時代を超えて愛され続ける岡崎京子の魅力を、今日マチ子と紐解く

「強くなりたいなあ 強く 強く 強く」「そうよ あたしはあたしがつくったのよ」。これらは、岡崎京子の漫画に登場する女性たちのセリフです。このような数々の印象的な言葉とともに、1980~90年代のポップカルチャーとその時代を生きる女性の姿を重ね合わせた漫画作品で、瞬く間に時代の寵児となった漫画家・岡崎京子。彼女は、めまぐるしく変容する社会に寄り添いながら、時代と若者たちを軽やかに、鋭く表現しました。1996年に起こった不慮の事故により休筆を余儀なくされますが、その後も未発表作品や新装版が次々と刊行され、現在も新たな読者を生み続けています。

そんな岡崎京子作品の全貌を明らかにする展覧会『岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ』が、2015年1月24日から3月31日まで、世田谷文学館にて開かれました。300点以上の原画のほか、学生時代のイラストやスケッチ、当時の掲載誌などを集めたこの展覧会には、世代や性別を問わず、全国から2万5千人近くの人々が訪れました。今回は、日常の一場面を瑞々しく切り取った『センネン画報』や、戦争と少女をモチーフとした『cocoon』など、多彩な表現で知られる漫画家の今日マチ子さんと一緒に展覧会を巡りながら、時代を超えて多くの人々を引きつける岡崎作品の魅力を紐解いていきます。

岡崎京子作品の装丁デザインを数多く手掛けた祖父江慎が展覧会全体をアートディレクション

『岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ』の会期中に開催されたギャラリートークも担当された今日マチ子さんに、再び世田谷文学館にお越しいただきました。今日さんと一緒に会場を回るのは、岡崎作品の20年来の愛読者でもあるという、本展を企画された学芸員の庭山貴裕さんです。

「プロローグ」会場風景

「プロローグ」会場風景
「プロローグ」会場風景

庭山:展覧会全体のアートディレクションは、岡崎京子さんの単行本の装丁デザインを数多く手掛けた祖父江慎さんが担当してくださいました。「戦場のガールズ・ライフ」というサブタイトルにちなんで、各章の最初に象徴的な女性キャラクターを大きく配置するなど、祖父江さんならではのアイデアが会場中に散りばめられています。

『ヘルタースケルター』扉絵より
『ヘルタースケルター』扉絵より

会場に一歩踏み入れるとまず目に入ってくる『ヘルタースケルター』の扉絵も、来場者への視覚的効果を考えた祖父江慎さんのアイデアだそう。『岡崎京子の研究』の著者、ばるぼらさんが協力した年表や、貴重な学生時代のイラストなどが展示された「プロローグ」に続き、4章構成の展覧会の第1章、「SCENE1 東京ガールズ、ブラボー!!」が始まります。

今の漫画家は避ける「固有名詞」をたくさん用いて1980年代を描いた『東京ガールズブラボー』

1980年代初頭、ニューウェーブと最先端のオシャレにありあまる情熱を捧げる女子高生・金田サカエが、憧れの東京へと降り立つことから物語が始まる『東京ガールズブラボー』。ファッション誌『CUTiE』で1990年から1992年まで連載されていた、岡崎京子さんの代表作の1つです。展覧会の第1章は、この作品から幕を開けます。

「SCENE1 東京ガールズ、ブラボー!!」会場風景

「SCENE1 東京ガールズ、ブラボー!!」会場風景
「SCENE1 東京ガールズ、ブラボー!!」会場風景

今日:私はリアルタイムで岡崎京子さんの漫画を読んでいなくて、『東京ガールズブラボー』を手にとったのも2000年代に入ってから。当時、1980年代のカルチャーのことはあまり知らなかったので、「こういう時代があったんだな」と珍しい気持ちで読みました。でも、描かれている女の子の生態が今と全然変わらなくて、昔の話だから読めないとはまったく感じなかったですね。岡崎京子さんの「楽しい女の子像」が詰め込まれた作品だと思います。

