今さら人に聞けない、写真再入門 Vol.1 「写真集」とは何ぞや? 僧侶収集家による贅沢レクチャー

お洒落なカフェや洋書店でよく見かける定番アイテム「写真集」。カルチャー系の雑誌でも「写真特集」ならぬ「写真集特集」が人気を呼び、その年の写真集が鍵になる有名な賞も。そもそも写真集の魅力ってどんなものだろう? どうせ「今さら」教えてもらうなら、最高の先生に学びたいもの。そこで日本随一の写真集コレクター、金子隆一さんを訪ねました。

じつは金子さんは、300年以上続くお寺の住職であり、東京都写真美術館の学芸員としても活動してきた人物。今回はそんな専門家のコレクションからキーとなる数冊を拝見しつつ、写真集の楽しみ方を伺いました。写真集の上手な見方、出会い方、おすすめの古本屋なども質問。写真集の奥深い魅力を楽しむヒントを学びます。

膨大な数がある写真集。「最初の1冊」はどうやって選ぶのが正解ですか?

金子隆一さんは、写真好きなら知らぬ人のいない写真集コレクター。国内外の写真集を2万冊以上も収集し、写真評論家・写真史家としても活躍しています。今回はそんな彼のご自宅(お寺)を訪ねての取材、ワクワクしつつ東京・谷中の住所に向かいます。

江戸中期から300年以上続く由緒ある「正行院」の第32代住職、それが金子さん。袈裟姿で小脇にウィリアム・クライン(20世紀の重要な写真家。『VOGUE』誌での仕事や、大都市を荒々しくとらえた作品で知られる)写真集を抱えて説法なさる姿を妄想したものの、現れたのはピンクのセーターを着こなす軽妙洒脱なおじさまでした。

金子隆一
金子隆一

金子:はいはい(笑)、ちょうど最初にご紹介しようと思っていたのがクラインの『New York』(1956年)です。初めて買った洋書の写真集でしたね。大学での写真部時代、評論家を招いた特別講義があり、自分がそれまで見てきた写真とはまったく違う世界に出会ったんです。それが『New York』。1967年のことでした。

それまで金子青年がふれてきた名写真家には、今も写真賞にその名を冠する木村伊兵衛や、庶民から仏像までを独自のリアリズムでとらえた土門拳、日本人初のマグナム・フォト寄稿写真家になった濱谷浩などがいたそう。

金子:彼らの写真は個性こそ違えど「何が写っているのか」が明確でした。でも『New York』はまったく違った。単純に言えば、強烈な「ブレ、ボケ」手法も用いて、急成長する大都市のエネルギーをとらえたもの。でもそれは、当時写真家への道にも憧れていた私にとって「自分にこういう写真が撮れるかどうか?」すら判断できない、初めての「見る体験」でした。

ウィリアム・クライン『New York』(1956年)
ウィリアム・クライン『New York』(1956年)

その衝撃が忘れられず、銀座の洋書店で小遣いをはたいて手に入れた『New York』。それが今も金子さんのもとにあります。

金子:後に東京都写真美術館がこのシリーズから20点を収蔵することになり、その選択を担当しました。絶対にこれをと決めていたのが、写真集のラスト……ではなくその直前の1枚です。壁一面のガラス越しに眺める、NYの風景。窓の反射で、室内に豪華な美術品が並ぶのもわかります。まるで墓標のような摩天楼のラストも強烈ですが、私はこの豪邸からの写真のほうが、NYの繁栄、または虚栄をとらえていると思った。ただそれも、冒頭からページの流れを通してこそ感じること。ですから私はこの1冊で、写真の可能性と「写真集でしか伝えられないこと」を教わったと思います。

ウィリアム・クライン『New York』(1956年)
ウィリアム・クライン『New York』(1956年)

たしかに、さまざまな躍動や喧噪を経て辿り着くこの夜景には、何とも言えない気持ちにさせられます。やはり写真集はこうやって順番にページを味わっていくのが王道?

