1997年より、メディア芸術の発展を目的として始まった『文化庁メディア芸術祭』の開催は、次回で15回目を迎えることになった。2012年2月の受賞作品展に向けて、文化庁メディア芸術祭に関わるさまざまなクリエイターへのインタビュー連載をスタートする。第1回目は、ドイツ・ドルトムント市で開催されている『文化庁メディア芸術祭 ドルトムント展2011』(10月2日まで)のオープニングプログラム「DOMMUNE Dortmund Tokyo」のために渡独し、帰国したばかりの宇川直宏を取材。第14回文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品に選出された『The Final Media DOMMUNE』を、ドイツの会場から配信することによって至ったという「東京にスタジオを構えながらも世界中のどこから発信してもいい」という認識とは。また、これからのライブストリーミングの可能性や、文化庁メディア芸術祭独特の面白さについてなど、興味深い話題について伺った。
宇川直宏
1968年生まれ。グラフィックデザイナー、映像作家、VJ、現代美術家、文筆家、オーガナイザーなど多数の肩書きを持つ。2010年3月1日に開局した、自ら主宰するライブストリーミングチャンネル/スタジオDOMMUNEで、第14回文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品に選出される。
UKAWA.TV - UKAWA NAOHIRO OFFICIAL WEBSITE -『The Final Media DOMMUNE』
ライブストリーミングを使って月曜から木曜の平日毎晩、Ustreamで配信される番組。プログラムはおもに渋谷にあるスタジオから配信され、実際に足を運んで体験することも可能。基本はトークプログラムとミュージックプログラムの2部構成で、リアルタイムで世界に配信され、視聴者はTwitterによる書き込みでコメントを投稿することができる。ソーシャルメディアを使ったコミュニケーションを伴う実験的プロジェクト。
DOMMUNE (ドミューン)
美術館の中にDOMMUNEのドイツ支局を設立する行為とは
―10月2日まで開催中の『文化庁メディア芸術祭 ドルトムント展2011』にDOMMUNEとして参加し、ライブとトークイベントを現地で開催されましたが、まずはその感想からお聞かせいただけますか。
宇川:9月9日(金)のオープニングレセプションの日に、ニコニコ生放送とコラボレーションをしたライブ配信を行い、9月10日(土)にはDOMMUNEとサイマル配信で参加作家のトークプログラムと、ドルトムント在住のDJ INGO SAENGERのプレイを配信したので、リアルタイムでご覧になった方も多いと思います。ただ、そもそも今回のドルトムントでの展示はDOMMUNE本体のインスタレーションがメインで、配信はあくまで全体のプログラムのうちのひとつです。そのあたりは日本で視聴されている方には伝わりづらかっただろうと思います。
―僕は日本で視聴していましたが、ライブストリーミングとしてのDOMMUNEを美術館の展示空間でどうやって見せたのか、改めて教えてください。
宇川直宏
宇川:展示空間は、美術館の中にDOMMUNEのドルトムント支局、サテライトスタジオを作るというコンセプトです。もちろんそこから、先述したドイツからの中継も配信しましたし、僕らが帰国した後も、過去に東京のスタジオで配信したDOMMUNEの番組アーカイブから、音楽プログラムのベストワークを40時間選出してそれをループで流しつつ、日々東京のスタジオから配信している番組をリアルタイムで美術館の中で見せていくんです。つまり今日これからも開始する僕らの配信も、もちろん、美術館の中にあるドルトムント支局で公開されるのです。ちょっと複雑なんですが、配信サイドには東京のスタジオとドルトムントのスタジオがあり、また視聴サイドには日本、そして世界で配信を見ている人と、ドイツの美術館内で展示として見ている人がいるというかたちです。つまり、このDOMMUNEドルトムント支局自体が作品なのです。
ももクロとDOMMUNEが併存する、という日常
―プレオープニングイベントでは、アイドルグループのももいろクロ―バーZによるライブ、初音ミクをフィーチャーしたsasakure.UKのパフォーマンス、最後に宇川さんのVJが、ニコニコ生放送とDOMMUNEの両方のサイトから配信されていました。ニコニコ動画で見られるというのが斬新なプログラムでしたが、コメントを匿名で書き込めるぶん、タイムライン上ではパフォーマンスに対する批判的なコメントもちらほら出てきていましたね。ももクロのライブを見ているドイツの人の表情にいちいち反応するコメントも面白かった(笑)。