庭山:時代を超えた女の子の生態を描きながらも、その時代を感じさせるのは、固有名詞の多さによるところがありますよね。『東京ガールズブラボー』だと、主人公のサカエちゃんが行きたい場所として列挙する、「ツバキハウス」(新宿テアトルビルにあったニューウェーブ系ディスコ)や「ピテカン」(原宿にあったクラブ「ピテカントロプス・エレクトス」)、「ラフォーレ」とか。そういう固有名詞がたくさん出てくる表現は、今の漫画ではあまり見られないですよね。

『東京ガールズブラボー』の一節
『東京ガールズブラボー』の一節

今日:そうですね。固有名詞は時事ネタ以外には使わないという、漫画家の暗黙のルールがあります(笑)。固有名詞はそのときにしか通用しないものも多いから、あまり使いすぎると1年後に読めなくなってしまうという問題があって。でも、今あらためて『東京ガールズブラボー』を読むと新鮮で、言葉が素直に使われていていいな、と思いますね。固有名詞が価値を持っていた時代ならではの表現だと思います。

庭山:現在の漫画ではそれが通用しないという感覚はありますか?

今日:今の時代は、固有のものに執着せず、ブランドが価値を持たなくなり、人々が細分化してきていますよね。岡崎さんの作品でも、「こっち系の服を着ている人はこっち系」みたいな表現がありますが、当時はファッションやカルチャーでいくつかの分類ができていたと思うんです。でも今は、アニメTシャツを着ているからといってオタクではないとか、かつてのようなわかりやすい分類はできなくなってきている。そういう時代の違いは感じますね。

『チワワちゃん』の一節
『チワワちゃん』の一節

庭山:さまざまな分野からの引用も岡崎作品の特徴の1つですよね。『チワワちゃん』の単行本の巻頭に、「あなたが これから 向かうところは わたし達が やってきたところ」という一文があります。1980年代を描いた作品を紹介するこの章で、その時代から現在にかけて反復している事柄や続いている事柄を感じ取ってもらえたらと思い、会場にもこの文章を掲げました。これは岡崎さんが以前対談した宗教人類学者の植島啓司さんの著書の一節の引用だと思われますが、もはや出典が意味をなさないほど、岡崎作品の中では過去や同時代のテキスト、漫画、音楽、映画などからの膨大な引用が交錯していて、それが従来の作家とは異なる独自性になっていると思います。

今日:重いテーマでも、引用によって違う風がふっと入ってくる感じがありますよね。すべてが岡崎さんの言葉ではなく、関係のないところからの引用が入ることで、作品が重くなりすぎず、軽さが加わっているように思います。

漫画だけでは収まらない。当時のカルチャーを象徴するような存在だった岡崎京子の幅広い活動

「物欲は愛だ」。岡崎さんは、自著のあとがきにこの言葉を寄せています。日本がバブルを迎え、好景気に沸いた1980年代半ば~90年代初頭。消費がもたらす無邪気さと残酷さを描いた作品が、ワニと暮らすOL兼ホテトル嬢のユミを主人公とする『pink』でした。「SCENE2 愛と資本主義」では『pink』の原画に加え、エッセイやイラストを寄稿し、ときに岡崎さん自らが華々しく被写体として登場した数々の雑誌が並び、当時深く根づいていた雑誌カルチャーを思い起こさせてくれます。

「SCENE2 愛と資本主義」会場風景
「SCENE2 愛と資本主義」会場風景

今日:バブルが終わった頃はまだ小学生でしたが、今でもその頃のことは覚えています。一気に世の中がトーンダウンして、明るい感じが消えたのは子どもながらにわかりましたね。お祭り騒ぎみたいな消費のかたちが、ある日突然終わってしまったという印象がありました。

「SCENE2 愛と資本主義」会場風景

庭山:このエリアでは、当時の不安定な感覚を表すために、祖父江さんのアイデアで斜めの線を意識的に多用しています。キャプションも斜めにし、額にもぐりこませるようにしたり、額縁を斜めに配置したところもあります。また中央には、当時岡崎さんがイラストやエッセイを寄稿した雑誌を多数展示しています。

今日:あの頃は、世の中はすべて雑誌が作っていると思っていたし、学校と雑誌しか世界がなかったです。今みたいに暇つぶしに読むものではなくて、外の世界はすべて雑誌に収まっているというイメージでしたね。私は『Olive』ばかり読んでいました。

