大根仁と言えば、人気マンガを深夜ドラマで実写化した『モテキ』が大ヒット、さらに全国ロードショーの映画版まで手がけた、当代随一の異才監督・演出家。そんな彼と浮世絵の組み合わせは意外かもしれません。しかし浮世=現代の姿を独自の観察眼でとらえ、同時代の等身大カルチャーを取り入れながら「今」を切り取る手腕は、まさに現代の浮世絵師。そこで大根監督と、三菱一号館美術館で開催中の『浮世絵 Floating World−珠玉の斎藤コレクション』を訪ねました。野口玲一・同館学芸員をナビゲーターに、現代の目線で浮世絵を楽しむ秘訣に迫ります。話題はその歴史や裏舞台の仕組み、監督が惹かれた江戸のパンク絵師や、さらに最新映画『恋の渦』にみる浮世絵マインドにまで広がって……ここに時代を越え「Floating World」を疾走するビジュアリストが巡り会う!?
浮世絵、それは「お江戸のグラビア」
東京・丸の内の高層ビル群の中、明治期の洋風建築をよみがえらせた三菱一号館美術館。今ここでは、主に西洋近代美術を紹介する同館では珍しく、かつ意欲的な展覧会『浮世絵 Floating World−珠玉の斎藤コレクション』が開かれています。会場を訪れた大根仁監督、同展を企画した野口玲一学芸員と落ち合い、何はともあれ展示空間へ――。浮世絵史を辿るように、会期中に変化する3部構成の皮切りが「第1期 浮世絵の黄金期―江戸のグラビア」(6月22日〜7月15日)です。
大根:浮世絵って、墨一色で始まったものがやがて多色刷りの「錦絵」に進化していくんですね。最初はどんな風に世間に広まっていったんですか?
野口:浮世絵は江戸時代、17世紀後半に庶民のエンターテイメントとして誕生しました。もともとは、書物の挿絵が一枚絵として独立したようです。江戸時代に商業が盛んになる中、木版画による大量複製品として広く親しまれていった背景もあります。当時はおそば1杯くらいの値段で買えるものもあったとか。
鳥高斎栄昌『丁子屋昼見世 みさやま せんさん とよすみ』(第1期展示作品)
大根:安くていいなあ(笑)。やっぱり、作り手がエラそうにしてない感じというか、始まりが庶民目線なんでしょうかね。
野口:たしかに、浮世絵にはまず庶民が楽しめるメディアとして発達していった歴史があります。描かれる主題は当世の風俗、とりわけ妖艶な遊女たちや、個性派役者が活躍する芝居の世界が人気でした。
大根:美女とドラマの2大テーマがアツかった、と(笑)。マンガやブロマイドのようでもあり、それが現代では国内外の美術館で所蔵・展示されているというのも面白いですね。
女性の魅力を引き出す、喜多川歌麿と篠山紀信の共通点
本展の展示作は、「川崎・砂子の里資料館」の膨大な所蔵品からの選りすぐり。同館館長の斎藤文夫さんが、東海道の宿場として栄えた地元・川崎の様子を描いた浮世絵から集め始め、今では浮世絵の発生期から幕末〜明治以降にいたるまでをカバーした幅広いコレクションです。今回は会期を3つに分け、約600点を紹介する贅沢な展覧会となりました。大根さんは第1期の展示作品中では、喜多川歌麿が描く美女たちに強い印象を受けたといいます。
大根:歌麿は絵師としてもスター性があるし、表現自体も革命的だったんだろうなと思います。女性のとらえ方・描き方がそれまでの人と格段に違いますもんね。表情、ポーズ、アングルいずれも、歌麿の絵で急に色気がでてきた感じがする。後続世代への影響力も相当ありそうで、今で言えば篠山紀信みたいな存在?
野口:(笑)。たしかに歌麿は対象の魅力を引き出すのが上手いですね。江戸の遊び場を中心に活動し、彼女たちと間近で接しながら、その表情や仕草をとらえたようです。他にも、古典的な物語を当世風の男女に「やつして」描く作品で知られた鈴木春信のような人もいます。
大根:浮世絵って、字が読めない人たちも楽しめる娯楽、という面はあったんですか?