金子:でも1冊ずつ、それぞれに合う見かたがあると思いますよ。最初から順序良く、は作り手の意図も実感できるので王道ですが、私は一度そうして見終わった後に後ろから見直したり、好きな箇所を開きながら眺めることもあります。そうすれば、いつになっても新しい発見があるんです。

と、その言葉通り、購入から40年以上を経ても、初めて『New York』を手に取ったときのような目の輝きが印象的な金子さんでした。

ところで、写真集との出会いを求めて書店へ出かけても、膨大な作品をどれから手に取ればいいか迷ってしまいそうです。自分の「最初の写真集」を選ぶヒントも聞いてみました。

金子:「ハッと感じたら買うがよろし」(笑)。じつはこれ、戦前のカメラマン・安井仲治がその極意を列挙した「写真家48宣(よろし)」の1つ、「ハッと感じたら写すがよろし」のもじりです。最近はインターネットも便利ですが、自分の世界を超えた何かと偶然出会うには、やはり本屋に出かけるのがいい。私も昨年に東京都写真美術館の学芸員職を引退したばかりなので、また書店巡りの時間を増やしたいですね。

写真集コレクションはクセになるだけでなく、写真家の「次」を支える経済的支援にも

次なる写真集は、鈴木清『流れの歌』(1972年)。こちらはおもむきも大きく異なり、写真家本人による自費出版で発行されたものです。今は亡きこの写真家と出会った際に贈られた、大切な1冊だとか。

金子:鈴木さんは出身地である福島・いわきの炭鉱や、沖縄の米軍基地のカーニバル、日本各地を巡る旅一座などを被写体にしました。一方、当時の私は大学卒業後、寺の仕事をしながら写真に関わる何かを模索していたと言うとかっこ良いのですが、要はプータローみたいなもの(笑)。そんな私にとって彼の写真は非日常そのものでしたが、なぜかとても親しみ深く感じたんです。それは写真家と被写体の間にある、近すぎず遠すぎず、という距離感からくるものだと思います。

鈴木清『流れの歌』(1972年)
鈴木清『流れの歌』(1972年)

一見するとドキュメンタリー風の被写体ながら、詩情あふれる写真の数々。後に「早すぎた偉才」とも称されるこの写真家と金子さんの出会いは、ロバート・フランク(20世紀の代表的写真家の一人。1958年の写真集『アメリカ人』は世界中で出版された)写真集の日本版などを発行していた出版社、邑元舎(ゆうげんしゃ)代表・元村和彦さんの紹介がきっかけでした。

金子:鈴木さんとは彼の個展会場で出会い、この写真集にサインもしてくれました。作家本人から写真集を買う経験はこのときが初めてでしたね。もう1つ、後から加わった思い出があって、それは表紙にぐるりとかけられた「オビ」なんです。

じつはこの本は、出版当初は売れ行きがあまり良くなく、別の写真集を出版したときにあわせてオビが作られ、初めて宣伝文句を加えてつけられました。金子さんが一昨年に東京都写真美術館で企画した『日本写真の1968』展(鈴木作品も出展)の際、すでに他界した本人の代わりにご夫人が持ってきてくれたとか。初版本とこのオビを組み合わせるのはコレクションとしては変則的ですが、一緒に大切にしているとのことです。

金子:また、この写真集の中には、正直言って自分には鈴木さんの意図がよくわからなかった写真もありました。古い映画を上映中のスクリーンを撮影する、というコンセプチュアルな写真などです。でもやがてそれも、段々と感じ取れるようになってきた気がします。

鈴木清『流れの歌』(1972年)
鈴木清『流れの歌』(1972年)

『流れの歌』の一枚一枚には、「記録」を超えた多層的な「記憶」が今なお息づくかのよう。そう思うとこのお話も、いっそう興味深く思えます。また、金子さんとこの写真集の付き合いがノスタルジーではなく、現在進行形なのも素敵ですね。

今も新人・故人問わず未知の写真集に果敢にチャレンジし、収集を続ける金子さん。そのエネルギーの源と、写真集収集の意義とは?

