スイスデザインと言うと、何が思い浮かぶでしょうか? 美しい書体、スウォッチやビクトリノックスなどのアイテム、ファッションが好きな人だったらバリーの靴やフライターグのバッグを挙げる方もいるかもしれません。現在、東京オペラシティアートギャラリーで開催中の『スイスデザイン展』で展示されているプロダクトを見ていくと、スイスのもの作りの根底に流れる正確さやひたむきさ、シンプルさは、どこか日本にも共通するところがあるのではと感じます。
今回は、日本人の父とスイス人の母を持ち、スイス・日本の国交150周年の親善大使も務めるタレントの春香クリスティーンさんと一緒に、スイスデザインの魅力を探ってみました。
工業製品に宿るシンプルさと合理性、生活に溶け込んだスイスデザイン
「政治なら得意なんですが、デザインのことはよくわからなくて」と言う春香クリスティーンさん。しかし、最初に春香さんが「すごい!」と言いながら駆け寄って行ったのは、会場の入り口に設置された大きなスイスクロスでした。これは、システム家具の老舗「USM」の代表作「USMハラー」のパーツを使い、本展のために製造されたものだそう。
「USMハラー」が誕生したのは1960年、USMの3代目代表のポール・シェアラーが建築家フリッツ・ハラーと出会ったことに端を発します。ハラーが考案した鉄骨のモジュラーを組み合わせて作る建築システムにすっかり魅せられたシェアラーがハラ―と共同作業の末、生み出したのが、このフレキシブルなシステム家具「USMハラ―」です。
春香:懐かしい~。「スイスっぽい」って直感的に感じました。でも、どこで見たんだろう。自分の家にはなかったはずなので、友だちの家か、お店か……。はっきりした記憶じゃないんですけど、絶対に見たことがあるデザインなんです。なんだか安心します。
「USMハラー」のシステムは非常にシンプル。構造となる数種類の鉄骨と、仕切りや扉になるパネルを自在に組み合わせて、部屋の大きさや用途に合わせ、自在に家具を組みなおすことができます。「絶対に見た記憶があるけど覚えていない」と言う春香さんの言葉は、ある種のほめ言葉とも言えます。究極的なまでにシンプルで、デザインの本質をとらえた合理性のある形だからこそ、何気なく生活に溶け込み長年愛されるプロダクトに成り得るのでしょう。しかしこれは、これから待ち受けているスイスデザインの序章に過ぎません。
時代ごとにスイスでもっとも活躍しているデザイナーが起用された「swissair」のロゴマーク
USMファニチャーであしらわれた「スイスクロス」の奥、本展のプロローグでは、スイスと日本の交流が始まった当時の史料や、スイスのアイデンティティーともいえるパスポートや紙幣などのデザインに始まり、観光立国であるスイスが誇る観光・交通のポスターなどが展示されています。そこには、春香さんを日本まで運んできたスイスのエアラインの歴代ロゴも。
春香:時代によってこんなにロゴが変わってきたんですね。「swissair」という全て小文字のデザインは印象に残っています。「i」の点だけが丸く飛び出ているの、可愛らしいですよね。
航空機は、ある意味各国のアイデンティティーを背負って世界中を飛び回る広報大使のようなもの。春香さんご自身も、昨年日本・スイス国交樹立150周年親善大使に任命され、両国の顔として活躍されています。
そんな春香さんも思い入れのあるスイスのエアラインの歴代コーポレートアイデンティティーのデザインには、その時代ごとにスイスでもっとも活躍しているデザイナーらが起用されています。スイス航空の初代ロゴデザインはルドルフ・ビルヒャー、2代目はスイス航空のロゴを世界に最も広く知らしめたと言われているカール・ゲルストナー、3代目は雑誌『Wallpaper*』や『monocle』の編集長を務めたタイラー・ブリュレ。そしてスイスインターナショナルエアラインズとなった現在は、スイスのデザインコンサルティングファーム「ノーゼ(NOSE)」がブランディングを担当しています。会場にはロゴだけではなく、歴代のエアグッズなども展示されていました。
大きな展示室に入ると、スイスのチューリッヒに行ったことのある人なら誰もが見たことのある、大きな時計と駅の映像が目に入ります。数字の無い白い盤面に黒いインデックス、黒い短針と長針、真っ赤で先が丸い秒針のスイスの鉄道時計です。チューリッヒ中央駅はスイス最大の鉄道駅であり、フランス、ドイツ、イタリア、オーストリア等、隣国とのターミナルにもなる場所。高さ4メートルの柱に取付けられた鉄道時計は1944年に時計技師のハンス・フィルカーがデザインしたものがベースとなっていて、現在もスイス連邦鉄道のすべての駅に同様の時計が設置されているそう。ポイントとなる秒針の赤丸は、かつてスイス連邦鉄道で使われていた発車信号灯がモチーフになっていると言われています。
春香:プチ帰国したみたいな気分です(笑)。この時計の下で友だちとよく待ち合わせしました。日本の電車が時間に正確なことは世界的に有名ですが、じつはスイスの鉄道もそうなんです。そんなスイスの鉄道駅で使われているこの時計もまた、正確さの象徴なんですよ。
