1月2日(土)から、東京国立近代美術館で開催されている、『ウィリアム・ケントリッジ―歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた……』展。「動くドローイング」とも呼べる手描きアニメーション・フィルムの制作で注目を浴びる、ウィリアム・ケントリッジの国内初個展だ。魅力的な作品ぞろいの本展だが、一見すると難解そうなため、いまいち足が向かない方もいるのでは。本稿では、彼の作品が本質的に持っている「キャッチーな魅力」をお伝えすべく、女優の黒川芽以さんと一緒に展覧会を回り、その様子をレポートした。優れた感性で作品を捉える黒川さんの言葉に導かれながら、しばしウィリアム・ケントリッジの作品世界を旅してみてほしい。(注:作品は展覧会での登場順と異なります)
黒川芽以
1987年5月13日東京都生まれ。女優。主な出演映画作品に、『グミ・チョコレート・パイン』(2008年、ケラリーノ・サンドロヴィッチ監督)、『ネコナデ』(2008年、大森美香監督)、『山のあなた〜徳市の恋』(2008年、石井克人監督)など。また、『名曲探偵アマデウス』(NHKBSハイビジョン)、『嬢王 Virgin』(テレビ東京)などのテレビ作品や、ラジオやCM、舞台に幅広く活躍中。2010年1月30日(土)より、ヒロインの植村ちはるを演じる新作映画『ボーイズ・オン・ザ・ラン』(三浦大輔監督)が全国の映画館にて公開予定。
どうしてこんなに奔放なイメージが生まれるのか、とても不思議です
─東京メトロ東西線・竹橋駅の1b出口を出て交差点を渡ると、すぐ右手に見えてくる大きな建物が、東京国立近代美術館だ。皇居のお濠に囲まれ、落ち着いた雰囲気が漂う。気持ち良く晴れた日にぶらつくのに、最高に気持ちが良い場所だろう。
─さて、今回ご一緒する女優の黒川芽以さんは、高校生の頃から自費でデジタル一眼レフを購入して撮影をしたり、また自らデザインしたフォトブックを制作するなど、アートへの愛にあふれた方だ。
黒川「なんでもパソコンで観られてしまう時代だけど、その空間に行くことでしか味わえない感動ってありますよね。わかりやすい例で言えば、ミッキーやミニーの踊る姿は動画で簡単に観られても、ディズニーランドに実際行くのとでは体験の重みがまるで違う。やっぱり、実際にその場に足を運ぶことって、とても重要だと思いますね」
─会場に入り、まず目に飛び込んでくるのは、力強いドローイング作品の数々。
黒川さんの背後に見える作品は《アフリカのファウストゥス!》の
アニメーションのためのドローイング[ムビンダ墓地](1995年)。
黒川「すべてが手描きっていうのが素敵ですよね。どうしてこんなに奔放なイメージが頭の中に生まれてくるのか、とても不思議です」
《包囲の状態にある美術》の三連画(1988年)が並ぶ展示室。
─印象的なのは、作品にヴィヴィッドに描き込まれる、赤い色だ。
黒川「モノクロの世界に、一色だけスッと入っているのが効果的ですよね。多くの色を使わないところが、考え抜かれた絵なんだな、と感じます」
《自転車に乗る自画像》(1997年)にほほ笑む黒川さん。
─また、ケントリッジの作品には、出身国である南アフリカ共和国のアパルトヘイト(人種隔離政策)といった、政治的な背景を投影したシリアスな作品も多い。
《ステレオスコープ》のためのドローイング[水で溢れる室内のソーホー](1999年)では、いつしか同じポーズに。
黒川「男性の身体から水が出てくる、この作品の青にはドキッとさせられます。他がモノクロであるぶん、悲しみがすごく胸に迫ってくるんですね。
でも、それに加えて、この青じたいがとてもキレイなので、ポップな印象も受けるんです。だから、ある意味救われる、というか。例えば、リアルなタッチで真っ赤な血を流している男性の絵を描かれても、私には怖くて見られない。でも、こうした手描きのタッチにすることで、誰もが『見られる』作品になったんでしょうね。でも…見つめていると、やっぱりしんみりとしてきます」
