奇抜な設定で描かれる、「普通の少女」の物語
カンヌ映画祭をはじめ、数々の映画祭で話題をさらったフランスのジュリア・デュクルノー監督長編デビュー作『RAW~少女のめざめ~』の魅力は、少女からの成長を食人(カニバリズム)という形を通して描いたセンセーショナルな内容にあるのではない。本作は、思春期特有の少女の葛藤、つまり「普通」でありたいと願いつつも、自分の中に秘められた欲望に突き動かされてしまう、どうしようもない分裂や衝突を、ときに鮮烈にときにユーモラスに描いている点が新鮮なのだ。しかも獣医科大学を舞台に展開する本作は、学園青春モノとしてさえも見られるだろう。
『RAW~少女のめざめ~』場面写真 / © Dominique Houcmant Goldo
大学では、先輩たちによる新入生に対する過激ないびり=教育期間があり、新入生の主人公ジュスティーヌは、このミニマルな社会で色々なルールを教え込まれる(原題『RAW』には「訓練されていない人」という意味もある)。例えばベジタリアンの彼女は、入学の通過儀礼で強制的に肉を食べさせられたり、寝具を窓から落とされたりと散々な目にあう。
ただし、それらは反抗すべきものとも限らない。彼女はいままで経験したことのないパーティーに参加し、食べたことのない食べ物を味わい、他人との肉体的なつながりを知っていくからだ。映画に描かれるほど過剰でないにしても、私たちも外から与えられたルールを身につけ、新しいものに出会い成長してきた経験はあるだろう。
先輩たちの教育によって肉を知った彼女の身体は変調をきたす。しかし、医務室で身体中にできた発疹が「顔にも出るのか」と不安になる彼女は、容姿を気にし、ヴァージンであることを少し恥ずかしく感じる、どこまでも普通の思春期の少女だ(女医に「あなたはどんな人間?」と問われると彼女は「普通です」とさえ答える)。
『RAW~少女のめざめ~』ポスター / © 2016 Petit Film, Rouge International, FraKas Productions. ALL RIGHT RESERVED.(サイトを見る)
「肉食女子」が直面する、思春期の悲愴な恋愛劇
普通の少女の思春期を描こうとする本作は、数々の青春モノでも重要な役割を担ってきた衣服がひとつのキーとなって展開していく。ジュスティーヌは先輩から「セクシーな格好をしろ」と命令されるが、控えめな彼女はセクシーな服など持っていない。そこで同じ大学の先輩でもある姉アレックスから服を借りることになる。
当初は「自分には似合わない」と愚痴っていたその服を次第に着こなしていくにつれ、彼女は「女性」としての自信を持ち始める。姉の服を身につけ、鏡の前で踊ってみせるジュスティーヌ自身、そうした少女からの脱皮を好ましく思っているようだ。そしてイメージチェンジした彼女は、ルームメイトのアドリアンと初体験まで果たすことになる。
ジュスティーヌとルームメイトのアドリアン / © 2016 Petit Film, Rouge International, FraKas Productions. ALL RIGHT RESERVED.
しかし、ここで普通の少女であるにもかかわらず、「カニバリズム」という宿命を背負う彼女は、悲痛な問題に直面する。「好きな異性と触れ合いたい」という、正常な願いと、秘められた欲望=カニバリズムという人間社会のルールを逸脱するタブーが絡み合う。そこで彼女は、求めるアドリアンを噛みつき傷つけてしまうと同時に、自分自身の心をも傷つけてしまうだろう。
求めれば求めるほどに相手と自身をも深く傷つけてしまう彼女は、まるで「ヤマアラシのジレンマ」の寓話のようだ。本作が描き出す葛藤の痛みは、カニバリズムという過激な内容や描写にではなく、求める相手や社会との適切な距離を必死に探し、もがく姿にこそある。だからこの映画はセンセーショナルで突飛な内容とは裏腹に、きわめて普遍的な私たち自身の物語でもあるのだ。
『RAW~少女のめざめ~』場面写真 / © 2016 Petit Film, Rouge International, FraKas Productions. ALL RIGHT RESERVED.
- 作品情報
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- 『RAW~少女のめざめ~』
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2018年2月2日(金)よりTOHOシネマズ 六本木ヒルズほか全国ロードショー
監督・脚本:ジュリア・デュクルノー
出演:
ギャランス・マリリエ
エラ・ルンプフ
ラバ・ナイト・ウフェラ
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