野口:それが、江戸時代の識字率はとても高かったんです。だからむしろ、その時々の世間の好奇心や欲望を敏感にとらえ、企画として素早く世に送り出す、今でいう商業出版のような存在でもありました。その形態も、床の間に飾れるようなサイズから、狭い長屋の柱に飾れるよう細長い紙に摺ったものがあったり、多種多様ですね。
大根:現代における、雑誌のグラビア写真やテレビのような存在であり、情報源でもあった。お店の看板娘を描いたりするのはCM効果も持っている。まさに庶民の主要メディアですね。自分の仕事に引き寄せて視覚表現という点で言えば、僕は浮世絵の緻密さと大胆さの共存みたいなところにも凄く惹かれます。
野口:そうですね。制作技術や表現力も年々著しく向上していき、たとえば版木の1mmの幅に髪の毛を何本彫れるか、という超絶技巧のような世界にもなっていきます。やがてヨーロッパでも評価され、19世紀の画家たちに大きな影響を与えたことも有名ですね。今回はそれらの資料も紹介し、さらにこの美術館が所蔵する西洋の美術作品から、ロートレックなど浮世絵の影響を受けた名品も会場各所にちりばめています。
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック
『ムーラン・ルージュのイギリス人』
三菱一号館美術館蔵
大根:こういう場所で、そういう異種格闘技戦みたいな試みもいいですね。
野口:見比べることで、また発見があると思いますよ。当の浮世絵表現は、美術として高く評価される一方、やはり庶民向けならではの「あけすけ」な感じもある。その両面が魅力ですね。
大根:たしかに、ふだん見ることのない遊女の24時間を実録式に描いた連作とか、銭湯の様子をおおらかに描いているのとかもありますし(笑)。
浮世絵は「江戸のグラビア」という役割を越え、大根さんの言う通り庶民の主要メディアに――。その新展開は、第2期展示以降に見ることができます。
旅行ブームと共に、名所を描いた風景画シリーズが大流行
人物画中心の時代から、脇役だった「風景」が浮世絵の主役に? 庶民の旅行がある程度自由になり、お江戸発バディ・ロードムービー的な大衆文学『東海道中膝栗毛』がヒットするなど、江戸っ子たちの間では名所名跡めぐりへの興味が高まります。「第2期 北斎・広重の登場―ツーリズムの発展」では、そんなブームに反応した絵師たちが、創意工夫で描く四季折々の名所めぐりを体験できます。
野口:19世紀に入ると、神社仏閣へのお参りの名目で、庶民たちもある程度自由に旅行ができるようになります。弥次郎兵衛と喜多八がお伊勢参りの道中でドタバタを演じる『東海道中膝栗毛』のような「滑稽本」も人気になり、名所の景色が高い関心を呼ぶようになりました。そんな動きを経て、天保期(1830-44)に葛飾北斎の『冨嶽三十六景』や歌川広重『東海道五拾参次之内』といったシリーズ作が登場したんです。
初代歌川広重『東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪』(第2期展示作品)
大根:旅ガイド本みたいな役目も果たしてたんですかね? 江戸時代というと、勝手に「過去」っぽいモノクロのイメージで想像しちゃいますが、浮世絵で見ると、自然の景観はもちろん、長屋も下町も色に溢れてたんだなと感じます。士農工商とか厳しそうな仕組みもあったにせよ、庶民は精一杯、暮らしを豊かに楽しもうとしていたのでは。お祭りなどハレの場への意識は今よりもっと凄かったのかなとか、いろいろ想像します。
野口:そんな中、浮世絵は庶民の重要なメディアとして多様な要求に応えていたとは言えるでしょうね。葛飾北斎の『鎌倉江ノ嶋大山 新板往来双六』などは、双六(すごろく)形式で、江戸っ子の間でポピュラーだった「大山詣」の道中を表したりしています。
江戸のポップカルチャーを代表する!? 歌川国芳のパンク魂
浮世絵の色彩については、大根さんの記憶に残るドキュメンタリーテレビ番組のお話も飛び出しました(NHKハイビジョン特集『幻の色 よみがえる浮世絵』)。富山の旧家で保存の良い浮世絵版木が大量に見つかり、その分析を通して失われた当時の技術やオリジナルの発色を再現する、というスリリングな展開!
