柴田聡子が綴る、サンティアゴ・バスケスに学んだ音楽の原始的姿

撮影:佐竹邦彦

天皇御即位の儀式の日の、国会議事堂前にて

2019年10月22日、地下鉄の国会議事堂前駅、出口への階段を登って外に出ると、人がほとんどおらずしーんとしている。首相官邸の前を通って坂を下っていくと報道陣っぽい集団が道端で何かを待っている様子。あ、今日は天皇御即位の儀式があるんだっけ。もしかしてこの道、通ってはいけなかったのでは。こそこそ小走りで坂を下りきる。横断歩道の前に立っていた警察官は柔らかい口調で「通りますか~?」と尋ねてくれたし、渡った先の警察官は片一方の靴を脱いで小石か何か取り出そうとしていて私には目もくれていなかったので、まあ大丈夫なんだろうと道を進んでいくと日本財団のビルが見えた。

柴田聡子(しばた さとこ)
1986年札幌市生まれ。大学時代の恩師の一言をきっかけに、2010年より都内を中心に活動を始める。最新作『がんばれ!メロディー』まで、5枚のアルバムをリリースしている。
柴田聡子“涙”

この日開催された『True Colors Festival』(主催:日本財団)期間中のライブイベント『True Colors BEATS~Uncountable Beats Festival~』、元々は代々木公園で行われる予定だったのだが、台風が近づいているということで、急きょ、日本財団ビルに会場が変更されていた。

会場の様子(撮影:佐竹邦彦)

なんとこのビルにまさかこんな空間があるなんて、と驚きつつ、お客さん、出店の皆さん、スタッフ、色んな人たちが入り乱れざわざわと賑わっている片隅に座って待っていると、司会、通訳、手話通訳の方々と連れ立ってサンティアゴ・バスケスさんが出て来て、今日の開催宣言に続き、バスケスさん考案の「ハンドサイン」の話が始まった。身振りを使った演奏の指示であるこの「ハンドサイン」のルールに従うと、誰でも、誰とでも、音楽を演奏できる。

親近感たっぷりに、お~い、バスケスさ~ん! と手を振ってしまいそうになったが、お目にかかるのは2度目である。ちょうど1年前くらい、私もバスケスさんから「ハンドサイン」を教えてもらってそれを使った演奏に参加した。たった3日間のことだったけれど、あれはとびきりの経験だった。その記憶が今の今まで絶えず自分の中で息をしてくれていて、あの後、音楽に、音楽に留まらず色んなことに、良いことがたくさんあったから、つい話しかけたくなった。

この日のイベントディレクターを務めた、サンティアゴ・バスケス(撮影:佐竹邦彦)
この日のイベントディレクターを務めた、サンティアゴ・バスケス

忘れられない、サンティアゴ・バスケスとの思い出

2018年8月22日、大友良英さんがディレクションをされている『アンサンブルズ東京』でのバスケスさんのライブのリハーサル初日。自分がここへ呼んでもらえた不思議についてはあまり深く考えないようにしつつ会場入りしたのをよく覚えている。

お会いしたことのあるミュージシャンの方もちらほら居て、僕も、私も、緊張しています、とぽつぽつ打ち明け合っているとバスケスさんがやってきた。道中で荷物が無くなってしまって大変だったけど大丈夫、元気、よろしく、さあやりましょう、とリハーサルが始まった。

それぞれが、楽器など、自分の好きなもので音を出すことになっていて、私は声だった。持ち物が少なすぎるような気がしてどきどきしていた。音楽の教育も、自由自在に使いこなせるスタイルも持ち合わせていないし。唯一弾ける楽器であるギターも今日は無い。ただなんとなく、全てはどこかでつながっていると信じて、マイク一本ぎゅっと握りしめながらバスケスさんの手から繰り出されるサインを覚えていく。

