追撮NG。一発撮りの演奏を映像に収める「THE FIRST TAKE」とは

集中力を注ぐ、数分間のパフォーマンス。ボクシングのような音楽チャンネル

YouTubeで261万人(※11月17日現在)のフォロワーを誇る音楽チャンネル「THE FIRST TAKE」。真っ白な壁のバックグラウンド、シンプルだが、繊細に計算されたライティング、フレームに映る範囲にあるのはコンデンサーマイクと最小限の楽器と機材のみというミニマルな環境のなかで、たった1曲のパフォーマンスに臨むアーティストの姿を克明に捉える。パフォーマンスは追加の撮り直しもオーバーダブ(追加録音)も一切ない。つまり「一発撮り」のドキュメンタリーだ。

昨年(2019年)のローンチ以来、「THE FIRST TAKE」のコンテンツはコンスタントなアップが続けられている。これまでにLiSA、Little Glee Monster、milet、鈴木雅之、sumika、TK from 凛として時雨、女王蜂、崎山蒼志、秋山黄色、マカロニえんぴつ、平井大、SKY-HI×たなかなど、ジャンルもキャリアも異なるアーティストが多数出演。なかでも再生回数6449万回を記録したYOASOBIの“夜に駆ける”や、再生回数6969万回のDISH//(北村匠海)の“猫”など「THE FIRST TAKE」への出演がヒットのきっかけとなった楽曲も多数生まれている。

このチャンネルの特異性は「緊張感」にある。一発撮りというルールのなか、言うなれば「真剣勝負」の場に立ったアーティストの緊張感がパフォーマンスの前から視聴者に伝わってくる。クリエイティブディレクターの清水恵介も現場で語っていたが、それはボクシングのワンラウンドにも似ている。

DISH//(北村匠海)“猫”「THE FIRST TAKE」映像

YOASOBI“夜に駆ける”「THE HOME TAKE」映像

「YouTubeの隆盛と特性を活用し、よりよい音楽を届ける独自のコンテンツを作りたい」。それが「THE FIRST TAKE」というプロジェクトの発端だったという。

女王蜂“火炎”「THE FIRST TAKE」映像

サウンドはプロのレコーディングと同等の環境で録音され、ビジュアルも高精度の機材で収録している。そのため演奏の再現度はもとより、アーティストの息遣いから、楽器をプレイするタッチ、MCで見せるふとしたニュアンスまでもが高密度の臨場感で伝わってくる。一見シンプルなディレクションだが、目を凝らし、耳を澄ませば、供給される情報の圧倒的な質量に気づかされるはずだ。

撮影には「Director of Photography」としてフォトグラファーの長山一樹がクレジットされている。アーティスティックなポートレートからメジャーな企業のファッションCM撮影まで幅広く手掛ける長山氏だからこそ、異なるアーティストの個性を一定のコンセプチュアルなトーンに落とし込めるのだろう。

実際のライブハウスで収録。「THE FIRST TAKE」を応用した配信フェス

この「THE FIRST TAKE」のコンセプトを応用したフェスが『THE FIRST TAKE FES』である。「音楽そのものを際出させるミニマルフェス」をコンセプトに掲げ、今年9月5日にはALI、岡崎体育、OKAMOTO'Sによる「vol.1」が、先日11月13日にはYUI、緑黄色社会、Cö shu Nie、竹内アンナによる「vol.2」がYouTube上で公開されたばかりだ。

収録には都内のライブハウスを使用。ステージは白一色のバックグラウンドと繊細かつシンプルなライティングを踏襲。複数台の定点カメラと高感度のコンデンサーマイクで、アーティストがステージ入りする際の足音から、演奏、そして退場までの一部始終を収録する。やはり撮り直しもオーバーダブ(追加録音)も一切ない「一発撮り」だ。

撮影はアングルを固定した16台の定点カメラで行われ、演奏中のレンズ寄り / 引きもない。それでいて、アーティストの息遣い、ふとした目線の移動、コスチュームのひるがえり、手元の仕草の数々がつぶさに拾い上げられているので、何度もドキリとさせられる。

