其の二 都庁の石原慎太郎、アルタのタモリ
石原慎太郎が都政で取り組んだ問題の一つに、カラス対策がある。彼のウェブサイトから拾うと、2001年にはカラスについて都に年間3354件ものクレームが寄せられたのだという。その後の調査で東京都には約37000羽ものカラスがいると確認され、石原慎太郎は早速カラス対策プロジェクトを発足させた。「トラップによる捕獲」と「巣の撤去による捕獲」を行なったのだ。このプロジェクトによって、2004年にはカラスが19800羽にまで減少したという。発足当時、「日本野鳥の会」が石原慎太郎に向かって提出した意見書「東京においてカラスと人との軋轢を減らすための都知事への提言」が興味深い。意見の骨子は、カラスを減らすには捕獲ではなくその餌となる生ゴミを減らすほうが先決ではないかという内容。カラスの生態を丁寧に説明した後に「2. 捕獲策を優先させないほうがよい理由」としてこう書く。「莫大な費用と労力をかけて、毎年、駆除しつづけても、食料を減らさなければ、実際に個体数を削減することには結びつきません」。おっしゃる通り。しかし、不要なものを根こそぎ排除する石原流には響かない。捕獲し駆除するだけでは気が済まなかったのか、彼はMXTVの番組内で、色々なカラス料理を作り試食するという試みを行なった。唐揚げと黒コショウ炒めとミートパイを比較したところ、カラスのミートパイが一番美味しかったようで、「カラスのミートパイを東京名物として売り出したらどうか」と提案した。カラスを減らす必要はあっただろうが、最終的にカラスのミートパイ作りにまで至る所が石原慎太郎である。反逆者、この場合は反逆「鳥」だが、消すべき相手は徹底的に消そうとする思考の持ち主なのだ。
さてと、生き残ったカラスの目線を借りながら、都庁のある新宿の街を「空から見てみよう」。北南に線路が通う。西には、石原慎太郎が陣取る都庁を筆頭にした高層ビル街が連なっている。東には、繁華街が並ぶ。北東側には、彼がカラスの駆除と同様のスタンスでクリーン化を試みた歌舞伎町が広がり、東口の繁華街を更に東に行けば、彼が忌み嫌う同性愛者の街が広がる。忌み嫌うと言えば、新宿を北上した大久保に広がるタウンに住まう、「(彼の排他的言質を使えば)三国人」の存在も見えてくる。公式然とした西口から線路をまたいで東側を見ると、雑然とする新宿という街の特性が浮かび上がってくる。東口を眺めていると、ある男の存在が石原慎太郎と対照的だと気付く。そう、アルタに1982年から居を構えるタモリである。タモリは石原慎太郎が西新宿に陣取る15年も前からこの雑然たる東新宿に居座ってきた。いつ捕獲されるか分からないカラスの眼をここら辺で諦めて、石原慎太郎とタモリという、新宿を代表するオジさん2名を比較しながら、石原慎太郎像を浮かび上がらせることにしよう。
タモリとは何か。この命題を出してしまうとそれだけで膨大なテキストが必要になるので、超・簡略化すると、今現在のタモリとは「嫌われない人」なのではないか。苦手な人はいるだろうが、苦手と感じてもチャンネルを変えるほどの憎悪には繋がらない。煮汁は出ても、灰汁がどこからも出て来ない。「笑っていいとも!」で見せるクドい突っ込みやとぼけ方も、誰しもいい加減もういいよと思いながら、そのまんま許容しているのが実態ではないか。とりわけ、「タモリ倶楽部」を公的化したかのような「ブラタモリ」の放映以降、表舞台と裏舞台が豪快に交差し、若い層の間ではもっともチャレンジングなオジさんとの印象が強まっている。トークの効力に限界が生じてきた明石家さんま、映画製作のために仕事を安請け合いしているように思われがちなビートたけし、吉本の護送船団に担がれすぎている松本人志や島田紳助と比べて、タモリは、大御所の中で最も伸び伸びしている。もともと活発な動きを見せる人ではない。淡々と力を抜いている。その、そもそもの芸風が時代に合致してきたということなのかもしれないが、肉食同士が絡まり油ギッシュに脂肪分が噴射されがちな芸人の世界の中で、慎ましく小魚で居続けている。しかしその小魚の骨はノドに刺さると痛いし、なかなかとれない。「やる気のある者は去れ」を座右の銘とする彼がひねくれる或いは皮肉る場面を意識的に連鎖させた後の、その静かな爆発力ったら無い。小魚の骨は、毎度必ず、博識な雑学知識に裏付けられている。それでいて、これだけ年を重ねてきても、まだ予測不可能な余白を残し続けている。何を差し出しても常に高圧的にレスポンスする石原慎太郎と、真逆なのはそこだ。
