(メイン画像:ヨルシカ“春泥棒”MVより)
YOASOBI、ずとまよと並び「夜好性」リスナーの支持を受ける。ヨルシカならではのユニークさとは?
コンポーザーのn-buna(ナブナ)とボーカルのsuis(スイ)によるユニット・ヨルシカが、新作EP『創作』をリリースした。ボカロ以降の志向をメインストリームに浸透させる一群として、YOASOBI、ずっと真夜中でいいのに。(以下、ずとまよ)らと並んで、強い支持を獲得しているヨルシカ。この3つのバンドのファンたちは自ら「夜好性」を名乗り、SNSで存在感を放っている。そんなヨルシカを特徴づけ、その人気の源になっているのが、サウンドや歌詞からアートワークにいたるまで、メディアを横断しながらつむぐ「物語」だ。とりわけ近作、『だから僕は音楽を辞めた』(2019年)や『盗作』(2020年)は、楽曲をつらぬくさまざまなサブテクストがトータルなアルバムの姿をかたちづくる、まさしく「コンセプトアルバム」だった。
ヨルシカの3rdフルアルバム『盗作』(2020年)。「音楽の盗作をする男」を主人公とした物語を表現した(Apple Musicはこちら)
今回リリースされる『創作』は、EPということもあり、そうした物語を主軸とする諸作とは少し距離をとっている。「春」というゆるやかなテーマのもとまとめられた楽曲たちにこめられた言葉、メロディ、サウンドが際立つ作品だ。まるで、少し皮肉っぽく、不条理で、ユーモラスな掌編が、丁寧に綴られていくかのよう。ガチガチのコンセプトに貫かれていないぶん、いくぶんか力を抜きつつ、ヨルシカの世界に浸ることができる。
それでは、そんなヨルシカの世界のユニークな点、おもしろさはどんなところにあるだろう。本稿では、さまざまな側面からヨルシカの面白さを紐解いていきたい。「夜好性」のリスナーに支持されるYOASOBIやずとまよとの比較を通じて考えていこう。
「物語」に対するアプローチ。ヨルシカは「音楽そのもの」で物語を紡ぐ
「夜好性」のなかでも、物語と関係が深いのはYOASOBI。けれども、リスナーには周知のことだろうが、この二組では物語へのアプローチがぜんぜん違う。YOASOBIは、「小説を原作に曲をつくる」というかたちをとる。物語と楽曲が一対一で対応する。対してヨルシカの本領は、先述したように、一枚のアルバムを通じて大きな物語を紡いでいくところにある。一曲一曲は、物語のなかに場所を与えられ、役割をまっとうする。
YOASOBIがある種「テーマソング」や「イメージソング」のような形で物語の世界を広げたり深めたりするとすれば、ヨルシカはサウンドの細かいディテールからアレンジ、メロディ、言葉……と、さまざまな音楽の要素を総動員して、音楽そのもので物語を紡いでいる。それゆえ、ボーカル曲のなかにはさみこまれたインストもまた、何気ない、しかし物語を成立させるのに欠かせないワンショットのように思える。
ヨルシカは、オーガニックなアコースティックのサウンドと、DAW上でエディットしたエレクトロニックな質感とのハイブリッドな手ざわりが極めて印象的なバンドだ。『創作』収録曲で言えば、“風を食む”の手数・音数は少ないながらも充実したサウンドは、ヨルシカのある一面を代表しているように思う。アコースティックギターを中心にさまざまな具体音(楽器や声とは異なる、現実から切り取られたありふれた音)が配置され、楽曲の世界をぐっと身近なものにしてくれる。
とりわけ、ヨルシカの歌詞は、平易な表現のなかに耳慣れない語彙や飛躍する比喩が飛び出す。「この詩はあと八十字」(『だから僕は音楽を辞めた』収録、“藍二乗”)とか、「この歌の歌詞は380字」(『エルマ』収録、“夕凪、某、花惑い”)みたいに、自己言及的なフレーズが登場してリスナーをどきっとさせることもある。言葉遊びや押韻もしばしばで、あるいは“風を食む”に印象的に用いられている文語調などもふくめ、散文とも詩とも戯曲ともつかない言葉が連なる。
メタな視点をも含みこんだきわめて虚構性の強い歌詞に、それでもなおリスナーを没入させる。あるいは、リスナーのまわりの風景のなかにそうした言葉を自然に溶け込ませるにあたっては、こうしたサウンドが大きな役割を果たしている。
音楽以外の仕掛けにも注意が行きがちだが、細かな質感からアルバムを貫くプロットに至るまで、まず音楽によって語る、ということを丹念に実践している。それがヨルシカのユニークなポイントのひとつだと思う。
ヨルシカ『だから僕は音楽を辞めた』を聴く(Apple Musicはこちら)
多彩な声色で演じ分ける。歌詞にキャラクターの肉体を与えるsuisのボーカル
ここまでは言ってみればコンポーザーであるn-bunaの領分にある。それでは、suisによるボーカルはどうだろうか。ここまで見てきたのが物語にまつわる「演出」だとしたら、ボーカルはまさに「演技」と言うべきだ。こと、ヨルシカにおけるsuisのボーカルはそう呼ぶに値する。声色そのものを自在にあやつって、独白調の歌詞にキャラクターの肉体を与えていくのだ。特に『盗作』は声色のバリエーションが非常に豊かで、suisの表現力の高まりにあわせて、ヨルシカというバンド自体の企図がいっそう洗練されて作品に落とし込まれている。
