自分の体温を知るには、誰かと体を重ね合わせるのが一番いい
YUKIのソロ9作目となるフルアルバムは、『forme』と名付けられている。読み方は「フォルム」。「形」や「形式」という意味のフランス語だ。
では、本作はどのような「フォルム=形」によって成り立っているのか? 恐らく「フォルム」とは、「身体」ということでもあるのだろう。以下のように、本作の歌詞表現において、YUKIは身体的なモチーフを随所に散りばめている。
<あなたの声が聞きたいの 心より身体で感じたいの>(“チャイム”)
<流れる血が 私を女だと知らせる>(“百日紅”)
<でたらめのメロディ 紡ぐ私の身体>(“24hours”)
日々、老いて変わっていくことも含め、人間にとって身体ほど確かなものはない。ひとりがひとつしか持つことのできない、他の誰とも共有することのできないもの。身体こそが人間の孤独であり、信じられるものだ。
自分はどんな性格の人間か、と、ひとり部屋で自問自答してみたところで、その答えなどわかるはずがない。自分の性格や思考の癖は、他の誰かと言葉を交わすことや、行動を共にすることで見えてくることの方がはるかに多い。同じように、自分の体温を知るには、他の誰かの体に触れることが一番わかりやすいし、自分の体の形を知りたければ、誰かと体を重ね合わせるのが一番いい。YUKIが本作『forme』で試みたのは、そういうことである。
細野晴臣、Chara、堀込泰行、前野健太、STUTS、吉澤嘉代子らが参加
本作において、YUKIはかつてなく個性豊かで多様な作家たちに楽曲制作を依頼している。まるで、恐怖心よりも好奇心が勝る10代の少年少女たちが、興奮と衝動のままに街へとその体を投げだすことで、自身を知っていくように。本作でYUKIは、「自分は一体、どのようなフォルムをしている人間であり、表現者なのか?」という問いかけを、アルバム1枚を通して自分自身に、そして世界に投げかけているのだ。
以下、本作で彼女に楽曲提供 / 編曲で関わった作家たちである。
M.1 “チャイム”(作曲:HALIFANIE 編曲:YUKI、百田留衣、南田健吾)
M.2 “トロイメライ”(作曲:CHI-MEY 編曲:YUKI、CHI-MEY)
M.3 “やたらとシンクロニシティ”(作曲:小形 誠 編曲:YUKI、沖山優司)
M.4 “魔法はまだ”(作曲:吉澤嘉代子 編曲:YUKI、沖山優司)
M.5 “しのびこみたい”(作曲:西寺郷太(NONA REEVES) 編曲:西寺郷太、YUKI)
M.6 “ただいま”(作曲:堀込泰行 編曲:YUKI、沖山優司)
M.7 “口実にして”(作曲:前野健太 編曲:YUKI、前野健太)
M.8 “風来坊”(作曲:津野米咲(赤い公園) 編曲:YUKI、トオミヨウ)
M.9 “転校生になれたら”(作曲:川本真琴 編曲:YUKI、川本真琴、STUTS)
M.10 “Sunday Girl”(作曲:細野晴臣 編曲:細野晴臣)
M.11 “百日紅”(作曲:尾崎世界観(クリープハイプ) 編曲:YUKI、沖山優司)
M.12 “24hours”(作曲:Chara 編曲:皆川真人、Chara、YUKI)
M.13 “美しいわ”(作曲:YUKI 編曲:YUKI)
全曲、歌詞はYUKI自身が手掛けており、プロデュースも10曲目“Sunday Girl”を除いたすべての曲をYUKIが担当。“Sunday Girl”のみ、サウンドプロデュースを細野晴臣が手掛けている。クレジットだけを見ても大きな懐を持った本作を、YUKIはボーカルと歌詞、編曲、そしてセルフプロデュースによる全体的な舵取りによって、自らの作家性の中に統一された作品として仕上げている。
世代を超えた面々であると同時に、ここに集った人々と曲作りを行うことで、「時代」の荒波に飛び込んでいくYUKIの無邪気な横顔を本作からは感じることができる。加えて、1990年代末にユニット「Chara+YUKI」や、バンド「Mean Machine」で共に活動した経験もあるCharaがこのラインナップの中に並んでいることは、25年以上に及ぶYUKIのミュージシャンとしての歴史と本作が、根深く地続きに存在していることを示しているとも言えるだろう。
「2回目のソロデビュー」に込められた意味
この記事を書いている時点で、本作に関する本人のインタビュー記事などはまだ世に出ていないのだが、オフィシャルサイトには、以下のコメントが掲げられている。
『forme』は自分のための2回目のソロデビューのような、フレッシュなアルバムになりました。(YUKI)
「自分のための」「2回目のソロデビュー」――こうした言葉の奥に、YUKIが本作でこのようなチャレンジングな作品作りに挑んだ理由があるのだろう。