『THE FIRST TAKE FES vol.2 2020.11.13 LINEUP ANNOUNCEMENT』動画

YUI“TOKYO”“CHE.R.RY”『THE FIRST TAKE FES vol.2 supported by BRAVIA』動画

客席は昨今のコロナ禍への配慮から無観客状態として、収録スタッフも最小限の数に絞っている。筆者はオフィシャルレポーターとして現地で見学していたが、全ての収録は全アーティスト・スタッフへの検温実施、マスクやフェスガードの装着、ソーシャルディスタンスやステージ上でのアクリル板の設置など、徹底した感染予防対策のもとで行われていた。

ミュージシャンの「生の姿」を真空パックし、後世に伝える。映像アーカイブとしての意義

演奏は1アーティストにつき1~2曲、長くても20分前後。「THE FIRST TAKE」のコンセプトを踏襲し、尚且つ、昨今の視聴者が集中して画面と向き合える時間を想定した上での時間配分だという。

短時間のパフォーマンスの集積をなぜ「フェス」と名付けたのか。現場でそれをスタッフに問うと、こんな言葉が返ってきた。

コロナ禍でライブができなくなり、「THE FIRST TAKE」として何ができるか考えました。新人からヘッドライナー級までのアーティストが一堂に集結するフレームを考えた際、率直に思い浮かんだのが「フェス」という言葉でした。(TFTスタッフ)

従来のフェスの概念はさまざまな要素の「足し算」が繰り返されてきたはずですが、このフェスでは「THE FIRST TAKE」同様、徹底的な「引き算」を試みています。引き算から見えてきた音楽の本質的な価値と可能性は、ニューノーマルの時代にふさわしい、フェスのひとつのアップデートの形とも言えるのではないでしょうか。(「THE FIRST TAKE」クリエイティブディレクター清水恵介)

この実験的フェスにアーティストは各々の個性と才能で応えた。岡崎体育はフェスのために曲を書き下ろし、定点カメラを逆手に取ったアプローチでクレバーなユーモアを発揮した。またOKAMOTO'S、Cö shu Nie、緑黄色社会は、このフェスで新曲の披露を試みた。さらにロックバンドFLOWER FLOWERのボーカルとしても活動するyuiはソロの「YUI」名義で8年振りとなる楽曲“TOKYO”をパフォーマンスの場としてこのフェスを選んだ。

『THE FIRST TAKE FES vol.1』の岡崎体育“YES , エクレア”

2回分のフェスをリアルタイムで視聴したが、コメント欄には続々と投稿が寄せられ、そのリアクションから、このコンテンツが紛れもなく無数のオーディエンスが参加しているフェスなのだと感じられた。しかも視聴は無料で、海外からのアクセスも可能、英語を中心とする多言語でコメントが寄せられていたのも印象的だった。

レコーディングの緊張感、ライブの高揚感、さらにはドキュメンタリーのドラマ性とフェスの連帯感をも兼ね備えた『THE FIRST TAKE FES』。ライブパフォーマンスが持つ「再現不可能」な芸術性を極限まで純化させたこのフェスは、ウィズコロナ時代のエンターテイメントに新たな一石を投じたと言えるだろう。

11月15日には「THE FIRST TAKE」から派生した配信専門レーベル「THE FIRST TAKE MUSIC」と新たな才能の発掘を目指すオーディションプログラム「THE FIRST TAKE STAGE」のローンチも発表された。いまこの瞬間しか見ることのできないアーティストの姿を真空パックした「THE FIRST TAKE」は、リスナーに無償で開放されている高性能なアーティストのログ(記録)でもある。

仮にこのログが10年後、もしくはもっと先の未来まで無事に存在していたら。そのとき、今はまだ目に見えない「THE FIRST TAKE」の更なる真価が発揮されるのかもしれない。

リリース情報
『THE FIRST TAKE FES vol.2 supported by BRAVIA』

2020年11月13日(金)公開

ラインナップ:
YUI
緑黄色社会
Cö shu Nie
竹内アンナ



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