※会場での撮影は、東京国立近代美術館の許可を得て行ったものです。
※作品は全て ©the artist
※作品には著作権があります。無断転用は固くお断りします。
目の前の絵がそのまま動き出したような臨場感がありますね
―複数の映像作品の上映が行われている部屋では、入口で音声ガイドが手渡された。手元の音声ガイドを操作して自分の見たい作品に割り振られた曲を選び、ヘッドフォン越しに音楽を聴きながら鑑賞するというわけだ。
黒川「試しに、指定されたものと違う音楽を組み合わせてアニメーションを見てみると、全く違った作品に見えてきました。楽しそうであったり、悲しそうであったりって、音楽の性質によってガラッと変わるんですね」
音声ガイドを操作しながら作品に見入る黒川さん。
背後に写る映像作品は《ステレオスコープ》(1999年)。
黒川「それから、手描きのドローイングが動いているという『ガタガタ感』が、アニメーションにいい雰囲気を与えていますよね。単なる実写の映像って、自分が居るのとは違う場所にある世界、『異空間』を撮影した話なんだと思ってしまいますけど、ケントリッジの作品って、いま目の前にある絵がそのまま動き出したような臨場感で溢れているんです。一度見ただけでは消化できない深さがあって、何度でも見てしまいますね」
《ゼーノの筆記》(2002年)を鑑賞中。
─また、ケントリッジによるさまざまな「自画像」を集めた部屋も。
右側の作品は、《中年の恋愛》(2002年)。
黒川「この絵、『中年の恋愛』っていうタイトルなんですか。激しいですね〜、相撲を取っているみたい(笑)。さっきまでアニメーションを見ていたから、今にも動き出しそうにも思えてきますね。どんなふうに動くんだろう? なんて自然に想像しちゃう」
黒川さんが指差している作品は《男とメガフォンの集合体》(1998年)。
黒川「この絵なんか、裸にハットという格好がおしゃれですよね。それに、よく観るとスリッパを履いているところもいいです(笑)。」
映像インスタレーション《ジョルジュ・メリエスに捧げる7つの断片》(2003年)の展示風景。
黒川「それから、この映像。「自画像」を描いているケントリッジの動きを、逆まわしで見せていますよ。きっと、このモノを投げたりする場面って、逆まわしを計算してあまり手を動かさずに投げたんでしょうね(笑)。フザけたことを真剣にやっている姿が笑えます。こんな一面もあるんですね。面白い!」
※会場での撮影は、東京国立近代美術館の許可を得て行ったものです。
※作品は全て ©the artist
※作品には著作権があります。無断転用は固くお断りします。
鼻に網タイツのくっついたキャラクターが一番好きですね
─続いてこちらは、人形を使った影絵作品の映像だ。
写真は2点とも映像作品《影の行進》(1999年)の展示風景
黒川「影絵の面白さって、映っているものが何なのかわからないところだと思うんですよね。それが何なのか自分で想像してみるのが面白いから、正体が分かっているのよりも集中して見ることができるんです」
─さらには、突然脚の生えた鏡(!?)と2枚の絵を使ったインスタレーション作品が登場。思わず駆け寄る黒川さん…が、あまりにも不思議な作品に、少々困惑気味。
鏡を使ったインスタレーション《警察官ではない(その制帽だけ)》(2007年)に興味をそそられる黒川さん。
こちらは《ダブル・カンナ》(2004年)。
─2枚の鏡を通して見た、壁に掲げられた2つの絵画を、頭の中で「立体」として再構築するという作品が2点。まさに「歩きながら考える」ケントリッジらしい作品とも言える。
黒川「どちらの鏡から見える映像も、不完全だっていうことなんですかね。ちょっと私には難しい作品ですけど、こうして鏡が展示してあるとキャッチーな面白さを感じます」
続いて、2つのレンズを通して立体像を作り上げるという作品が登場。
〈デューラーの測定法教則〉(2007年)のシリーズを覗く黒川さん。