『forme』というアルバムタイトルは、恐らく「フォルム=形式=身体」と「for me(自分のため)」のダブルミーニングになっている。YUKIほどの巨大なポップスターが、その表現が誰のためでもない「自分のため」のものであることを、世間に向けて高らかに宣言する。そこにどれほどの覚悟が必要なのかは計り知れないが、「1回目」のソロデビューから17年の月日が流れた今、彼女が再び向き合ったのは、「自分のための表現」であった。欲望の赴くままに、エゴイスティックに、本作でYUKIは、彼女の好奇心をそそったであろう様々な音楽家たちにその身を託すことで、自分自身の表現者としての「フォルム」を吟味し、謳歌している。
しかし、他者に自分の身を託すということは、同時に、その他者からの欲望を一身に引き受けることでもある。本作でYUKIに楽曲提供した作曲家陣にも、もちろん「自分にとってYUKIとはこういう存在である」「YUKIにはこんな曲で歌ってほしい」――そんな欲望があるだろう。
例えば、津野米咲作曲による“風来坊”。この曲はとてもクラシカルなYUKIの楽曲のようにも聴こえてきて、そこに津野のYUKIに対する憧れやロマン、愛情を感じる。そういう意味で、恐らく本作のレコーディングはYUKIにとって、各作家が自身に抱くイメージを引き受ける作業、という側面もあったはず。しかし、それもまたYUKIにとっては、とてもエゴイスティックな「自分のため」の工程だったのかもしれない。名だたるデザイナーたちに「ねえ、私の身体に似合うドレスを作って」と言って回るような、わがままなお姫様のようなYUKIの姿も、本作からは見えてくる。結果として、本作は曲ごとにカラーはバラバラながら、そのすべてが「YUKIっぽい」と形容できるような感触を持っている。
冒頭3曲は、テレビ・映画・ドラマのタイアップソング
また、もちろん、本作は10代や20代の若いミュージシャンが作ったアルバムではなく、25年以上のキャリアを持ち、年齢としても40代後半を迎えた、成熟したひとりの女性ミュージシャンが作り上げた作品である。そこには、衝動やエゴだけでは片づけることのできない、確かな「社会性」も刻まれている。
特に、冒頭3曲。1曲目“チャイム”は『あさイチ』(NHK)のテーマソング、2曲目“トロイメライ”は映画『コーヒーが冷めないうちに』(監督は塚原あゆ子)の主題歌、そして3曲目“やたらとシンクロニシティ”はドラマ『スキャンダル専門弁護士 QUEEN』(フジテレビ)主題歌……と、冒頭はタイアップソングが並んでいる。特にHALIFANIE(“チャイム”)や小形誠(“やたらとシンクロニシティ”)は、2010年代以降のYUKI楽曲を多く共に曲を作り上げてきたパートナーだ。彼らとの楽曲をアルバム序盤に並べることで、本作は、そのはじまりに「みんなのためのYUKI」をしたたかに配置していると言っていい。
きっと「みんなのためのYUKI」が存在することもまた、「YUKIのために」必要なことだったのだろう。総じて本作は、とてもエゴイスティックな方法論で作られたうえで、「世界とYUKI」の関係性を改めて浮き彫りにするような作品である。
アルバム最後は、作詞作曲編曲YUKI自身による楽曲
様々な作家たちが仕立てたドレスを着飾った後に、本作の最後を締めくくるのは、YUKI自身の作曲による“美しいわ”。アルバム1枚を通して様々なドレスを着飾った最後に現れるのは、シンプルなギターの弾き語りと口笛と共に綴られる、まるで裸の身体をベッドに横たえるような、YUKIの歌だ。
<お疲れ様 私 今日も一日中 よくまあ働いたよね
ありがとう 私の身体 いつも本当にどうもありがとう
わかってる
わかってるつもり
頑張りすぎて 大抵はいつも空回り
だけど
世話を焼きたい人が沢山いすぎるんだ
好きな人が沢山いる>
(“美しいわ”)
「世話焼き」という表現が、あまりにもYUKIにぴったりと合致したフレーズだと思った。何故、「自分のため」の作品を今、YUKIは求めたのか? その理由は本人以外知る由もないが、「この表現は自分のためのものである」と、この時代に威風堂々と宣言して見せるYUKIの姿には清々しさを感じさせられる。音楽は誰かのために鳴らされる必要はない。音楽は誰かを救う必要はない。誰が何を投影しようが、YUKIはひとりの人間でしかない。
『forme』で歌われる言葉には、どこか、その年輪に裏づけされた疲労や痛みが漂っている。そのうえで、細やかな祈りや、未来への意志、生きることへの喜び、無邪気な夢想が立ちあがってくる。それこそが、YUKIが、歌を紡ぎ続けることで得た実感なのだろう。
しかしながら、YUKIの類まれなる「優しさ」は、あなたを少しばかり笑顔にするかもしれない。YUKIは世話焼きな表現者だ。もし目の前に今にも泣き出しそうな顔をした人がいたら、彼女は率先して、その人を笑わせようとするだろう。数多の悲しみを知りながら、「世界は美しいよ」と、大らかな強さで言ってのけるだろう。それがYUKIという表現者の「フォルム」である。そんな事実を、たったひとりの場所で、自分自身に改めて突きつけるような形で、このアルバムは終わっていく。“美しいわ”を生み出したとき、YUKIは一体、何を思ったのだろうか。こんなにも「続き」が気になるアルバムは、そうあるものではない。
- リリース情報
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- YUKI