サイン一つひとつは、イメージと直結しやすく分かりやすい指示だった。覚えるたびにそれを使ってみんなで演奏をしてみる。次にいくつかを組み合わせてみる。そうするとびっくりするくらい素晴らしい音楽が鳴る。もちろんそこに集まった演奏者の個性と手腕や、バスケスさんの指揮の巧みさはあるものの、これがこの時だけであるのが惜しいくらい豊かな音楽が次から次へと生まれてくる。

そして、それはどれも踊り出してしまうほど親しみやすい上に深く面白かった。ひとつのピースが終わるたびに、みんなで息をついて、花びらがほころびるように、はははふふふと笑いが出た。熱くて瑞々しい空気だった。寝かせたパン生地に人差し指を突っ込んだらぷくっと跳ね返ってきたとか、赤ちゃんに話しかけたら一瞬反応してくれたとか、そういう感じの、はじめのはじめのよろこびがあった。

柴田聡子が参加した『アンサンブルズ東京 2018』の様子

最初のうちはすいすいと進んだサインの理解も、数十になってくるとさすがに頭の中は全力で逃げる蒸気機関車状態になり、プスプスと煙を上げそうになってきた。そうなってくると段々、間違いをしないように、という気持ちが起こってきた。今の音で良かったんだろうか、と気にしたり、格好いいことをしたい欲が自意識にちょっかいを出してくる。そんなこんなで一瞬のうちに判断ができず、音を出すのに怖気付いてしまった時、バスケスさんが「Just Play」と言った。とにかく一瞬でただ音を出すんだと。

今この瞬間にただただ音を出す、ということは思ったより勇気が要った。自分は自意識過剰なのでなおさらだった。思い切って、考えるより先に体にやってもらうことにした。もう出てしまっているから、良くても悪くても納得がいった。これは私の場合だけれど、演奏を通して無意識に自分自身を受け入れて、そんな自分を通過して出てくる音楽も受け入れ、そしてそれは誰かの場合でもそうなんだろうとまで自然に思えたことに仰天した。人生の中でも最も心地よい経験のひとつだった。こんな風に、このルールで演奏をしてみた人は自分や他人のかなり深いところにまですんなり触れると思う。音楽というのは本当に色んなことを教えてくれる。

柴田聡子“ワンコロメーター”

バスケスさんは、なるべく長いフレーズを覚えるようになど、こりゃ大変だな、ということでもさらっと求めた。誰でもできることを何度も強く示してくれる以外にも、ちょっとやそっとではできなさそうなことも同じまな板の上にほいっほいっと差し出した。一気にどこかに行ってもいいんだよという提案で、きちんと心に火が着く。ルールと「Just Play」の下であればなんだかいろんなことができそうな力が湧き、やってみたくなる。そういう可能性がその場に居る人の中に常にごろごろしている楽しさは格別だった。

それが芽吹いたり展開していくのを目の当たりにして、一人ひとりの中に音楽があるという、そうやって言われてはいたけどいまいち本当だと思えなかったことを実感することが出来て、私はより一層音楽のことを凄いと見上げ、身近に感じて、さらに尊敬した。そして、この演奏の時間とは一体何だったのかと考えてみると、つまるところ、ただそこに一緒に居ただけなのでは、というのがまた軽やかで、人間同士というのは本来そういうものだったよな、と大切なところに無理せず戻ってきたようで、安らぎもあった。サインで演奏をしていると何時間もがあっという間に過ぎていった。

この日観た、サンティアゴ・バスケスのライブ

そんなことを思い出しながら、YAKUSHIMA TREASURE、Monaural mini plugのライブを観続けていると、バスケスさんのワークショップで「サイン」を習得した、ライブに参加する人たちが続々と集まってきた。試合前の選手たちのように抱き合ったりハイタッチしたり、それぞれに熱気を放っている。自信に溢れてこれからの演奏が楽しみでうずうずしているという雰囲気。ここにいる人たちは何年も苦楽を共にしたとか特別な仲良しなどという関係ではなく、今ここに集まったということだけ。それでいてこの噴き出しそうなグルーヴの予感。改めて、いっしょに演奏をするというのはなんて強靭な繋がりなんだろうと思う。