黒川「目を凝らすと、すごく複雑な作りになっているのがよく分かります。さまざまな物体を描き込むことで、奥行きに広がりを持たせていますね。それから、見ている自分が揺れると、絵の中で飛んでいる飛行機も揺れるところが面白い。これも、視覚を揺さぶろうとする計算なんでしょうかね。すごい…」
─円筒形の金属に版画を映し出すインスタレーション作品にも注目。
円筒形の金属に版画が映る《メドゥーサ》(2001年)。
黒川「これは直接目を見ると石にされてしまうという、メデューサですよね。鏡ごしに見れば、石にされないのかも(笑)。これも視覚を使った、遊び心あふれる作品ですね」
─そして、最も謎に満ちた部屋が登場。上映されている数々の映像に登場するのは…なんと、鼻、鼻、鼻。
黒川「私、この鼻シリーズ、かなり好きです。鼻に網タイツのくっついたお姉さんのようなキャラが、今日見た中で一番気に入りました。鼻なのに、馬に乗って好き勝手やったあと、あっさり馬を下りてしまう気まぐれな強さ。それから、鼻なのにヒールを履いているかっこよさ(笑)。そうした要素に、さらにダークでシュールな要素も混ざってくる。これがケントリッジの面白さなんですね!」
─こうして、かなりボリュームがある展示を見終わり、大満足の黒川さん。最後に、率直な感想をお伺いした。
黒川「音楽あり、映像あり、アートに関するなんでもありで、とても楽しませてもらいました。遊園地のアトラクションに乗ったあとのような、爽快感がありますね。
そういえば、子どものお客さんもいましたね。頭が柔らかいぶん、大人より深く理解できるのかもしれないな。自由に発想することの大切さをすごく実感できる展覧会でした。
最初にケントリッジの絵を見たときは思ってもみなかったことなんですが、今やどの絵を見ても動き出しそうな気がしてならないです。帰り道、きっと周りのすべてが鼻に見えてくるんじゃないかな(笑)。一人の人間が、こんなにバリエーション豊かな作品を生み出すことができるなんて、本当にすごいなと思いましたね」
─暗い政治的な背景を持ちつつも、発想の豊かさと、笑いの要素を失わずに創作を続けてきたウィリアム・ケントリッジ。彼の作品をどのように受け取るかは、観客のひとりひとりに委ねられている。その豊かさ、自由さを味わいに、展覧会にぜひ足を運んでみてほしい。
※会場での撮影は、東京国立近代美術館の許可を得て行ったものです。
※作品は全て ©the artist
※作品には著作権があります。無断転用は固くお断りします。
CINRA.NETでは、レポートの公開を記念し、本展覧会の招待券を5組10名様にプレゼントいたします!ぜひ、実際に展覧会を体感してみてください。
お問い合わせページのメールフォームから、件名に「ウィリアム・ケントリッジ展招待券応募」と記入し、お問い合わせ内容欄にご住所をお書き添えの上、お送りください。当選は、招待券の発送をもって替えさせていただきます(なお、ご応募いただいたメールアドレス宛にCINRAのメールマガジンを今後お届けいたします)。(応募締切り:2010年1月28日)。
『ウィリアム・ケントリッジ―歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた……』
2010年1月2日(土)〜2月14日(日)
会場:東京国立近代美術館 企画展ギャラリー(1階)
時間:10:00〜17:00 金曜日は20:00まで(入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(ただし、2010年1月11日は開館)、2010年1月12日(火)
料金:一般850円 大学生450円 高校生以下無料
『ウィリアム・ケントリッジ』展割引引換券ページ
CINRA.NET > 南アフリカ出身の現代美術家、ウィリアム・ケントリッジの手書きアニメーション
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