人生のビギナーにエールを送る『坂道のアポロン』レビュー

はちみつのような、甘くすがすがしい青春のあり方

まるで、スプーン一杯のはちみつのような映画だ。ささやかだが、すがすがしく、甘く、尊い。透明感のある口あたりで、深い余韻に満たされる。

1966年の長崎県・佐世保市が舞台。高度成長期真っ只中だった頃の地方都市。とはいえ、日本が元気だった時代に想いを馳せる郷愁に満ちているわけではないし、タイトルにあるように坂道の町がフィーチャーされてはいるが、風光明媚な自然を礼賛する映画でもない。小玉ユキの原作漫画に沿った設定だが、これらのシチュエーションは、青春を純化させた形で見せるために用意されたひとつの「内装」に過ぎない。

幼馴染の律子(小松菜奈)と千太郎(中川大志) / ©2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 ©2008 小玉ユキ/小学館
幼馴染の律子(小松菜奈)と千太郎(中川大志) / ©2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 ©2008 小玉ユキ/小学館

親戚の家に預けられた少年・西見薫(知念侑李)がいる。都会からやって来た彼は高校で一人の不良・川渕千太郎(中川大志)と出会う。強面だが音楽を愛する心を持ち、ドラムを叩く彼に魅せられ、薫はジャズの世界にのめり込む。もとよりピアノをたしなんでいた薫は千太郎とセッションすることによって、友情を育み、同時に千太郎の幼馴染みであるクラスメイトの心優しい少女・迎律子(小松菜奈)に恋をするようになる。

一緒にいることが自然だった三人の行方を映画は描く。これは友情と恋のストーリーである。

律子(右)と、律子の父親(左・中村梅雀)/ ©2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 ©2008 小玉ユキ/小学館
律子(右)と、律子の父親(左・中村梅雀)/ ©2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 ©2008 小玉ユキ/小学館

男子二人の友情は、薫の恋心が律子に、律子の恋情が千太郎に向いていたことによって瓦解する。ただし、その三角関係は少年の頭の中にしか存在しておらず、フラットに眺めれば、そこにあったはずのものは、少年と不良の友情と、ベクトルの違う恋でしかなかった。しかし、危ういバランスを保っていた三者の間柄は、薫の身勝手な言動によって壊れてしまう。

孤独なエリートである薫にとって、不良の友人・千太郎の存在はかけがえのないものだった。しかし、自身の恋心を抑えられなくなったことで、結果、手放すことになる。痛みと共にある愚かしさ。青春の光と影が、大切に大切に紡がれていく。

キャラクターの心を結ぶ、コミュニケーションとしての音楽

この映画が決して陰鬱にならないのは、音楽による力が大きい。劇中に流れる楽曲それ自体ではなく、薫と千太郎のコミュニケーションツールとしての音楽。プレイするとき、音を奏であうことで、一期一会の時空が生まれる。その表情にこそ、映画は最大限の敬意を払っている。すべてを掬い取り、抱きしめ、エキスを抜き出し、澄んだ最良の部分だけを提示する。そうすることで、はちみつのような口あたりが生まれるのだ。

律子の父親が経営するレコードショップの地下では、毎日、千太郎たちがセッションを行う/ ©2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 ©2008 小玉ユキ/小学館
律子の父親が経営するレコードショップの地下では、毎日、千太郎たちがセッションを行う/ ©2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 ©2008 小玉ユキ/小学館

たとえば、プレイヤーが共演者に送る目配せ。視線と視線とは必ずしも交錯しなくても構わない。相手の視線を感じることで、心のハーモニーが生まれる。もっと言えば、相手を現実には見ることなく、心で見て、細胞で存在を感じることが、音楽のセッション中には起こりうる。見る=見られるの関係は、突き詰めて言えば、実際に目で見て確かめる必要がない。そして、それこそが真の信頼の証だ。

この、見る=見られるの信頼関係は、さらに律子が二人のセッションを見つめるというまなざしによって、三位一体を成す。

ドラムをプレイする千太郎/ ©2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 ©2008 小玉ユキ/小学館
ドラムをプレイする千太郎/ ©2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 ©2008 小玉ユキ/小学館

三木孝浩は『アオハライド』(2014年公開)『青空エール』(2016年公開)など、キラキラした青春映画に定評のある監督だが、もともとはMV出身である。音楽と映像の融合だけではなく、音楽をプレイすることの愉悦と崇高を余さずカメラに収める能力がここでは際立っている。

物語に美しさを加える、アマチュアリズム

重要なのは、彼らが音楽によって何かを目指していたわけではない、という点だろう。彼らはプロになることに憧れていたわけではないし、音楽で食べていくことを夢想したわけでもなかった。

この映画が美しいのは、彼らの(無意識のままの)アマチュアリズムが根底にあるからだ。若者が輝きを放つのは、人生の初心者であるからに他ならない。ビギナーだから、友情においても、恋においても失敗することがある。だが、失敗のない人生ほどつまらないものもない。

千太郎と薫のセッションを見て、心震わせる律子の様子/ ©2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 ©2008 小玉ユキ/小学館
千太郎と薫のセッションを見て、心震わせる律子の様子/ ©2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 ©2008 小玉ユキ/小学館

出会いも、別れも、再会も、すべて音楽のセッションがそのときの彼らの心情を肩代わりする。そうすることで、密かなコンプレックスの物語でもあったものが、軽やかな解放のストーリーとして羽ばたいていくことになる。初心者だからこそ享受できる、スプーン一杯のはちみつ。味わいはきっと、観客の数だけある。

『坂道のアポロン』メインイメージ/ ©2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 ©2008 小玉ユキ/小学館
『坂道のアポロン』メインイメージ/ ©2018 映画「坂道のアポロン」製作委員会 ©2008 小玉ユキ/小学館(サイトを見る

リリース情報
『坂道のアポロン』

2018年3月10日(土)より全国公開中

監督:三木孝浩
脚本:高橋泉
原作:小玉ユキ『坂道のアポロン』(小学館「月刊flowers」FCα刊)
主題歌:小田和正“坂道を上って”
出演:
知念侑李
中川大志
小松菜奈
真野恵里菜
山下容莉枝
松村北斗(SixTONES/ジャニーズJr.)
野間口徹
中村梅雀
ディーン・フジオカ
配給:東宝=アスミック・エース



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