デビュー作で巨大な成功を手にしたKYGOが、2作目で変化を遂げようとするワケ
Apple Musicで独占公開されているKYGOの映像作品『ストール・ザ・ショウ』(2017年)は、彼のサクセスストーリーを描いたよくできたドキュメンタリーであるだけでなく、現在のダンスミュージックシーン、ポップシーンをより深く理解する上でもとても興味深い作品だ。現在26歳、作中ではまだ24歳のノルウェーの青年KYGOが、彼よりもさらに若い大学を出たばかりのアメリカ人マネージャーと二人三脚でスターダムを登っていく、まさにその瞬間をとらえた同作。
音楽的な才能(KYGO)と、的確な戦略(マネージャー)と、音楽業界の構造をすっかり変えてしまったリスナー環境(ストリーミングサービス)、そのいずれが欠けても、現在のKYGOの大躍進はなかったこと。そして、一度上昇気流にのると、億単位でストリーミング再生回数が増えていき、あっという間にアーティストを取り巻く状況が変わっていくことがよくわかる。
しかし、アーティストとオーディエンスに大きな高揚感をもたらすスピード感のある成功は、同時にアーティスト自身を追い込むことにもなる。EDMのシーンにおいて頭角を現し、さらにその一大潮流であるトロピカルハウスの立役者となったKYGOにとって、今回の2ndアルバム『Kids In Love』での変化は必然だった。「今の時代は、常に二歩先を行く必要がある」――『ストール・ザ・ショウ』のなかでもそう語られているように、シーンの最前線で、数万人のオーディエンスの前に立って、メインストリームのポップの世界でヒットも飛ばしているダンスミュージックアクトには、常に次の一手が求められている。成功に胡座をかいて、同じ場所に安住することは許されないのだ。
Avicii、カルヴィン・ハリスら、次のフェーズに以降する世界トップのEDMアクトたち
ここ数年、我々は多くのトップEDMアクトの大きな変化を目撃してきた。スタジアムで初の日本公演も実現した2016年のツアーを最後に、ライブ活動からの引退を表明したAviciiは、今では母国スウェーデンの自宅に引きこもり、よりアコースティックなサウンドと人間味の溢れた歌の領域を探求している。
2015年にラスベガスのクラブのレジデントDJとして契約を交わしたカルヴィン・ハリスは、ロサンゼルスに居を定め、目が眩むほど豪華なゲストたちをスタジオに招集してアメリカ西海岸ヒップホップの影響下にある傑作アルバム『Funk Wav Bounces Vol. 1』(2017年 / 参考記事:カルヴィン・ハリスの2017年の新作は、10年後のシーンの鍵を握る)を作り上げた。しかし、そんなカルヴィン・ハリスもライブの現場ではまだ新しいスタイルを打ち出そうとはしていないことが、ラスベガスのクラブ以外では久々のステージとなった、日本での今年の『SUMMER SONIC』のパフォーマンスで明らかになった。カルヴィン・ハリスのようなスタジオ作品とライブ(DJ活動)のダブルスタンダード――それもまた、アーティストが自身の音楽的モチベーションと商業的価値を両立させる上でのひとつの解決方法なのだろう。
KYGOに変化のキッカケをもたらしたのは、トロピカルハウスのブーム化だった
典型的なEDMの派手な展開を持つサウンドと比べて、抑揚が少なく、音の隙間も多いトロピカルハウスは、歌モノとの相性がよく、ジャスティン・ビーバーの“What Do You Mean?”(2015年)をはじめとする、その特徴を取り入れた数々のポップヒットによって否応なしに流行のサイクルへと取り込まれることとなった。
そんなトロピカルハウスの代名詞的存在のKYGOは、今回の2ndアルバム『Kids In Love』、いや、それに先立つセレーナ・ゴメスらをフィーチャーした4曲収録のEP『Stargazing』(日本盤『Kids In Love』にボーナストラックとして全曲収録)の時点で次の一手を打ってきた。それは、トロピカルハウスからの脱却でも、トロピカルハウスをメインストリームポップから切り離すことでもなく、自分の方から積極的にメインストリームポップへと切り込んでいくことだった。
メロディーと歌を全面に押し出し、いかにもトロピカルハウス的なリズムトラックは多くの曲でこれまでより控えめにはなっているものの、本作全体を覆っているメロウで感傷的なフィーリングは、間違いなくこれまでのKYGOの作品にも流れていたものだ。幼少期からピアノを弾くことがなによりも大好きで、今もピアノで作曲をし、ステージでもピアノを演奏しているKYGOにとって、トロピカルハウスのブーム化は、特定のシーンを超越したミュージシャンとしてのステップを踏み出す絶好のきっかけになったわけだ。
トロピカルハウスやトラップのブームから考える、日本と世界のシーンのギャップ
