平成最後の「映画の日」に発表。若者の有料会員会費を引き下げ
東京・立川の映画館シネマシティが「次世代映画ファン育成計画」と銘打ったプロジェクトを発表した。
平成最後の「映画の日」である12月1日に発表されたこのプロジェクトは、その名の通り次世代の若い映画ファンを育てることを目的としている。一風変わっているのは「ベテラン映画ファンが次世代の映画ファンを育てる」という形式を提案していることだ。
具体的な内容は料金プランの変更である。①これまで60歳以上が対象だった「シニア割引」の対象年齢を70歳以上に引き上げること、②同一作品鑑賞で一方が50歳以上の場合適用される「夫婦50割」制度の廃止、③有料会員「シネマシティズン」の6か月会費を24歳以下に限って600円から100円に引き下げること、の3点が発表されている。中高年の来場者にとっては割引プランの適用範囲が少なくなるが、その分が若い映画ファンに還元される、という仕組みをとっている。
立川シネマシティといえば、映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の上映のために数百万円もするサブウーファーを導入して行なった『極上爆音上映』でも大きな話題を集めた。都心からやや離れた街に位置し、チェーンに属していないシネコンながら、地元の人だけでなく映画ファンからも広く愛されている。そんなシネマシティが新たに若者をターゲットにした施策を立ち上げたのはなぜなのか。また映画ファンが映画ファンを育てる、という形式をとった意図はどのようなものなのか。シネマシティ株式会社の企画室長・遠山武志氏の言葉と共に探っていきたい。
「若い人々にもっと映画を見てもらいたい」というシンプルな動機
シネマシティのウェブサイトには、「次世代映画ファン育成計画」の立ち上げにあたって「『生まれて初めて観た映画は、スマートフォンで』ということがすでに現実化しているからこそ、映画館のあの体験を、味わってもらいたい」との熱い想いが綴られている。
プロジェクトの背景には映画館を訪れる若者が減少しているという危機感よりも、「若い人々にもっと映画を見てもらいたい」という積極的かつシンプルな考えがあるのだという。
今だから行うというより、かなり前からやりたかったことを諸々積み重ねてきてようやく形にしたということですね。シネマシティには若いお客様に今もたくさんご来場いただいています。
観たいと思った時の負担を軽くする、というインフラ作り
「次世代映画ファン育成計画」はあくまで若者が映画を観たいと思った時に、観ることのできる環境づくりに主眼が置かれているようだ。若者向けの上映プログラムを作ったり、若者にクラシック映画を紹介したりと映画について啓蒙するのではなく、映画を映画館で鑑賞する際の経済的負担を減らすことが目的となっている。
ここ10年以上シネマシティがやってきた様々な上映企画やシネマシティズンという有料会員制度は、年齢や性別やワークスタイルという分別軸で考えるのではなく「映画ファンか否か」という軸だけで考えています。性や年齢、ワークスタイルでの区別は作品内容によって自然発生するもので、映画館が意図的に行う必要はないと考えます。
60代の方が深夜アニメの劇場版を好きでもいいし、10代のオードリー・ヘップバーンファンがいてもいい。映画館が「若者なんだからこれを観ろ」というのは不要なおせっかいかと思います。
それぞれに観たい作品を観ればいいのです。ただ観たいと思った時の負担を軽くするというインフラだけ作っておけばいいと考えています。これが一番重要な点です。シネマシティはこれまで通り、映画ファンや音楽ファンのための映画館であり続けられるよう努力を続ければ良いと考えています。
今、低収入にあえいでいるのは若者の方。「映画館鑑賞の快楽を知ってもらい、映画館の未来を創る」
ただ若者の入場料を引き下げるのではなく、ベテラン映画ファンが彼らを育てる、というスタイルをとった理由については次のように明かしてくれた。
現状は60代の方よりも専門生、大学生の方が高額の入場料金です。しかし現在の60代はシニア割引が始まった1972年の60代とはまったく状況が異なると思います。現在の60代が、若者に支えられているという料金構造は時代にそぐわないのではないかと考えました。