バスケスさん登場。みんなの目からぎらぎらとも言えるくらいの光がバスケスさんに向かって放たれている。全員が「Just Play」に代わる代わる応え続ける。大勢になって、たった一人になって、印象を作って、それを支え、覚える。サインによってたくさんの役割を次々に請け負い、絶え間なくそれが続く。一人ひとりは確かにここに居てこの音楽を作っているのに、誰にも名前が無いみたい。木と森を同時に見ているような。バスケスさんも時に自分のコンガを叩いて歌ったりする。

イベント当日の演奏中の様子(撮影:佐竹邦彦)
サンティアゴ・バスケス(撮影:佐竹邦彦)

来い来い来いという感じの人、じっと見つめる人。この場に築き上げられる音楽に対する、それと背中合わせになっている自分の音楽に対する健やかな渇望と奔放な受容が飛び交っている。

「聴いているのもいいけど、やっぱり演奏したいな」

残暑の太陽に焼かれながら東京タワーのふもとで演奏した一年前の光景が鮮明に蘇ってくる。こんな風に誰かとここに居ることができるのかと感じていた。それは自分にとってあまりにも幸福な状態だった。あの日は暑かった。サインを学ぶともう、演奏したくて仕方がなくなる。聴いているのもいいけどやっぱり演奏したいなー、と密かに情熱を温めながら、この日この場所のこの人たちの演奏する音楽を聴いていた。

イベント情報
『True Colors BEATS~Uncountable Beats Festival~』

2019年10月22日(火・祝)
会場:日本財団ビル
イベント・ディレクター:サンティアゴ・バスケス
ゲスト・アーティスト:ermhoi、xiangyu、岩崎なおみ、大友良英、角銅真実、勝井祐二、コムアイ(水曜日のカンパネラ)、フアナ・モリーナ、ミロ・モージャ
ゲスト・バンド:YAKUSHIMA TREASURE(水曜日のカンパネラ×オオルタイチ)、Monaural mini plug

『柴田聡子inFIRE ホール公演「晩秋」』

2019年11月21日(木)
会場:京都府 ロームシアター京都 ノースホール
料金:前売4,200円

リリース情報
柴田聡子
『SATOKO SHIBATA TOUR 2019 “GANBARE! MELODY” FINAL at LIQUIDROOM』(CD)

2019年10月23日(水)発売
価格:2,500円(税込)
PCD-18869

1. 結婚しました
2. アニマルフィーリング
3. 佐野岬
4. すこやかさ
5. 遊んで暮らして
6. 忘れたい
7. ばら
8. いきすぎた友達
9. 海へ行こうか
10. いい人
11. 東京メロンウィーク
12. 心の中の猫
13. セパタクローの奥義
14. 後悔
15. ラッキーカラー
16. ワンコロメーター
17. 涙
18. 捧げます
19. ラミ子とシバッチャンの仲良しソング ~Let's shake hands with me~
20. ジョイフル・コメリ・ホーマック

プロフィール
柴田聡子
柴田聡子 (しばた さとこ)

1986年札幌市生まれ。大学時代の恩師の一言をきっかけに、2010年より都内を中心に活動を始める。最新作『がんばれ!メロディー』まで、5枚のアルバムをリリースしている。2016年に上梓した初の詩集『さばーく』が第5回エルスール財団新人賞<現代詩部門>を受賞。現在、雑誌『文學界』でコラムを連載しており、文芸誌への寄稿も多数。歌詞だけにとどまらず、独特な言葉の力にも注目を集めている。2019年10月、初のバンドツアーの千秋楽公演を収録したライブアルバム『SATOKO SHIBATA TOUR 2019 “GANBARE! MELODY” FINAL at LIQUIDROOM』をリリースした。



記事一覧をみる
フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • 柴田聡子が綴る、サンティアゴ・バスケスに学んだ音楽の原始的姿

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて