「音」は人や街を変えることができるのか?『音まち千住の縁』

「音」は人や街を変えることができるのか?『音まち千住の縁』 Vol.2 大友良英インタビュー「地方と大都会と自分を繋ぐ、矛盾した問題」

空から降りそそぐ音と、地上から放たれる音とのコラボレーションライブ。そんなワクワクするような音楽体験を実現するプロジェクトが、『アートアクセスあだち「音まち千住の縁」』で行なわれる大友良英とチーム・アンサンブルズの『千住フライングオーケストラ』だ。ギタリスト、ターンテーブル奏者として世界中のアンダーグラウンドシーンで活躍し、映画音楽やテレビドラマの楽曲を手がけるだけでなく、近年『プロジェクトFUKUSHIMA!』など、さまざまなアートプロジェクトを行い、アーティストとしても多忙を極める大友良英。1年にわたるこのプロジェクトの準備期間を経て、10月末の本番を前にした大友に、今回のプロジェクトの推移と、その中で見えてきたものについて話を伺った。そこで話されたことは意外にも、地域のアートプロジェクトに対する懐疑的な眼差しと、大友自身がこれまでの作家活動の中で抱えてきた問題と深くリンクした、地域に対する想いだった。

地域おこしアートプロジェクトへの疑問があった。

―大友さんといえば、昨年震災以降の『プロジェクトFUKUSHIMA!』の活動が顕著ですが、ここ1年ほど、千住の街を舞台にした『アートアクセスあだち「音まち千住の縁」』にも関わってこられました。福島は大友さんが10代を過ごした街ですが、千住の街と大友さんに、どういう接点があったんですか?

大友:きっかけはプロジェクトの主催者に「音を使って街でなにかやってくれないか」と頼まれたことですね。でも最初は断ろうと思ってたんです。千住の街にはまったく縁がなかったし、しかも震災が起きて福島が大変になっていて、とてもこっちまで手が回らないと思ったから。それに日本各地で行われている地域おこしのようなアートプロジェクトのあり方にも疑問があったし、そこに僕個人の作品は出したくないという理由もありました。だけど、どうしてもと担当者に強くお願いされたので、それなら千住の人たちとチームを組んで、最初からチームが作品制作から自主的に関わるような、そういうプロジェクトの枠組みを作ることを条件に引き受けたんです。

大友良英
大友良英

―地域おこしのようなアートプロジェクトに、自分の作品は出したくないと思われたのは、なぜですか?

大友:全部の仕事に共通することだけど、いつも思うのは、このお金はどこから出ているのか? ってことなんです。音楽家は基本的にコンサートの入場料収入からギャラを得ていて、要はコンサートを作るお金を、お客さんが皆でシェアすることで成り立ってるから、その仕組みがすごくわかりやすい。わかりにくいのは美術や地域おこしプロジェクトのように税金が使われてる場合です。今回でいうと、いったい何のために都と区の税金が使われてるのかを考えたら、この街と人々と藝大の新しい関係を文化で構築し直すってことだろうと思ったんで、だとしたらその予算で単に自分がやりたいだけの作品を作るのは違うだろうなって。

―何のためのお金なのかを考えた上で、やるべきことを考えていくんですね。

大友:最初にチームで集まったメンバーから出たアイデアの中には、僕の作品を作りたいという提案もあったけど、そういう理由で今回は採用しませんでした。あとは皆で下駄を履いて、音を立てながら街歩くっていう案も良かったんだけど、千住とは特に関係ないなと思ったんでやめました。お金の出処を考えると、いろいろ自分の役割を考えざるを得ないんですよ。

―そういった中で今回のプロジェクトは、どのように始まったんですか?

大友:昨年の9月、僕と一緒に企画運営するチーム・アンサンブルズのメンバーを募集するところからスタートしました。足立区在住の人だけでなく他の地域からも集まって、そのメンバーたちと考えていく中で一番実現可能で面白そうだったのが、河原で凧をあげて音を出すというアイデアだったんです。もともとこのあたりでは、荒川の河原で大人が凧あげをやる文化があったらしくて、昭和30年代くらいまで、風が吹く日は大人たちが大きな凧をあげていたらしい。それを聞いて、空の凧からいっぱい音が降ってきたら素敵だな、そして街からパレードしてきた連中と凧が河原で合流して、一緒に演奏できたら最高だなと思って、フライングオーケストラという名前は僕がつけました。でも凧のアイデア自体は僕じゃないんですよ。

凧あげは音楽とちょっと似ている。理屈抜きに面白い。

―最初、凧はご自分たちで作られたんですか?

大友:そうです。そんな経緯でアイデアがまとまり、素人が集まって凧づくりから始めたんですけど、まったくもって考えが甘かったです。

―というと?

大友:まず音が出ない。凧から音を出すのがそんなに難しいことだとは思っていなかったんです。しかもそれ以前に、凧あげ自体を甘くみていた。凧って軽くないと駄目で、音が出るものをつけると浮力が足りなくて凧があがらないんです。地元の凧あげ名人たちにあきれられてしまいました。

大友良英『空飛ぶオーケストラ大実験』
大友良英『空飛ぶオーケストラ大実験』

―試作して始めて気づいたんですね。

大友:今年の3月20日にお披露目! とぶちあげてしまったので、これはやばいぞって。アーティストの遠藤一郎くんに協力してもらって連凧を作って鈴をつけたり、かさかさ音が出るものをあげたりして、3月に行った『空飛ぶオーケストラ大実験 − 千住フライングオーケストラお披露目会』はなんとかしのぐことができたけど、10月の本番まで、道のりの遠さを痛感した日でもありました。

―そうだったんですか! ちなみに今は、どんな状況なんでしょうか?

大友良英

大友:その後に技術のある人が自然と集まってきて、次々と音の出る仕組みが考案されて、面白いことになってますよ。凧の紐を電線にして、下から電源供給する凧なんてなかなかのものだと思います。そんなこんなで、僕がいないところでチーム・アンサンブルズはどんどん動いていて、すっかり僕は「たまに来る親戚のおじさん」状態です(笑)。


―それだけみんな自主的にやっているということは、やはり面白いんでしょうね。

大友:そう。凧って一度あげたら理屈抜きに面白いんです。音楽にも似たところがあって、音を出すとなんだかわからないけど楽しいじゃないですか。凧の場合、紐を通して空や風と交信してるみたいなところもあるし、しかも凧がいっぱいあがっている風景がすごく良いんですよ。世界中に凧をあげる文化がある理由が良くわかりました。

―でも不確定要素も多いですよね、天候とか。

大友:そう、たとえ晴れていても風が吹かないと飛ばないし、野外フェス以上に天候に左右されますね。聞くところによると、昔は凧をあげる日を特に決めてなくて、風が吹いたらやるっていう感じだったみたい。「今日は良い風だぞ!」って町内で声をかけあって大きな凧をあげにいって、終わったら立ち飲み屋に寄って……というのが、千住界隈の大人の男の楽しみのひとつだったみたいですよ。

―おおらかで良いですね。3月のお披露目会の日、荒川を渡る電車から凧が見えたんです。すごくいっぱい凧が空にあがってる風景は、なんだか気持ちが良かった。

大友:開放感があっていいなあって思いました。震災のあとだったんで、そういう精神的なバックグラウンドもあったのかもしれないです。福島でもあげたいなって、その時思いましたもの。

大友良英

アート作品かどうかもわかんないんだけど、ある意味大人の部活みたいになっていますね。

―今のところ、チーム・アンサンブルズが自発的にやっていくという当初の思惑通りになってきてるんですか?

大友:要所要所の軌道修正は僕の役目ではあるけど、僕があれこれ指図するんじゃなくて、チームで動いている感じは大成功だと思います。凧から音を出すっていうひとつのお題と千住の街が磁場になって、地元の人だけじゃなくて学生や他の地域の人、いろんな人が集まってきて、アート作品かどうかもわかんないんだけど、ある意味大人の部活みたいになっていますね。

―参加者から知る千住の街の特徴って、どういうものでしたか?

大友:古い街であると同時に、藝大があって、さらに電機大が移転してきて、学生の街に変わりつつあるんです。でも大学生って4年間しかいないから、この街と長期的に責任を持てる関係は作れないんですね。凧のプロジェクトでも、どうせ学生はすぐいなくなっちゃうんだろって地元の大人たちは言います。その通りなんだけど、でも4年しかいない学生たちと千住の街がこれからどう付き合ってくか、学生側だけじゃなくて街の側も考えなくちゃいけないと思うんです、生意気言っちゃうけど。その関係がお互いにうまくいけば、きっと面白いことがこれからいっぱい起こるだろうと思います。

―そこでのアーティストの役目ってなんでしょう。

大友:たぶんアーティストの役目はその間を取り持つこと。アーティストも所詮はよそ者ですからね。千住の伝統的なことを僕は知ってるわけではないし、短期間で本当に理解することもできない。突然やって来てまたいなくなる、ある意味学生よりも無責任な存在になりかねない。その無責任になりかねない立場をある程度自覚しつつ、でもよそ者でなくては出来ないスタンスで、どう種をまくか、が重要かな。凧って人が集まるツールとしてすごく面白いメディアのような気がする。大人も子供も楽しいからやってみなよ! って。従来の凧あげをちょっといじって、凧から音を出してパレードと組み合わせる。そのことで、学生たちと千住の街がこれからの関係性を作り上げていく、ちょっとしたきっかけを作れたら良いかな。逆にそれくらいのことしかできないような気もするし。

地方と中央の問題は、自分自身の問題でもあるんです。

―はじめに地域おこし的なアートプロジェクトのあり方に疑問があるとおっしゃっていましたが、一方で大友さん自身、実際にいろんな地方の街のプロジェクトに関わることが増えています。主催者の思惑は別として、大友さん自身の動機はどの辺にあるんでしょうか。

大友良英

大友:地方の問題にどう向かい合うか、特に震災以降、自分の中の大きなテーマになってるのは事実です。地方へ行くと、いつも目にするのはさびれた商店街です。今は日本中がそんな感じで、そこにある文化はテレビ越しに入ってくる中央の文化だけ。たまに地元発信の文化ができても、SKE48とか。日本中にイオンやデニーズがあるのと同じように、結局は中央のフランチャイズ文化として恐ろしいくらいに管理されていて、中央の文化と、その統治下にある地方しかないという状況にほぼなっている。流通の仕組みとしては合理的なのかもしれないけど、文化すらも流通の仕組みに左右されるという大雑把な日本の状況を、地方へ行くたびに目のあたりにするんです。特に原発の問題はそのことを露骨に見せてくれます。原発は決して中央には作りません。そして事故が起きても地方の問題として処理される。それってどこかでシャッター商店街の問題とつながってると思うんです。とはいえ僕自身も福島が嫌で東京に出てきた人間で、東京を拠点にやってきたわけだから、実はものすごい矛盾を自分自身が抱えている。だから地方と中央の問題は、自分自身の問題でもあるんですね。

―そうだったんですね。

大友:さらに音楽の問題とも関係があります。僕はプロの音楽の世界に生きていて、普段は技術を持った優秀な人たちと音楽をやっていてすごく楽しいんだけど、でも大雑把に言ったら、そこには専門家同士で素敵な世界を作って、あとはそれを聴く人っていう関係性しかない。でもその構図のままで本当に良いのかって思うんです。供給と需要がはっきりわかれてて良いのかって。この問題抜きに今の自分の動きは考えられないんですよ。千住のプロジェクトもそのひとつです。もちろん千住は都会だけど、専門家ではない人たちと、どのようにものを作るかっていう点では、僕が今関わっている地域のプロジェクトは全部一緒なんです。そこでいろいろ自分なりの解決策を試させてもらっている感じかな。

バンド組むような感じで美術的なこともやれたら良いなと思ってるんです。

―不特定多数の人々とのプロジェクトで、大友さんはよくオーケストラやアンサンブルズという名前を使いますが、その意図はどういったものでしょう。

大友:音楽って誰かとやることが前提で、必ずバンドやチームを組んで一緒にやるじゃないですか。でも美術の世界ってだいたい1人の作家が中心となってやっている。でも僕は音楽家なので、バンドを組むような感じで美術的なこともやれたら良いなと思ってるんです。美術や音楽というジャンルの違い、専門家やアマチュアというキャリアの違いなんかも関係なく、別に誰の著作権とか言わないで一緒に作れれば良いなって。そういう作り方の宣言も込めて「アンサンブルズ」って言ってるんです。「アンサンブル(ensemble)」ってフランス語なのに「s」をつけて「アンサンブルズ(ensembles)」にしてるから頭悪いって言われるんだけど(笑)。

大友良英『空飛ぶオーケストラ大実験』
大友良英『空飛ぶオーケストラ大実験』

―そんな指摘もあるんですか(笑)。オーケストラのほうはいかがですか?

大友:オーケストラはもともとヨーロッパの概念なんですけど、オーケストラのように巨大な組織を作ると、必ずその土地なんかの社会性が反映されてくるんです。例えばヨーロッパのクラシック音楽の場合、作曲家がいて指揮者がいて楽団がいてという関係性って、よく見れば都市社会が反映されてるし、悪く見れば帝国主義というか中央集権的な社会がそのまま反映されていると思うんです。一方でアメリカのジャズ、デューク・エリントン・オーケストラなどは、中小企業の親父社長と腕っこきの職人たち、みたいな関係で、そこがヨーロッパとアメリカのオーケストラの違いになっている。さらに言えば、少し規模は小さいけどインドネシアのガムランオーケストラにもやっぱりバリ島等のコミュニティーがそのまま反映されているでしょ。だから大人数のアンサンブルを組む際には、あえてオーケストラという名前にして、今の僕らにとってリアルなコミュニティーをどうアンサンブルにしていくかっていう意味で、出来ればアンサンブルを組むやり方も一から考えていきたいという願いもあるんです。

大友良英

―10月にはいよいよ大編成のチーム・アンサンブルズによる『千住フライングオーケストラ』の本番がありますが、当日はどんなイベントになる予定ですか。

大友:凧あげチームと地上チームに分かれて、地上では街中からいろんな楽器を持った人たちがパレードを行い、河原で凧あげチームと合流して地上と空の音で合奏します。さらにゲストも加わってけっこう盛り上がると思いますよ。

―どんな音の風景ができるのか楽しみです。風が吹くといいですね。

大友:祭り全般にいえるけど、何かがきっかけでその空間が変わるっていうのがすごく重要で、凧があがった瞬間に河原がハレの状態になる。地上からも空からも音が鳴って、その空間が1日ハレの場になったらいいな。学生から大人までなんの野心もなく、このプロジェクトを1年かけて作り上げていく様子は、すごく素敵なことだと思います。自分たちで作っていく祭りみたいなものかな。このプロジェクトを始めたときは予想もしてなかったけど、1年かけて今まさにそんな感じになってきているし、このままの感じでいけたらいいな。普段は風とか天候とか自然気象を相手にする機会もあまりないし、そんな自然の状態の変化で一喜一憂するのも含めて、面白くなるといいなって思ってます。

イベント情報
『アートアクセスあだち「音まち千住の縁」』

2012年10月27日(土)〜12月2日(日)※メイン会期
会場:東京都 足立区千住地域
参加アーティスト:
足立智美
大友良英
野村誠
大巻伸嗣
やくしまるえつこ
八木良太
スプツニ子!
ASA-CHANG

プロフィール
大友良英

1959年横浜市生まれ。ギタリスト・ターンテーブル奏者・作曲家・映画音楽家・プロデューサー。世界各地で音楽活動を行うほか、映画、テレビドラマの音楽、映像作品の音楽を手がける。近年は「アンサンブルズ」の名のもと、さまざまな人たちとのコラボレーションを軸にした展示作品や特殊形態のコンサートを展開し、また障害のある子どもたちとの音楽ワークショップにも力を入れている。震災後の福島を文化の力でポジティブに変換することを目指した『プロジェクトFUKUSHIMA!』を立ち上げ、平成23年度、芸術選奨文部科学大臣賞芸術振興部門受賞。今秋開催される東京都現代美術館『東京アートミーティング第3回:アートと音楽―新たな共感覚をもとめて』にも参加している。



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