機械仕掛けで動いたり、光を発したりする作品。また幾何学模様などによって目の錯覚や、観る側の視点の移動によって動きを感じさせる作品。20世紀前半に源流を持つ「キネティック・アート」は、作品にさまざまな「動き」を取り入れているのが特徴です。技術革新や工業化の時代とも呼応したこの潮流は、現在のメディアアート、インタラクティブアートへとつながる顔も持ちます。
1960年代のイタリアを中心に、活発な動きを見せたキネティック・アート。これらの作品を、日本で初めて本格的に紹介する展覧会が『不思議な動き キネティック・アート展 ~動く・光る・目の錯覚~』です。巨匠ブルーノ・ムナーリらイタリア作家に加え、欧州各地で活動したアーティストも加えた30余名の約90作品が集結。21世紀の今、キネティック・アートの名作群が再起動します。
ゴッホの『ひまわり』で有名なあの美術館に「動くアート」が集結
新宿の超高層ビル群を見下ろす地上42階にある、損保ジャパン東郷青児美術館。ゴッホの名画『ひまわり』(7、8月は宮城県美術館に貸出中のため展示されていません)や、昭和の美人画家・東郷青児の作品収蔵で知られるこの場所が、この夏は幾何学文様に埋め尽くされた絵画や、モーターで高速回転する作品など、「動くアート=キネティック・アート」約90点によって彩られています。
「キネ(kine, cine)」の語源がギリシア語の「動く / 変化する」に由来する通り、キネティック・アートとは広義の「動き」とその知覚を作品に取り入れた表現。この展覧会は4章構成で、イタリアで興ったキネティック・アートの潮流を俯瞰できる貴重な機会になります。
なぜイタリア? の謎は後ほど伺うとして、まずは案内役を引き受けてくださった同館学芸員・江川均さんと展示室へ。初めに目に飛び込んできたのは、展覧会ポスターにも使われたフランコ・グリニャーニ作『波の接合33』でした。作家名「グリニャーニ」の語感にもぴったりな(?)、曲線のストライプが織りなすイリュージョン。フラットなはずの絵の一部が盛り上がって見えたり、逆にくぼんで見えたり、眺めているだけで「動き」が脳内生成される感覚を楽しめます。
フランコ・グリニャーニ『波の接合 33』1965年 油彩・カンヴァス
江川:キネティック・アートには電力や人の手などで実際に作品自体が動くものだけでなく、目の錯覚だけで動きを感じさせるものなども含まれます。この「1章 視覚を刺激する(絵画的表現)」ではまず後者。つまり作品自体は動かないけれど、観る側の視覚の中に「動き」を誘発する絵画を観ていきましょう。
人の目を錯覚させる絵画と聞くと、連想するのは「だまし絵」的な表現。いつまで登り続けても同じ階段をループするマウリッツ・エッシャーの絵画などが有名です。しかしキネティック・アートが扱う領域は、また違う傾向があるそうです。
江川:トロンプ・ルイユ(目を騙す)的な表現には、エッシャーのように具象物もよく描かれますね。でもキネティック・アートでは主に幾何学的な抽象模様を扱い、錯視で遠近の感覚をゆさぶったり、色彩対比で知覚を刺激したりする表現が特徴なんです。
ジョエル・スタイン『青と赤の大きな円筒』1973年 アクリル・カンヴァス
なるほど。たしかに、ヴィクトル・ヴァザルリやジョエル・スタインの作品などは、やはり幾何学パターンを用いつつ、その色彩感覚で観る者の目を刺激します。
江川:鮮やかな青とオレンジなど、補色やグラデーションの効果も印象的です。ヴァザルリはこうした特殊な視覚効果をもたらす「オプ・アート」の父とも称されました。
色と線とのイリュージョンに没入すると目がチカチカしそうでもありますが、前述グリニャーニの精巧かつ緻密に描かれたCGのような作品は、意外にも「カンバスに油彩」という伝統的な絵画手法で描かれていたりします。当時、どうやって制作をしていたのかも興味が湧きますね。
江川:グリニャーニの絵画は、スライド映写機で原図をキャンバスに拡大投影して描いたのでは? との考察もあります。だから、キネティック・アートは20世紀の科学の発展、機械文明化に呼応して生まれたものとも言えますね。そこに想いを馳せるのも、今あらためて鑑賞する上での楽しみ方かもしれません。
ジュリオ・ル・パルク『観客の移動による仮想の形態』
1969年 ミクストメディア(布地、着色した薄紙、ロードイド)、板
ほか、ミラノの女性作家・ダダマイーノによる『ダイナミックな視覚のオブジェ』は、アルミの薄板を細密に貼り付けた格子模様から、球体が浮かび上がる作品。また、パリで結成された「視覚芸術探求グループ(GRAV)」からは、平面の縞模様が湾曲した樹脂パーツに写り変化する、ジュリオ・ル・パルクの『観客の移動による仮想の形態』が展示されています。どれもタイトルが理系的というか、直球勝負なのも印象的。作品自体も、理屈を超えて知覚へダイレクトに訴えかけてきます。
動かぬなら、こちらが動こう、キネアート
前述の作品名『観客の移動による仮想の形態』にもあった通り、観る側が作品の周囲を移動することで「動き」を感じさせる表現もあります。「2章:干渉しあう線・形(さまざまな素材)」がフィーチャーするのは、そうした不思議な作品の数々。
ひと際強い存在感を放つのは、ミラノのアーティストグループ「グルッポN」による『視覚の動力学』です。拡散するように伸びる無数の真紅の線は、塩化ビニール板に切り込みを入れ、扇子状にひねって生まれているよう。それが奥側の黒と干渉し合い、作品の前を通る人の視覚上で動きが生まれます。幾何学的ながら生命力を感じさせるその様子は、たとえるなら、後に『2001年宇宙の旅』のワンシーンや『新世紀エヴァンゲリオン』に出てくる使徒のデザインのような不穏な「動き」の迫力?