むしろ非正規雇用問題に代表されるように、低収入によってあえいでいるのは若者のほうで、大人が若者を支える、という方が適切であると考えます。それに、多感な時期に観た映画ほど素晴らしい映画はないと思いますので、その世代をこそ優遇することで、映画館鑑賞の快楽を知っていただき、映画館の未来を創るのです。
「人のため、しかも自分と同じものを愛している人のために、なにかをしてあげたいと考える人が少なければ、この社会は成り立っていないはずです」
「次世代映画ファン育成計画」は映画館や映画ファンの未来を担う意欲的なプログラムである一方、これまでシネマシティを訪れていた中高年のファンにとっては値上げを意味する。シニアの来場者が減ってしまうリスクも想定されるが、遠山氏の言葉からはシネマシティを訪れる映画ファンへの信頼が覗く。
もちろん失ってしまうお客様もいると思いますが、安く観ることよりも、高い質でご覧になりたいと考えるお客様が少なくないことは、これまでの経験でわかっています。シネマシティが目指しているのは、そういう映画館です。
またいくらか高く支払ったとしても、隣で一緒に観ていた若者が終映後に大感激していたら、こんなに喜ぶなら数百円はむしろ安い、だからもっと観て欲しい、とお考えになる映画ファンは少なくないのではないか、と考えています。そしてその手軽な手段の提供はエンタテイメントであるはずです。
そもそも人のため、しかも自分と同じものを愛している人のために、なにかをしてあげたいと考える人がそんなに少なければ、この社会は成り立っていないはずです。
またシネマシティの有料会員サービス「シネマシティズン」には年会費1,000円で誰でも入会できる。今回のプランで負担金額が大きくなる熱心な映画ファンでまだ会員でない人については、シネマシティズンに入会すれば、場合によってはシニア割引だけの時よりも値下げになるという。シネマシティズンの会員は、入場料金が平日1,000円、土日・祝日1,300円になるほか、様々な特典が受けられる。
映画館で映画を観ることの意義は? 「没頭と共感」「プライベート性とパブリック性のハイブリッドな空間」
いまやNetflix、Hulu、Amazon Prime Videoをはじめとする国内外の定額配信サービスによって、家にいながらにして、また移動中に、スマートフォンやタブレットを使って手軽に膨大な数の映画を観ることができる。そんな時代において映画館で映画を観ることの意義や魅力についても伺った。
日常の遮断と同じものを愛する人たちとの淡い紐帯を感じること。これが映画館での映画鑑賞の魅力のエッセンスだと考えています。シンプルに言えば、没頭と共感です。
もう少し突き詰めると、映画館とは、暗闇というプライベート性と他者が集うパブリック性のハイブリッドな空間です。暗闇が没頭を生み、しかし他人がいるということが行動にある種の枷を課します。この構造が、映画という他人の物語を外部から眺めつつ、感情移入していくという映画とその観客の在り方の構造に相似していることに、映画館で観る快楽の秘密があると考えています。
「この国にひとつだけ、なんだか奇妙なシネコンがある、という多様性が、映画文化を豊穣にすることに貢献できたら」
シネマシティのオフィシャルサイトでは「次世代映画ファン育成計画」について「映画のために映画ファンができることを、具体的にご用意しました」と記されている。
映画館には映画館でしか味わえない鑑賞体験がある。その体験の魅力を若い映画ファンに提供し、次世代を繋げていくこと。映画館の魅力を知る中高年の映画ファンを巻き込みながら、その体験のハードルを下げることを目指すシネマシティの取り組みは、まさに「映画のために映画ファンができること」なのかもしれない。
シネマシティは立川市にしかない、たったひとつの映画館で、今回の改定も大勢にはまったく影響がないものです。またシネマシティの近隣にもいくつもシネコンがありますので、お客様に値上げが強制になるということでもありません。
大手シネコンチェーンの寡占化が進むことによる映画館の画一化を、サービスの安定化とみて良しとするという考え方もあれば、ヴァリエーションが減り寂しいとする考え方もあると思います。
この国にひとつだけ、なんだか奇妙なシネコンがある、という多様性が、ささやかなれども映画文化を豊穣にすることに貢献できたら良いと考えています。
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