ももいろクローバーZ ©文化庁メディア芸術祭事務局
宇川:ももクロ、初音ミクと来て、最後に僕がドイツのキュレーターに紹介されたドルトムント在住のTOMORROW BUTTONとのVJのパフォーマンスをはじめるやいなや、ニコ生のコメントでかなり叩かれたんですよ(笑)。ももクロ出せ! ミク出せ! おっさんは消えろ! といった感じで(笑)。よく考えたら、ドイツの人がキュレーター目線での、現行のオリエンタリズムとしてのアイドル文化と、ボーカロイドや、ソーシャルストリーミングの先鋭テクノロジーをメディアアートという文脈で切り取れば、ももクロもDOMMUNEも日本のサブカルチャーとして一括りにすることができるのでしょうが、そのオープニングの模様を日本で観たらコンテクストに乖離が生じますよね。なので、叩かれても当然だなあ、と。別に誰が悪いわけでもないのですが、ニコ生に親和性の高いGEEK/ヲタカルチャーとは、いたたまれない断絶感を感じる結果となってしまいました(笑)。しかし、僕にとっては掛け替えの無い経験になったことも事実です。
ももいろクローバーZ ©文化庁メディア芸術祭事務局
―ドイツの人から見れば、ハイコンテクストなメディアアートではなく、日本の日常にあるオタクカルチャーとネットカルチャーが併置してプレゼンテーションされていたような印象を受けました。
宇川:オープニングに関してはその側面が強かったと思いますね。ただ、古びてしまったクールジャパン以降の戦略としては、オープニングはあれで正しかったのだとも思います。それ以前に今回の試みで特筆すべきなのは、通常のDOMMUNEの配信、つまり日本で日々行われている19時から24時のプログラムですが、それをちょうど7時間の時差の関係で、ドルトムントの会場の開館時間帯、つまり昼の12時頃から閉館までリアルタイムで東京からの配信そのものを展示することができている。ですから先述したとおり、会場を訪れたお客さんは、日本で日々繰り広げられている番組を、同時にホワイトキューブのなかで今日も鑑賞することができているのです。これは画期的なことだと思っています。
同じ窓から眺められるなら、世界じゅうどこの風景を配信しても、それがメディアの実態となりうる
―また、いわゆる日本的なコンテンツを紹介するというだけではなく、「システムとしてのライブストリーミングを輸出できた」ことも面白いですよね。今回ドルトムントにサテライトスタジオを設置した経験を踏まえて、今後のDOMMUNEの展開をどのように考えていらっしゃいますか?
宇川直宏『The Final Media Dommune』
©文化庁メディア芸術祭事務局
宇川:DOMMUNE自体、国立競技場からの配信や、リキッドルームやWWWなどのライヴハウス、渋谷の雑踏からなど、DOMMUNEのスタジオを拠点にしならがも、さまざまな環境下での配信を重ねてきています。ただ今回の経験で、デスクトップ上で毎日同じ窓(USTREAMのDOMMUNEチャンネル)から番組が眺められるのであれば、そこから見える風景自体は地球上のどこであっても、それはDOMMUNEというメディアの実態になりうる、ということを、より明確に感じることができましたね。ドイツでも、ブラジルでも、アフリカでもドミニカ共和国でもいいんだと。スタジオは渋谷区に「偏在」させながらも世界各国に「遍在」できるのだ、と。つまり同じ時間帯に同じ窓から眺めることができる、その環境自体がDOMMUNEの本質なので。だから今後も、さまざまな国で展開していくことになるかもしれません。
―それは楽しみですね。
宇川:今年5月に暖簾分けして、サテライトスタジオとして設立したDOMMUNE FUKUSHIMA!もそうですが、どんな場所にあってもDOMMUNEなのだと言える。つまりベーシックな製法さえ伝授できるのであれば、フランチャイズスタジオとして展開できるということです。僕が常々ライヴストリーミングについて考えているのは、美術批評のクリシェでもある「いまここ」の「ここ」を何処に位置づけるのか、という問題です。もちろん国境を越えても「いま」は疑いなく共有できた。しかし「ここ」は受け手のさまざまな環境が存在するので、全く違う空間を意味します。なので、美術鑑賞における「いまここ」に来て作品そのものに接しないと体験したことにはならない、という、そのアウラはライヴストリーミングにおいて何処に立ち現れるのか?
