「漂流物」が面白い。500年続く寺生まれの芸術家、占部史人が語る

漂流物や神話の要素を作品に落とし込む占部のレクチャーとワークショップを振返る

たとえば浜辺で、どこかから流れついた漂流物を見つけ、海の向こうと自分の立つ場所のつながりを感じる―。そんな経験を持つ人は、決して少なくないだろう。1984年生まれの占部史人は、こうした無作為の漂流物のようなものの移動や、島々の神話に描かれたモチーフの連続性に着目し、それらを彫刻とドローイングを組み合わせたインスタレーション作品に落とし込んできたアーティストである。4月25日に、彼のレクチャー『何処でもない / あらゆる場所』が、代官山AITルームで開催された。

『空いろの島』2012年 展示風景、あいちトリエンナーレ プレイベント、愛知県佐久島
『空いろの島』2012年 展示風景、あいちトリエンナーレ プレイベント、愛知県佐久島

NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト](以下、AIT)が運営する現代アートの学校MAD(Making Art Different)では、2017年度のテーマとして、「全体に関わる」という意味を持つ「ホリスティック(Holistic)」を掲げている。このテーマには専門化や商業化が進んだ現代アートシーンのなかで、その営みをいま一度、食や環境、宗教など、生活に関わる総合的な視野で捉えるという狙いがある。占部のトークイベントはそのレクチャーの一環として行われたものだ。

またそれに先立つ3月12日には、アーティストの視点とあらゆる子どもたちの想像力の交差を目指す、AITと日本財団によるプロジェクト「dear Me」の取り組みとして、児童養護施設「星美ホーム」を舞台に、占部による子供向け造形ワークショップが実施された。アートの輪郭を捉え直そうとするAITが、彼の作品に注目するのはなぜか。MADプログラム・ディレクター、ロジャー・マクドナルドも交えたトークの内容をレポートする。

ワークショップのはじめに、子供たちに説明をする占部史人 Photo:Yukiko Koshima
ワークショップのはじめに、子供たちに説明をする占部史人 Photo:Yukiko Koshima

仏教哲学を学んだ視点から、仏教の思想ともつながる作品を作り出す

愛知県にある500年続く浄土真宗の仏教寺に生まれた占部は、約3年にわたり僧侶となるための教育を受けた、珍しい出自を持つアーティストだ。彼の制作には、この仏教哲学から学んだ視点が通底している。

彫刻を学んでいた大学時代には、流れ去るものをつなぎとめようと最愛の祖母をモチーフに作品を制作したものの、いずれは年老いて行く身体と変わらない彫刻作品とのギャップを前に、「永遠には残らないということを作品にした方が、永遠なのではないか」といった、一見矛盾した認識を得たという。「この世界に永遠に存在するものは何ひとつない」と説く、仏教の「空」の思想とのつながりも感じられるエピソードだ。

最初期の作品には、こうした壮大な時間のスケールのなかで、人工物の儚さを問うようなものが多い。2010年の『こけのむすまで』は、廃材で作った自動車のオブジェによるインスタレーション。2008年の『遺跡(居酒屋)』は、身近にある居酒屋を遺跡のように見立てたオブジェだ。

占部の作品は、基本的に漂流物や屋外で拾い集めた素材をもとに作られる。朽ちたブリキ板の色そのものを生かした絵画には、作為と無作為の境界への関心も感じられる。

占部:人間が、価値があると思って集めたものも、時を経て人間がいなくなったらそんなことは関係なく、美術作品も普通のものと変わらないのではないかという関心がありました。仏教を学んで良かったのは、世間を俯瞰的に見る視点を学べたこと。仏教というとすぐに「宗教」だとラベリングされがちだけど、僕は、世界のひとつの見方を示した哲学だと捉えています。

『こけのむすまで』2010年
『こけのむすまで』2010年

『バラック』2008年 Courtesy of the artist and GALLERY SIDE2
『バラック』2008年 Courtesy of the artist and GALLERY SIDE2