そのカジュアルで親しみやすい容姿や言動に加えて、2016年、2017年と2年連続で『ULTRA JAPAN』のメインステージでパフォーマンスを披露してきたこともあって、ここ日本にもファンが多いKYGO。しかし、『ULTRA JAPAN』に足を運ぶようなEDMファン層とそれ以外の音楽ファン層との間には、認知度において大きなギャップが存在しているのも事実。そもそも、ポスト・トロピカルハウスを標榜する次のアクションとして、KYGOに限らず他のアーティストも個々に新たなチャレンジの段階に入っている今、その前提となるトロピカルハウス自体が日本ではそこまで浸透してこなかった現状をどうとらえるべきなのか。
こうしてKYGOについて原稿を書きながら、読者のターゲットを計りかねているというのも正直なところ。知ってる人はめちゃくちゃよく知ってるし、知らない人はまったく知らない。それは、なにもEDM~トロピカルハウス界隈だけのことではなく、空前のトラップブームに沸く(そしてその反動もそろそろ起こりはじめている)ラップ界も同様だ。そのようなギャップを埋める可能性を託す意味でも、KYGOのようにメインストリームポップに果敢に攻め込むミュージシャンの動向には今後もさらに注目していきたい。
KYGO『Kids In Love』ジャケット(Amazonで見る)
- リリース情報
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- KYGO
『Kids In Love』日本盤(CD) -
2017年11月15日(水)発売
価格:2,376円(税込)
SICP-56021. Never Let You Go (feat. John Newman)
2. Sunrise (feat. Jason Walker)
3. Riding Shotgun (with Oliver Nelson feat. Bonnie McKee)
4. Stranger Things (feat. OneRepublic)
5. With You (feat. Wrabel)
6. Kids in Love (feat. The Night Game)
7. Permanent (feat. J.Hart)
8. I See You (feat. Billy Raffoul)
9. Stargazing (feat. Justin Jesso)
10. It Ain't Me (with Selena Gomez)
11. First Time (with Ellie Goulding)
12. This Town (feat. Sasha Sloan)
13. It Ain't Me (with Selena Gomez) (Tiesto's AFTR:HRS Remix)
14. First Time (with Ellie Goulding) (R3hab Remix)
- KYGO
- プロフィール
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- KYGO (かいご)
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ノルウェー、ベルゲン出身のDJ / プロデューサー。南国を連想させる、ゆったりとしたビートが特徴的な「トロピカルハウス」の火付け役として注目を浴び、自身初のオリジナル楽曲“Firestone ft. Conrad Sewell”などが大ヒット。その後、Spotify史上最速で再生回数10億回を突破したアーティストとなった。2016年5月にはデビューアルバム『Cloud Nine』をリリース。全米ダンス / エレクトロニック・アルバム・チャートで1位、全英チャート3位に加え、全世界18か国のiTunesチャートで1位、ここ日本でもiTunes総合アルバム・チャート2位、ダンス・アルバム・チャートでも1位を獲得し、EDMの新しいムーヴメント、癒し系EDM=「トロピカルハウス」の火付け役として、世界中のダンス・ミュージック・ファンのみならず、ポップスファン、ロックファンからも絶大な支持を得た。その後もApple Music限定のドキュメンタリー映画『ストール・ザ・ショウ』公開や、『ULTRA FESTIVAL JAPAN』への2年連続ヘッドライナー出演を経て、EP『Stargazing EP』をリリース。セレーナ・ゴメス、エリー・ゴールディングに加えU2とのコラボ曲“You're The Best Thing About Me feat. U2”(U2 vs. Kygo)を発表。2017年11月、2ndアルバム『Kids In Love』をリリースした。
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