グルッポN(トーニ・コスタ、アルベルト・ビアージ)『視覚の動力学』(部分)1964年 ポリ塩化ビニルのレリーフ、板
江川:グルッポNは、空間や知覚の問題をキネティック・アートの形で探ったグループと言えます。作品素材の反射やモアレ現象も活かした点が面白いですね。素材に工業製品を積極的に取り入れたのも、この当時の傾向でしょう。それは、工業的プロセスで再生産されうる美術作品「マルティプル」の考え方ともつながります。ここにも社会の変化と共に生まれたキネティック・アートの一面が見て取れるのではないでしょうか。
会場には、スーツとサングラスを粋に着こなす秘密結社風(?)のグループ集合写真や、アルベルト・ビアージらメンバー個人の作品も多数展示。グループ内の共通項や、各人ごとの「動き」へのこだわりも興味深いところです。
左からアルベルト・ビアージ、エドアルド・ランディ、エンニオ・キッジョ
マンフレド・マッシローニ、トーニ・コスタ(グルッポNのメンバー)
インタラクティブアートのご先祖様? 「グルッポT」による時間をテーマにしたキネティック・アート
続いては「3章:不思議な光・動き」。立体作品から床に伸びたコードの先には動作ボタンが、また空間のそこかしこからは光が観衆を誘い、いよいよエレキなキネティック・アートが楽しめそうな予感です。
まずはダヴィデ・ボリアーニの『磁力の表面』を体験。スイッチを入れると、テーブル状のケース内に敷かれた砂鉄の山がゆっくり動き、奇妙なパターンを形作っていきます。恐らくケースの下で磁石がモーター移動することで、砂鉄が作り出す模様が形を変えていく仕組み。機械仕掛けながら、思わず「がんばれ!」と声をかけたくなる可愛らしさも感じます。
ダヴィデ・ボリアーニ『磁力の表面』
1959 / 1985年 電磁気術、9つのモーター、木、ガラス、鉄の削り屑
江川:ボリアーニはミラノ発のアーティストグループ「グルッポT」の紅一点。彼らの写真を観ると、こちらは爽やかなギターポップバンド風で、それぞれのグループが持つ個性の対比も印象的です。なお「T」は「Tempo(時間)」に由来し、彼らは時間にともなう運動や、色と形の変化をコンセプトに表現しました。それらは、今で言うインタラクティブアートの先駆けとも捉えられます。
左よりジャンニ・コロンボ、ジョバンニ・アンチェスキ、グラツィア・ヴァリスコ
ダヴィデ・ボリアーニ、デ・ヴェッキ(グルッポTのメンバー)
同じくグルッポT、ガブリエレ・デ・ヴェッキの『軸側投影法の歪み_1』は、円盤に貼り付けた三角柱のフレームに照明光を当てることで、影の線がフレームを補完。これを回転させ、3Dアニメーション的な視覚効果を生み出します。グルッポTの面々は、かつてカンバスをカミソリで引き裂き、その裂け目を絵画の一部に取り込んだ巨匠、ルーチョ・フォンタナも教鞭をとったブレラ美術アカデミー出身。フォンタナや後述のブルーノ・ムナーリらとの交流から、先達の創意を吸収・発展させた面もあるようです。
ガブリエレ・デ・ヴェッキ『軸側投影法の歪み_1』1964年 エナメル塗装した金属、電気モーター
約50年前のメディアアートに感じる機械のぬくもり?