『forme』初回生産限定盤(CD+DVD) -
2019年2月6日(水)発売
価格:4,104円(税込)
ESCL-5180/1[CD]
1. チャイム
2. トロイメライ
3. やたらとシンクロニシティ
4. 魔法はまだ
5. しのびこみたい
6. ただいま
7. 口実にして
8. 風来坊
9. 転校生になれたら
10. Sunday Girl
11. 百日紅
12. 24hours
13. 美しいわ
[DVD]
1. チャイム(Lyric Video)
2. トロイメライ(Music Video)
※DVDは初回生産限定盤のみ付属
- YUKI
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- YUKI
『forme』通常盤(CD) -
2019年2月6日(水)発売
価格:3,240円(税込)
ESCL-51821. チャイム
2. トロイメライ
3. やたらとシンクロニシティ
4. 魔法はまだ
5. しのびこみたい
6. ただいま
7. 口実にして
8. 風来坊
9. 転校生になれたら
10. Sunday Girl
11. 百日紅
12. 24hours
13. 美しいわ
- YUKI
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- YUKI
『forme』完全生産限定盤(アナログ盤) -
2019年3月13日(水)発売
価格:3,780円(税込)
ESJL-3115/6
- YUKI
- イベント情報
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- 『YUKI concert tour “trance/forme” 2019』
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2019年3月9日(土)
会場:神奈川県 厚木市文化会館 大ホール2019年3月10日(日)
会場:神奈川県 厚木市文化会館 大ホール2019年3月19日(火)
会場:埼玉県 大宮ソニックシティ 大ホール2019年3月20日(水)
会場:埼玉県 大宮ソニックシティ 大ホール2019年3月28日(木)
会場:大阪府 フェスティバルホール2019年3月29日(金)
会場:大阪府 フェスティバルホール2019年4月 6日(土)
会場:福岡県 福岡サンパレス ホテル&ホール2019年4月 7日(日)
会場:福岡県 福岡サンパレス ホテル&ホール2019年4月20日(土)
会場:石川県 本多の森ホール2019年4月21日(日)
会場:石川県 本多の森ホール2019年4月28日(日)
会場:神奈川県 神奈川県民ホール2019年4月29日(月・祝)
会場:神奈川県 神奈川県民ホール2019年5月11日(土)
会場:宮城県 仙台サンプラザホール2019年5月12日(日)
会場:宮城県 仙台サンプラザホール2019年5月18日(土)
会場:広島県 広島文化学園HBGホール2019年5月19日(日)
会場:広島県 広島文化学園HBGホール2019年5月31日(金)
会場:兵庫県 神戸国際会館こくさいホール2019年6月1日(土)
会場:兵庫県 神戸国際会館こくさいホール2019年6月8日(土)
会場:北海道 札幌文化芸術劇場 hitaru2019年6月9日(日)
会場:北海道 札幌文化芸術劇場 hitaru2019年6月15日(土)
会場:東京都 東京国際フォーラム ホールA2019年6月16日(日)
会場:東京都 東京国際フォーラム ホールA2019年7月6日(土)
会場:愛知県 名古屋国際会議場 センチュリーホール2019年7月7日(日)
会場:愛知県 名古屋国際会議場 センチュリーホール
- プロフィール
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- YUKI (ゆき)
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1993年、JUDY AND MARYのボーカリストとしてデビュー。2001 年、JUDY AND MARYを解散後、2002年2月にシングル『the end of shite』でソロ活動を開始。先鋭的なサウンドや前衛的なビジュアルで独自の世界観を確立。2012年5月、ソロ活動10周年を記念して開催した東京ドーム公演では、バンドとソロの両方で東京ドーム公演を行った女性ボーカリストとして“史上初”という記録を作り、約5万人を動員。2017 年までに、音楽チャートで1位を獲得したアルバム5枚を含む、8枚のオリジナルアルバムをリリース。独特の歌声、表現、存在感は、あらゆる方面から多くの注目を集め、今後も音楽活動とそれに伴うライブ、アートワークの全てから目が離せない。
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