こちらの時計が開発された当時は、クォーツや電波時計がない時代。駅構内の時計がすべて同じ時刻を示すよう、毎分秒針が58秒で一周し12時の位置で2秒停止する「stop to go」という独自の動きを開発して、広く世界に知られることになったそうです。この正確さを極めようとする精神が、鉄道の時間の正確さにもつながっているのです。
春香:とにかくスイスの人は真面目。細かい作業をコツコツやるのに向いていて、時計職人も多いんです。でもただ真面目なだけじゃなく、より良くするために工夫するアイデアが豊かで、そこもすごく日本と共通している気がします。
あれもこれも見たことがある! 日本でも身近なスイスブランド
先ほどの時計があった同じ展示室では、スイスブランドのもの作りとデザインがテーマ。スイスを代表する8つのブランドが紹介されています。シューズメーカーの「バリー」、マルチツールナイフの「ビクトリノックス」、先ほど紹介した「USMモジュラーファニチャー」、インテリアファブリックメーカーの「クリスチャン・フィッシュバッハ」、アルミボトルの「シグ」、子どもだけではなく大人にも人気の木製玩具メーカー「ネフ」、日本でも人気のバッグブランド「フライターグ」、長年の愛好家も多い「スウォッチ」の8つです。
春香:スイスの人には多いと思うんですが、ビクトリノックスのマルチツールナイフは普通にバッグに入れて持ち歩いてました。いつも母がかばんに入れてくれていたのですが、日本に来るときの空港で手荷物の中に入っていることをすっかり忘れていて、没収されてしまいました(笑)。シグのボトルもフライターグのバッグも、学校でみんな使ってましたね。あとスウォッチ! 小学生のときに人生で初めて買ってもらった時計が子ども用のスウォッチ「Flik Flak」でした。可愛くてうれしかったなぁ。どのブランドもこうして見ていると何十年もずーっとデザインがほとんど変わらないんですね。だけど古いと感じない。そこがすごいと思います。
革製品や木製玩具といった、古くからの職人の技を残しつつ工業化が進められたプロダクトも、いわゆる最初から機械で作られる工業製品も、どちらにも共通するのは「シンプルで機能的であること」と「根本が変わらないこと」。考え抜かれて完成された形は、流行に左右されることがないのです。
また、同展示室の奥には、スイスのモダンデザイン全般に大きな影響を与えたマックス・ビルの作品、そして、1960年代以降に世界のグラフィックデザインの標準となっていった「スイスタイポグラフィ」を用いたポスターなどが一挙に展示されています。
スイス発祥のフォント「Universe(ユニバース)」と「Helvetica(ヘルベチカ)」
春香:これらがデザインされて、もう50年以上も経っているなんて信じられません。写真を使っているポスターも、文字だけのポスターも、年代をちゃんと見ないといつの時代のものかわからないですね。選挙ポスターもありますが、コピーと写真だけでストレートにメッセージを伝えていて、グッと心に迫ってきます。
春香さんの感想のとおり、現在世界でごく普通に使われているタイポグラフィや誌面レイアウトにも、スイスデザインが一役買っています。「Helvetica(ヘルベチカ)」や「Universe(ユニバース)」といったあらゆる場面で応用が可能なフォントは、世界中の公共交通機関で採用されています。グリッドシステムを使ったレイアウトの手法の確立などにも、スイス人デザイナーの緻密で真面目な一面が伺えます。
過去を敬い未来を見据えた『スイスデザインアワード』受賞者たちの仕事
「シンプルで機能的」「変わらない」デザインは、スイスの人々の生活の中に浸透していることが、3つめの展示室でも明らかになります。ここでは1960年代から現在までの家具や食器、文房具といった生活におけるプロダクト、また、近年活躍しているデザイナーたちの仕事を紹介しています。
「この照明、なんだか生き物みたいで面白いですね。和傘にも見えます」と春香さんが不思議そうに眺めるのは、アトリエ・オイの照明器具『oiphorique』。
アトリエ・オイはパトリック・レイモンド、オーレル・アエビ、アルマン・ルイの三人で設立した建築・デザイン事務所。家具デザインだけではなく、プロダクトや建築、展覧会や舞台美術などと活動の場も幅広く、世界中で活躍しています。彼らが面白いのは、アプローチの手法。会場にもホースを用いた椅子のプロトタイプが展示されていますが、コンピュータだけで仕事をするデザイナーが多い昨今、まずは身近にあるホームセンターで揃えられそうなパーツを使って、ありとあらゆる可能性を試しているのがすごいところです。さまざまな素材と向き合い、試行錯誤を重ね、やっと製作に移る姿勢には、好奇心と遊び心が感じられるのではないでしょうか。
その他にも、コリン・シェーリーの木製のモジュラーファニチャー『con.temporary furniture』や、和食にも合いそうなカルロ・クロパスの食器シリーズ『Palutta』、エレガントで遊び心のあるシューズのアニタ・モーサーなど、最新のデザインが揃っていますが、そこにも確固たるスイス魂が宿っているように感じられました。
いつでもアルプス山脈の景色が見えるから、デザインはシンプルなものでいい!?