震災後、占部の関心は国境を越えた世界に拡大する

東日本大震災後には時間という縦軸に加え、空間という横軸、つまり現在手がけているような国境を越えた事物の行き来へと関心が広がった。震災によって従来の作品の世界が現実になってしまったと感じ、約1年間制作することができなかったという。そして、ブランクを経て新たに描いたのが、『航海図』のような海の光景だった。

『航海図』2011年 個人蔵 Photo:瀧岡健太郎
『航海図』2011年 個人蔵 Photo:瀧岡健太郎

そこから占部は、日本人のルーツを南方に求めた民俗学者・柳田國男の著作である『海上の道』などにも刺激を受けつつ、古代からの日本と南洋、そして世界との関係を示唆する作品を展開していく。2015年にはイタリアにアーティスト・イン・レジデンスで滞在。翌年には、西洋から東洋へと大陸を移動してきた宝物や知恵を描くインスタレーション『蜜の流れる大地』を制作し、GALLERY SIDE2で展示した。

『蜜の流れる大地』展示風景 2016年 Courtesy of the artist and GALLERY SIDE2
『蜜の流れる大地』展示風景 2016年 Courtesy of the artist and GALLERY SIDE2

こうした制作のあり方を、マクドナルドは「拡張的でユニーク」と話す。「ピカソなどかつての巨匠は、時間的にも空間的にも広く人間の営みを捉えていました。しかし現代に近づくにつれ、そうした壮大さは躊躇されるようになり、喫緊の問題が多く扱われるようになった。緊急の課題も大事だが、それだけでいいのか。史人の作品には、仏教哲学を学んだからこその、より俯瞰的に世界を見る現代では珍しいユニバーサル(普遍的)な感覚があります」。

最近の制作ではふたたび南の海に目を戻し、アジアやオセアニアの島々に伝わる神話のリサーチに基づいた作品を手がけている。じつはユーラシア大陸をモチーフにした作品を制作したあと、次の行き先に迷っていたという占部。そこから神話という新しい切り口を得たのは、先にも触れたワークショップの準備期間を通してだったという。

自由に想像する子供の思考に、神話との共通性を感じる

児童養護施設「星美ホーム」で行われたワークショップ「空とカタツムリ」には、さまざまな事情で親元から離れて暮らす小学1年生から6年生までの17名の子供と、施設のボランティアグループ「星の子キッズ」のメンバーが参加。島々に残る神話から占部が集めた子供向けの話を4つの班ごとに朗読したあと、古い洋書を破ってつないだ即席のキャンバスに、神話に登場するモチーフや世界観を描いた。

ワークショップ用に占部とスタッフが制作した子供向けの神話の冊子 Photo:Yukiko Koshima
ワークショップ用に占部とスタッフが制作した子供向けの神話の冊子 Photo:Yukiko Koshima

古本をつないだキャンパスに絵を描く Photo:Yukiko Koshima
古本をつないだキャンパスに絵を描く Photo:Yukiko Koshima

さらにそれを、占部やスタッフが事前に近郊の海岸で拾ってきた漂流物や粘土、持ち寄った雑貨を組み合わせて自由に立体化。一人ひとり個性豊かな作品ができあがり、完成後にはそれぞれの作品に対して子供同士で活発な意見が飛び交った。

占部やスタッフが海岸で拾ってきた貝殻や流木、漂着物などを選ぶ子供たち Photo:Yukiko Koshima
占部やスタッフが海岸で拾ってきた貝殻や流木、漂着物などを選ぶ子供たち Photo:Yukiko Koshima

色々なかたちの貝殻 Photo:Yukiko Koshima
色々なかたちの貝殻 Photo:Yukiko Koshima

このワークショップの準備のため、神話を多く読んでいた際に、「ものだけでなく、神話に描かれたモチーフのなかにも各地を伝播していったものがあるとわかった」と占部は話す。たとえばタコは、あり得ないもの同士をつなげるトリックスターとして、多くの神話に登場するという。彼は、土地を超えて移動し存在するそうした想像力と、子供の思考は近いと考える。

占部:社会には「これはこうだ」と決められたことや、国やいろいろな枠組みが確固として存在しているように思えます。けれど、各地をわたって日本にもやってきた漂流物や神話上のモチーフを見れば、事物やイメージの世界はもっと自由だとわかる。その場その場を世界とつなげるこうした発想の自由さを、子供たちはもともと持っているのだと思います。