金子:収集とは、クセになるもの(笑)。いいモノと出会ったときあの刺激が「また次を……」の気持ちにさせちゃうんですね。でももう1つ、私にとって大事なのは「買うこと」での支援です。ただ、誰かが写真集を買えば、それは写真家の「次」を支える経済的支援になります。これは若い頃、同世代の写真家と付き合う中で実感したこと。今は特定の写真家というより、写真そのもののパトロンになれたら、と思っています。

写真集だからといって、プリントよりも下に見られるのはおかしい

さて、次に金子さんが見せてくれたのは、こちらも20世紀を代表する写真家、アンリ・カルティエ=ブレッソンの代表作『決定的瞬間』(1952年 / フランス版の原題は『逃げ去るイメージ』)。表紙に画家、アンリ・マティスのコラージュを用いた同書は、世界でもっとも有名な写真集とも言えそうです。しかし、金子さんはこの超有名写真家を敬遠していた時期もあったとか。

金子:若い頃にありがちですが、大学生当時は、ブレッソンの写真に対して「ケッ、古い写真だな」と反抗していた面もあって(苦笑)。ただ、自分が30代になってこの写真集を手に入れ、じっくりと目を通すことで、あらためて彼の偉大さ、そして懐の深さを理解できました。

アンリ・カルティエ=ブレッソン『決定的瞬間』(1952年)
アンリ・カルティエ=ブレッソン『決定的瞬間』(1952年)

この写真集は、ブレッソンの活動初期、1930年代からの仕事をまとめたもの。水たまりの上をジャンプする男をとらえた有名な『サン=ラザール駅裏』など、見つめるほどに豊かな世界が現れます。さらにもう1つ、この写真集が考えさせてくれるのは、写真集における「印刷」の意味。同書は、高精細かつ微妙な色合いの再現に適した「グラビア印刷」の美しい仕上がりです。

金子:どのページも切り取って額に入れれば、美術館で展示できそうなほどの印刷クオリティーですよね。プリント写真が「本物」だとすれば、写真集などの印刷物は、価値や品質の下がる「複製」とみなされがち。でも、私はそういう序列が常に正しいわけでもないと思う。たとえば写真史家としての私の研究領域に、「日本のピクトリアリスム(19世紀末~20世紀初頭、絵画のように芸術性を追究した写真。日本でも同じ動きがあった)」があります。その多くはコロタイプという機械印刷で刷られましたが、印刷だから、機械だから価値が低いと決めつけてはもったいない。表現力の豊かな作品も多く、今では再評価されつつあります。

「印刷に興味が出てきたら、虫眼鏡で写真集を見てみるのも一興ですよ」と金子さん。そこで『決定的瞬間』のページをじっくり眺めてみると、印刷特有の「荒れ」や「ドット」が目立つこともなく、細やかな色調による世界が楽しめます。1冊の写真集には、被写体とカメラの関係だけでなく、印刷技術による多彩な「顔」もあるということですね。写真集の道はまだまだ奥が深そうです。

アンリ・カルティエ=ブレッソン『決定的瞬間』(1952年)
アンリ・カルティエ=ブレッソン『決定的瞬間』(1952年)

ちなみに、写真集の個人コレクターになるための素質や条件、もあるのでしょうか?

金子:私が恵まれていたのは、場所と時間、ですかね。実家が寺なので、幸いこういう大判本も含めて収納場所には余裕がありました。また、お経を読む以外の時間は比較的自由なので、古書店巡りにも有利。加えて言えば、家賃不要なので全収入を写真集につぎ込めた。でもこれ、皆さんの参考にはなりませんね(笑)。ただ、出会いを楽しむなら十人十色でいい。私のコレクションも、欧米の収集家のような体系立てた集め方とは違いますしね。世界中の写真集が集まる日本はすごく良い環境ですよ。

「幻の写真集」を手に入れるためのオススメ古書店とは?

印刷技法という点では対照的なのが、アラーキーこと荒木経惟の『センチメンタルな旅』(1971年)。愛妻・陽子との私的な二人旅を写したもので、当時は1000部限定の自費出版。後に復刻されるまでは「幻の写真集」とも言われました。

金子:画質が悪くても写真集になる好例です(笑)。大量印刷向きのオフセット手法で、しかも一色印刷ですからね。私は1970年代後半に古本屋で手に入れたのですが、手に取ってみてあらためて「こんな印刷だったのか……」と思ったのを憶えています。でもそれで成立している。当時、荒木さんはネガフィルムにホコリをまいてから現像する、なんて噂も聞きましたが、これを見て「そういうことか」とも思いました。