岡崎京子さんが寄稿したエッセイやイラストが掲載された数々の雑誌
岡崎京子さんが寄稿したエッセイやイラストが掲載された数々の雑誌

庭山:岡崎さんも『Olive』を愛読されていたそうですね。ピチカート・ファイヴの小西康陽さんやテイトウワさんとの対談や、小沢健二さんとの親交など音楽との関わりも非常に大きいですし、個人的にはジャン=リュック・ゴダールの『ゴダールの決別』や、川勝正幸さんが編集していた『バーバレラ』『うたかたの日々』などの映画パンフレットに寄せたイラストエッセイから岡崎さんを知りました。岡崎さんは音楽、映画、美術、思想などいろんな分野と紐づいていたので、今振り返ると当時のカルチャーを象徴するような存在として浮かび上がってくるのではないかと思います。

今日:漫画家だけれどもいろいろなジャンルでお仕事をしている岡崎さんの活躍があったからこそ、「そういうことをやってもいいんだ」と勇気づけられました。青年誌で描いている人は女性誌では描かないなど、自分の持ち場がはっきりとしていた漫画の世界で、青年誌や女性誌、ファッション誌などあらゆる媒体で作品を発表している岡崎さんの軽やかな制作姿勢には、私も影響を受けています。

1990年代的であるともいえる、ポーズとしての斜に構えた厭世的な暗さを持つ作品『リバーズ・エッジ』

バブル崩壊から数年を経て世紀末を間近に控えた、ほの暗く乾いた時代。そんな1990年代中盤の世相を反映した作品が、岡崎作品の中でも傑作と名高い『リバーズ・エッジ』です。主人公のハルナを中心とした高校生の日常と、草原に打ち捨てられた白骨死体、ほころびていく友人関係。作品イメージをもとに、「SCENE3 平坦な戦場」の展示室は暗室のように設えています。今日マチ子さんが今展覧会の公式カタログ内でトリビュート作品としてテーマに選んだ作品も、この『リバーズ・エッジ』でした。

「SCENE3 平坦な戦場」会場風景
「SCENE3 平坦な戦場」会場風景

今日:私が初めて岡崎さんの作品に触れたのが、高校生のときに読んだ『リバーズ・エッジ』なんです。最も印象深い作品なので、今回はいちファンとして『リバーズ・エッジ2015』を描きました。その頃私は川のそばに住んでいたんですが、この作品を通して川がこんなにも物語を紡ぐものなんだということを知って、それから川が特別な場所になっていきましたし、私も作品の中で川を登場させるようになりました。

公式カタログに掲載された、今日マチ子『リバーズ・エッジ2015』
公式カタログに掲載された、今日マチ子『リバーズ・エッジ2015』

庭山:川は、この作品の中でどんな意味合いをもっていると思いますか?

今日:『リバーズ・エッジ』では、川は生と死の狭間の水だと思っています。高校生が外でいろいろと自由にできる場所は川原くらいですよね。川というのは学校内や街中ではできないこともなんでもできるし、お金がかからないので、高校生にとってはすごく好条件な場所なんです。東京の川は、街の中を流れてたどり着く最終地点。『リバーズ・エッジ』はその汚さや終末感を含め、川の意味合いを非常にうまく使った作品だと思いますね。

「SCENE3 平坦な戦場」会場風景

床には主人公ハルナと同級生山田くんが川原で見つけた死体が
床には主人公ハルナと同級生山田くんが川原で見つけた死体が

庭山:岡崎さんは雑誌『CUTiE』にこの作品を連載しているとき、「隅々まで管理された社会になったけれど、川原はそこからはみ出た奇妙なエアポケットみたいな場所になっていて、その淀んだ空間の中に何かありそうな気がする」といったことを書いていらっしゃいました。管理された公園ではだめなんですね。

