展示イベントも行った、テキサス出身のシンガーソングライターだ。今回は昨年10月に発表された9枚目のアルバム『Ape in Pink Marble』をひっさげて、大阪・東京とBillboardのステージを回る。
デビューから15年のキャリアを数えるデヴェンドラだが、近年の作風を振り返りたい。レゲエやボサノバ、ジャズ、カントリー、アイリッシュや中東の伝統音楽も感じさせる、彼の音楽ジャンキーな部分がポップに表現された前々作『What Will We Be』(2009年)。同作が分岐点となり、シンセサウンドも導入され、フェイバリットにあげているカエターノ・ヴェローソらブラジルのポップスも全面に感じさせる前作『Mala』(2013年)。この2作を経て、最新作『Ape in Pink Marble』がある。
本作は、ここ数作で相棒的役割を果たしているノア・ジョージソンを共同プロデューサーに迎え、マルチ奏者ジョサイア・ステインブリックとほぼ三人で制作。気心知れた友人たちとの宅録作業ということもあってか、カジュアルでオーガニックな余白をたっぷり持たせた雰囲気が全体を包み込んでいる。そして、その雑食な嗜好によって描きあげられるマーブル模様のサウンドは、キャリア当初の「フリーフォーク」という文脈では収まらない。
デヴェンドラの出自・民族意識と細野晴臣
そんなデヴェンドラだが、これまで浅川マキや金延幸子、細野晴臣など日本の音楽への愛もインタビューなどで度々口にしている。特に本作は「1980年代の東京のホテルのロビーで流れていそうなBGMをイメージした」と語っており、タイトルにも如実に表れているオリエンタルなボサノバナンバー“Theme for a Taiwanese Woman in Lime Green”や、ディスコビートに乗った古びたシンセサウンドが異国情緒あふれる“Fig in Leather”など、随所に日本や東洋への視点が向けられている。オリエンタルなメロディーが全編にみられ、また“Saturday Night”などいくつかの曲では琴も導入し、意図的にエキゾチズムを漂わせているのが興味深い。
本作におけるデヴェンドラの試みは、「日本の外側から架空の風景として日本を描いたもの」というふうにも捉えることができる。そしてその試みは、細野晴臣が70年代に発表したトロピカル三部作(『トロピカル・ダンディー』『泰安洋行』『はらいそ』)で提示した、「日本人が自らの視点を日本の外に置き、西洋の視点から見た日本を想像して描く」という屈折したコンセプトにも通じる。つまり本作は、細野のトロピカル三部作のコンセプトを40年の時を経て解きほぐし、本当に「日本の外」から実践した作品といえるのだ。
このアクロバティックな視点に着目するところは、テキサス生まれベネズエラ育ち、カエターノら中南米音楽に強い影響を受けたアメリカ人、という1つの民族意識から超越した彼の出自にあるだろう。
このエキゾ感は、星野源、cero、王舟ら、近年の日本の音楽家たちとも共振する
近年の日本のミュージシャンたちをみていきたい。細野晴臣から直接的な影響を受けた星野源は、細野譲りのオリエンタルなサウンドを「日本らしさをブーストするもの」として引き継ぎ、『YELLOW DANCER』(2015年)というブラックミュージックに日本人の視点を投入したポップスを作りあげた。ceroは『Obscure Ride』(2015年)以降、バンド名を「Contemporary Eclectic Replica Orchestra」と定義、自身を「レプリカ」だと宣言し、R&B / ソウルという海の向こうの音楽を、異国・日本の視点から見た自分たちの音楽として想像で描いてみせた。その意味においてceroは、「西洋の視点から見た日本を想像して描く」というコンセプトを掲げた70年代の細野とは逆の矢印を指し示している。
上海生まれ日本育ちである王舟の歌に感じるアメリカーナな匂いには、デヴェンドラと同じく出自へのこだわりのなさが感じられるし、yahyelは「日本人であること」を排除しようと匿名性を保つようなアプローチをとり、デヴェンドラのファンであることを公言しているnever young beachは「俺たちは日本人だから日本人の目線でやるしかないし」と無意識かつ無責任に日本のロックの今を最前線で鳴らしている。このように改めて今の日本の音楽を俯瞰すると、「日本人であることの捉え方 / 活かし方」という視点でマッピングすることができるし、この地図には「日本の外」から日本の姿を描きあげたデヴェンドラもプロットすることができるだろう。
さらに、デヴェンドラは今年2月に発売された蓮沼執太&U-zhaanのコラボアルバム『2 Tone』の収録曲、“A Kind of Love Song”にゲストボーカルで参加している。なんとここでは、日本語で歌っているのだ。
美しいピアノバラードではあるものの、少したどたどしく囁くように日本語詞で歌うことで、細野が『泰安洋行』(1976年)で取りあげたスタンダードナンバー“"Sayonara", The Japanese Farewell Song”を彷彿する無国籍な空気が漂ってくる。今回の来日公演は「外から日本を描く」という試みを、新作『Ape in Pink Marble』からさらに踏み込んだタイミングで観ることができる、貴重な機会になるだろう。
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- デヴェンドラ・バンハート
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1981年5月30日、アメリカ・テキサス州ヒューストン生まれの男性シンガーソングライター。ベネズエラで育ち、母親の再婚を機にロサンゼルスへと移住する。12歳から曲を書き始め、サン・フランシスコのアートスクールにも通うが、アメリカ国内をはじめパリにも住む経験を持つなど、世界各地を転々とする。2000年頃からLA近郊でライブ活動を開始し、2002年に1stアルバム『Oh Me Oh My…』をリリース。その後、2004年に『Rejoicing in The Hands』、『Nino Rojo』、2005年に『Cripple Crow』をリリースし、他から影響を受けることのないその美学で、神秘的、伝統的、かつサイケなサウンドを生み出す。カエターノ・ヴェローゾからエルヴィス、ビートルズ、イギリス諸島のフォーク・ミュージック、現在では消滅してしまっている1930年代のフォーク・ミュージックを独自の詩的な視点でフリーフォーク~サイケデリックなロックとして展開している。様々なオーガニックな音楽スタイルを吸収するその姿はまさにハイブリッドである。シャネルのモデルを務めたこともあるワイルドかつ美麗なルックス、その特異なキャラクターはファッション / カルチャー・シーンでの注目も集めている。2016年10月、通算9枚目のアルバムとなる『Ape in Pink Marble』をリリースした。
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