『ブラックパンサー』になぜケンドリック・ラマーが起用された?

ラッパー、ケンドリック・ラマーの抱える葛藤と使命

望むと望まざるとにかかわらず、大きな影響力を持つ人間がいる。ケンドリック・ラマーは、自分がその一人だと自覚しているアーティストだ。自らが持つ影響力の使い道に苦悩する彼の様子は、数々のメディアで年間ベストアルバムに選出された『To Pimp a Butterfly』(2015年)で全編にわたって描かれている。

ケンドリック・ラマー
ケンドリック・ラマー

『To Pimp a Butterfly』収録曲“i”

その影響力の大きさに自覚的だからこそ、発言には慎重さが伴う。インタビューで目にする彼の言葉は、楽曲で我々の耳を楽しませてくれるスキルフルなラップからは想像もつかないほどに慎重だ。社会派ラッパーの代表格としてメディアに持て囃され、反トランプのリーダーとしての期待を一身に背負いながらも、政治的なスタンスを表明することは最小限に抑え、自分がいかに完璧な人間でないかをこれまで幾度となく強調してきた。

『第60回グラミー賞』のラップ部門を総ナメにした最新作『DAMN.』(2017年)においても、「傲慢 / 謙虚」「色欲 / 愛」といった、自らの二面性をテーマとして取り上げ、自分が聖人君子でないことを強調しているかのようだった。

『DAMN.』収録曲“LOYALTY.”

それでも、ケンドリック・ラマーには覚悟がある。衝撃的なメジャーデビュー作となった『good kid, m.A.A.d city』(2012年)では、母親からこう言われていた。

「あなたのストーリーを、コンプトン(=ケンドリックの出身地)の黒人やヒスパニックの子供たちに伝えなさい。あなたも彼らと同じだったけど、暴力が蔓延る暗い場所から立ち上がり、ポジティブな人間になったって伝えるのよ。でも、成功したら、励ましの言葉で還元するのを忘れないで。それが、あなたの育った街への一番の恩返しだから」(収録楽曲“Real”より)

力を持つ人間には、果たすべき役割がある。スターとしての重圧に苦しみながらも、その役割を全うすべく、ラップで自らのストーリーを、そしてポジティブなメッセージを伝えている。それがケンドリック・ラマーというラッパーなのだ。

『good kid, m.A.A.d city』収録曲“Real”

豪華アーティストの楽曲は、どう映画『ブラックパンサー』を彩った?

映画『ブラックパンサー』のライアン・クーグラー監督は、そんなケンドリックと所属レーベル「Top Dawg Entertainment」(通称「TDE」)のCEOであるアンソニー・“トップ・ドッグ”・ティフィスに、同作のインスパイア・アルバム『Black Panther: The Album』のプロダクションを依頼、熱望した。

全米で2月16日に封切られた本作は、映画史上歴代5番目となるオープニング週末興収を記録。さらに、翌月曜日も含めた公開4日間の興収は、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』に次いで歴代3番目という驚異的な数字を叩き出した。マーベル・スタジオ作品初の黒人ヒーロー、『フルートベール駅で』や『クリード チャンプを継ぐ男』を手がけたライアン・クーグラー監督の起用といった要素に加え、同作公開のちょうど1週間前にリリースされた、ケンドリックらによる気合の入ったこのアルバムも、その人気を後押ししているといえるだろう。

映画『ブラックパンサー』ポスター/©Marvel Studios 2018 All rights reserved.
映画『ブラックパンサー』ポスター/©Marvel Studios 2018 All rights reserved.(サイトを見る

『Black Panther: The Album』
『Black Panther: The Album』(Amazonで見る

『ブラックパンサー』は、アフリカの秘境にある超文明国家ワカンダで、亡き父の後を継ぎ王位に就いた、ティ・チャラ / ブラックパンサー(チャドウィック・ボーズマン)の物語だ。テクノロジーの資源として同国で産出される、強大なパワーを秘めた希少鉱石=ヴィブラニウムが悪の手に渡らぬよう、ティ・チャラは奮闘するが、敵役エリック・キルモンガー(マイケル・B・ジョーダン)にまつわるある真実を知ると、心が大きく揺れ動く。