さらに、一対のポールが同じ円周上を高速回転し、その残像でバーチャルな円筒形を出現させるのは、ジョヴァンニ・アンチェスキの『円筒の仮想構造』。またグラツィア・ヴァリスコの光の作品はCG映像風ですが、透明アクリル樹脂板のレイヤーを回転させつつバックライトを当てるなど、当時の技術で実現しています。
江川:テレビ、パソコンやスマホなどを通して日々デジタル表現にふれている21世紀の私たちにとっては、「フィ〜ン」というモーター動作音もどこか素朴な味わいがありますね。今回はキネティック・アートを当時とはまた違う新鮮さで体感できる機会だとも考えています。当時これらのアートの出現に立ち会った人々は、ラディカルな表現と受け止めたのか、あるいはやはり「機械のぬくもり」的な感覚も抱いたのか……そんなことも想像させてくれます。
グラツィア・ヴァリスコ『可変的な発光の図面 ロトヴォド+Q44』1963年 透明アクリル樹脂、木、電灯、電気モーター
そういえば、会場のキャプションには「作品はどれも歳をとっています。いたわってあげてください」というメッセージが書かれているのも微笑ましい限り。ただ同時に、ここにはすでに現在のメディアアートに通じる要素も宿っています。イタリアの知の巨人、哲学者のウンベルト・エーコはかつて、グルッポTのメンバーらをこう評しました。
「画家? あるいは、プログラマー? 形の計画者である」
「幾何学的形態を引き受け、その循環や置換に委ねる。すべてのバリエーションを、区別するのではなく、必要に応じ調整してプログラム化しながら委ねる」
計算された動きと、そこで生まれる偶然の要素との関係性。また制御された仕組みの中にも作家の思想が息づく様などは、後のデジタル表現につながるものでしょう。
匿名的な創作態度の現れ? グルッポ(グループ)活動が活発だった1960年代イタリアのアートシーン
もう1つの重要グループ「グルッポMID」の作品もそれを強く感じさせます。『円形マトリクスの発生装置2』は、円盤を回す古来のアニメーション技法「フェナキストスコープ」のような機構を取りつつ、照明光との干渉により盤上のドットが右回り、左回り、と入り乱れるように見えるもの。また、体験者が2つのボタンで動きを制御できる光のアート『運動の発生装置』なども、つい没頭してしまいます。
グルッポMID『運動の発生装置』 1966‐2011年 モーター・ネオン光・透明アクリル樹脂・アルミニウム
ところでイタリアのキネティック・アートには、グルッポN、グルッポT、グルッポMIDといったグループでの活動が目立つのも印象深いですね?
江川:新技術や素材を活かした表現を目指す際、協働・共創が都合良かったこともあるのでしょう。また、創造主としてのアーティストの存在を押し出すより、作品自体を通して表現したいという匿名的な態度もあったかもしれません。
彼らの中には芸術家という肩書より「美のオペレーター」たる立場を好んだ者も多かったとか。観衆の参加で生成される作品空間、という考え方も含め、現在の作り手たちと比較することからも発見がありそうです。
デザインの巨匠、ブルーノ・ムナーリ、そしてオリベッティ社のコンピューター開発との関係
最終セクションは「4章:知覚を刺激する(立体的な表現)」。立体物として、また空間全体を使って表現されたキネティック・アートの世界を辿ります。
江川:ここで登場するのが本展の重要人物であり、デザイナーとしてもよく知られる巨匠、ブルーノ・ムナーリの作品です。赤と緑に塗られた『4つの円錐』が組み合わさるこの作品には、自動回転するバージョンもあるそうです。また、コンパクトに収納・移動できる『旅行用彫刻』などには、デザイナーでもある彼流のキネティックな関心がみられます。ムナーリの創作には、人間が機械に使われるという時代の懸念に対し、人間こそが機械を活かすとの想いもあったとか。
やはりデザイン出身のマルチェッロ・モランディーニの作品は、木材で3次元パターンを生み出した彫刻的表現。階段式ピラミッドを思わせるフォルムに漆黒の躍動的なラインを加えたり、グリッド状に並ぶ抽象パターンが実はコマ割り風の変化の流れになっていたりと、物質感の中にモーショングラフィック的要素が宿ります。
マルチェッロ・モランディーニ『構造 208A』1974年 塗装した木
貴重な立体作品やインスタレーションの様子を記録した映像・写真も観ることができます。積み上げられた透明な球体が相互の摩擦でゆっくりと動くムナーリの『9つの球体の柱』や、彼が企画したキネティック・アートのグループ展『プログラム・アート』の会場風景など。
江川:実はこの『プログラム・アート』展は今回の重要な指標ともなっています。これは1960年代、タイプライターで知られるオリベッティ社の全面協力で企画されたもの。当時コンピューター開発にも進出した同社は、タイトルが示すようにテクノロジー表現の紹介に一役買ったんですね。オリベッティとの縁も深いムナーリが企画を担当し、今日見てきた作家たちも多数参加しました。資料にはスイスのTV局での取材風景なども登場していて、欧州巡回展も話題を集めたようです。