絵の具でマーブル模様のドローイングを描き、ガラス玉を転がして仕上げる Photo:Yukiko Koshima
絵の具でマーブル模様のドローイングを描き、ガラス玉を転がして仕上げる Photo:Yukiko Koshima

大きな貝殻をカタツムリの殻に見立てて彫刻を創作 Photo:Yukiko Koshima
大きな貝殻をカタツムリの殻に見立てて彫刻を創作 Photo:Yukiko Koshima

占部が関心をよせる、事物の移動が見せる自由の感覚。「作品を作りその感覚を共有したい」

占部自身の作品にも、日常の認識を越える、そんな漂流物的な飛躍がある。西洋から東洋へと流転した宝物や、過去から現在へとつながる人々の知恵を描いたさきほどの『蜜の流れる大地』には、東アジアの遺跡で実際に発見された西洋のクピド(キューピッド)像もモチーフのひとつとして登場する。もちろんこれは人の手で運んだものだろうが、占部は「まるでクピドが自分で飛んできたようなイメージも受ける」という。

占部:こうした「イメージの世界」は、現実そのものとも、それと乖離した単なる空想とも違います。そしてそのイメージは、たとえ当時に映像技術があり、像を運ぶ人や動物の姿を撮ったとしても、決して映し得ないもの。僕は作品を作ることで、この事物の移動が見せる自由な感覚を人と共有したい。その自由さは、宗教の考える自由とも近いのかもしれません。

ワークショップを通して自由な想像力からできあがった子供たちの作品 Photo:Yukiko Koshima
ワークショップを通して自由な想像力からできあがった子供たちの作品 Photo:Yukiko Koshima

ワークショップを通して自由な想像力からできあがった子供たちの作品Photo:Yukiko Koshima
ワークショップを通して自由な想像力からできあがった子供たちの作品Photo:Yukiko Koshima

考えれば占部が土台としてきた仏教もまた、人々の想像力の伝播によって、陸と海を渡り日本にやってきたものだ。目の前にある事物から遡行して、この世界の大きな流れと、そこにある自由さを感じること。占部の作品には、現代にとって示唆的なそんな視点が貫かれている。

イベント情報
ワークショップ『空とカタツムリ』
(AIT×日本財団dear Meプロジェクト)

2017年3月12日(日)
時間:10:30~16:30
会場:東京都 児童養護施設 星美ホーム
主催:AIT
共催:日本財団、H28年度アーツカウンシル東京 芸術文化による社会支援事業
協力:星の子キッズ
素材協力:リキテックス

レクチャー『何処でもない / あらゆる場所』(MAD2017)

2017年4月25日(火)
時間:19:00~21:00
会場:東京都 代官山 AITルーム

サイト情報
dear Me

現代アートの教育プログラムやアーティスト・イン・レジデンス、また数々の展覧会企画など、17年に渡り多様なプラットフォームを形成してきたNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]が日本財団との共催で行う、これまでの経験や情報の蓄積を通して、アーティストの視点や思考と、あらゆる子供たちの表現力や想像力が交差することやアートを通じて様々な人が集う場を目的とした新たなプログラム。現在は、子供や若者たちに向けた美術館訪問や、国内外のアーティストと共に企画するワークショップ、また、専門家や子供に関わる方にインタビューを行うプログラムなどが行われている。

プロフィール
占部史人 (うらべ ふみと)

1984年愛知県生まれ。愛知県立芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。仏教寺の子息として生まれ、僧侶としての教育を受けながら、現代美術の分野で作品を発表。近年の主な展覧会に「蜜の流れる大地」(GALLERY SIDE2、東京、2016年)、「空いろの島」(あいちトリエンナーレ2013プレイベント、佐久島、2012年)、「占部史人ワークショップ作品展」(水戸芸術館現代美術ギャラリー、2012年)、グループ展に「赤い米の来た道」(James Cohan Gallery、上海、2014年)、「シャルジャ・ビエンナーレ11」(アラブ首長国連邦、2013年)などがある。シャルジャ・ビエンナーレ11 優秀作品賞受賞。



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