荒木経惟『センチメンタルな旅』(1971年)

荒木経惟『センチメンタルな旅』(1971年)
荒木経惟『センチメンタルな旅』(1971年)

つまり、単にそこに写るものだけでなく、「荒木さんはモノとしてのフィルムのリアリティーも撮っている」と金子さんは語ります。この写真集もまた、若き「天才アラーキー」の確信犯的な挑戦だったのかもしれません。

金子:東京都写真美術館が『センチメンタルな旅』のプリント写真を収蔵していますが、それはもっとクリアなんです。だから先ほどのブレッソン写真集の印刷がハイファイだとしたら、あえてのローファイ印刷とでも言いますか。広く写真界を見渡せば、こうした表現が現れてくる流れには、同時代の美術の要素が写真に入っていった側面もあると思います。

今や400冊以上もの写真集を世に送り出し、なお現役のアラーキー。美術館のプリント写真ではわからない、その世界観を手に取れる1冊と言えそうです。

そして、同書のように稀少な写真集を手に入れるには、古書店めぐりが鍵? そこで金子さんオススメの場所も教えてもらいました。

金子:神田・神保町なら源喜堂書店、小宮山書店あたりは誰もが挙げるでしょうね。でも古書って、いつどこで何が手に入るかがわからない世界。だから初めて訪れた街では必ず古本屋に入ります。そして、掘り出しものがなければ100円文庫でもいいから、1冊欲しいものを買う。すると次の訪問時には良い出会いがあるんですね。まあ縁起かけですが、実際に買うとなれば店の棚の様子をよく憶えられるのも理由です。あと、古本市にもよく通いました。巨大な会場の目当ての棚に一番乗りすべく、事前に全てのドアの位置や経路を調べたり……これはもう、戦いでしたね(笑)。

ときには、理屈抜きに「ジャケ買い」で大当たりの醍醐味を

さらに紹介してくれたのは、オランダの写真家、ヨハン・ヴァン・デル・クーケンの美しい『Achter Glas』(1957年)。淡い光の中で夢見るような少女の表紙を前にした瞬間、金子さんの瞳も乙女のように(?)輝きます。いわゆる「ジャケ買い」をしてしまいそうな1冊。

ヨハン・ヴァン・デル・クーケン『Achter Glas』(1957年)
ヨハン・ヴァン・デル・クーケン『Achter Glas』(1957年)

金子:でしょう~?(笑) これ、購入しないと中を開けなかったんですけど、迷わず買いましたね。ま、それで失敗した例もあるけれど……(一瞬、すごく遠い目)、これは大当たりでした。

内容は、ある少女の青春の季節を追うフォトストーリー。映画監督でもあったクーケンの写真は、一枚一枚に物語が宿るようです。そこへオランダ詩人の巨匠レムコ・カンペルによるテキストが添えられます。

ヨハン・ヴァン・デル・クーケン『Achter Glas』(1957年)
ヨハン・ヴァン・デル・クーケン『Achter Glas』(1957年)

金子:もちろん、クラインやアラーキーもいいし、そこにある文脈や歴史も意義がある。でもこの写真集は、そういうのはひとまず置いて、理屈抜きに胸をキュンとさせます。写真好きの間でもかなり評価の高い1冊で、書いてある言葉がわからなくても、いろいろ想像が働きますね。映画でいうと『シベールの日曜日』(1962年のフランス映画、セルジュ・ブールギニョン監督。戦争で記憶喪失になったパイロットと、天涯孤独の少女の交流を描いた)をどこか思わせる、美しくも切ない気持ちを思い出させてくれます。

アカデミックな探究心とは別に、ただ素直に感動できる写真集への情熱も併せ持つ金子さん。「自らの心が動くものを欲する」収集家の原点がうかがえる1冊でした。

偶然手に入れた「知る人ぞ知る僧侶写真家」からのメッセージ

最後に紹介してくれたのは鳥居良禅による、知る人ぞ知る1冊『石膏の菫』(1957年)。どこか幾何学的かつ洗練された構図の写真に、詩人でもあった鳥居の言葉が並ぶ小ぶりな1冊です。それは、金子さんの写真(集)研究への情熱を教えてくれるものでもありました。