ブルーノ・ムナーリとルーチョ・フォンタナ(後ろ向き)が訪問したグルッポTの作品展示風景、1960年代半ば
「視覚=光の動き」を探究したキネティック・アートと印象派絵画。そしてメディアアートまで繋がる思わぬ共通点。
ここであらためて、キネティック・アートの源流を遡ってみましょう。その胎動は、20世紀初頭、1920年代に見られます。ハンガリー出身の芸術家、モホイ=ナジ・ラースローによる動く彫刻。また現代美術の祖とも呼ばれるマルセル・デュシャンが500セット限定で販売したロトレリーフ作品。1930年代にはアメリカの現代彫刻家、アレクサンダー・カルダーによるモビール作品(ちなみにこの呼称はデュシャンによる命名)もありました。
江川:イタリアといえば、20世紀初頭に機械文明を礼賛し「スピードの美」を唱えた芸術運動「未来派」の動きも挙げられます。ムナーリは未来派とつながりがありました。ただ、キネティック・アートの動きが本格的に隆盛するのは、1950年代後半から60年代にかけてのこと。第二次世界大戦後の科学発展を芸術に取り込む気運が高まる中、新しい美術分野として展開していったと見られます。
グルッポMID『円形マトリクスの発生装置 2』1966年 モーター、LED光、透明アクリル樹脂
今回の展覧会は、21世紀に入りイタリア、ドイツを巡回したキネティック・アートの回顧展『Arte Programmata e Cinetica in Italia 1958-1968』(2000~2001年、イタリア)、『Luce, movimento & programmazione - kinetische Kunst aus Italien 1958-1968』(2001~2003年、ドイツ)がベースになったそう。それはメディアアートの先駆・源流としての再評価もされる黄金期的なイタリア作家たちを再評価するものでした。キネティック・アートの流れは1970年代以降、より高度な技術と結びつき、メディアアート、インタラクティブアートにつながっていきます。一方でその水脈は、ライトアート(人工的な光や電気を使用した芸術作品)など知覚を重視する多領域ともつながっています。
江川:現代美術は難しいとしばしば言われる中、今回紹介するキネティック・アートはコンセプト等以前に、視覚や身体に直に訴えてくるのも魅力です。近代絵画のコレクションで知られる当館で今回『キネティック・アート展』を開催したのも、毎年夏休み時期にはより幅広いお客さんが楽しめる企画を、という想いから実現しました。これがより広く美術に親しんでもらうきっかけにもなると嬉しいですね。
会場を出ると、そこには同館おなじみの、ルノワールやセザンヌらによる名画の収蔵品展示もありました。思えば彼ら印象派の挑戦も、「光の動き」の探求から新表現を切り拓いたものであったことに気付かされます。光と動きのキネティック・アートをめぐる鑑賞体験は、アートの温故知新の旅でもあったのでした。
- イベント情報
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- 『不思議な動き キネティック・アート展~動く・光る・目の錯覚~』
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2014年7月8日(火)~8月24日(日)
会場:東京都 新宿 損保ジャパン東郷青児美術館
時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
出展作家:
ジョセフ・アルバース
ヴィクトル・ヴァザルリ
フランコ・グリニャーニ
マリーナ・アポッローニオ
ダダマイーノ
ジョエル・スタイン
ジュリオ・ル・パルク
オラシオ・ガルシアロッシ
フランシスコ・ソブリノ
アルベルト・ビアージ
トーニ・コスタ
エドアルド・ランディ
エンニオ・キッジョ
マンフレド・マッシローニ
ゲトゥーリョ・アルヴィアーニ
ジョヴァンニ・アンチェスキ
ガブリエレ・デ・ヴェッキ
ジャンニ・コロンボ
ダヴィデ・ボリアーニ
グラツィア・ヴァリスコ
アントニオ・バッレーゼ
アルフォンソ・グラッシ
ジャンフランコ・ラミナルカ
アルベルト・マランゴーニ
ユーゴ・デマルコ
ナンダ・ヴィーゴ
ブルーノ・ムナーリ
エンツォ・マリ
ラファエル・ソト
フランソワ・モルレ
カルロス・クルスディエス
マルチェッロ・モランディーニ
ルートヴィヒ・ヴィルディング
料金:一般1,000円 大・高校生600円 65歳以上800円
※中学生以下無料、障害者手帳の提示により本人とその介護者1名は無料
※被爆者健康手帳をお持ちの方は本人のみ無料
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