そして、最後の展示室へ。近代建築、デザインの祖として知られるル・コルビュジエがテーマです。コルビュジエはパリを拠点に活動をしていましたが、彼が生まれたのは、スイスのラ・ショー=ド=フォン。山々に囲まれた谷間にある、高級時計職人の町として世界遺産にも登録されている場所です。父親は高級時計の文字盤職人、母親はピアノ教師の家に生まれた彼は、レマン湖畔に両親のための『小さな家』(1923)を建て、パリに行った後にも頻繁に訪れていたといいます。
ル・コルビュジエ『レマン湖畔の小さな家』展示風景 © FLC
この展示室では、コルビュジエの作品を通して、彼の根底に流れる「スイス的なもの」を探ります。彼は「家は住むための機械」という有名な言葉を残しますが、その作品は機械という「冷たい」イメージではなく、素材や手仕事、そして自然への豊かな感性で満たされているのがわかります。さらに、人のための建築の基準として、人体の寸法をもとに考案した尺度「モデュロール」を発明したり、新しい素材の鉄筋コンクリートを多用したり、革新的なデザインの建築をいくつも残しています。豊かな自然の中で培った鋭い五感と、父親から授かった職人魂。それがル・コルビュジエの作品の細部に宿っているのです。
春香:ル・コルビュジエはスイスの紙幣にもなっていて、小さい頃から馴染みがあります。日本でいえば福沢諭吉みたいな感じ。彼の建物の、自然光をたくさん取り入れようとする窓の形などに、同じスイスの景色の中で育った親近感を抱きます。私の実家の窓からはアルプス山脈が見えて、母はそれがお気に入りでした。家の中に自然の景色を取り入れる楽しみがあるから、インテリアはシンプルで良いし、だからこそ、何代にもわたって長く使えるものが多いのかもしれませんね。
スイスデザインの150年の歴史を一挙に遡る、日本で初めての試みとなった『スイスデザイン展』。春香さんは、ご自身のスイスでの暮らしのなかに、あまりにもさりげなくデザインが溶け込んでいたこと、日本との共通点が多かったことなど、さまざまな発見があったようです。
春香:すごく際立った特徴があるというよりは、本当に生活に根差しているのがスイスデザインなんだとあらためて感じました。スイスにいるときはあまりにも馴染み過ぎていて気づきませんでしたが、こんなにも長い間、時代を問わず使い続けられているものを作っていたんだなと。逆に日本はものも情報もいっぱいあって、にぎやかで、今の私にはそれもすごく楽しいと感じます。スイスと日本、どちらが良いということではなく、両方の良さを知ることができた気がします。
これまできちんと紹介されたことが少なかったスイスデザインの歴史をあらためて俯瞰する『スイスデザイン展』。機能性と実用性を兼ね備え、機械生産と手仕事のぬくもりが同居し、伝統と最新技術が融合したスイスデザインには、土地や気候の条件、それを支えるスイス人気質が不可欠なのだということがよくわかります。また、日本との共通点や相違点を感じながらスイスデザインに触れるのも一興。いつの時代も変わらないもの作りのヒントが、ここにあるのかもしれません。
- イベント情報
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- 『スイスデザイン展』
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2015年1月17日(土)~3月29日(日)
会場:東京都 初台 東京オペラシティ アートギャラリー
時間:11:00~19:00(金、土曜は20:00まで、共に入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜
料金:一般1,200円 大・高生1,000円
※中学生以下無料
※障害者手帳をお持ちの方および付添1名は無料
- プロフィール
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- 春香クリスティーン (はるか くりすてぃーん)
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1992年スイス・チューリッヒ生まれ。父は日本人で母はスイス人。2008年に単身来日。自他共に認める政治オタクで、趣味は国会議員の追っかけと議員カルタの製作。
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