日本のラッパー、SKY-HIがラップで映画『ブラックパンサー』を紹介するCM

アクションあり、SNS時代を反映したユーモアありの本作を、ケンドリックのレーベルメイトであるSZAやScHoolboy Qらを含む人気のUSアーティストに加えて、南アフリカのアーティスト四人を起用した『Black Panther: The Album』の楽曲は盛大に彩っている。ティ・チャラ一行が韓国・釜山のカジノを舞台にしたミッションに向かう場面は“Pray For Me”のラグジュアリアスな雰囲気が演出。続くカーチェイスのシーンには“Opps”の疾走感溢れるビートとラップがマッチしている。そして、SZAの参加した壮大な“All The Stars”は、フィナーレを心地よく仕上げていた。

『Black Panther: The Album』収録曲“Pray For Me”

ケンドリックの楽曲と共通する、『ブラックパンサー』に込められたメッセージ

何よりも特筆すべきは、本作のメッセージが、ケンドリックが自身の音楽でたびたび発してきたそれと驚くほどリンクしている点だ。ティ・チャラもまた、国王としての責任と重圧に葛藤しながら、強大な力の使い道に思い悩んでいた。

その葛藤が引き金となり、祖国ワカンダは真っ二つに分裂、対立してしまう。しかしある出来事をきっかけに彼は葛藤を乗り越え、今度は覚悟を持って、分断ではなく団結を呼びかける。

睨み合うキルモンガー(左)とティ・チャラ(右)/©Marvel Studios 2018 All rights reserved.
睨み合うキルモンガー(左)とティ・チャラ(右)/©Marvel Studios 2018 All rights reserved.

『Black Panther: The Album』収録曲“Pray For Me”

こうして、それまで世界から隔絶していた超文明国家ワカンダは、その強大な力を独占するのではなく、世界のために役立てようとする。キルモンガーが目論んでいたように憎しみを持って人々を拒絶するのではなく、愛を持って包容することを標榜しながら。

『ブラックパンサー』の発するメッセージは、いまの時代でこそ輝きを放つ。テクノロジーが日進月歩で発展していくこれからの時代だからこそ、力を持つ人間には相応のハートが求められるだろう。国境に壁を築いている場合ではなく、同じ人間として、憎しみよりも愛をもって他人と接したいと素直に思わせられる。

耳を塞ぎたくなるようなニュースの数々で、世界はどんな方向に向かっているのだろうと心配になることもあるかもしれない。それでも、ケンドリック・ラマーの音楽に、そして映画『ブラックパンサー』に心打たれる人間が少なからずいるのだから、僕らはきっと大丈夫(We gon' be alright)なのだと信じられる。

『To Pimp A Butterfly』収録曲“Alright”

ブラックパンサー/©Marvel Studios 2018 All rights reserved.”
ブラックパンサー/©Marvel Studios 2018 All rights reserved.

公開情報
『ブラックパンサー』

2018年3月1日(木)から全国公開

監督:ライアン・クーグラー
出演:
チャドウィック・ボーズマン
ルピタ・ニョンゴ
マイケル・B・ジョーダン
マーティン・フリーマン
アンディ・サーキス
レティーシャ・ライト
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

リリース情報
V.A.
『Black Panther: The Album』

2018年2月9日(金)配信リリース
価格:1,900円(税込)

1.Black Panther
2.All the Stars
3.X
4.Ways
5.Opps
6.I Am
7.Paramedic!
8.Bloody Waters
9.King's Dead
10.Redemption(Interlude)
11.Redemption
12.Seasons
13.Big Shot
14.Pray for Me

V.A.
『Black Panther: The Album』(CD)

2018年2月28日(水)発売
価格:2,700円(税込)
品番:UICH-1008



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