大根:びっくりしたのは、再現された実際の色というのが、今見る初期の浮世絵みたいなやや退色した感じと全然違っていたこと。極彩色で凄いんですよ。
野口:たしか、見つかったのは歌川国芳らの作品でしたね。この展示の第2期でも、国芳の作品がたくさん登場しますよ。いわゆる風景画的なものから、絵を3枚つないで巨大な鰐鮫を中心に描かれた『讃岐院眷属をして為朝をすくふ図』のような奇想が映えるものまで。
歌川国芳『讃岐院眷属をして為朝をすくふ図』(第2期展示作品)
大根:実は国芳については、飽きっぽい僕にしてはかなり集中して調べたことがあるんです。あの骸骨の絵(『相馬の古内裏』)を初めてみて「これは何だ?」とびっくりして。おっしゃるように絵の表現力につながる「手数」がもの凄くある人という印象で……でも何より「これ、パンクじゃん!」と思って(笑)。
野口:そうですね。表現の自由をめぐる反骨精神も強くて、お上からも睨まれていたようですし。一方で大好きだったという猫を描いたシリーズもたくさんあったり、幅広い創作をした人です。近い世代でもいろんな傾向がありますが、国芳は、ときに見ることを避けていたものまで見せられる凄みみたいなものがありますね(苦笑)。私たち現代人、特に若い世代はその部分を現代的に感じ取れて、惹かれる方も多いと思います。
自由奔放で変幻自在、そして大根さんいわく「めちゃめちゃポップ」という国芳の表現は、まさに当時のポップカルチャーそのもの? そんなスターも輩出した浮世絵の世界ですが、当時の現場はどんなものだったのでしょう。
大根:人気や需要と並行して、絵師も大勢生まれたんでしょうね。あと展示を見ていて、キャプションに絵師名だけでなく「版元」がどこかも詳しく書いてあるのが印象的でした。
歌川国貞(三代目歌川豊国)『忠臣蔵十一段目夜討義士 搦手 廿三人之像』(第1期展示作品)
野口:版元は浮世絵の世界のプロデューサー的存在で、有名なのは歌麿や写楽の作品で知られる蔦屋重三郎ですね。彼らが売れる企画を考え、それにぴったりの絵師に注文して描かせる。その原画が今度は「彫り師」「刷り師」に回っていき作品になる。この点では完全な分業制で、絵師の芸術家としての地位が凄く高かったわけでもないようです。
大根:要は職人ってことですね。「ご要望に応えてやりますよ」っていう。当時はメディアが今ほど多様化してないから、浮世絵師の役割も、描き手でありカメラマンであり、さらにライターでもあり……みたいな印象もあります。もちろん、最終的に作品に落とし込んでいく彫り師・刷り師の技も重要だったのでしょうけど。ちなみに絵師と版元って、専属契約なんですか?