その点、ずとまよのACAねは好対照。跳躍が多いメロディに、細かく詰め込まれた譜割り。それを豊かな強弱や緩急で歌い上げるACAねの歌声は、歌い手としての名人技にあふれている。しかし、一貫するのはACAねというパーソナリティであって、その声自体がひとつのキャラクターとしてずとまよの世界をつくりだしていく。ひとりのボーカリストとしての一種のカリスマが、ずとまよの魔法である。
対して、ある曲では低く芯のある声で、またある曲では高くなめらかな声で、キャラクターを演じ分けるように歌うsuisのパフォーマンスは、ステージ上のひとり芝居を観ているかのよう、とでも言おうか。それには単に彼女の技巧だけではなく、メロディの音域までを含めたn-bunaの「演出」も効いているのだろう。
という具合に、ヨルシカを他の「夜好性」系と対比していくと、「演出」と「演技」の妙が浮き彫りになってくる。それが『だから僕は音楽を辞めた』や『盗作』などのアルバムという単位の長編であれ、あるいは『創作』などのように曲単位の掌編であれ、事情は同じだ。
『創作』に込められたニュアンスの豊かさ。物語の「あらすじ」がとり逃す、細部にこそ宿る力
ところで、「夜好性」系のバンドに見られるような物語や世界観の作り方は、しばしばボカロ文化の延長線上で語られることが多い。しかし、ここまで見てきたようなかたちで、どのようにしてサウンドや歌から物語を立ち上げているかに着目すると、そうした文脈とはまた別のラインをひき、対比を聞き取ることもできそうだ。
たとえばKing Gnuが初のドラマタイアップを果たし、現在に至るブレイクの礎を築いた2019年のシングル曲“白日”は、かわるがわる登場する声質の異なるふたりのボーカルと、それぞれの場面に合わせてリズムのフィーリングやメロディの流れを的確に使い分けるソングライティングとアレンジ、そしてなによりそうした技巧をなんなく演奏や歌唱に落とし込むスキルによって、明晰でぱきっとしたドラマを楽曲のなかにつくりだしていた。そこにはスタジオにセットを組み、カメラ割を決め、演技のプランを練っていく、そんな映画の制作プロセスになぞらえたくなる構成美がある。そうした技巧を携えつつ、“三文小説”や“千両役者”といった近作では、よりバロック的というか、絢爛で壮大な(それゆえいささかキッチュにも思える)方向に突き進んでいるのも興味深い。
King Gnuのメリハリのきいたケレン味のあるドラマを耳にしてからヨルシカを聴くと、とりわけ『創作』に収められた、淡い色調に整えられた掌編のようなニュアンスの豊かさが、逆説的にエモーショナルに心に染み入るように思える。それはサウンドにしても言葉にしても歌唱にしてもそうだ。決してわかりやすい超人技の見せ所があるわけではなく、言葉の力で感情をひっぱるのでもない。だがそれゆえ、コンセプトアルバムにおいて起伏に富んだプロットに貫かれた楽曲群も、豊かなディテールの力によって、一曲一曲に分割されてもなお魅力を放っている。
だから、ヨルシカを聴いていると、実はこれは反物語的なのではないかと思うときがある。物語というのは細部に対立する。誰が、どうして、どうなった、と要約可能なものだ。そうした「あらすじ」がとり逃す細部を、豊かな説得力で聴かせるのがヨルシカではないか。するとリスナーは、用意された「あらすじ」をなぞりながら解釈していくのみならず、細部の力に魅了されて、新しい解釈を、新しい物語をつくりはじめる。そのポテンシャルこそが、ヨルシカがリスナーを惹きつけるポイントなのだと思う。
ヨルシカ『創作』を聴く(Apple Musicはこちら)
- リリース情報
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- ヨルシカ
『創作』Type A(CD) -
2021年1月27日(水)発売
価格:2,090円(税込)
UPCH-22151. 強盗と花束
2. 春泥棒
3. 創作(Inst)
4. 風を食む
5. 嘘月
- ヨルシカ
『創作』Type B(CDなし) -
2021年1月27日(水)発売
価格:1,100円(税込)
UPZZ-1839※Type Bには音源メディアの収納はなし
1. 強盗と花束
2. 春泥棒
3. 創作(Inst)
4. 風を食む
5. 嘘月
- ヨルシカ
- プロフィール
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- ヨルシカ
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2017年より活動を開始。コンポーザーとしても活動中の“n-buna”が女性シンガー“suis”を迎えて結成したバンド。n-bunaが生み出す文学的な歌詞とギターを主軸としたサウンド、suisの透明感ある歌声が若い世代を中心に支持されている。最新作3rd Full Album『盗作』は、Billboard Japan総合アルバム・チャート“HOT ALBUMS”初登場1位を記録。
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