鳥居良禅『石膏の菫』(1957年)
鳥居良禅『石膏の菫』(1957年)

金子:じつは鳥居さんは、私と同じくお坊さんでもあった人。当時、名前は知っていましたが、この本のことは知らなくて。古本屋で偶然に見つけ、手に取りました。買って気付いたのですが、鳥居さんからのごく私的な感謝の手紙が中に挿んであったんです。きっと宛先だった持ち主も亡くなって、ご遺族が手放したものが巡ってきたのでしょう。写真自体が素晴らしい上に、そんな縁もあり、もっと広く知られてほしいと思う写真家さんです。

写真界の「いまどき」にも敏感であり続けつつ、新たに世に紹介すべきものは時を遡った先にもあるという金子さん。挿んであった私信は過去のものですが、写真集は輝きを失わないまま、そのメッセージを彼に届けたのでした。

鳥居良禅『石膏の菫』(1957年)
鳥居良禅『石膏の菫』(1957年)

金子:この1年でいえば、若手なら石川竜一(沖縄出身の写真家。2014年『木村伊兵衛賞』受賞)のような人の写真も当然、気にはしています。ただ私は20数年間、有名無名によらず、自分がみなさんに知ってもらいたいと思う写真家、写真集を紹介してきたつもり。その点では、年齢や、その人が今も撮っているか、生きているかどうかは関係ないんです。

東京都写真美術館でも、鳥居の研究を進めている最中だとか。写真集は、撮り手が生きた時代を超え、その息吹を伝える貴重なメディアでもあるのです。

「もし収集の原動力が『美への欲望』なら、僕は業が深いんでしょう(笑)」

この日は休憩なしで、厳選6冊を中心に写真集の魅力を教えてくれた金子さん。静かな和室での贅沢な授業は、とてもパーソナルでリラックスした雰囲気でした。若き日にはここで仲間と写真集やレコードを楽しんだそうで、そこへ仲間入りさせてもらった気分です。一方、歴史あるお寺に古今東西・2万冊以上の写真集が収蔵される、という組み合わせも粋ですね。仏僧というご本業からは、自身の写真集コレクションをどう見ているのでしょう?

金子:もし収集の原動力が「美への欲望」なら、僕は業が深いんでしょう(笑)。それは仏教の考え方と裏表で、欲が深いからこそ、欲のない世界を求める。そして、人には一生かけて「できること / できないこと」が当然あります。最近「次にこの写真集を開くことはあるかな」などと思うようになりました。それで自分の死後、収集物を行く先を考え始めたんです。東京都写真美術館の図書室は貴重な写真集を多数所蔵しているので、もし役立つものがあれば、寄贈しようとも思って。多くの方に見てもらうことで、写真集の魅力を知ってもらえれば嬉しい……といいつつまだ元気で、欲しい写真集もあるんですけど(笑)。

金子隆一

最後に、これから写真集を買ってみようかな? と思った読者へのメッセージをお願いすると、「今日は何かと『助言を』と言うけれど、みなさんが収集を始めたとたん、私にとっては即ライバルですよ!?」と、半分冗談、半分本気で応えてくれた金子さん。写真集の魅力を「布教」してくれた取材の最後に、収集家の本気を垣間見た瞬間でした。しかし自慢の写真集をめくる金子さんの顔が、取材中ずっと少年のように輝いていたことも、付け加えておきます。

「写真集との出会い、『それは突然、恋のように』です」(金子隆一)

書籍情報
『日本写真集史1956-1986』

2009年10月15日(木)発売
価格:4,104円(税込)
発行:赤々舎

プロフィール
金子隆一 (かねこ りゅういち)

1948年生まれ。写真評論家、写真史家、写真集コレクター。本業は僧侶。立正大学文学部卒業。元東京都写真美術館学芸員。武蔵野美術大学非常勤講師。日本写真史、特に日本の芸術写真(ピクトリアリスム)を専門とし、東京都写真美術館の企画展はもちろん、国内の様々な写真展を企画している。主な著書として、写真集を写真撮影してアーカイブした『日本写真集史1956-1986』(2009年、赤々舎)などがある。



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