野口:人気の絵師は複数の版元と付き合ったようです。そういう面も含め、マンガの世界にも少し近いかもね、とおっしゃる方もいます。描き手の才能は当然として、編集者が果たす役割も大きく、両者の共同制作といってよいケースもありますよね。いずれにしても、こうした体制でいくつも浮世絵のヒット作が生まれていきました。
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最後の浮世絵師たちが描いた、激動する「東京」の姿
最後の浮世絵師たちが描いた、激動する「東京」の姿
さて、時代も幕末になると、浮世絵も必然的に激動の時代の影響を受けていきます。ガス灯、洋風建築、鉄道、洋装の男女たち――。「江戸の風景」が開国によって激変していく中、現在では「最後の浮世絵師」とも呼ばれる世代の作家たちは、その風情の変わってゆく様を作中にとらえました。ラストの「第3期 うつりゆく江戸から東京―ジャーナリスティック、ノスタルジックな視線」では、この時期の浮世絵の魅力を探ります。
大根:このへんになると、僕らの時代とかなり近いものも感じますね。まさか、電灯が灯っている風景が浮世絵になってるとは思わなかった(笑)。
野口:小倉柳村や井上安治ら、明治期の絵師の作品ですね。女性の姿なんかを見ても、着こなしが変化してモダンな感じになってきます。歴史的に見て象徴的なのは、歌川広重が死んだ安政5年(1858年)、その同じ年に日米修好通商条約が結ばれているんです。開国して横浜などから欧米文化が流入し、浮世絵にも、江戸情緒からの変化が現れるようになります。
三代目歌川広重『東京名所之内京橋通リ之真景』(第3期展示作品)
大根:鉄道駅なんかも出てきて活気があるのと同時に、やっぱりどこかノスタルジックなものも感じますね。
野口:はい。たとえば小林清親が東京名所を描いたシリーズは、夕陽や街灯など光の変化を微妙な陰影で描いて「光線画」と呼ばれました。彼は西洋画も学んだ人ですが、変わりゆく暮らしを素朴に楽しんで描いたというより、江戸への郷愁も強かったと思うんです。現代と地続きの東京がそこには感じられますが、彼の相半ばする気持ちも画面によく出ています。江戸情緒の魅力と、今につながる変化のただ中にある東京が、1枚の絵にみられる。それがこの時期の浮世絵の特徴かもしれません。
「今日この展覧会の浮世絵を見て『自分は江戸時代の絵師とまったく同じ仕事をしてるんだな』とわかりました(笑)」(大根)
野口学芸員の解説と共に、同展の3期にわたる内容を横断しながら浮世絵の魅力を追ったひととき。大根さんとっては、絵師の姿を自らに重ねる体験でもあったようです。
大根:今日お話しながらこの展覧会の浮世絵を見てきて「自分は江戸時代の絵師とまったく同じ仕事をしてるんだな」とわかりました(笑)。彼らが版元と仕事をするように、僕もテレビの編成局のリクエストに応えてドラマやバラエティーを作り、その中で自分のこだわりを出すことをやっている。ミュージックビデオもそうですね。そこはある程度のパターンが確立した世界で、巨匠の方々も既にいる。でも僕は、そんな中でも既存のルールをひっくり返すような立ち位置で仕事をしたいと思っています。
野口:きっとそういう方だからこそ、国芳に惹かれるんでしょうね(笑)。奇想天外なアイデアや、ときにはスキャンダラスなものもスパイスにしながら、という感じでしょうか。
大根:そうですね。実は作家性やオリジナリティーとか「伝えたいメッセージ」みたいなものには特に興味ないんです。原動力は「長澤まさみを今までのどの映像よりも可愛く撮りたい」という執着とか(笑)、あとは現代=浮世を生きる人々の関心ごとを感じ取って、形にしていくのが好きなんでしょうね。
いわゆる「内なる創造力を形にする」タイプの芸術家像とも、請負仕事をこなすだけの存在ともまた違う、職人的な潔さとプロフェッショナリズム。やはり大根さんが手がけたドラマ『湯けむりスナイパー』の名ゼリフを借りるなら、「自分が問われるその時だけ、実力を全開する。それがプロというものだ」。浮世絵と大根さんの見えざる接点が明らかになったところで、話題は映画監督として『モテキ』に続き手がけた問題作(?)『恋の渦』にも。そこに向けた想いにもまた、大根さんの「浮世絵師マインド」がうかがえます。
歌川国貞(三代目歌川豊国)『時世 薄化粧』(第2期展示作品)
大根:『恋の渦』はもともと、俳優の卵たちと一緒にワークショップに参加しないかというお誘いが発端でした。でもそれだけじゃ面白くないので、そのまま1本の映画作りにしようというアイデアで生まれた作品です。原作(劇団・ポツドール主宰の三浦大輔作)それ自体が、名もなき若い男女たちのどうしようもない日常を描くものでした。だから、まだ無名の役者たちがそれを演じるのはぴったりだと思って。浮世絵的に言えば『モテキ』で美人画を描いたとするなら、こっちは庶民の人生スケッチという感じですね。
野口:なるほど!(笑)。
大根:この浮世絵展でも、美男美女の画に混じって「これってどうなの?」という顔に描かれちゃってる人もいて、それもまた魅力的でしたね。そんなこともちょっと思い出しました。
初代歌川広重『東海道五拾三次之内 日本橋』(第2期展示作品)
野口:やはり大根さんも、今を生きる人の姿を、今の人々に向けて伝えたい?