僕はずっと考えてきましたし、だからこそ渋谷のスタジオをその拠り所として捉えていましたが、今回はドイツ/ドルトムントにもその現場を浮上させた。要するに、「ここ」のレイヤーを一階層増やしてしまった。さらに今回はニコ生とのサイマル配信でもあった。「いま」にまつわる「ここ」の体験、その「体験」をより遍在的に解放していくことが、ライブストリーミングを通じて表現できるDOMMUNEの可能性だということを今回強く感じました。
宇川直宏『The Final Media Dommune』DOMMUNE DORTMUND Satellite STUDIO ©文化庁メディア芸術祭事務局
―確かにニコ生とDOMMUNEの両方で中継していましたけど、出音も違うし、Twitterとニコ生ではコメントの質も違いますよね。媒体によって「いまここ」の体験が異なる、ということだと思います。そういう意味では、DOMMUNEという窓が持つブランド性のようなものがより浮き彫りになったのではないでしょうか。
宇川:そうですね。DOMMUNEがこれまで提示してきたのは、第一の現場はスタジオで、第二の現場はビューワーが視聴しているそれぞれの環境、そして第三の現場はタイムラインという環境でした。しかもその三つの現場にヒエラルキーはなく、どの現場も「いまここ」でしか体験できない、リアルな現実が立ち現れている。スタジオに来て生のパフォーマンスに触れるのも、流れていくタイムラインを共有することも、それをベッドルームでガールフレンドと一緒に眺めみるのも、どの環境にもかけがえのない、いまとここが存在しますから。
しかし今回感じたのは、作品そのものの持つアウラのこと以前に、それを見せる為の額縁、フレームのことでした。その額縁の中で、つまりDOMMUNEという窓を通して見せることの重要さでした。DOMMUNE FUKUSHIMA!もそうですが、そのフレームを通してさえいれば、イメージを改変されることなく、世界中のさまざまな場所からリアルタイムに現実を供給していくことができる。逆にその額縁の中で見せないと作品のもつアウラは放たれない、ということです。とにかく、そのフレームの可能性を、今回の展示で切り拓くことができたんじゃないかなと感じています。
文化庁メディア芸術祭は、日本の「いま」を魅せる格好の物産展
―ではDOMMUNEを含めた『文化庁メディア芸術祭 ドルトムント展2011』は、全体的にどのような印象でしたか?
宇川:いい意味で「物産展的」だったと思います。日本でいま旬のご当地ものや、オルタナティヴな珍味をまとめて展示するという。それをメディアアートとしてくくるのが正しいかどうかは別にして、広義でとらえればタウン誌も女子高生のブログもメディアなので、文化庁の意志は生かされていると思いました。ももクロ、初音ミク、DOMMUNEと、「アルス・エレクトロニカ」でゴールデン・ニカを受賞した黒川良一さんの作品や、新津保建秀さん+池上高志さん『Rugged TimeScape』や、クワクボリョウタさんの作品が、同列に並んだのはかなり斬新だったと思います。やっぱり文化庁がドルトムントで見せているわけで、日本の文化を伝え広めていくことが大前提ですから。通常、メディアアートってエキゾチックなものではなく、現行のメディアで最新のテクノロジーを独自の方法で使ったものが評価されますよね。文化庁が発信しようとしているメディア芸術は、テクノロジーの問題以前に、それが日本を表象しているものかどうかを重要視している印象がありました。ももクロや初音ミクがメディアアートとして伝えられるわけですから(笑)。
―確かにそうですね(笑)。
©Ryoichi Kurokawa ©文化庁メディア芸術祭事務局
宇川:その他の展示もすごく面白かったですよ。平川紀道さんとHouxo Queがつくった、グラフィティのペインティングとプログラムを重ね合わせた巨大なプロジェクションとか。文化庁メディア芸術祭の14年の歴史のなかから、受賞した作品も推薦作品も関係なくフラットに、キュレーターのシュテファン・リーケルスの視点で選ばれていたのが面白かったですね。
―DOMMUNEのトークプログラムでも、司会をされていた方ですよね。
宇川:そうです。日本のギークな文化も熟知した上で、マンガ/アニメにも精通しているし、もちろんメディアアートにも造詣が深い。DOMMUNEの番組もドイツで頻繁に見てくれていて。きちんとリアルタイムで日本文化に触れているキュレーターの選択眼を生かして展示している。これは素晴らしかったと思います。
平川紀道/Houxo Que『days and nights』 ©文化庁メディア芸術祭事務局
あらゆるメディアから発信される、エクストリームな表現の見本市
―『第14回文化庁メディア芸術祭』で、DOMMUNEはアート部門審査委員会推薦作品に選ばれていますね。
宇川:先日出版した本(『@DOMMUNE』---FINAL MEDIAが伝授するライブストリーミングの超魔術!!!!!!!! (DOMMUNE BOOKS 0002)、河出書房新社)にも書いたんですけど、著作隣接権の問題が存在しているのに、DOMMUNEを推薦してもらったのは大きな意味があるんじゃないでしょうか。著作権の枠組み自体が20世紀の産物だと思っているので、著作権の新しいパラダイムに向けて議論が発展していくきっかけになるといいなと思っています。
―では最後の質問ですが、来年の文化庁メディア芸術祭の受賞作品展を楽しみにしているお客さんにメッセージはありますか?
宇川:広い意味で、いまの日本のメディアのあり方を俯瞰できるイベントだと思いますね。美術史的な文脈でのメディアアートではなく、テレビ、インターネットから、個人のブログやツイッター、あらゆるすべてのメディアから発信されている情報の物産展であり、そのなかで際立ったものが選出されているので、いまの日本をシンボリックに表すイベントですね。いわゆる美術館で展示されている現代アート作品とは違った、エクストリームな魅力のある作品に出会えるんじゃないかと思います。
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