今日:そうですね。加えて、キャラクターたちが自由に物語を動かせる象徴という点でも川はうってつけで、どんなことでも起こりうる場所という感じがします。

庭山:『リバーズ・エッジ』には、アメリカのSF作家、ウィリアム・ギブスンの詩から「平坦な戦場で僕らが生き延びること」という部分が引用されていますよね。この詩にある「涸れた噴水の中を落ち葉が外に出られず旋回している」といった殺伐とした光景はギブスンが描いたものだとしても、それが現代の若者の日常とつながっているのだというセンスと先見性は、岡崎さんならではだと思います。

ウィリアム・ギブスン『THE BELOVED(VOICES FOR THREE HEADS)』より
ウィリアム・ギブスン『THE BELOVED(VOICES FOR THREE HEADS)』より

今日: 1990年代は、ノストラダムスの大予言で世界が終わるのではないかという世紀末思想はあったものの、「戦争は起こらないであろう」という前提があったように思います。『リバーズ・エッジ』も終わり方は暗いんですけど、それはポーズとしての斜に構えた厭世的な暗さで、本物の暗さではない。一方で現代は、みんな自分をどこか道化にしてふざけあってるけど、本当はすごく暗いのかもしれません。

庭山:『週刊オカザキ・ジャーナル』(1991年~92年に『朝日ジャーナル』で連載)では、湾岸戦争やエイズのような社会的な出来事に鋭く反応している回もあれば、違う回では身近な楽しい話題を書いていて、それらが同一線上にあるんですよね。展示室ではピチカート・ファイヴの“衛星中継”という曲をBGMとして流していますが、この曲も「どこかの国の王様が撃たれる」ということと、身近な恋愛が同列に歌われています。このフレーズの一部は岡崎さんの短編漫画『素敵な時間』(短篇集『恋とはどういうものかしら?』収録)の中にも出てきますが、ピチカートの小西康陽さんの歌詞と岡崎さんの作品の雰囲気には同時代的なものが感じられます。

あるがままの姿を描いているからこそ読者からの支持を得ている、岡崎作品の女性キャラクターたち

2012年の蜷川実花による実写映画化が記憶に新しい『ヘルタースケルター』。本作では、美容整形を繰り返しながら美を希求する「りりこ」と、彼女を取り巻く人たちの痛々しくもたくましい姿が描かれています。そんな過剰な世界観が渦巻く物語とは対照的な、女性同士のありふれたおしゃべりが繰り広げられるエッセイ漫画『女のケモノ道』や、20代を迎えた『東京ガールズブラボー』の主人公、金田サカエたちの日常会話が展開する『くちびるから散弾銃』。「SCENE4 女のケモノ道」では、岡崎京子さんの描く女性の多面性に着目しています。彼女はどの物語でも女性のあるがままの姿を描いており、その女性キャラクターの生き方は読者の絶大な支持を集めています。

「SCENE4 女のケモノ道」会場風景

「SCENE4 女のケモノ道」会場風景
「SCENE4 女のケモノ道」会場風景

今日:私としては、『くちびるから散弾銃』のような明るい作品こそ、岡崎さんの本質のような気がしています。女の人同士のくだらない会話を作品にまとめるのは漫画の手法としても意外と大変なのに、非論理的でオチのない話もリズムや急な展開をつけることで楽しく読めるようにしている。女の人の会話の特徴をうまく生かしているなと感じます。

庭山:今日さんご自身は、作品の中で女性を描く上でどのようなことを重視していますか?

今日:私の場合は、登場人物がどういう人で、何の問題を抱えているのかというところから出発します。その人の汚いところやズルいところなど、負の要素もちゃんと描いてあげたくて。「女の子はこうであらねばならない」から外れた部分をいつも描こうと思っています。もしかすると、女性漫画家だからこそなのかもしれません。

映画『ヘルタースケルター』でりりこが着用したドレス
映画『ヘルタースケルター』でりりこが着用したドレス

庭山:岡崎さんも今日さんも、綺麗なだけではない女性のあるがままの姿を描いているからこそ、多くの女性からの支持を得ているのでしょうか。会場の最後に岡崎さんへのメッセージを書けるコーナーを設けたところ、2千通近くも集まったのですが、「金田サカエちゃんに倣って上京しました」とか「『pink』のユミちゃんが分からない男子とは付き合えない」とか。「娘に『りりこ』という名前をつけました」とあって、そのりりこちゃんが絵を描いていたり(笑)。岡崎さんの描く女性のキャラクターが読者一人ひとりの心の中にいて、人生のロールモデルにすらなっていることは驚きでした。今日さんのお気に入りの女性キャラクターは誰ですか?