大根:はい。もっと言うと、今の自分が客として見たいもので、かつまだ誰もそれを作ってないものに挑戦することが多いです。スキマ産業みたいですが(笑)。その点では、普遍性にはあまり興味がないとも言えます。おかげさまでヒットした映画版『モテキ』だって、数年後はもう「当時はTwitterが流行ってたんだ」「iPhoneが3GSかよ!」ってなる可能性が高い。でも、「今を切り取る」という点ではそれでいいと思うんです。昔の映画とかを観ていると、本筋と関係なく当時の文化や風俗がよくわかることがあって、それもまた面白いし。クレイジーキャッツの一連の映画なんてまさにそうです。
野口:浮世絵も「当世を描く」ということで発展してきたジャンルですし、それが明治期以降に芸術作品として評価されていったり、さらには当時の様子を知る貴重な歴史資料として評価されてきた経緯はあります。つまり「当世」にこだわって描かれた作品の価値が「後世」の人によって新たに見出されることがある。ジャンルも時代も違えど、大根さんのような現在ご活躍中の方と意外な共通点も多い気がして、興味深いですね。
庶民の「見たいもの」を先取りし、旬な当世の姿として自分流に切り取る――。そのことにしのぎを削った歴々の浮世絵クリエイターたち。彼らが産み落とした名作群には、時代と共に変わったものと変わらないもの、その両者が色鮮やかに息づくかのようでした。江戸っ子たちを魅了したビジュアル表現に浸る体験は、そんなことも教えてくれます。大根監督、ありがとうございました!
- イベント情報
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- 『浮世絵 Floating World―珠玉の斎藤コレクション』
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2013年6月22日(土)〜9月8日(日)
第1期「浮世絵の黄金期―江戸のグラビア」
2013年6月22日(土)〜7月15日(月・祝)第2期「北斎・広重の登場―ツーリズムの発展」
2013年7月17日(水)〜8月11日(日)第3期「うつりゆく江戸から東京―ジャーナリスティック、ノスタルジックな視点」
2013年8月13日(火)〜9月8日(日)会場:東京都 丸の内 三菱一号館美術館
時間:木、金、土曜10:00〜20:00、火、水、日曜、祝日10:00〜18:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(ただし祝日の場合は翌火曜休館、9月2日は18:00まで開館)
- 作品情報
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- 『恋の渦』
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2013年8月31日(土)からオーディトリウム渋谷ほか全国順次ロードショー
監督:大根仁
原作・脚本:三浦大輔
出演:
新倉健太
若井尚子
柴田千紘
後藤ユウミ
松澤匠
上田祐揮
澤村大輔
圓谷健太
國武綾
松下貞治
配給:シネマ☆インパクト
- プロフィール
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- 大根仁 (おおね ひとし)
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演出家・映像ディレクターとして、数々のドラマやPVを演出。中でも『モテキ』『週刊真木よう子』『湯けむりスナイパー』『まほろ駅前番外地』など深夜ドラマでその才能を発揮。初映画監督作品『モテキ』が2011年に公開し大ヒット、『第35回 日本アカデミー賞話題賞・優秀作品部門』を受賞した。映像演出を手掛ける傍ら、上演台本・演出を手掛けたロックミュージカル『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』などの舞台やラジオ、コラム執筆、イベント等でも幅広く活動。『恋の渦』は『モテキ』以来2作目の長編映画として注目を集めている。
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