石原慎太郎を取材したジャーナリストの本に共通していたのは、彼に実際に会ってみると、その人柄、とりわけ気持ちよく破顔する笑顔に惹き付けられた体験ないしは伝聞についての記載がある点だ。キレイに揃った白い歯を光らせながら顔をクシャクシャにして笑うあの顔。確かに、とても魅力的な笑顔だ。もう十数年前になろうか、石原慎太郎の母校である一橋大学に彼の講演を聞きに行ってきた母にどこが良かったのかを訊ねると、「あの立ち姿と笑顔よ」と言っていた記憶がある。接写に耐えられない政治家が多い中、石原の見てくれはたいそう宜しい。見てくれを威勢の良さと掛け合わせただけで、首長としてのカリスマ性がそれなりに立ち上がってくる。石原慎太郎は選挙の度に渡哲也や舘ひろしといった石原軍団を担ぎ出すが、その間に挟まれていても遜色ない。その二人に挟まれば大抵の政治家は捕獲された宇宙人に見えてしまうだろうが、彼の堂々たる立ち振る舞いは、弾ける笑顔とすらっとしたスタイルによって、食われずに済んでいる。まったく困ったことに「どうせなら顔が良い人に投票しよう」と本気で思うらしい一定の層をわしづかみにして離さないのだ。
一方のタモリは、弾けるようには笑わない。サングラスの奥の目は笑っていないとよく言うが、タモリの場合、そもそも口元も顔の筋肉も緩くならない。イヤらしく、ニヤッと歯を少しだけ見せるに留める。ポマードで固められた髪型に清潔感は無いし、私服に近しいであろう「ブラタモリ」の映像を観ても、大抵は地味な模様のセーターに色の薄いズボン、近くの古びた理容店に座っていそうな佇まいである。石原慎太郎は選挙時に、手に香水をかけてオバ様たちと握手して回るような、分かりやすく計算高いキザな男である。タモリには、こういったキザな成分が全くない。熱心なサユリストを公言しているし、最近では北川景子が好きと言い散らしているが、何かこうアダルトな男性の魅力というものを、持ちもしないし使ってもいない印象を受ける。若い層にタモリが受けるのは、この根っからの趣味人が、その趣味を黙々と追究して、その果てに「そうは言っても男である」を用意しないからではないのか。引き出しに、「男」が無いのである。「不倫は文化」を「不倫は文化遺産」に更新した石田純一やその石田の元カノと付き合い始めた神田正輝のように、オジさんになろうとも色めき立つことがあって良しとするスタイルは、テレビに出るオジさんの中で実は主流である。さんまでもたけしでも、プライベートの話に「おネエちゃん」がよく出てくる。石田純一がそうだったように、そしてその対岸には、執拗な愛妻家トークが用意される。オジさんはそのどちらかで回収される。どうだろう、タモリはそのどちらも出してこないではないか。あれだけイヤらしいはにかみを見せるくせに、「男」としての自分、相手としての「女」が漂わない。草食系というカテゴライズは好きではないが、異性にギラつかない世代には、その無臭が頼もしいのである。
石原慎太郎はどうか。多くの女性を敵に回す発言を引用してみよう。著書『男の世界』にこういう一節がある。「雌は絶対に一匹狼にはなれない。特に人間の女は。男と女の違いの一つは、男は孤独に耐えられるが、女にはそれが出来ないということではないか。(中略)一人の女は絶えず誰かを待っている。求めている」。寒気とともに、なんだか胸につかえるものを感じる。タモリのような小骨ではない。食したものが逆流する、ああこれは嘔吐感だ。この、分かりやすい男性至上主義。かの有名なババア発言では裁判沙汰にまでなった彼には、「男」であることが、「女ではない」という否定から導かれる。実は、他の案件でもこの人はそうなのだ。「日本人」は「朝鮮人ではない」から導かれ、「戦争」は「戦争を知らない連中」の叱咤から掘り起こされる。張り上げた声を補填するものはいつも否定だ。タモリはどうか。この人は否定をしない。いつも、ささやかな引き算を、自分の身に仕向ける。シニカルだが害はない。東北大震災の後、譲り合う気持ちをダチョウ倶楽部・上島竜兵の「どうぞどうぞ」に準えた「ウエシマ作戦」なる行動が伝播されたが、こういう譲歩や引き算こそ、「日本人」なのだとしたい。個々人の譲歩や引き算が導くのは、多様化への許容でもある。タモリの周りに広がる新宿の街並みはその証左だ。上からモノを否定するだけの首長にはそれが分からない。「津波は天罰」と言えてしまう精神性が、これまで様々な差別を生み、当事者を苦しめてきたのだ。次回は、彼のマイノリティ排除思考に簡単に触れながら、東京都青少年健全育成条例改正問題について話を広げていきたい。
- フィードバック 1
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-