英国の音楽シーンを取り巻く状況とストリーミングサービスの功罪
昔も今も、英国は新しいエレクトロニックミュージックの宝庫だ。2010年代に入ってからだけでも、ジェイムス・ブレイクやThe xx(及びJamie XX)が世界的にブレイクを果たし、リタ・オラ、CHARLI XCX、そしてカルヴィン・ハリスと新曲を発表したばかりのデュア・リパと、近年の英国発の人気女性シンガーも、そのトラックの多くはEDM以降のエレクトロニックサウンドである。
FKA twigsのようなエクスペリメンタルシーンを牽引する突出した存在や、MURA MASAのように米国ラップシーン最前線のラッパーたちからも一目を置かれている先鋭的なトラックメイカーなど、シーンを超越した才能にも事欠かない。
もっとも、それら2010年代以降の英国出身の人気アーティストの多くは、北米の音楽シーンを経由して世界と繋がってきた事実がある。日本の音楽ファンの実感とはちょっと違うかもしれないが、ジェイムス・ブレイクはビヨンセやケンドリック・ラマー、Jay-Zが頼りにする先鋭的なサウンドクリエイターとして広く知られるようになり、The xxも初期においてはドレイクやリアーナにトラックをサンプリングされたことで注目を浴びたという経緯があった。
リアーナにサンプリングされたThe xxの“Intro”を聴く(Spotifyを開く) The xxの“Intro”をサンプリングしたリアーナの“Drunk On Love”を聴く(Spotifyを開く)そもそも、基本的にSpotifyやApple Musicがインフラとなった今、英国訛りのボーカルやラップが耳についたりする場合は別として、ストリーミングサービス上に並べられたアーティストがどこの国の出身であるかなんて、一般的なリスナーはほとんど意識することがなくなっている。
ここ10年、アデルやエド・シーランといったスーパースターは輩出してきたものの、音楽シーン全体は停滞が続いていると言われてきた英国のミュージシャンにとって、ストリーミングサービスによるグローバル化のポジティブな面としては、世界的ヒットのチャンスが広がったことと言えるし、ネガティブな面としては独自性が薄まっていく可能性があることだと言える。
ポストRhyeの新星。ヘンリー・グリーンの音楽を紐解く、いくつかの要素
英国のブリストル出身、現在22歳のソングライター / プロデューサー、ヘンリー・グリーンの1stアルバム『Shift』を聴いて最初に強く感じたのは「これは英国でしか生まれ得ない音楽だな」ということだった。
ヘンリー・グリーン『Shift』ジャケット(Amazonで見る)
サウンド的にはBonoboの作品や、もう少しフォークトロニカ寄りの(近年はアンビエント的な作風に移行しているが)一時期までのBibioの作品、あるいは歌モノに移行してからのMetronomyあたりを思わせる。性別不詳なボーカリゼーションや、ソウルミュージック寄りのソングライティングは、今年、1stアルバムから一転して生音を全編にフィーチャーした見事な2ndアルバム『Blood』をリリースしたばかりのRhyeに近い。
Rhyeはカナダ・トロント出身のソングライター、マーク・ミロシュを中心とするユニットだが、そもそも彼の最大のインスピレーションとなってきたSadeはロンドンで結成された英国のバンドだ。
ヘンリー・グリーンがフェイバリットとして挙げているミュージシャンは、前述したBonoboのほか、Four Tet、Mount Kimbie、Bon Iver、ジョン・ホプキンス、ニルス・フラーム、オーラヴル・アルナルズなど。インタビューによっては坂本龍一の名前も挙げていて、現代の若者らしいボーダレスな耳の持ち主であることがわかるが、全体的にはかなり英国のエレクトロニックミュージック寄りといっていいだろう(この手の質問に対して、ラップ系アーティストの名前を出さないこの世代の白人ミュージシャンは最近では珍しい)。
また、近年英国のエレクトロニックミュージック系アーティストには名前だけ見るとユニットなのかソロなのかまったくわからないアーティストも多い中、ヘンリー・グリーンはそのまま本名(おそらく)を名乗っているだけに、楽曲も、その歌詞も、パーソナルなシンガーソングライター色が強い。
ロバート・ワイアットの系譜を継ぐ、ブリストルのDNA
ブリストルと言えばイギリス西部最大の港町ということもあって、歴史的にジャマイカからの移民が多かった。その風土を背景に、1990年代にはMassive Attack、Portishead、Trickyを筆頭とする「トリップホップ」と呼ばれたUKヒップホップの一大潮流の発信源となり、その発展系でもある「ドラムンベース」の中心人物ロニ・サイズも登場したわけだが、自分が『Shift』を聴いて思い浮かべたのはそれより二世代ほど前の「ブリストル出身ミュージシャンの偉人」、元Soft Machineのロバート・ワイアットの作品だ。
最初に聴いた時に「これは英国でしか生まれ得ない音楽だな」と思ったのも、ロバート・ワイアットの作品の根底に常に流れ続けていた、「1960年代以降、最も英国らしい音楽」と言ってもいいカンタベリーロックの伝統をそこに聴き取ったからかもしれない。
ロバート・ワイアット『Rock Bottom』(1974年)を聴く(Spotifyを開く)フランク・オーシャンを輩出したことでも知られるOdd Future(Odd Future Wolf Gang Kill Them All)のリーダー、Tyler, The Creatorは、昨年のアルバム『Flower Boy』のインスピレーション源として、Soft Machineの名前を挙げていた。また、TylerはEverything But The Girlの大ファンで、同作収録の“November”では、当初ボーカリストとしてトレイシー・ソーンをフィーチャリングしようとしていたとも明かしている。
そんないくつかのエピソードから、ロバート・ワイアットとベン・ワット(Everything But The Girl)のコラボレーションによって生まれた1982年の名作『Summer Into Winter』のことが頭をよぎったのは自分だけだろうか。
ベン・ワット『Summer into Winter』(1982年)を聴く(Spotifyを開く)ちょっと話が脱線してしまったが、近年、英国のミュージシャンが「世界」に発見されるルートには、「英国らしさ」を脱臭していく方向だけでなく、逆に「英国らしさ」を突き詰める方向もあるということだ(それは、英国のミュージシャンに限らず日本のミュージシャンにも言えることだろう)。そういう観点からも、ヘンリー・グリーンの「英国らしさ」が端々から零れ落ちてくる、繊細でパーソナルなエレクトロニックミュージックは注目に値する。
ヘンリー・グリーンを聴く(Apple Musicを開く / Spotifyを開く)
- リリース情報
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- ヘンリー・グリーン
『Shift』(CD) -
2018年4月18日(水)発売
価格:2,592円(税込)
TUGR-053
1.i
2.Aiir
3.Shift
4.Another Light
5.Stay Here
6.We
7.Without You
8.Contra
9.Diversion
10.Something
- ヘンリー・グリーン
- プロフィール
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- ヘンリー・グリーン
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現在22歳のヘンリー・グリーンは、イギリス西部にある港湾都市ブリストルに生まれた。このソングライター/プロデューサーであるヘンリー・グリーンの名前が注目されるようになったのは2013年10月。ノルウェーの大人気プロデューサーであるKYGO(カイゴ)が、グリーンがカバーしたMGMTの「Electric Feel」をリミックスしてSoundCloudにアップしたことから始まった。たちまち広まり、今では1000万回再生を達成している。2015年6月にデビューEP『Slow』、続く2017年2月に2nd EP『Real』をリリースし各ストリーミングサービスでも話題に。待望のデビュー作『Shift』を2018年にリリースし、遂に日本デビューを果たす。
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