今日:私は、『pink』に出てくる主人公ユミちゃんの腹違いの妹のような、子どもなのに頭は大人で、シリアスな問題を引っぱってくるおしゃまな子が好きです。その存在にけっこう影響を受けていて、自分の作品にもそういうキャラクターを出してしまうことがありますね。

庭山:今日さんの作品に出てくる小さな女の子は、岡崎作品の影響があったのですね。

「カルチャー系漫画家」を確立させながらも、あくまで普遍的な「わたしたち」を描いてきた岡崎京子

漫画家デビュー後、初の単行本を発刊してから休筆するまでの期間は、わずか11年。しかし、その間の精力的な活動のもとで生み出された岡崎作品の数々は、実に多彩であることがわかります。お二人が今回の展覧会を通してあらためて実感した漫画家・岡崎京子とは、どのようなものなのでしょうか?

庭山:岡崎さんは1990年代中盤も、村上隆さんや椹木野衣さんと共に渋谷のギャラリーで展示を行うなど、さまざまなカルチャーと関わりを持ってきましたが、作品としては『東京ガールズブラボー』のように、その時代のカルチャーを色濃く出すのとは違う方向を目指そうとしていたように感じます。岡崎さんご自身も、メディアにいろいろ登場していた当時、「幽霊のように生きていくのはいやなんです。幽霊にならないための個人的な『戦い』みたいなものをしていく用意はあります」とおっしゃっています。

出口付近に設けられた『ヘルタースケルター』のりりこと写真撮影できるスペース
出口付近に設けられた『ヘルタースケルター』のりりこと写真撮影できるスペース

今日:岡崎さんは、あるときから時代性を抑え、消えない作品を描こうとしたのではないでしょうか。「時代の寵児」のような取り上げ方をされた後、年齢としても20代を過ぎ、岡崎さん自身が大人になられた時期が1990年代。もてはやされて消費されていく若手女の子漫画家の立ち位置でいたくないという意識は、岡崎さんもどこかで持っていらっしゃったのかもしれません。私も20代でなくなるとき、恋愛漫画や学園漫画だけではつらいと思い、次の世代に伝えられるものを作らなければという責任を感じました。

庭山:それは同じ漫画家だからこそ理解できる感覚でしょうし、今日さんも次の世代へ確実に残っていく作品を発表し続けていらっしゃいますね。岡崎京子さんは、1990年代の個人的な記憶とも密着している存在なので、この展覧会を通して岡崎作品の魅力を別の世代に伝えたいという気持ちがありました。実際に展覧会が始まってみると、10~20代の人もたくさん来てくれました。会場で1人思い詰めている様子で原画をじーっと見ている姿が印象的で。それを見たときに、やはり時代を超えて伝わるものがあるんだなと思いました。新装版や単行本未収録の作品が毎年のように出ていますが、今回の展覧会も、岡崎作品を知るきっかけになれば嬉しいです。

今日:今回あらためて活動の全貌を眺めてみて、岡崎京子さんはいろいろな仕事を通して「カルチャー系漫画家」とでもいえるようなジャンルを確立させた唯一無二の存在だと思いました。どの年代からもカリスマ化されていて、すごいなと思う反面、漫画家としてはそこから出て、次に行かねばならないという気持ちもあります。岡崎京子さんがいる上で、私たちは何を描くのか? という。私も、次の段階に進んでいきたいです。

『森』など1990年代中盤作品を多く展示した出口付近のスペース
『森』など1990年代中盤作品を多く展示した出口付近のスペース

岡崎京子さんの地元である下北沢の踏切前で、カップルが「カエルの歌」を歌う1コマ。短編漫画『しあわせはふみきりの前で』(短篇集『恋とはどういうものかしら?』収録)に登場するこのシーンで、本展は締めくくられます。唐突に幸福感が訪れ、男女が合唱をしながら帰路につくエピソード。庭山さんは、「こういった何気ない日常の出来事が何か永遠なものに通じているということを、さりげなく、でも確信的に描くところが天才的だと思う」と話します。社会や流行と密接に紐づきながらも、常に日常に目線を置き、友人、恋人、家族といった、普遍的な「わたしたち」を描いてきた、漫画家としての岡崎京子。そして、着飾り、すました顔で颯爽と生きる登場人物と岡崎さん自身の姿。今回の展覧会を通して、その2つの像が浮かび上がってきました。

岡崎京子から来場者へのメッセージ「ありがとう、みんな。」と、小沢健二が寄稿したエッセイ「『みなさん』の話は禁句」の関係

出口付近には、岡崎京子さんから来場者へのメッセージがありました。「ありがとう、みんな。」は、リハビリ中の岡崎さんが視線を追跡して文字を入力するコンピューター「トビー」を用いて書かれた言葉だそう。岡崎さんは、「みんな」「みなさん」といった言葉を作品の中でもたびたび用いています。そして、小沢健二さんが展覧会カタログに寄せた原稿用紙20枚にもわたるエッセイのタイトルは、「『みなさん』の話は禁句」。岡崎京子さんが『ヘルタースケルター』などの作品を通じて、普通はなかなか描かれないリアルな「みなさん」と向き合っていたことを伝えています。

岡崎京子さんから来場者へのメッセージ
岡崎京子さんから来場者へのメッセージ

庭山:「ありがとう、みんな。」というメッセージをいただいたときは、ただただ涙が止まりませんでした。でも小沢さんのエッセイと合わせてこのメッセージを読んだとき、岡崎さんが「みんな」「みなさん」という目に見えない存在といかに真剣に対話し戦ってきたか、あらためて考えさせられました。

会期終了直前の3月29日に、世田谷文学館のホールで小沢健二さんのシークレットライブが開催されましたが、ネットですぐに情報が拡散される今の時代に珍しく、開催直前まで情報が漏れることがありませんでした。1990年代を代表し、共に時代を超えて愛される表現者である岡崎京子さんと小沢健二さんの関係が、誰しもにとって特別なものであることを感じさせられます。

今もなお、多くの人に愛され続ける岡崎京子さん。彼女の作品は、これからもきっと色褪せることなく、いつの時代も「わたしたち」を描くものとして読まれ続けていくのではないでしょうか。

イベント情報
『岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ』

2015年1月24日(土)~3月31日(火)
会場:東京都 芦花公園 世田谷文学館

書籍情報
『岡崎京子 戦場のガールズ・ライフ』

2015年1月31日(土)発売
著者:岡崎京子
価格:2,484円(税込)
発行:平凡社

『レアリティーズ』

2015年1月31日(土)発売
著者:岡崎京子
価格:1,512円(税込)
発行:平凡社

2015年1月31日(土)発売
著者:岡崎京子
価格:1,728円(税込)
発行:平凡社

書籍情報
『ニンフ』

2015年4月9日(木)発売
著者:今日マチ子
価格:1,296円(税込)
発行:太田出版

リリース情報
『吉野北高校図書委員会』1巻

2015年4月23日(木)発売
著者:今日マチ子
価格:1,080円(税込)
発行:KADOKAWA / メディアファクトリー

プロフィール
今日マチ子 (きょう まちこ)

漫画家。東京都生まれ。東京藝術大学卒業。2004年からほぼ毎日綴った1ページ漫画ブログ「今日マチ子のセンネン画報」が書籍化されて注目を浴びる。2005年「ほぼ日マンガ大賞」入賞。2006年・2007年・2010年・2013年文化庁メディア芸術祭「審査委員会推薦作品」に選出。著作に『みかこさん』『ぼくのおひめさま』(やくしまるえつこ朗読CD付絵本)の他、近刊に『いちご戦争』『5つ数えれば君の夢』『ニンフ』『吉野北高校図書委員会』等多数。戦争を描いた『cocoon』は劇団「マームとジプシー」により2013年に舞台化され、2015年には再演が決定。2014年には『mina-mo-no-gram』『アノネ、』『みつあみの神様』『U』が評価され第18回手塚治虫文化賞新生賞を受賞。



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